鬼の実行委員(3)
「伏宮っ、おまえ姫にいかがわしいことを!」
「だあっ!もう話がややこしくなるから、おまえ行けよっ!!」
真っ赤になって怒り始めた五里に向かって壬は思わず言い返した。しかし、五里が鼻息も荒く壬に詰め寄る。
「ちゃんと説明しろ!」
「なんでおまえに──っ」
すると、
「五里主将」
落ち着いた声で伊万里が言った。はっと五里が口をつぐんで彼女を見る。
伊万里はすっと彼に近づいてにこりと笑うと、耳元で何かを
小さく動く伊万里の口元が妙に色っぽい。
「わっ、分かった!」
五里がどぎまぎした様子で何度も頷いた。
そして彼は、
「では、姫またあとで──!」
と言い残し、教室を出て行った。伊万里はそんな彼をこれでもかというほどの作り笑いで見送った。
五里が去って、壬は伊万里に尋ねた。
「おい、あいつに何を言った?」
「さあ?」
やれやれとため息をつきながら伊万里が机にすとんと座る。
「伊万里、その机──」
「かまいません。もう授業も始まりますから、このままで大丈夫です」
言いながら伊万里が指で穢玉をひとつジュッと燃やす。机に燃え跡が黒くできた。
教室では伊万里が五里を艶っぽくあしらったことで、「意外と清純派じゃない?」「けっこう遊んでる??」などと皆が勝手に噂をし始めた。
圭が大きなため息を吐く。
「収拾がつかなくなってきたね。どうすんの、壬」
「どうするって──」
「そもそも、姫ちゃんに対して壬のやったことが主な原因だろ。いいじゃん、いっそ
伊万里と壬が同時に口を開いた。
「それは、」
「だめだろ!」
そして二人は、はたと目を合わせ、それから互いにふいっと目をそらした。
圭がげんなりした顔で「もう知らないからな」と肩をすくめた。隣で千尋もやれやれと息をつく。
「とにかく、
言いながら千尋は、おもむろに机から湧き出る穢玉を払った。穢玉が千尋の手に触れふわっと消える。
「……本当だ、消える。やだ、ちょっとこれ気持ちいいかも」
「ちょっ、千尋??」
圭が慌てて千尋の手を取り、伊万里が少し驚いた顔をした。
千尋が苦笑した。
「圭ちゃん、大丈夫だって。昨日、イマも言ってたじゃん」
「でも──」
「千尋、どうしました? 昨日は嫌がっていたと思ったのですが」
「私、こういうやり方、好きじゃないの」
答えながら千尋は、さらに穢玉を払った。穢玉がさらにぱぱぱっと消えて、乱暴な文字だけが残った。圭と壬が「おお、すっきりした」とほっと息をついた。
「千尋、何気にすごいな」
感心した様子で圭が言った。伊万里が得意そうに笑う。
「だから言っているではないですか。千尋はすごいんです」
「でも、文字は当然ながら消えねえな。職員室に行って、なんか消すもん借りてくるか」
壬が言った。しかし、千尋だけはまだすっきりとしていなかった。机の文字からは、わずかだが何か嫌な感じが伝わってくる。伊万里が言っていた「思念の
その時、千尋はふと文字から黒い糸が伸びていることに気がついた。
「糸が──」
「糸?」
残りの三人が同時に顔をしかめる。
「糸ってなんですか?」
「なんか、ほつれてるか?」
伊万里や壬がてんでに自分の手元をきょろきょろと見回す。千尋はとっさに手を振った。
「あ、ごめん。なんでもない」
(私しか見えていない?)
千尋は思った。あの伊万里さえ見えていないなんて、そんなことがあるのだろうか。
彼女はふいに小さい頃のことを思い出した。「変な子」と言われ、周囲から向けられた、何か異質なものを見るような奇異の
夏休み、伊万里が
しかし、今また、自分だけが見えている。
「千尋、どうかした?」
圭が千尋の顔を覗き込んだ。彼女は慌てて笑い返した。
「だっ、大丈夫。ほんと、なんでもない」
ごまかす必要なんてどこにもないはずなのに、千尋はとっさにごまかした。
糸はまっすぐある女子生徒につながっている。千尋はほぼ確信した。この文字を書いた人物が誰であるか。
折しも始業のチャイムが鳴る。同時に草野がどかどかと教室に入ってきた。
「おら、鳴ったぞ! 座れー」
皆がクモの子を散らすように自分の席へ戻っていく。
「おーい、先生」
壬がすぐさま草野を呼んだ。伊万里がそんな壬を遠慮がちに止める。
「壬、もう授業が始まりますから」
「そういうわけにはいかないだろ。先生、これ! 伊万里の机、どうにかしてくれよ」
「うおっ、なんだ、この落書きは?!」
伊万里の机の惨状を見て草野がうろたえた。逆に伊万里が冷静に「私は大丈夫ですから」と担任を落ち着かせた。
「さあ、千尋も自分の席に座ってください」
「あ、うん……」
伊万里に言われ、千尋は頷いた。
とりあえず伊万里の机を何とかするのは次の休み時間にということになった。当の伊万里はまったく気にする様子もない。むしろ、まだたまに湧き出てくる穢玉が面白いのか、ジュッ、ジュッとそれを指先で焼き潰して遊んでいた。
千尋はというと、黒い糸の先──、大川杏奈の背中をじっと見つめていた。
(確かに、あの子は壬ちゃん狙いだったけど──)
でも、どれだけ本気だったかは分からないし、そもそもそれだけで、あんなことまでするだろうか?
しかし、文字から延びる黒い糸は、犯人が杏奈であると示している。隣の伊万里を見ると、飽きもせず穢玉を黙々と焼き潰していた。
「イマ、だめだって」
千尋は小声で伊万里に注意しながら、彼女の机の穢玉を払った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます