これは誰のせい(2)

 その時、

「千尋、圭!!」

 黄金こがね色の狐に乗った伊万里が現れた。


 伊万里が黄金こがねの狐の背から飛び降りる。そして、狐は壬の姿に戻った。

 千尋が伊万里と壬に走り寄り、二人にすがりついた。

「伊万里ちゃん、壬ちゃん!圭ちゃんが──!」

「分かってる、伊万里!」

 すると伊万里が驚いた顔で獅子を見ていた。

「狛犬──。このようなところに、なぜ……!」

 二人に気づいた圭が、痛みであえぎながら笑った。

「これ、狛犬なんだ? 神社の石のやつしか見たことない。今、なんとか腕を引っこ抜くから──」

「圭、待ってください」

 とっさに伊万里が言った。千尋が「なんで?」と懇願の目を伊万里に向けた。

「伊万里ちゃん、早く! 圭ちゃんが死んじゃう!!」

「千尋、落ち着いて聞いてください。狛犬は、霊獣と言われるとても利口な物の怪です。どう猛ですが従えさせれば忠実なしもべとなります。でたらめに人を襲う雑蠱ぞうこの類いとは違う」

「何を──」

 千尋が意味が分からないと首を振る。壬も耳を疑った。

「伊万里、何を言い出すんだ」

手懐てなずけろと言っているのです。私たちが敵ではないとうことを理解させれば───」

「むちゃ言うなっ、こんな化けもん!」

「甘ったれないでっ」

 伊万里が厳しい声でピシャリと言った。

「結界が弱まり雑蠱が次から次へと入ってきているというのに、狛犬ごときを従えさすこともできないなんて、あなた方はこれからどうするおつもりですか?」

「どうするって──」


「……そんなの、伊万里ちゃんが全部助けてよ」


 千尋が伊万里を睨みつける。

「今までこんなもの見たことない。ムカデのお化けも、化け物の獅子も、全部あなたが来てから出てくるようになった! だったら、あなたが何とかしてよ!! 鬼なんでしょ?!」

「千尋、落ち着け」

 思わず壬は千尋をなだめた。こんなに誰かを責め立てる千尋を見たことがなかった。

 伊万里が動揺した表情で千尋と壬を見る。彼女は何か言おうと口を開きかけたが、そのまま押し黙りうつむいた。




「……待って。ねえ、こいつ怪我してる」


 静かな圭の声が響いた。

 三人がはっと圭を見る。圭は三人に頷き返し、それから慎重にゆっくりと狛犬の首に片手を回した。

「後ろ足、どうした?」

 圭がのど元をなでると、狛犬はほんの少しのどを鳴らした。

「腕を放してくれると助かるんだけどな……」

「おい、圭──!」

「大丈夫。姫ちゃんの言うとおり、こいつバカじゃない。殺すつもりなら、とっくにこの腕を噛みちぎってるよ」

「圭、聞いてください」

 静かな声で伊万里が言った。

「先ほども言ったとおり、人の姿をなすあやかしなど限られています。狛犬はそれを分かっている。あなたが自分より格上だと認識し、その上で信用にたるあやかしかどうかを見極めようとしているのです」

 圭が「ああ、それで」と納得した顔をした。

「だからさっき、半妖になった俺を見てこいつはひるんだのかな。なあ、おまえ、その怪我をしている後ろ足を見せてくれよ」

 圭がじっと狛犬の目を見る。狛犬はしばらく圭をじっと睨み返していたが、ややして、静かに圭の腕を口から離した。

「ふう──」

 圭が大きく息をつく。上腕が狛犬の牙で大きく裂かれ、そこから派手に血が流れ出いた。

 三人は圭に駆け寄った。

「圭ちゃん、手当をしないと!」

「いいや、狛犬を助けるのが先だ。姫ちゃん、なんとかしてくれるんだろ?」

 伊万里が大きく頷いた。

「まず千尋、狛犬の体をさすってあげてください。あなたの気を感じるだけでも、痛みが和らぐと思います」

「おい、姫ちゃんっ」

「大丈夫、狛犬は千尋を決して襲わない。保証します」

 千尋がおずおずと狛犬に触れる。そして、彼女はゆっくりと静かに体をなでた。

「やだ、すごいモフモフ」

 狛犬の体は予想以上に柔らかで、千尋から笑みがもれた。狛犬が千尋に鼻を寄せてクンクンする。

 そんな様子を不安げに見ながら、圭が「次は?」と伊万里を急かした。

「圭、水のたまり石を出してください。狛犬に飲ませます」

「でも、あの石は……」

「石はまた探せばいい」

 伊万里が答えると、圭が小さく頷いた。そして、彼はポケットから石を取りだした。

「これで治るの?」

「ずいぶん楽にはなると思います。狛犬はもともと再生能力にけた物の怪ですから」

 圭が狛犬に向かって無色透明の石を差し出す。狛犬は彼の手の平を嗅ぎ、それから石をペロリと口にいれ、そのまま地面に座り込んだ。

「食べてくれた!」

「ええ、圭を信用してくれたんです」

 伊万里が答えると圭はへなへなと仰向けになった。

「圭ちゃん!」

「ごめん、力が抜けただけ。死ぬかと思った……」

「ばかやろう、無茶すんなっ」

「はは、さっきとっさに狐火を出したら、すごいの出たよ。壬にも見せたかったなあ」

 圭が笑う。

 狛犬が圭の傍らに来て、彼の腕の傷を優しくなめた。

「なんか、子どもの頃に飼っていた犬に似てるな、こいつ」

「ああ、阿丸な。サイズが違うけど」

「うん、でもたてがみとか似てない?」

「もうっ、のんきなんだから! 早く手当てしないと」

 ぐすぐすと泣きながら千尋が言った。そんな三人の様子を見て、伊万里がほっと安堵の笑みを浮かべて立ち上がった。

「早く手当てを。急いで帰りましょう」 

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