いざ、文化祭(4)

「面白そう!」

「私もやりたい!」

「姫の考えることは、ちょっと違うな!」

 クラスの反応を見て、伊万里が嬉しそうに笑った。そして彼女は千尋の腕を引っ張った。

「私だけではありません。圭や壬、千尋も一緒に考えてくれました。何より、この企画はうちのクラスの不思議さんである千尋がいてこそ成り立つというもの。みなさん、千尋に存分に感謝してくださいね!」

 みながどっと笑う。今となっては伊万里の方がよっぽど「不思議さん」だからだ。

 それに、実際のところ、千尋が不思議な力を持っているなんて誰も本気で思っていない。だからこそ、そこを本気で押してきた企画に誰もが感心した。

 しかしその時、

「ばっかみたい!」

 突如、杏奈が立ち上がり、伊万里と千尋を睨んだ。

「恋が叶うなんて、そんな中坊みたいなこと誰がやんのよ?」

 すると、川村が不快な顔を杏奈に返した。

「大川、最初におまえがやるって言ったんだろ。面白半分にかき乱して、文句ばっかり言うなよ」

 教室の誰もが川村の言葉に賛同した。

「そうだよ、だったら何か代案を出してみろよ」

「月野さんも千尋も、あのひどい噂を逆手に取って、ここまで企画してきたんだから」

「何よ、みんなして私が全部悪いみたいに──! やってらんない!!」

 杏奈が鞄を肩にかけ、怒った足取りで教室を出ていこうとする。とっさに千尋が彼女を追いかけた。

「待って杏奈、」

「触んないで!」

 千尋の手を杏奈がパンッと弾いた。

「気味悪いって言ってるでしょ?!」

 教室がざわざわとする。そんな中、伊万里が二人の間に割って入った。

「これ以上、千尋を侮辱するようなら私が許しません」

 伊万里が鋭い目で杏奈を見た。

「あなたは何も分かっていない。千尋は清浄きれいすぎるから、けがれたものが目につきやすいんです」

「なに、よ……」

「心当たり、ありませんか?」

 射抜くような伊万里の視線に杏奈はたじろいだ。そして彼女は、その視線から逃れるかのように顔を背けると、そのまま黙って出ていってしまった。

 折しも終業のチャイムが鳴る。教室に気まずい空気が残った。

「とりあえず、今日はここまでにしようぜ」

 壬が声をかけ、みんながざわざわと帰り支度をし始めた。

「あんまり気にするな。大丈夫、大川も頭が冷えたら戻ってくるって」

 壬は伊万里と千尋に言った。


 ホームルームが終わって壬たちが家に帰ると、総次郎が待ちかまえていた。そして、壬と圭はそのまま山に直行だった。相変わらず土蜘蛛が出るので、今週はほぼ毎日山に入っている状態だ。総次郎の話だと、どこかに親蜘蛛がいるはずだということだった。

 壬は、今日も圭と一緒に土蜘蛛を一匹始末した。刃に気をのせることも、それを相手に放つこともなんとなく分かってきた。最初は全て敵に見えた雑蟲ぞうこにもしがあり、こちらの気持ちが乱れると山の生き物たちも気が荒れることが分かった。

 この一週間で壬たちは少しずつ総次郎からいろいろなことを教えてもらった。今では身体的にも精神的にもずいぶん楽になり、疲れ方も極端なものではなくなった。山であやかしたちの相手をしていると、自分の力がぐっと伸びていくのが分かる。

(このまま力をつけていけば、ジロ兄のように強くなれるかな)

 最近、壬はひたすら自分が強くなることを考えるようになっていた。


 この日、壬たちが帰ってきたのは夜もかなりけてからだった。いつもは縁側で待ってくれている伊万里が今日はいない。さすがに寝たかと思い、壬が疲れを流し終えて大広間に行くと、その伊万里がころんと横になっていた。

 傍らには大量の御守りが山積みになっている。そうっと近づくと、彼女は気持ち良さそうに眠っていた。

「こんなに作って疲れたな」

 壬はひとり笑いながら伊万里のそばに腰を下ろした。そして彼は、彼女の顔にかかっている髪を払った。

「なあ、伊万里。俺、少しずつ強くなってると思う」

 伊万里は答えない。その無邪気な寝顔が愛らしい。

 彼女は喜んでくれるだろうか。

 こうやって自分が少しずつ強くなっていくことを。

 壬は思った。

 一方で、そんな自分を嘲笑あざわらう声が聞こえてくる。

 誰も期待なんかしていない。そもそも自分が強くなることを伊万里は望んでなんかいない。妖刀・焔を持たせたくないと言っていたのは、他でもない伊万里自身ではないか。

(まるで負けが分かっているゲームみたいだ)

 でも、それでも、強くなりたい。少しでも彼女のそばにいられるように。

 壬は伊万里の頬にそっとキスをした。

「……好きだよ」

 その言葉が自然と口からついて出た。

 こんな状況でしか言うことができないなんて、我ながら卑怯だと思う。しかし、ようやく本家の狐として歩き始めた自分には何ひとつ自信がない。焔を使いこなす自信も、伊万里に認めてもらう自信も。

 その時、伊万里がびくっと体を動かし、うっすらと目を開けた。

 壬は慌てて彼女から離れ、何食わぬ顔で声をかけた。

「おい、こんなところで寝てたら体を冷やすぞ?」

 伊万里が目を擦りながら体を起こした。

「ん、ああ。おかえりなさい。壬、帰っていたのですね」

「うん。いっぱい作ったな、御守り」

「はい。たくさんの人に来てほしいので」

 伊万里が笑いながら答えた。直後、彼女はブルッと体を震わせた。

「やっぱり体を冷やしただろ?」

「はい、少し夜風にあたりすぎました」

「こんなところで寝てるから。こっち来いよ」

 壬が自分の膝を叩きながら手招きする。伊万里は「え?」とたじろいだ。

「こっ、来いと言われても──」

「俺、風呂上がりであったかいぞ」

 言うが早いか、壬は彼女を引き寄せ抱きかかえた。

「な、あったかいだろ?」

「ああああったかいですけど、そういう問題では──」

 慌てふためく伊万里が面白い。

 彼女はしばらく居心地悪そうにもぞもぞしていたが、しばらくすると観念したのか大人しくなった。ややして、伊万里が言った。 

「壬、いつからいたのですか」

「今来たところ。なんで?」

「いえ、夢を見ていたので」

「どんな夢?」

 壬が尋ねると、伊万里が「ふふっ」と笑った。

「内緒です。いい夢は誰にも言ってはいけないと教えられたので」

 壬の腕の中、伊万里が片手で頬をさすりながら嬉しそうに呟いた。

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