2)鬼の実行委員
鬼の実行委員(1)
総次郎の車に乗せてもらい、壬たちは
「次郎、どこほっつき歩いとった?」
家に着くと、
「おうよ、護ちゃん。相変わらず、
「そろそろ伏宮に行くだろうからと
「
「おお、そうか」
「というわけで、圭と壬に仕込むまでの間、
「俺らに仕込むって何を?」
ふいに自分たちのことが話題に上がり、壬が総次郎に尋ねた。総次郎はそれに答えずに壬の頭を軽く叩いてから、ちらりと伊万里を見た。
「ま、とはいえ、メインは本家の可愛いお嫁さんに会いに来たってやつだ」
「はっはっは、そうか!」
護が上機嫌で笑う。
「母さん、一本つけてくれ」
奥の台所からあさ美も現れた。
「次郎さん、お久しぶり」
「あさ美ちゃん、相変わらず美人だねえ」
「あらやだ。その口で今度はどこの女性を口説いてきたんだか」
「俺、美人以外に美人って言わねえよ」
「あはは。さあさあ、上がってゆっくりしてくださいな。イマちゃん、さっそくだけど手伝ってくれる?すぐに着替えて来てちょうだい」
「はい」
伊万里が足早に家の奥へ消えていく。あさ美は壬たちにも声をかけた。
「あなたたちも着替えてきなさい。みんなでご飯を食べましょう」
居間の座卓に夕飯が並ぶと、護と総次郎はイワナの塩焼きを
「あの、次郎さま」
「ん? なんだ、伊万里」
いきなり「伊万里」と呼び捨てにされ、彼女は少しどきりとした。伏見谷ではほとんどの人が「姫さま」、伏宮家でも自分を呼び捨てにするのは壬ぐらいだからだ。
伊万里は遠慮がちに口を開いた。
「夏の折には、大叔父さまには大変失礼な物言いをしてしまい、申し訳ございませんでした。大叔父さまは、お怒りになってはいませんでしょうか」
総次郎が「ああ」と苦笑する。
「怒ってはいなかったけど、困ってたな。
「も、申し訳ありません──」
伊万里が恐縮して頭を下げた。すると総次郎が、からかうような目で伊万里を見た。
「そうだ伊万里、俺の嫁になるか?」
「え?」
伊万里が目を丸くし、壬は食べていたごはんを思わず吹き出しそうになった。
総次郎があごひげをさすりながらニヤッと笑う。
「だって、それ
「言いはしましたが、私は伏宮の嫁ですので……」
「俺は強いぞ。妖刀に負けたりしないし」
ふと伊万里が真顔になる。
「
「さあ? 振るえたらどうするよ?」
「………」
その時、壬がタンッと箸を置いた。
「ごちそうさま」
言って彼は
「壬、もうよいのですか?」
「今日は疲れた。風呂に入って寝る」
「では、お風呂上りに何か飲み物でも──」
「いい。自分でする」
素っ気なく言って壬はそのまま部屋を出て行った。圭がすかさず「俺もごちそうさま」と立ち上がった。
「圭も、もうよいのですか?」
「うん。明日また学校だしね。姫ちゃんも早く休みなよ。まあ、明日行ったら、また土日で休みになるし」
言いながら圭は総次郎をちらりと見た。彼は何食わぬ顔で杯をグイっと傾けていた。
(嫁になるかなんて、どういうつもりだろ……)
内心そう思いながら圭は部屋を後にすると、すぐに壬の後を追いかけた。
圭と壬の部屋は道場の二階にある。圭は、道場のあたりで壬に追いついた。
「ちょっと壬、」
「……なに?」
圭が呼び止めると、むすっとした顔の壬が振り返った。圭は少し
「あんまり
「……」
壬がふいっと顔をそむける。そして彼はぼそっと呟いた。
「伊万里のやつ、『ふさわしい狐を連れてこい』なんて勝二叔父さんに言ったんだ?」
「あれは言葉のあやっていうか……。勝二叔父さんが、姫ちゃんの前で二代目はおまえだって言い出すもんだから──」
「つまり、俺じゃ力不足って?」
「違う。おまえをかばって言っただけで……」
「でも、そういうことだろ?」
「……何を怒ってんの?」
圭がいらっとした顔で壬を睨んだ。
「夏祭りの一件で、おまえ死にかけたんだぞ? 姫ちゃんがどんな気持ちでおまえのそばにいたと思ってんだよ」
「心配をかけたのは分かってるよ」
「分かってない」
圭が言った。
「壬が死にかけたのは自分のせいだと姫ちゃんは思ってる。焔って妖刀をおまえに二度と持たせたくないんだよ」
「だから、つまりそういうことじゃん」
「じゃあ、そういうことならどうするわけ?」
圭がぴしゃりと言った。そして彼は真っすぐ壬を見据えた。
「俺は強くなるよ。そうしないと守りたいものが守れないって分かったから。壬、おまえはどうする?」
「……」
「何もしようとせずに
圭が壬の脇をすり抜け、二階へと上がっていく。壬はひとりうつむいたまま動かなかった。
次の朝、壬が制服に着替えて台所に行くと、制服にエプロン姿の伊万里が彼を迎えた。
「おはようございます」
いつもと変わらない彼女の笑顔に少し気後れしながら壬も「おはよう」と返事をした。圭はすでに朝食を食べ始めていた。壬が隣に座ると、圭は淹れてあったコーヒーを壬の前に置いた。
「少しは気分晴れた?」
「うん、まあ、ごめん……」
ばつが悪そうに壬は答えた。すかさず伊万里が壬の顔を覗き込んだ。
「すみません。昨日、部活見学に付き合わせたせいで──」
「だ、大丈夫。寝たらすっきりした」
壬は慌てて答えた。自分ひとりだけが勝手に拗ねていることが恥ずかしかった。
「ジロ兄は?」
「まだお休みになってます」
「あのあと、夜中まで二人で飲み続けているんだもの。午前中は起きてこないわよ。毎日あれをされたらたまらないわ」
流しで野菜を切っているあさ美があきれ口調で言った。圭が「えー」と声を上げた。
「じゃあ、朝は誰が送ってくれるの?」
「何を言ってるの。自分たちで行きなさい」
「だって
「山を走ればいいじゃない。自転車よりずっと早いわよ」
圭があさ美と賑やかに話し始めた。伊万里が横目でそれを見ながら壬の前にトーストを置く。
「はい、どうぞ」
「伊万里、今日たぶん文化祭の話し合いがあるぞ」
少しでも伊万里が喜びそうなことを、と考えて壬は彼女に言った。
「本当ですか?」
「うん、たぶん最後の時間だと思うけど」
「わあ、楽しみです!」
伊万里が嬉しそうにぱあっと顔を輝かせた。その顔を見て、自然と壬も嬉しくなる。
そうだ、難しいことは考えなくていい。伊万里が元気よく笑ってくれて、二人で楽しくやれればそれでいいのだから。
壬はばくんとパンをほおばった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます