転校生のお約束(3)

 放課後、壬は伊万里を連れて校内を案内した。まず図書室に行って室内の様子を伊万里に見せたあと、圭と別れて次に美術室や和室などを見て回った。それぞれ美術部や茶道部が活動をしていて、伊万里は部活動を覗くたびに声をかけられた。

「月野さん、試しに絵を描いてみない?」

「ちょっとお茶をしていって!」

 伊万里は、美術部ではさらさらと水墨画のような絵を描いて部員を唸らせ、茶道部では見事なお点前てまえを披露して茶道部長に「あなた、うちの部に入って!」と迫られた。

「さすがというか、なんでも出来るな……」

「いいえ、たしなみ程度です」

「その勢いだと──」

 ちょうど多目的室では生け花部が活動中だ。案の定、伊万里は呼び止められて、花を生ける羽目になった。

 出来上がった作品を見て、顧問の先生が驚きながら言った。

「月野さん、お花をやってらっしゃるの?」

 伊万里が謙遜けんそん気味に笑う。

「たしなみ程度に」

「ぜひ、うちの部に──」

「先生、こいつ運動部志望なんで!」

 壬は伊万里の腕を引っ張り、慌ててその場から逃げた。

 伊万里が不思議そうに言った。

「壬、運動部はやめろって──」

「当たり前だ。っていうか、いちいち目立ちそうだから文化部もだめ」

「あれもダメ、これもダメ。何もできないではないですか」

「そう言ってんだ。運動部を見たら帰るぞ」

「えー、そんな……」

「駄々こねない。荻原商店でなんか買ってやる」

「分かりました」

 伊万里がしぶしぶ頷いた。それから二人は体育館と運動場に行った。しかし、どこに行っても伊万里は声をかけられ、入部を迫られる。しかも、決まって男子からはマネージャーをせがまれて壬は内心苛々した。

 最初こそ伊万里がやんわり断るのを黙って見ていた壬だったが、途中から

「だからっ、うちの伊万里はどこにも入らないんだよ!」

 と、自ら男子部員の前に立ちはだかった。

 最後のサッカー部のマネージャーを断ったところで、伊万里が申し訳なさそうに壬を見た。

「なんだか、すみません。壬、ちょっと疲れてません?」

「ちょっとじゃねえよ。もう帰る」

「あ、でも。まだ、あそこに行っていません」

 伊万里が校舎から少し離れたところに建っている和風の建物を指さす。

「あそこに千尋がいるのでは? 弓道部なんですよね」

 壬が「はあ」と大きく息をついた。

「武道館か。本当にあそこが最後だからな」

 

 武道館は二階建てで、一階には剣道場と弓道場があり、二階には柔道場がある。まず、弓道場に行くと、そこに胴着と袴姿の千尋がいた。

「千尋!」

 千尋の姿を見つけるなり、伊万里が声をかけた。

「あら、来たの? この時間だから、さすがに帰ったのかなと思った」

「いいえ。ここが最後です。私、千尋の弓を見たいです」

「そう? ていうか、イマやってみる?」

「私ですか?」

「うん。イマのことだから、たしなみ程度に出来るんでしょ?」

「ええ、」

「もうダメだ!」

 思わず壬が口を挟んだ。

「どんだけ体験してきたと思ってんだ」

「いやだ、なにこの小舅こじゅうとのような奴は?」

 千尋が顔をしかめる。

「壬ちゃん、イマをそんな調子で案内してたの?」

「こっちはもう疲れてんだよ」

「とかなんとか言って、イマがちやほやされるの気が気じゃないんでしょう?マネージャーなんかもってこいだと思うけど」

「絶っ対にだめ」

「うわあ、束縛系……。ねえ、イマ──あれ?」

「ん? あ、伊万里?」

 ふと気がつくと伊万里の姿がどこにもない。

 二人が慌ててあちこちを見回していると、となりの剣道場から何やら言い争う声が聞こえてきた。

「まさか……」

 壬と千尋は互いに顔を見合わせた。


 



 乱暴な声が聞こえて伊万里が剣道場を覗くと、いかつい防具に身を包んだ部員が打ち合いをしていた。

(なんとまた、大げさなほど防具に身を包んでいますね)

 普段、家で見ている壬たちの稽古とは格好も使っている道具も全然違う。壬たちは、防具などいっさい身につけていないし、使うのも竹刀ではなく木刀だ。

「おらああっ」

 そうこうしているうちに、小柄な男子が大柄の男子に激しく面打ちを喰らった。小柄な男子がよろけてそのままドスンと尻もちをつく。

 大柄の男子は攻めの手を緩めない。そのまま床に座り込んで体勢もままならない小柄な男子をさらに打ちのめした。そして、彼の背中に激しい打撃が入ったとき、思わず伊万里は二人の間に割って入った。

「おやめなさいませ。もう勝敗はついております」

 伊万里は小柄な男子をかばいながら、竹刀を持った大柄の男子を睨んだ。大柄の男子が防具の面をがばっと外した。中から眉の太いごつっとした顔が現れ、それがふんっと鼻を鳴らした。

「ほら木戸、立てよ。女にかばわれて情けねえ」

 木戸と呼ばれる小柄な男子が立ち上がり竹刀を構える。

五里ごり主将、お願いします」

「これ以上はいけません。本当に怪我をします」

「僕なら大丈夫です」

 伊万里の制止に木戸が落ち着いた声で答える。防具で表情はよく見えないが、しっかりとした口調に伊万里は少しほっとした。一方、五里と呼ばれる主将が大声で笑った。

「邪魔すんなよ。うちの鍛錬には待ったもまいったもないんだよ」

「これが鍛錬……。ただの暴力にしか見えません」

「さっきから、誰だおまえ?」

「伊万里と申します」

 伊万里が答えた。すると、主将のとなりにいたタレ目のやさ男風が耳打ちした。

五里ごり、こいつ例の美人転校生だ。ほら、伏宮たちと一緒に登校してきた」

「ああ、こいつが姫」

 五里がニヤリと笑う。

「俺は五里。剣道部主将だ。おまえ、二組に転入してきた月野伊万里だな」

「ゴリ……」

 伊万里がじっと主将を見返す。ややして、彼女はぽんっと手を叩いた。

「なるほど! ゴリとは、まさにゴリラにそっくりです!」

「おおお、おまえ! 今、ゴリラって──!!」

 五里が顔を真っ赤にする。伊万里が大きくうなずいた。

「はい。先日、テレビの動物番組で見ました。真っ赤な顔も、乱暴なところもそっくりです」

「この女!」

 彼が竹刀を床に荒々しく打ちつけた。部員たちはびくっと震え、伊万里は眉をひそめた。

「竹刀を道場の床に打ちつけるなど、なんとまた礼儀も作法もない方ですね」

「うるさいっ、言いたい放題のおまえが言うな!!」

「弱い犬ほどよく吠える」

 伊万里がまっすぐ五里を見返した。

「弱い者をいじめ、道場で怒鳴り散らす者がいかほどのものか。ひとつ、お手合わせ願います」

「なっ──!」

 道場内がどよめいた。

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