転校生のお約束(5)

 壬が急いで玄関に行くと、今度は伊万里が上級生に囲まれているところだった。

「へえ、伊万里ちゃんて言うの」

「今から基町に遊びに行くけど、一緒に行かない?」

「面白いところ、案内するよ」

「すみません。今は人を待っているもので…」

 伊万里が困り顔で笑いながら、申し出を断っている。

(よくもまあ、次から次へと…)

 壬はイラッとしながらため息をつくと、伊万里に声をかけた。

「おい、伊万里。帰るぞ」

「あっ、壬」

 壬を見て伊万里がほっと顔を緩め、上級生は渋い顔をする。そして彼女は、上級生にさっと背を向け彼に駆け寄った。

「木戸さんは大丈夫でしたか?」

「友達が来たから、そいつに任せてきた」

 壬は上級生を一瞥いちべつしながら返事をした。上級生はまだこちらの様子をうかがっている。壬はさらにイライラした。

「壬?」

 そんな壬の様子を見て、伊万里が不思議そうに首をかしげる。

「どうしました?」

「ん? ああ、」

 なんてのん気な顔だろう。壬は思った。

(こんな、のほほんとした顔で突っ立っているから声をかけられるんだ)

 壬は、伊万里の顔をまじまじと見つめた。しかし、ややしてぼそりと呟いた。

「いや……、違うな」

「何が?」

 伊万里が顔をしかめる。しかし、次の瞬間、

「こうすりゃいいのか」

 壬が突然、伊万里を抱きしめた。

「なななな、なぜ?!」

 伊万里が壬の腕の中でたじろぐ。しかし、壬は素知らぬ顔で伊万里の頭にあごをのせた。

「なぜって面倒くさいから」

「意味がまったく分かりません!」

「少し静かにしていろよ」

 ため息まじりに壬が言う。

「あのっ、他の人が見ています」

「ふーん?」

 壬は気のない返事をしながら、上級生をじろっと睨んだ。彼らが顔を背けてその場を立ち去る。それを見て、彼は心の中がすっとした。

「なるほど、威嚇いかくって大事だな」

「さっきから……、まったく分かりませんってば!」

 壬から離れようと伊万里が両手でぐいっと彼の胸を押した。壬はあっさりと離れたが、すぐさま伊万里の手を握って歩き出した。

「帰るぞ」

 校門には下校する他の生徒がちらほらと歩いていて、二人が手をつないで歩く姿が誰の目にも止まる。伊万里はそんな視線を痛いほど感じながらどぎまぎしたが、当の壬はまったく気にする様子もない。

 すると、壬が立ち止まって彼女を振り返った。

「どうした?急に大人しくなったな」

「あ、いや、壬が…」

「?」

「手をつないでくれたので」

「別に手を握ったことなんて、今までもあっただろ」

 壬がいぶかしげに言った。

「ありましたけど、私と手はつながないかと思っていたので」

「なんで?」

「だって、夏祭りのときに……」

 つないでくれなかった、と言おうとして伊万里は慌てて口をつぐんだ。

 すると、二人の背後から圭の声がした。

「壬……、姫ちゃんと手をつないでどうしたの?」

 圭が部活を終えた千尋と立っていた。壬がすかさず答える。

「ロクなことがないから今から連れて帰るんだよ」

「ああ、強制連行的な手つなぎなんだ、それ」

「それ以外に何がある。ちょっと目を離すと、あっちこっちで声をかけられて──」

 千尋が、にまっと笑って「ほんと束縛系」とひとりつぶやくく。

 隣で圭も苦笑した。

「いいの? 明日、噂になるよそれ」

「なんか、もう、どうでも。蹴散けちらす手間が省けて助かる」

 すると伊万里が、「どうでもって──」と壬の手を振り払った。

「どうでもいい女で申し訳ございませんでしたっ」

「なんで急に怒り出すんだよ」

「だって──」

「まあまあ、」

 圭が間に入った。そして彼は伊万里に言った。

「千尋から聞いたけど、剣道部主将と手合わせしたんだって?」

「はい。見た目はゴリラなのに、さしたる強さも感じない男でした」

「あはは。で、壬とも手合わせしたんだ?」

「はい。体は大きいのに、『あれもダメ、これもダメ』と小言ばかり言う男でした」

「おいっ」

 思わず壬が突っ込みを入れる。伊万里が千尋の後ろに隠れ、「べっ」と小さく舌を出した。千尋がやれやれと笑った。

「さ、帰ろ。明日、どうなってるか若干の不安もあるけれど。まあ、イマが相手じゃ、誰も何も言わないかな?」

「あほらしい。言いたい奴には言わせとけばいいだけだろ」

 壬が言うと、千尋が「分かってないなあ」と顔をしかめた。

「自覚なさすぎ。夏休みに入る前、一週間連続で告白されたでしょ?」

「だから?」

「ふられた女の子たちが、噂を聞きつけたらどう思うか──」

「どうって、別に。くだらねえ」

 壬が素っ気なく答えた。しかし、伊万里が驚いた様子で壬を見た。 

「一週間連続で告白……。壬、そんな夢のような一週間があったのですか??」

「や、なんでおまえが食いつくの」

「初めて聞きました。そんな話」

「だって言ってねえもん」

「ふーん。そうですか」

 伊万里がむすっと壬から顔をそらした。そして、彼女は千尋に言った。

「さあ、行きましょう。壬が荻原商店でなんでも好きなものを買ってくれます」

「俺、なんでもなんて言ってねえぞ」


 するとその時、千尋が脇の花壇の辺りを見て眉をひそめた。

「イマ、あれ何かな?」

「あれ?」

 千尋が指さす方を三人が一斉に見る。すると、黒くて丸い握りこぶしほどの毛玉がごにょごにょと動いていた。

「あら、穢玉けだまですね……」

 伊万里がなんでもないという顔で答えた。

「ケダマって、まんまだな。で、なんだあれ?」

 壬が胡散臭そうに顔をしかめた。

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