いざ、文化祭(3)

 壬と総次郎が帰ってきたのは、十時になろうとする頃だった。夕飯もお風呂も終わり、縁側で圭と一緒に待っていると相変わらずボロボロの状態の壬が帰ってきた。そして今日は、腕に割と大きめの怪我もしていた。

「壬、大丈夫ですか。ひどい怪我──」

 壬の怪我を見るなり、伊万里が駆け寄った。

「壬、今日も土蜘蛛が出たんだって?」

 伊万里に続いて圭も壬を出迎えた。

「うん。これは、二匹目のときにやられた」

「二匹も?」

 圭が驚きながら壬に聞き返した。

「壬がどっちとも倒したの?」

「なんとか。ジロ兄が助けてくれたし」

 圭が「へえ」と声を上げ、あとから入ってきた総次郎を見た。

「俺も次は行く、ジロ兄」

「だったら早く帰ってこい。いつでも行けるように」

「うん、そうする」

 圭が総次郎に頷き返した。それから彼は壬に言った。

「そう言えば、待ってる間に姫ちゃんと文化祭のこといろいろ詰めておいたよ。千尋にもいろいろ聞いてさ」

「悪い、助かる」

「けっこう形になりそうじゃない? 千尋の代わりとか、俺も手伝うし」

「今週の金曜日、クラスのみんなに話すのが楽しみになってきました。ちゃんと説明できるよう、明日から見本を作ります」

 伊万里が嬉しそうに笑う。壬も自然と顔がほころんだ。

「見本って? あとで詳しく聞かせろよ」

「もちろんです。さあ、傷の手当てをしてしまいましょう」

 彼女が言った。




 金曜日のホームルーム、伊万里と壬はお化け屋敷の概要をクラスに説明することになった。担任の草野がいたのは最初だけ、

「進行は実行委員に任せるから、終わったら自由に解散!」

 と言って、すぐに教室を出て行ってしまった。

 伊万里は壬と一緒に教壇に立ち、みなに向かって説明を始めた。

「皆さんには、好きな化け物に仮装してもらい、やって来た人を驚かしてもらいます。会場は剣道場を押さえました」

 教室がざわついて、そこかしこで「なんだ、普通じゃん」という声が聞こえた。伊万里がにっこり笑う。

「ここまでは、よくある文化祭のお化け屋敷だと聞いています。しかし、これだと面白くないので、少し趣向を凝らそうと思います」

 言って彼女は「封印」と書かれた紙を貼ったきよ屋の箱を取り出した。この一週間、伊万里が校内で持ち歩いていた箱だ。彼女の奇行を見続けた生徒たちは誰もが(出た!)と思った。

「実はこの中に……」

 みんなが固唾かたずをのんだ。すると、中から可愛らしい手作りの御守りが出てきた。

「縁結びの御守りが入っています」

「御守り……?」

 みんなが拍子抜けする。しかし、伊万里がその御守りをみんなに見せながら「ふふふ」と笑った。

「実はこれ、けがれきっております」

「……へ?」

「私がこの一週間、校内で集めた穢れの中に漬け込んだ御守りですから」

 言って伊万里がほくそ笑む。その場にいた全員が、ゾッとしたのは言うまでもない。隣で壬が「んんっ」と咳払いをし、伊万里を肘で突く。伊万里がはっとして、慌てて付け加えた。

「──という設定です。あくまでも!」


(嘘だ!)


 みんなそう思ったが、口に出せない。教壇に立つ伊万里は、にこにこと笑いながら説明を続けた。

「これをお客さんに受付で渡し、中に入ってもらいます。あとは、皆さんが来た人を驚かしてくれたら大丈夫です。というわけで、さっそくやってみましょう!」

「……やるって?」

 話についていけず、戸惑うクラスメイトをよそに、伊万里が今度は教室の後ろのロッカーまで行き、扉を開けた。

「いつも皆さんが使っているロッカーです。なんの変哲もありません」

 言いながら伊万里は中に置いてある掃除道具をすべて外に放り出し、それから川村を見た。

「川村さん、こちらへ」

「お、俺?」

 何がなんだか分からないという顔で川村が伊万里のもとへ来た。

「川村さん、このロッカーに入ることは怖いですか?」

「いや、別に。全然」

「安心しました。では、はいこれを持って──、入ってください!」

 伊万里は川村に御守りを押しつけたかと思うと、彼をロッカーの中に投げ込みドアをバタンと閉めた。

 数秒後。

「うっ、うわぁっっ!」

 大慌ての川村がロッカーから飛び出してきた。

「いる! いる! ここ、なんかいる!!」

「まあ、効果てきめんですね」

「こここ、効果ってなんの?!」

「いえ、こちらの話です。そんなことより、ロッカーには何もいませんよ、ほら」

「………」

 川村が助けを求めて教室を見回す。しかし誰もが顔をひきつらせ、「無理!」とばかりに首を振った。

「伊万里ちゃん、この御守り返すっ」

「と言われましても、あなたさまに差し上げたものなので……」

「差し上げたって言うより、俺に押しつけたよね? あきらかに押しつけたよね?!」

「大丈夫、安心してください」

 伊万里が得意げに人さし指を立てた。

「巫女さまに祓ってもらえば良いのです」

 言って彼女は千尋を見た。

「うちには、御前みさき神社の巫女がいます。千尋、出番です」

「私、本当にやるの?」

「もちろんです。でないと、この場が収まりません」

 ほぼ、脅しだ。

 千尋はしぶしぶ立ち上がり、伊万里と川村のところにやって来た。穢玉まみれの御守りを見ると、それを握りしめている川村の手まで穢玉まみれになっている。

(これ、ダメなやつだわ)

 千尋はやれやれとため息をつきながら、まず彼が持つ御守りをパンパンと叩いた。穢玉がパパパッと消える。そして、それから両肩もついでに払った。

「はい、おしまい」

「え? これだけ?」

「大丈夫よ。気分も少し落ち着いたでしょ?」

「……確かに」

「じゃあ、もう一度入ってみて」

「もう一度って──、また怖かったらどうすんだよ」

「その時はイマが責任取るわよね?」

 千尋が伊万里に目を向けると、伊万里が大きく頷いた。

「もちろんです。もしもの時は、私が全身全霊をもっておなぐさめいたします」

「分かった! 入る!!」

 言うが早いか、川村がロッカーに舞い戻った。

 ドアを閉めて、数秒後。

「本当だ、全然なんともねえ」

 ケロリンパとした川村が不思議そうに首を捻りながらロッカーから出てきた。

「伊万里ちゃん、これどういうカラクリ??」

 伊万里が「ふふふ」と笑う。

「暗示効果です」

「暗示?」

「はい。いわゆる、ちょっとした催眠術です。私が受付のパフォーマンスで御守りを使って呪いをかけます。千尋の『お祓い』という次のパフォーマンスで、それが解けるという寸法です」

「そ、そんなもんなの?」

「そんなものです」

「でも──」

「そういうものなのですっ!」

 伊万里の押しの強い口調に誰も反論できない。そして、最後はあちこちで「まあ、そんなものかな?」という声が上がった。

(マジかよ、ゴリゴリに押して納得させた……)

 圭と壬は、そんな様子を半ば呆れながら見ていた。

 すると、クラスの一人が手を上げた。

「でもなんで、縁結びの御守り?」

「みなさん、吊り橋効果というものをご存知ですか?」

 伊万里が唐突に切り返した。 

 みなが「?」と首を捻る。その様子を確認しながら、伊万里は言葉を続けた。

「吊り橋のようなドキドキする場所では誰しも恋に落ちやすいそうです。つまり、思いを寄せる方とお二人で入り、存分にドキドキを味わい、巫女のお祓いで御守りが清められた時には、みなさんの恋もかなうという寸法です。これは、恋が叶うお化け屋敷です!」

 最後は握りこぶしを片手に伊万里が力説した。

 一瞬、教室がしんっと静まり返った。しかし次の瞬間、それがわっと喝采に変わった。

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