いざ、文化祭(5)

 次の日、千尋も朝から手伝いにやってきた。彼女の仕事は水のたまり石のミサンガづくりだ。あさ美から編み方を教えてもらい、千尋は慣れない手つきで懸命に編んでいた。

 壬たちは、総次郎と一緒に朝からずっと親蜘蛛探しだった。午後もだいぶ過ぎたころ、壬たちは水のたまり石を川添かわぞえに集めに来た伊万里たちと荻原商店で合流した。

「親蜘蛛は見つかっていないのでしょう?」

 伊万里が心配そうに総次郎に尋ねる。

「うーん、どこにいるやら。栄養つけたら、また産むぞ」

「ええーっ、マジで?」

 圭と壬がげんなりした声を上げた。

「親蜘蛛って言うからには、さらに大きいんだろ?」

「大きさはさほど……。それよりも、厄介なのは霊力の高さだ」

 総次郎が言った。

「サイズも変化自在になるし、人にも憑きやすい。知能もある」

「面倒くさそう……」

「ま、持久戦だな。こんだけ土蜘蛛を殺してりゃ、必ず親が出てくる。とは言え、俺もいつまでも長居できんしな。来週いっぱいで行こうかと思っていたから、どうするかな」

 圭が「え?」と聞き返した。

「ジロ兄、もう行っちゃうの?」

行くの。どんだけ子守をさせるのよ、おまえら」

 総次郎が言い返す。すると、伊万里が残念そうな顔をした。

「せめて、文化祭まではダメですか? せっかくなので次郎さまにも見てほしいです」

「文化祭……、月末か」

「はい、さ来週の土日です」

「そのくらいなら、まあ親蜘蛛のことも気にかかるし、いいだろ」

「本当に?」

 伊万里が両手を合わせて嬉しそうに笑う。

「壬、さ来週まで大丈夫ですって!」

「あ、うん」

 壬は複雑な気持ちで頷き返した。総次郎がいてくれるのは自分としても嬉しい。壬にとっても彼は尊敬できる大好きな兄狐だ。

 しかし、目の前で総次郎と伊万里が仲良くしているのを見ていると、もやもやが溜まる。総次郎にその気がなくても、伊万里の気持ちがどうかなんて分からない。その証拠に、ここ最近の伊万里は何かあるごとに「次郎さま」とうるさい。

(なんか、このもやもや、似たようなことがあったな)

 そう思いながら、壬はすぐ脇で話をしている圭と千尋を見て(これだ)と思った。

 ああ、そうだ。この二人の時と似ているんだ。圭と千尋の気持ちに気づいて、邪魔にならないよう悩んでいたあの時と。

 あの時と違うのは、自分が伊万里のことを好きだということ。

(俺、また部外者になるのかな)

 そう思うと、壬の胸がさらにもやもやした。


 みんなでひとしきり休んだ後、総次郎が「今日はこれでしまいだ。もう解散」と言って、伏見谷へ先に帰ってしまった。

 同じく、千尋も宿題があるからと圭に送られ帰って行った。後に残ったのは、壬と伊万里の二人だけだ。

 所在なく荻原商店の長椅子に並んで座りながら、伊万里は壬に言った。

「私たちも帰りますか?」

「なに、帰りたいの?」

 壬が答える。その素っ気ない言い方が伊万里の耳に障る。

「なんか、怒ってます?」

「なんで。怒られるようなことした?」

「やっぱり、なんか怒ってます」

「怒ってないって。怒ってないけど──」

 ちょっとねてるだけ。と心の中で答えながら、壬はふいっと顔をそむけた。横目でちらりと伊万里を見ると、彼女は少しつまらなさそうにうつむいてる。

 と、その時、

「伊万里、見つけた!!」

 子供たちの声がした。声のした方を見ると、いつかの子供たちがこちらに元気よく駆け寄ってきた。

 子供たちがあっという間に伊万里を取り囲む。

「遊ぼ! 遊ぼ!」

「クラオニしよっ!!」

「ちょっと待った!」

 すると、そんな子供たちに向かって壬が言った。

「おまえら、今日は伊万里から大切な話がある」

「ええー?」

「いいから、少し静かにしろ」

 壬は子供たちに言い聞かせた。その隣で、伊万里が戸惑った表情を見せた。

「あの、壬」

「いい機会だろ」

 壬が言った。そして彼は子供たち一人ひとりを見ながら「本当に大切な話だからな」と言い聞かせた。子供たちが神妙な面持ちで互いに顔を見合わせた。

「ほら、伊万里」

 壬に促され、伊万里は長椅子から立ち上がった。

「あの……私、みんなに隠していたことがありまして、」

 子供たちの真剣な目に圧倒され、怖気づいてしまう。もしかして嫌われてしまうかも。嘘つきと言われてしまうかも。

「私──」

 言葉が喉に詰まってうまく出でこない。すると、そんな彼女の手を壬が握った。

(大丈夫──)

 伊万里は大きく深呼吸した。そして、彼女は子供たちに頭を下げた。

「みんな、ごめんなさい。私、みんなが言っていた鬼姫です。今まで言い出せなくて、本当にごめんなさい!」

 伊万里の突然の告白に、子供たちはポカンと口を開け、豆鉄砲を喰らったような顔をした。すぐには誰も動かず口も開かない。ややして、狐の耳を生やした男の子がぽつりと言った。

「角、あるの?」

「え?」

「鬼は角があるって聞いた!」

「……そうですね、あります」

 すると他の子供たちが「へえー」と感心する声を上げた。

「見たい!」

「触りたい!」

「角……ですか?」

「うん!」

「私も!」

 子供たちがわあわあと騒ぎだした。どうしようと伊万里が壬を見ると、彼は彼女に笑い返した。

「いいんじゃねえの?」

 伊万里の気持ちが少し軽くなる。

「それでは」

 言って彼女は子供たちの前で変化を解いた。一本の白い角と、深紫の瞳があらわになる。子供たちから「おお」という声が上がった。

 そして伊万里はしゃがんで子供たちに頭をつき出した。

「どうぞ、触ってもいいですよ」

 すると、子供たちは興味津々の顔をしながら指でつんつんと伊万里の角をつつき、それから代わるがわるベタベタと触り始めた。

「すっごーい!」

「本物だ!!」

「固いぞ!」

 みんなが興奮ぎみに言った。

「みんな、押さないで。あ、いたっ」

 子供たちにもみくちゃにされ、伊万里が笑いながら言った。しかし、子供たちは収まらない。

(良かった──)

 壬は、自分のことのように嬉しくなった。


 が、三分後。


(おい、ちょっと馴れ馴れしすぎやしないか?)

 子供たちがあまりに伊万里を触り倒しすぎる。どさくさに紛れて、伊万里の膝にちゃっかり座っている子供もいる。思わず壬は、彼らの間に割って入った。

「おまえら、もうダメだっ。触りすぎ!」

「ええーっ」

「えーじゃないっ。おまえも、膝から降りろ!」

 ブーブー言う子供たちに向かって壬が一喝する。伊万里が壬をなだめた。

「壬、私は別に大丈夫です」

「伊万里も甘やかし過ぎるんだよ」

「だって可愛いじゃないですか。寛太かんた、おいで」

 伊万里が耳をはやした一番小さい男の子を抱きかかえる。ちゃっかり伊万里の膝に座っていた奴だ。寛太と呼ばれる子供は伊万里にギュッと抱きついて、壬と目が合うと勝ち誇ったようににやっと笑った。

「おい、今すぐそいつを離せ」

「どうして?」

「どうもこうも、おまえの胸にしがみついて──」

「何を言っているんですか。ついこないだまで、おっぱいを飲んでいたような子ですよ?」

「お、おっぱいって、おまえ飲ませてたの?!」

「そんなわけないでしょう。嫌ですねえ、いやらしいお兄ちゃんは」

 伊万里があきれた顔で壬を一瞥しながら寛太に話しかける。寛太は「伊万里、好きー」と笑顔で返し、彼女の頬にチューをした。

「なっ?!」

 俺が面と向かってできないことを平然と!!

「このマセガキ──!」

 思わず壬が寛太を引きはがそうとすると、伊万里がさっと体をひねって寛太をかばった。

「壬、やめてくださいっ。大人げない。怖がっているじゃないですか」

「や、おまえが思っているほどこいつ純粋じゃねえって」

「壬と一緒にしないでください」

 伊万里は寛太に「ねえ?」と笑いかけた。

 壬はわなわなと震えた。

「おまえ、そのうち絶対に悪い男に騙されるぞ」

 すると、伊万里はじぃっと壬を見返した。

「……もう、とっくに騙されています」

「え?」

「なんでもありません」

 伊万里がプイッと顔を背け、寛太が壬に向かってあっかんべーをした。

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