オマケ番外編:護とあさ美の朝食

「なあ、母さん」

 総次郎が去って一週間、いつもと変わらない朝。子供たちより遅い朝食をあさ美と食べながら、護があらたまった口調であさ美に話しかけた。あさ美がいつもと変わらない笑顔を護に返す。

「なあに? そんなあらたまった顔をして」

 今日の朝御飯は、護の好きなシャケとワカメのお味噌汁。護はシャケを箸でつつきながらあさ美に言った。

「や、壬とイマちゃんなんだがな」

 すると、あさ美がふふふと口から漏れる笑い声を片手で押さえた。

「ああ、あの二人のことね。見ていても可愛らしくって、」

「あれ、どうなんかな」

「──は?」

 刹那、あさ美が眉根を寄せて護を見返した。

「どうって、見たまんまじゃない?」

「そうか」

「そうですよ」

「っていうことは、どういう──」

です」

 あさ美が、「まさか分からないのか」と言わんばかりの口調でぴしゃりと言った。慌てて護は「うんうん」と頷く。間違っても「分からない」とは言えない。

 困ったな、全然分からないじゃないか。そう思いながら、護は気を取り直して再びあさ美に話しかけた。

「なあ、母さん」

「今度はなんです?」

「圭と千尋ちゃんなんだがな」

「見たまんまです」

 用件を言い終わらないうちに言い返され、護はうっと言葉に詰まる。

「そ、そうか」

「そうですよ」

 あさ美がご飯をぱくりと口に運ぶ。つられて護もご飯をぱくりと食べた。

 どうしよう、さっぱり分からないじゃないか。いよいよ困った、と護は思った。

 伊万里が伏宮家に来るまで、圭と壬と千尋はいつでも三人一緒、いや、いつまでも三人一緒だった。高校生になっても三角関係になるわけでもなく、息子たちが別の女の子を連れてくる訳でもない。伊万里が来て何か変わるかと思ったら、三人が四人になっただけだった。

 少なくとも護には、そう見えた。多少、壬と伊万里が仲がいいようには見えるが、それはやはり焔のことがあるからだろうし、圭と千尋が仲がいいのはいつものことだ。夏祭に圭と壬が別行動をしていたことも、護はたまたまだと思っていた。

 正直なところ、伊万里と千尋のような女の子がバカ息子二人のもとに来てくれたらいいなと思う。

 しかし、伊万里は九尾との盟約に縛られ、言われるがまま相手も決まっていない状態で伏宮家に嫁がされた。恋愛ぐらい自由にさせてあげたいし、伏宮家の家族として受け入れた以上、そうさせてあげるのが大人の義務ってものだ。一方、千尋は橘家でも滅多に現れない繭玉の気を持つ子。器量良しだという理由だけで、うちに欲しいなんて言えるわけがない。

 そう考えると、四人の仲良しこよしの絶妙な関係は、ある意味、間違っていないのかもしれない。

「まあ、まだまだ子供だしな。四人で仲良くやっているみたいだからいいか。ほら、やっぱりまだ子供だし」

 護があさ美に同意を求める。すると、あさ美が微妙な顔を返した。

「どうした、母さん?」

「いいえ、何も」

 あさ美がそっけなく答えて味噌汁をするすると飲む。しかし、彼女はふと手を止めると護に言った。

「父さんが私と出会ったのはいつでした?」

「なんだ、いきなり。十八……、いや十七の時だな」

「分かっているのならいいわ」

 あさ美が言った。そして再びごはんをぱくんと食べた。護は顔をしかめた。

「それがどうした?」

「圭と壬も十七ですよ」

 と、あさ美。

「……そうか」

「そうです」

「な、なあ、母さん」

、です」

 用件を一言も発しないうちにあさ美の答えが返ってきた。その目が心なしかイラついているように見える。

 本当に困ったな。見たまんまってことは、あの四人には何もないってことだろう。なのに、どうして妻は怒っている?

 しかし護は、これ以上聞くことも出来ずに「もちろん、分かっているとも」と大きく頷き返した。

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