約束は災いのもと(2)

 結局、杏奈と話もできず、伊万里には突き放され、壬はどうしようもできずに家に帰ってきた。そして、すっきりしない気持ちのまま総次郎について圭と一緒に山に入った。

 総次郎が来てから毎日のように山に入るようになって、少しは山も静かになった。土蜘蛛は、ここ最近は出てこない。親蜘蛛が見つかっていないので油断は出来ないが、もうどこかに行ってしまったんじゃないかと思えた。

「ねえ、ジロ兄、親蜘蛛をなんとか探し出す方法ってないの?」

「ん? まあ、やろうと思えばいろんなやり方があるだろうがな……」

 圭が尋ねると、総次郎があごひげを撫でながら答えた。

「問題はどこまで相手をやり込めるかだ。危害もなく、どこかに行ってくれるのなら、それもまた良しだ」

「消極的だな」

 壬が少し不満そうに言う。しかし、総次郎は「そんなことはない」と言い返した。

「俺たちは、別に正義の味方ってわけじゃねえ。自分の身の回りを守ることが出来ればそれで十分だ。余計な殺生はしないに越したことはない──が、このままっていうのも心配だから、どうしてもの時は始末はしていくさ」


 というわけで、今日はもっぱら先日から習い始めた式神の飛ばし方の練習だった。総次郎いわく、「いろんなやり方があるだろうが、妖狐流はやっぱり木の葉を使う」とのこと。鳥である必要はないのだが、想像しやすいものの方が形を作りやすく、小さい方が楽だということだった。思えば、伊万里は蝶を飛ばしていた。

 圭はやはり要領がいい。総次郎にコツを教えてもらい、今日はかなり上手にスズメを飛ばせるようになっていた。

 しばらくして圭が壬に声をかけた。

「今日、えらく気が散ってるね。なんかあった?」

「それが……、帰り際に大川に話があるって声をかけられて」

「大川が?」

「うん。二人で話したいって言うから何だろうと思ったんだけど、伊万里のやつが話があるならここでしろって譲らなくて──」

 手の平に木の葉をのせてうんうんと唸りながら壬が答えた。圭が「あらま」と苦笑した。

「姫ちゃん、そこに居合わせたんだ。そりゃ、修羅場だな。二人で話したいなんて、告白?」

「まさか。そんな感じじゃなかった。もっと深刻そうっていうか」

「……で、大川のことが気になってしょうがないと?」

「うん、まあ……。伊万里が邪魔をしなけりゃ話ができたと思うのに」

「そこ? まさか姫ちゃんに邪魔すんな的なこと言ってないよね」

 圭が言った。その手の平に再びスズメが現れる。それを横目で見ながら壬がムスッとした。

「実際、伊万里の奴に邪魔されたし」

「言ったんだ……。で、さらに姫ちゃんを怒らせてしまったと?」

「悪いかよ?」

「悪いだろ。その状況で俺なら大川の話なんて聞かない。壬は違うって言うけど、告白だったらどうするつもりだったわけ?」

「どうって──」

「どうせ断るしかないなら、最初から話を聞かなくても同じじゃんか」

「でも本当に何か悩んでいたかもしれないし」

「だとしても、聞く義理ないでしょ。姫ちゃんや千尋にしたことを思えば、何を今さら、他をあたれって感じだね。ましてや、姫ちゃんを前にして二人で話したいなんて悪意さえ感じるね」

 圭がピシャリと言って捨てた。壬は小さく肩をすくめた。

「おまえはそういうところ、サバサバしてるよな」

「壬は優しすぎ。っていうか、そもそもそういうのって優しいとは言わないと思うけどね」

「……あ、できた」

 壬の手の平に、小さなてんとう虫が乗っていた。




 一方、大川杏奈は困っていた。壬と話すこともできないまま別れて、今はいつもの仲間といつものファミレスで集まっている。

(あの子さえいなければ──!)

 彼女は胸の中のいらいらを飲み物と一緒に腹の中に流し込んだ。

 最初は、ほんの些細ささいな見栄から始まった。基町で知り合った友達は、みんな見た目も話題もお洒落しゃれで、杏奈はついていくのに必死だった。ある時、彼氏がいるかと聞かれ、思わず「いる」と答えてしまった。

 「紹介しろ」「見てみたい」とうるさく言われ、とっさに去年の文化祭の写真を見せた。クラスみんなの集合写真には、杏奈と壬がたまたま隣り同士で写っていた。

 伏宮兄弟とは小学校から一緒だった。なぜか幼稚園にはいなくて、みんながお互いに顔見知りである田舎の小学校の教室で、彼らは転校生のようだった。

 でもよそ者に感じたのもほんのわずか、二人はあっという間にクラスに馴染み、みんなの人気者だった。中学生になると、女の子は誰もが彼らに憧れた。杏奈もその一人だった。

 基町で知り合った友達から「最近の写真も見たい」とさらにせがまれ、杏奈は「毎年、一緒に夏祭りに行っているから」と約束した。

(壬くんには、なんとか上手いこと言って、ツーショットの写真を撮ろう)

 杏奈はそう思っていた。しかし、突然キャンセルの連絡が圭からSNSグループに入った。

 夏祭り当日、圭が来れない理由はすぐに分かった。千尋と二人、仲良さそうに歩く姿を見てしまった。もともと、あの二人はとても仲が良く、クラスの中でも噂になっていたぐらいだから、杏奈もさして驚かなかった。

(じゃあ、壬くんは?)

 呼び出したら来てくれるかもしれない。そう思って杏奈がスマホを取り出した矢先、壬が見たこともない女の子を連れて現れた。

 誰が見ても一目で納得するほどの可愛い子。「伊万里」と名乗るその子の前で、壬は自分たちに見せたこともないような甘い顔をしていた。

 杏奈のスマホを持つ手がわずかに震えた──。


「ねえ、ちょっと! 杏奈、聞いてる?」

 友達の呼びかけに杏奈ははっとした。

「あ、ごめん。なに?」

「だから、今度の学祭に私らも行くからさあ」

 飲み物片手に、グループの一人が言った。

「例の彼氏、紹介してよ」

「や、紹介は……」

 杏奈が言葉を濁すと、みんなが白けた顔で彼女を見た。

「なに、もったいぶってんじゃねえよ」

「そ、あんな田舎高校の学祭にわざわざ行くんだから」

「それとも、彼氏っての嘘? 見せてくれたの、ただの集合写真だしねえ。夏祭りの写真も結局なかったし」

「そっ、そんなこと──ない」

「じゃあ、決まり! 絶対に紹介してよ、約束だからね。楽しみ~」

 杏奈の肩に潰されそうなほどの重圧がのしかかる。

 紹介なんてできない。自分の嘘がばれてしまう──。

 彼女の全身から、穢玉けだまが一気にあふれ出した。誰も気づかない、見えてもいない。そして、穢玉が湧き出る彼女の体から黒く細い糸が一本するりと伸びていた。

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