夏祭り(4)
壬を呼ぶその声に伊万里と壬が振り返ると、男女の大人数のグループが現れた。
「やべっ、川村たちだ」
壬たちが毎年夏祭りへ一緒に行っている仲良しグループだ。
「おぅ壬、今年はなんだよ、別行動って」
「悪いな、川村。ちょっといろいろあって」
「いろいろって──、うおっ! ここここちらは??」
伊万里を見るなり、川村と呼ばれるキャップを被った男子が顔を真っ赤にした。
「なに、おまえ、そういうこと? え? そういうこと?? いや、もう、どういうこと???」
後ろに控えている女子からも悲鳴に近い声が上がる。
「そんなあ、ショック~!」
「だから、違うって!!」
壬が慌てて否定する。
「こいつは、夏休みから俺んちに来ている……」
「伊万里と申します」
落ち着いた様子で伊万里が深々と頭をさげる。つられて、その場にいた全員が頭を下げ返した。
「あの、伏宮くんとはどういうご関係で?」
川村が馬鹿丁寧な口調で質問した。
「はい。それは──」
「知り合い! ええと、知り合いのおじさんから、ちょっとした事情でうちで預かってんだ」
壬は伊万里の言葉を遮り、適当にごまかしながら「なっ?」と伊万里に相づちを求めた。
(これは、余計なことを言うなということですね)
伊万里がそんな壬の気持ちを感じとり、すぐに「はい」と頷いた。
「伏宮の家に、先日からお世話になっております」
そして彼女は社交辞令たっぷりの笑顔をみんなに向けた。
「へえ~っ、」
すると、川村をはじめとした男子がわっと伊万里を取り囲んだ。
「いつまでいるの?」
「どっから来たの?」
「本当に壬となんでもないわけ?」
「あっ、えっと……」
下手な答え方をすると、きっと後から壬や圭が困ることになる。
答えに窮し、助けを求めて伊万里は壬を見た。
しかし、壬は壬で女の子に取り囲まれているところだった。
「ねえ、圭くんは?」
「ああ、千尋と一緒にもう行ったよ」
「うそー、やっぱりあの二人、そうなの?」
「邪魔すんなよ、おまえら」
「じゃあさ、せっかくだから壬くん一緒に行こうよ」
「だから、俺もダメだって──」
「なんで~、いいじゃん」
気心の知れた感じのする女の子数人が、壬の腕に手を巻きつけている。
壬は何度もその手を振りほどきはするが、一人ほどくとまた一人、次から次へと彼の腕に女の手が絡む。
── あれでけっこうモテるんだよ ──
ふと千尋の言葉を思いだし、伊万里は何かを叩き壊したい気分になった。
次の瞬間、突風がブオッと巻き起こった。
そして、激しい風がつむじとなって壬や伊万里たちに襲いかかった。
「きゃあ」
「うわあ」
叫び声が上がり、尻もちをつく者、頭を抱えて座り込む者、その場は一瞬にして騒然となった。
壬は驚いて辺りを見たが、伊万里だけが平然と立っている。
(あいつ──!)
壬はすぐに伊万里のもとへとかけ寄った。
「伊万里、今なんかした──」
「夜店を見てまわりたいっ」
「え、だって太鼓は?」
「……」
伊万里が口を尖らし、頬をぷうっと膨らました。
「早く、行きたいです」
伊万里がこんな風にわがままなことを言うのは珍しい。
壬は苦笑しながら、「分かったよ」と伊万里の頭を軽く叩いた。
そして、まだわあわあと騒いでいるクラスメイトに向かって言った。
「悪い、俺らも行くわ」
夜店が立ち並ぶ沿道は、大勢の人で賑わっていた。そこかしこから食べ物の美味しそうな匂いがあふれ、子どもたちの楽しそうな声が聞こえた。
「あれはやり過ぎたぞ?」
クラスメイトたちを振り切り、二人になったところで歩きながら壬が言った。伊万里が決まり悪そうにうつむく。
本当なら、初めて見る食べ物や、七色に光るおもちゃなど片っぱしから見て回りたい。しかし、伊万里は今それどころではなかった。
伊万里の少し先を歩く壬は、ジーンズのポケットに両手を引っかけながら歩いている。ついさっきまであの腕にいろんな女の手がまとわりついていたかと思うと、伊万里の胸の内はなぜだかひどくざわついた。
ふと、すれ違う同じ年頃のカップルを見てみると、彼らは仲良さそうに手をつないで歩いている。
私もあんな風にできるだろうか。
伊万里は彼の腕に一瞬手を伸ばした。しかし、先ほどのクラスメイトだという子たちや、今そこかしこですれ違う幸せそうな子たちのように上手くできる自信もなく、彼女はそのまま手を引っ込めた。
ややして、大人しい伊万里の様子に壬が立ち止まった。
「伊万里、どうした?」
「……けっこう平気でさわらせるんですね」
「何が?」
「さっきの女の子たちです。壬の腕にベタベタと」
「あ? 向こうが勝手にまとわりついてくるだけだ」
「まんざらでもない顔してました」
「さっきから……。何を怒ってんの? 川村たちに何かされた?」
「べ、別に怒ってません」
「怒ってんじゃん」
そう言い返し伊万里と面と向き合った途端、壬はすぐさま顔を背けた。
「なんです?」
「いや──」
今日の伊万里は目のやり場に困る。
大胆に開いた白い肩に華奢な鎖骨が色っぽく、否応なしに目がそこにいく。
壬は視線を脇に外しながら伊万里に言った。
「おまえ、なんで今日はそんな格好してんの?」
「え? これは、だから千尋が選んでくれて……」
「ホントにあいつ余計なことを……」
「ダメ、ですか」
「そんな、男に媚び売るような服、なに考えてんだ」
「何って──」
伊万里は思わず言葉に詰まる。そんな彼女に壬はため息まじりに言った。
「なんか、羽織るもん持ってきてないのかよ」
「……すいません」
やっとのこと伊万里は声を絞り出した。
油断をすると涙がこぼれ落ちそうになる。
彼女は必死で涙をこらえ、それを悟らせないようにうつむいた。
でも、──ダメだ。
「私、帰ります」
「え?」
伊万里は踵を返すと、その場から走り去った。
(私、何を期待してたんだろう。バカみたい……)
涙で視界がぼんやり霞む。それでも少しでも早くこの場から逃げたくて伊万里は人混みを突き進んだ。
しかし、強引に進むあまり、彼女は向こうから来る少年たちにぶつかってしまった。
「あっ、すいません」
「おぉっ、すげ可愛い~」
伊万里を見た途端、少年の一人が声を上げた。
「なになに、彼女一人?」
「違います」
「敬語も可愛い。俺らと一緒にまわらない?」
他の人間に「可愛い」と言われても全然嬉しくない。伊万里はむしろイライラした。
「まわりません! どいてください」
「いいじゃん、ほら」
少年たちは伊万里を取り囲み、行く手を阻む。
「──このっ」
相手が人間だということも忘れ、伊万里は手の平に気を込めた。
刹那、
「こいつになんか用?」
壬が伊万里と少年グループの間に割って入った。そして彼は相手をギッと睨みつけ、伊万里の肩を抱きすくめた。
「俺のつれなんだけど?」
少年たちが、顔色を変えてたじろいだ。
「なんだ、男いんのかよ」
「つまんね、行こうぜ」
無駄な争いは割に合わないと思ったのか、少年たちは捨て台詞を吐きながら去っていった。
ざわざわとした祭りの喧騒が壬と伊万里を包み込んだ。
壬の手と腕の感触が、肩から直に伝わってくる。
「祭りにはタチの悪いのも来てるから一人で歩くな。危ないんだよ」
「別に私、あんな人間に負けません」
「……はぁ」
すると壬が、肩に置いた手をさらに鎖骨へと滑らせた。
「今日はえらいわがままだな。まだ、そんな聞き分けのないこと言う?」
「ほ、本当のことだもの。はっ、放してくださいっ」
「ダメ。こんなエロい服着てどこ行くつもりだ」
その時、二人の目の前で白い蝶がパアッと弾けとんだ。
「え?」
「そんなっ……、いけない!」
とっさに壬が伊万里の手を引いた。
「──伊万里、こっち!」
言いながら壬は沿道から外れて脇の茂みへと彼女を引き入れる。
そして、誰もいないことを素早く確かめ、伊万里に言った。
「今の蝶、さっきの式神だろ。どういうことだ?!」
「圭と千尋が何者かに襲われています」
「なんだと? 二人はどこ──」
刹那、今だかつてない大きな霊気を壬は感じた。
狛犬、阿丸を凌ぐ圧迫感。
「おい、伊万里。この感じは何系だ?」
不安に
「おいっ!」
「……おそらく、鬼です」
伊万里が張り詰めた声でぽつりと答えた。
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