第2話 稲山の兄狐とJKの姫

1)転校生のお約束

転校生のお約束(1)

 夏休み最後の日、壬たち四人は伏宮家の客間に集まっていた。宿題の最後の追い込みもあるのだが、メインは明日から学校に行くことになる伊万里について確認し合うためだ。

「というわけで、明日からイマが学校で失敗しないように最終ミーティングよ!」

 夏の間に千尋はすっかり伊万里と仲良くなって、いつの間にか彼女のことを「イマ」と呼ぶようになっていた。

 圭と壬が面倒臭そうにあぐらをかく。

「別にいいんじゃない? 姫ちゃんの設定その他はもう頭に叩き込んでるし」

「そうだよ、かったりぃ」 

「何を言ってんの? イマが鬼だとばれたらどうするの? 圭ちゃんたちがばれるのとはわけが違うんだから」

「いや、俺らもダメじゃない?」

 圭がすかさず突っ込むと、千尋がきっと彼を見返した。

「ぜんぜん違う! 狐は動物園にいるもの。珍しくもなんともない」

「おい、待て待て。俺らって、その認識?」

「ごめん。ちょっと地味に傷ついた……」

「とにかく、三人でイマを全力でサポートしないと」

「大げさだな、大丈夫だって」

「うん、千尋は心配しすぎ」

「そうです。私も大丈夫だと思います!」

 伊万里が漫画『キュートな花嫁』を持って自信満々に答える。それを見た圭と壬が互いに顔を見合わせ、急にきちんと座り直した。

「やっぱり念のため確認するか」

「ちょっと、どういう意味ですか?」

 伊万里がムッと圭と壬を睨む。二人はそれぞれ肩をすくめた。

「いや、だって、ねえ?」

「うん。それがバイブルってなあ」

「失礼ですね。学校でどのように過ごせばよいのかは、これでかなり分かりました。楽しそうなこともいっぱいありますし」

「例えば?」

「例えば……、部活とか、文化祭なるものの実行委員とか」

「まさか、部活するつもりか?」

 思わず壬が聞き返すと、伊万里は当然とばかりに頷いた。

「だって、二人っきりの体育館で、告白されるんですよ! 私、運動部に入りたい」

「いや、待て。何の話だ? だいたい、運動部は無理」

「どうしてです?」

「おまえ、人並みな動きしないだろ。本当に人間かと疑われるからやめとけ」

「じゃあ、実行委員」

 伊万里が言った。

「実行委員をすると友人がいっぱい出来ると主人公が言っていました。それに、後夜祭で……」

 すると千尋が「ああっ、」と頷いた。

「そうそう、喧嘩してた二人が後夜祭で踊るんだよね!」

「そう、もうたまりません!!」

「だからおまえら、何の話だっ。おまえらの頭の中がたまらんわ!」

 すると圭がやんわりと口を開いた。

「でも姫ちゃん、転入早々に実行委員は無理じゃないかな? 実行委員は学校のことをちゃんと分かってないといけないし。ちなみに言うと、うちの学校は後夜祭にダンスはないから」

「そうなんですか?」

 がっかりした顔で伊万里が口を尖らせる。壬が慌てて言った。

「まあ伊万里、そんなに落ち込むな。他は?」

「他と言えば……やりたいというか、憧れというか──。あ、でも本当に、これは無理なのでいいんですっ」

「……なに?」

 自己完結で話を終わらせようとする伊万里に壬が聞き返した。すると彼女は、少しもじもじとしてから、千尋にこっそり耳打ちした。千尋が「ええっ?」と目をぱちくりさせる。

 その時、あさ美の呼ぶ声がした。

「イマちゃん、おやつ準備したから取りに来てー」

「はいっ」

 伊万里が急いで立ち上がり部屋を出ていった。

 彼女の足音が聞こえなくなってから、壬たちは千尋に尋ねた。

「おい、さっき何て言ったんだ?」

「や、これ言ったら、私がイマに怒られる」

「誰にも言わないから。姫ちゃん、何に憧れてるって?」

「………壁…ドン」

 千尋がしぶしぶ呟くように答えた。圭が「は?」と顔をしかめる。

「か、壁ドン?──って、あの少女漫画によく出てくる壁にドンってやつだよね?」

 となりで壬がわなわなと震えた。

「また……余計な言葉を覚えてっ──。だいたい、なんで学校生活を理解させるのに漫画なんだよ?」

 壬に睨まれ、千尋が気まずそうに目をそらす。

「いや、分かりやすいかな~と思って。あと、イマと語り合えると楽しいかなあ~なんて……。あの漫画、すごい胸キュンなのよ」

「なーにが、胸キュンだっ。おかげで、学校にすごい妄想が入ってんじゃねえか。挙げ句、壁ドンなんて、学校生活のどこにそんなもんあるんだよ」

「だ、大丈夫よっ、すぐに現実を知ることになるから」

「ならいいけど」

 圭が言った。

「壁ドン相手、探し始めたらどうすんの?」

 千尋が「まさか」と片手を振る。

「さすがに、そこまで世間知らずじゃないわよ」

「だって、憧れだろ? それとも、ねえ壬、やっちゃう?」

「あ?」

「だから、壬が壁ドンを」

「なんで俺がそんなふざけた真似をしなきゃいけないんだ」

「他の人にされてもいいの?」

 その時、廊下から伊万里の足音が聞こえてきた。

「今日は、きよ屋の宇治抹茶プリンです!」

 上機嫌で言いながら伊万里がお盆片手に入ってくる。三人は慌てて口をつぐんだ。

「どうしました? 何を話していたんですか?」

 伊万里がテーブルにプリンを置きながら言った。三人は互いに目配せしあった。

「何って、もちろん」

「三人で姫ちゃんを」

「全力でサポートするって話」

 伊万里が嬉しそうに笑った。

「ありがとうございます!」

(うわあ、不安しかないや)

 三人は同時にそう思った。




 二学期最初の朝、一ノ瀬いちのせ高校では、伏宮兄弟と一緒に登校してきた転校生にみんな大注目だった。

「やっぱり目立つわね」

 校門から生徒玄関に向かって伊万里と一緒に歩きながら千尋が苦笑した。伊万里が玄関のガラスに映る自分の制服姿を確認しながら小声で千尋に言った。

「私、何か不自然でしょうか?」

「違う違う。美人すぎる転校生にみんな度肝抜かれてんの」


 それから壬たちは、まず伊万里を職員室に送り届けた。そして、伊万里を担任の男教師・草野に引き渡してから教室に行った。

 壬たちが教室に入った途端、彼らはクラスのみんなに囲まれた。

「あれ、夏祭りのときの彼女だろ?!」

 まっさきに川村が声を上げた。

「うちの学校に転入って、ずっとこっちにいるわけ??」

「ん、まあ」

「どういうことだよ?」

「どうって……、うちで預かってるって言っただろ。知り合いのおじさんの娘だって」

「なんで?」

「なんでって言われても」

「おじさん夫婦が海外で仕事をしている人でさ」

 圭が落ち着いた調子で割って入った。

「日本にいないことが多くて、今までずっと祖母に育てられていたらしいんだけど、その人も亡くなって。で、姫ちゃんをうちで預かることになったわけ」

「姫ちゃん!」

 圭の呼び方にみんなが反応する。

「姫って名前なの?」

「いや、月野伊万里って名前だけど、」

「じゃあ、なんで姫?」

「イマはね、お嬢さまなの」

 今度は千尋がずいっと前に出た。

「だから圭ちゃんがふざけて『姫』って呼んでるだけ。私は『イマ』だし、壬ちゃんは『伊万里』って呼び捨てよ。ちょっと世間知らずなところもあるけど、そこは気にしないでね。あと男子、間違っても手を出そうなんて考えないこと」

「ダ、ダメなの?」

「イマは伏宮家で、絶賛花嫁修業中」

 すると、みんなが一斉に圭と壬を見た。

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