転校生のお約束(2)

 千尋の「イマは花嫁修行中」という言葉に、その場にいた全員が壬と圭を見た。

 (きた!)

 壬は思った。ここまでは予想どおりの反応だ。

 ただの同居人と言ったところで、同い年の女の子と一緒に暮らしているなんて、どうしたって勘ぐられてしまう。しかも正真正銘、伊万里は伏宮家の嫁だ。適当な嘘をついても、普段から嫁として生活しているので、ふとした会話から必ずボロが出るに違いない。

 なので、伊万里は単に共同生活を送っているというだけでなく、あえて花嫁修業をしているということにした。今どき花嫁修業なんて少々苦しいが、伊万里の姫キャラにかぶせて強引に押し切る作戦だ。

 今、千尋が「花嫁修業」と言ったことで、みんなは伊万里の相手は圭か自分のどちらかだと思ったに違いない。あとは、これを否定して強引に押し通せばいい。

 壬は大げさに首を振った。

「違う、違う。修行しているだけ。伊万里とはそんなんじゃないって。なあ、圭?」

 しかし、圭はじっと壬を見つめてから、

「うん、まあ、そうかな」

 と煮え切らない口調で答えた。

「おい、圭」

「なに、その微妙な間は?」

 みんなが疑わしい目を壬に向ける。壬は慌てて千尋に同意を求めた。

「何もないって! なあ、千尋?」

 しかし千尋も、壬を見ながら

「うん、まあ、そんな感じ?」

 とはっきりと答えてくれない。

 みんながさらに疑わしい目で壬を見た。

「だから、何もないって──!」

 必死で否定しながら、壬は圭と千尋の肩を掴んで、くるりと後ろを向いた。

「おい、なんで最後の最後で微妙な態度をとるんだよ?!」

「だって、ねえ?」

「うん。何もないなんて、やっぱり嘘はよくない……」

「嘘じゃないしっ。うちの嫁って以外は、何もないだろが?!」

 

 その時、担任の草野が伊万里を連れて教室に入ってきた。

「おい、座れー! 朝礼を始めるぞ」

 生徒たちがてんでに自席に戻る。そして全員が座り終わると、草野が話し始めた。

「おはよう。もう知っていると思うが、今日からこのクラスにクラスメイトが一人増えることになった。紹介するぞ」

 伊万里は、草野の隣で背筋をぴんと伸ばし、両手をきっちり前で重ねている。その端正なたたずまいがいかにも伊万里らしい。

「月野、自己紹介して」

 草野に促され、伊万里は小さく頷いた。

「皆さま、月野伊万里と申します。いろいろ不慣れなことが多いと思いますので、何卒なにとぞよろしくお願いいたします」

 言って彼女は深々と頭を下げた。つられて、クラス全員が頭を下げる。

「月野は、ご両親の事情で伏宮の家に世話になっている。というわけで、その幼馴染みのたちばな千尋、おまえが一番仲がいいから教えてやってくれ」

「はーい」

「席も橘の隣な。月野、座っていいぞ」

「はい」

 手招きをする千尋に笑顔を返しながら伊万里は千尋の隣の席に座った。

「千尋が近くにいてくれると心強いです」

「大丈夫、すぐに慣れるわよ」

 みんなが伊万里の存在を気にしながらも、クラスは徐々に普段の空気に落ち着いていく。千尋が、圭と壬に向かって無言で親指を立てる。壬は、伊万里の嬉しそうな横顔を見ながらホッと胸を撫で下ろした。

(あとは伊万里が静かにいてくれれば大丈夫)


 その次の休み時間、伊万里の周りには大勢の女の子が集まった。

「普段から、そんな話し方なの?」

「はい」

「前はどこにいたの?」

「ええと、四国の篠平しのひらというところです。とても田舎ですよ」

 あの無礼な老狐ろうぎつねの里を言っておけばいいというのは、護とあさ美の提案だ。

「田舎なら、ここと一緒だね。で、そこでお父さんもお母さんもいなくて一人だったんだ?」

「いえ、世話役の乳母うばもおりましたし、一人というわけでは……」

「乳母??」

 千尋が肘で伊万里をつつく。伊万里が慌てて笑った。

「いえ、乳母のような祖母……祖母のような乳母?」

「なんか分からないけど、本当にお嬢さまなんだ」

 最初はそんな感じで、他愛もないことを聞かれるだけだった。しかし、徐々に質問が伊万里自身のことではなく、圭や壬の私生活のことに及び始めた。

「圭くんって、朝はごはん派? パン派?」

「壬くんの好きな食べ物は?」

「てか、二人の身長ってどれぐらい?」

「好みの女の子って?」

「家ではどんな感じなの?」

 取り巻きの中には見覚えのある顔もいくつかある。夏祭りのときに壬と話していた女の子たちだ。

 伊万里は、そつのない笑顔を振りまきながら当たり障りなく答えていたが、壬たちの女の子の好みや家での様子を聞かれだすと「うーん」と頭を捻った。 

「そうですね、圭は……」

 言ってちらりと千尋を見る。

「圭はとても気が利いて優しいですが、千尋のことになるとわりと自己チューです。おそらく、千尋以外は興味がないと思われます。皆さま、残念ですが諦めてください」

「ちょっ、イマ?!」

 千尋が顔を真っ赤にする。少し離れた席で伊万里たちの様子をうかがっていた圭も思わず立ち上がり、慌てて壬に止められた。

「いいじゃん、間違ってないし」

「そういう問題じゃ──!」

 すると、そんな伊万里の言葉に女の子たちがたじろいだ。

「いや、別に私たちそういうつもりじゃあ……」

「あと、壬ですが」

 伊万里がひるまず、かまわず、言葉を続けた。

「壬はひと言で言うと、ツンデレです」

「え?」

「面倒くさがりで横柄おうへいだったりするんですが、ふとした拍子にすごくデレます。いわゆるギャップ萌えです」

 女の子たちが赤面しながら顔を引きつらせる。そして今度は壬がガタっと立ち上がった。

「おい、あいつ黙らせてきていいか?」

「いいじゃん、間違ってないし」

 圭が笑いを堪えながら壬を止めた。そして圭は「へえ」と感心しながら伊万里を見た。

「姫ちゃんって、意外に負けず嫌い?」


 伊万里が、にっこり笑って集まった女の子たちを見回した。

「まだ他に、お二人について質問はありますか? 寝起きの姿から寝る時間まで、すべてお答えします」

「………いや、もういいかな?」

 女の子たちが、興ざめしたように伊万里のもとから去っていく。伊万里は作り笑顔でそれを見送ってから、最後にふんっと鼻を鳴らした。

 千尋があきれ顔で伊万里にささやく。

「イマ、突然なにを言い出だすかと思ったら……。ほら、睨んでる子もいるじゃない」

「別に嘘は言ってません」

「それに、壬ちゃんのことをツンデレなんて。また余計な言葉を覚えたって怒られるわよ」

「だって、夏祭りに会った女の子がいました」

「え?」

「壬の腕に手を絡めていた子たちです」

「夏祭り……。ふーん、何かあった?」

 千尋がにやにやと笑った。伊万里がきまりの悪そうにそっぽを向く。

「別に、何もないです」

「だから言ったじゃない。壬ちゃん、もてるって」

「私には関係ないです。それ」

「そう?」

 言いながら千尋が壬を見た。

「ねえ、壬ちゃん。放課後、イマに学校の中を案内してあげてよ」

「なんで。世話係、おまえだろ」

「私、部活あるからさ。壬ちゃんたち、部活入ってないじゃん」

「そりゃ、そうだけど」

 壬が助けを求めるように圭を見る。圭が片手をひらひらと振った。

「俺、行かないよ。二人も必要ないじゃん。俺は図書館で千尋を待ってる」

「そういうことで、壬ちゃんお願いね!」

 千尋が壬にウィンクした。

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