母と娘(2)

 全員で拓真の部屋へ移動しながら、亜門が昨夜からの状況を簡単に話して聞かせた。

 不審な式神を壬が追って屋敷を飛び出して行ったと信乃から報告を受け、亜門はすぐさま古老たちに連絡を取り、自身は深入に向かうため屋敷を出た。

 しかし途中、里のあちらこちらで雑蟲が暴れ出し、それどころではなくなった。里の者を放っておくことも出来ず、次から次へと溢れてくる雑蟲を朝まで退治しつつ、里の者を別邸へ避難させた。里から上がっていた火の手は、雑蟲と戦った時の狐火だった。

「ほぼ東地区の者はこちらの別邸へ避難した。本家の者も動いているだろうから、西地区の者は本邸へ避難しているかと」

 亜門がそう言うと、拓真が「まずいな」と呟いた。タイミングよく、拓真の部屋に到着する。

 拓真は亜子に言って部屋の隅に自分の布団を敷かせ、そこに伊万里を寝かせた。千尋があからさまに嫌な顔をして「なんであいつの布団なの」と伊万里の傍らでぶつぶつ言っているが、そこは時間もないので無視をする。千尋の隣に阿丸がのそのそとやって来てちょこんと座った。

 そして、千尋以外の全員が円の形に座ったところで、拓真は口を開いた。

「亜門、まず伝えておかないといけない。祥真にいと太一郎が死んだ」

「なんだと──?」

「太一郎は、焔に喰われた。兄貴は九尾と一緒に崖から落ちた。とにかく二人はもうおらん」

 亜門が絶句する。そして、彼はすぐさま「あっ」と声を上げた。拓真が頷く。

「そうだ。二人が死んだ今、本家の取り巻きどもがどうなっているか。そもそも本邸は機能しとるのか。西地区の者は避難できていない可能性もある」

「いかんな。大江たちに様子を見に行かせ、本邸に避難を──」

「いいや、本邸は燃やせ」

 拓真がすかさず言い返した。

「あそこはもう敵の根城かもしれん。何があるかも分からん。あるだけ邪魔だ、燃やせ」

「しかし、そんなことをしたら、祥真派の奴らが黙っていないよ」

「だったら殺せ」

「え?」

 亜門が眉根を寄せて言葉に詰まる。隣で亜子も青ざめた。



 拓真の容赦のない物言いに、さすがの亜子も首を横に振った。

「いくらなんでもそれだけで殺すなんて、同じ里の者じゃないか」

「兄貴はもういない。にも関わらず、こちらに楯突くような輩は後々不穏分子となる。邪魔なだけじゃ、殺せ」

 一分の躊躇ためらいも感じさせない口調で拓真が言い返す。亜門親子が言葉にきゅうし、戸惑った様子で顔を見合わせた。

 すると、

「少し、落ち着かれよ」

 篠平の者たちのやり取りを黙って聞いていた猿師が静かに声を上げた。拓真が苛立たし気に口をつぐむ。猿師はそんな拓真に微笑んだ。

「よくぞ一人でこの難局を背負い、生き延びられた。素早い判断と決断も、亜子殿が次の当主にと推すだけのことはある。しかし、」

 猿師は言葉を切ってひと呼吸おいた。それから、一転して拓真を厳しく見据えた。

「その判断と決断に感情を入れてはならん。むやみやたらと命を絶つことは、必ず禍根かこんを残す。命で命の応酬をしてはならんのだ。本当の敵は篠平本家ではないはず」

 拓真が迷子のような目をあちこちに漂わせた。無理もない、跡目で揉めていたとはいえ、つい昨日まで普通の少年だったのだ。

 猿師はそんな拓真に対し、静かな口調で言い聞かせた。

「もう大丈夫。亜門殿も亜子殿も我らもいる。もう、一人で背負う必要はない。気を、鎮められよ」

 拓真の強張っていた肩から力が抜ける。亜門が猿師に対し軽く一礼をした。

 張り詰めた空気がほんの少し和らいだ。

 すると亜子が、あらたまった表情で猿師を見た。

「ところで、猿師はこの背後に蟲使いがいると言っておりました。心当たりは?」

「……一人、蠱毒づくりを得意としている蟲使いを知っている」

「その者とは?」

「名を四洞しどう月夜つくよ鬼伯きはくの側近だ」

 亜子の隣で亜門が唸る。

「やはり、月夜。しかしなぜ、妖刀を狙う?」

「無刀の王だからよ」

 猿師が小さく鼻を鳴らした。その場にいた全員が猿師の言葉に首を傾げる。およそ鬼伯となる者が無刀などあり得ない。仮になかったとしても、刀鍛冶に頼んで作ってもらえば良いだけの話だ。

 すると、猿師が「細かいことは今は省略するが」と話し始めた。

「無刀というのは、正統な刀を持っていないという意味だ。今の鬼伯は、先の争乱で先代鬼伯とその一族を力で追いやり今の座を手に入れた。先代の一族に引き継がれていた宝刀は、今もまだ行方不明のままだ。奴は自らの正当性を内外に知らしめることも出来ず、その伯座はくざ磐石ばんじゃくではない。それに加えて、跡継ぎと目される息子とは折り合いが悪い」

「つまり、自分の正当性を示すために、月夜に伝わる宝刀に代わるものとして、焔を手に入れようとしているってことか」

 亜子が親指の爪を噛みながら前のめり気味に言った。猿師が頷き返した。

「簡単に言うと、そういうことだ」

「迷惑な奴じゃ」

 拓真が「はんっ」と吐き捨てる。

 しかし、ここで愚痴っていても意味がない。

 彼は大きく息を吸って気持ちを落ち着かせると、あらためて亜門に目を向けた。

「亜門、大江たちと西地区を見に行ってくれ。本邸をどうするかは──、すまん、さっきは言い過ぎた。亜門の判断に任す。危険だと思った場合は、何もせずに戻ってこい。里のもんの避難が優先じゃ」

「承知」

 亜門が満足そうに口の端を上げ、ばっと立ち上がった。そして彼は、足音も騒々しく部屋を出て行った。

 すると、今度は圭が口を開いた。

「壬はどうする? 早く助けに行かないと、この時間も惜しい」

「私が行こう。圭、一緒に来てくれる?」

 亜子がすぐさま名乗りを上げ、立ち上がる。圭も「分かった」と同じく立ち上がった。

「拓真、場所はどこだい?」

「儂も行く」

 拓真が傍らに置いた刀に手をかける。しかし、彼が立ち上がろうとしたところを、亜子は片手で制した。

「おまえさんは休んでな。じっとしていられない気持ちも分かるけど」

「置いてきたのは儂の責任じゃ」

「あの状況じゃ誰だって同じことをしている」

 言って亜子は拓真の前に片膝をつくと、彼の肩をぎゅっと掴んだ。

「さっき言われただろう? 今のこの状況をみんなで背負うんだ。ここには伊万里も千尋もいるし、何より、避難してきた里の者もいる。いざという時、猿師一人じゃ負担が大きすぎる」

「……」

 亜子の言葉に拓真がしぶしぶ頷く。

 全てを納得したわけではない。しかし、亜子の言い分は的を射ているし、今は自分がどうしたいかなどという気持ちは二の次だ。

「九尾を置いてきた場所は、藤の場所から下って最初の二又に分かれる道の奥──、一番高い崖の底だ」

「……あそこか。分かったよ」

 亜子の瞳が鋭く瞬いた。そして力強く立ち上がり、身をひるがえす。

「圭、行くよ。死ぬ気でついてきな」

「言われなくても」

 圭が亜子の後に続く。二人は慌ただしく出ていった。

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