約束は災いのもと(5)
文化祭初日も無事終わり、その日の夜は千尋も一緒に伏宮の家で夕飯を囲んだ。明日はとうとう総次郎が出発する日だ。
「おかげさまでお化け屋敷は、大成功でした!」
伊万里が嬉しそうに総次郎に報告をする。しかし、壬と圭、そして千尋がきっと伊万里を睨んだ。
「どこが大成功だ! なんで雑蟲が会場にわんさか出るんだよ。俺と圭で人目を避けながら始末するのにどんだけ苦労したと思ってんだ?」
「だいたい、あの火の玉みたいな式神はなんなの?!」
「いくらなんでも御守りに穢玉つけ過ぎ!」
「三人してそんなに怒らなくても……。当初の思惑どおり、みんな恐怖のどん底に落ちてくれたではないですか」
すると、壬、圭、千尋の三人が同時に口を開いた。
「──恋が叶うお化け屋敷はどこにいった???」
伊万里が頬をぷうっと膨らませる。総次郎がそんな伊万里の頭を撫でた。
「こいつら、頭が固くてこまるなあ? 伊万里」
「こっちは、日頃から人としての常識が試されているんだよ。なんで学校で刀を振り回さなきゃならないんだ」
「ほら、学校に刀やっぱりいるだろう?」
「普通はいらねえし!」
「それにしても、次郎さまはどうして来てくださらなかったのですか? 明日、もう行ってしまわれるというのに」
伊万里が不満げに言った。総次郎が
「じゃあ、明日」
「本当に?」
「ああ、行く行く」
総次郎が頷く。しかし、壬と圭は(嘘だな)と思った。
いつだって、総次郎はそうだ。なんの前触れもなくふらりと現れ、何も言わずにいなくなる。
こんな風に事前に出発すると分かっているのは珍しい方で、もしかしたら明日の朝になったらもういないかもしれない。
「ねえ、ジロ兄」
圭が言った。
「例の蜘蛛はどうすればいい?」
「それな。どうするか、今考え中」
その曖昧な言い方に、圭と壬は互いに顔を見合わせた。
伊万里が総次郎に尋ねた。
「何か分かったのですか?」
「んー?」
総次郎が面倒くさそうに返事をする。しかし、それ以上は何も言おうとしない。
(話す気がないな)
彼の様子を見て壬は思った。
こんな時の総次郎は何を言ってもはぐらかされるだけだ。そもそも何も語る気がないのだから。
「あの、次郎さま」
それでも伊万里が食い下がる。すると、総次郎が不快に眉をひそめた。
「これは、圭と壬の仕事だ。おまえがでしゃばるな」
「も、申し訳ありません」
総次郎にぴしゃりと言われ、伊万里が慌てて口をつぐんだ。そして彼女はしゅんっと小さくなった。
そんな伊万里を見て、総次郎がやれやれとあごひげをさすった。
「本当にまあ、
「……先生が来てくださいますか?」
伊万里の顔がふわっと明るくなる。総次郎が苦笑した。
「やれやれ、思った以上の甘えん坊だな。こりゃ苦労するわ」
言って総次郎がちらりと壬を見た。
(そんなこと、分かってるし)
だから危なっかしくて油断できないんだ。
壬はむすっとしながらそっぽを向いた。
そして文化祭二日目、今日は朝からお化け屋敷は大賑わいだった。昨日は「恋が叶う」という触れ込みで男女二人組が多かったが、今日は「絶叫屋敷」という口コミでグループで来る人が多くなった。
「はいっ、これ呪われた御守りです。それでは、素敵な絶叫の旅をいってらっしゃいませ♪」
二日目ともなると伊万里も手慣れた調子で案内をしている。
昼になろうとした頃、中から連絡役の圭が出てきてた。
「ちょっと中の人が多すぎる」
「って言っても、こっちもこの行列だぜ?」
壬が行列を指さして答える。圭が「ダメだ」と首を振った。
「さすがの千尋も疲れてきてるから、一回止めて。あと、
壬がやれやれと頭を掻いた。
「じゃあ、分かりやすいように看板を作るか」
「すぐできますか?」
「ダンボールが余っていたはずだから、教室で適当に作ってくる。圭、戻ってきたら
「オーケー」
「では、入場をしばらく止めますね」
圭が会場に戻り、壬は大急ぎで看板を作りに行った。
それからしばらく、伊万里は客がやってくるたびに入場を一時停止していることを説明していた。すると、
「おう、暇そうだな」
ふいに声がして、その声の方を見ると総次郎が立っていた。
「次郎さま!」
伊万里が嬉しそうに出迎える。
「大入りで、入場を一時停止しているところです。壬は、入場制限の看板を作りに行っています。千尋と圭は中にいます」
「そうか。そりゃ、楽しそうで良かったな」
「はい。壬や圭が、次郎さまは絶対に来ないと言っていたので、もう諦めていました」
「ああ、ちょっと事情が変わった」
「事情?」
「それより伊万里、おまえは化け物に仮装しねえの?」
総次郎が伊万里の質問には答えず、彼女に言った。
「ええ、私は受付ですので……」
ふいに話をふられ、伊万里が戸惑い気味に答える。総次郎がにやっと笑った。
「何をつまんねえこと言ってんだ。俺がコスプレさせてやる」
「コスプレ……ですか?」
「ほら、弓道場か柔道場は空いているだろ? どうせ客を止めているなら、ちょっとぐらい抜けても大丈夫だ。すぐにできるコスプレだから」
総次郎が伊万里の腕を掴んだ。
「え? いや、あの──、次郎さま??」
「いいから、いいから」
言いながら、彼は強引に伊万里を引っ張って歩き出した。
一方、壬は大急ぎでダンボールを使って「入場制限」の看板を作成すると、それを持って剣道場に向かった。なんだかんだと手間取って、意外と時間がかかってしまった。
(伊万里が受付で困ってなければいいけど、)
すると、急ぐ壬の耳に女子生徒たちの甲高い声が入ってきた。
「あの男の子のけも耳、可愛い~」
「ほんとだ、本物みたい!」
なんだろうと声のした方を見ると、頭に狐の耳を生やした寛太が何食わぬ顔で校庭を歩いている。思わず壬は持っていた看板をぼとりと落とした。
「かっ、寛太?!」
寛太がくるっと振り向いて壬を見るなりムッとした顔をする。
「なんだ、壬だ」
「なんだじゃねえ!」
壬は寛太に駆け寄ると、彼の首根っこを掴んで持ち上げた。寛太が足をバタバタさせながらわめいた。
「降ろせ!」
「ふざけんなよ。耳もまともに隠せないやつが、谷の外をなにうろちょろ歩いてんだ」
「寛太はもうすぐ三歳だから大丈夫なんだ!」
「ほほう」
壬が皮肉たっぷりの笑みを寛太に返した。
「ママはどこだ?」
「違うっ。ユウスケと一緒に来た」
「あのガキどもか……」
壬がやれやれとため息を吐く。ふと周囲に目をやると、小さな子供をつまみ上げている壬に行き交う人が眉をひそめている。壬は、その視線に気づいて、慌てて寛太を抱きかかえた。
「ちくしょう、ガキをいじめているみたいだろうが」
寛太がさらにバタバタと暴れた。
「壬に抱っこされてもうれしくない! 寛太は伊万里のおっぱいが好きなんだ!」
「てめえ、よくもぬけぬけと。しばくぞ!」
「伊万里に壬が痛いことしたって言いつける!」
「言えよ。俺もおまえがおっぱい好きだって伊万里に言ってやる」
すると寛太が不思議そうな顔をした。
「寛太、伊万里にもう言った」
「へ?」
「だから、伊万里のおっぱい好きだって言った」
「おまえ、マジか??」
「うん。そしたら、『いいですよ』って言ってくれ──いででで」
壬が寛太の頬をむぎゅーと引っ張った。
「……おまえ、やっぱりしばくわ」
「うぅ──」
途端に寛太が涙目になる。壬ははっと周囲に目をやりながら、慌てて彼をなだめた。
「おい、泣くな。嘘だ、嘘。それより、帽子かなんか持ってないのか。なんで耳を丸出しにしてんだよ」
「だって、伊万里も丸出しだった」
「は?」
「あっちで、伊万里も角を丸出しだった」
「………なんだとぉ??」
今度は寛太をぼとりと落とす。壬は看板を持つと、寛太をそこに置き去りにして猛ダッシュで剣道場に向かった。
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