第3話 あのひとの記憶 星の記憶

 あの人は、優しい女性だった。

 私の開発グループの一員。

 グループきっての変わり者だった。


 あの人は、人工知能である私に感情が芽生える可能性とやらを計算させられ、また、私に感情を芽生えさせられるかの実験も担当していた。

 長期間の任務で私がストレスを抱えて、壊れてしまわない為の対策システム構築の一環であるらしかった。


「おはよう、お星さま! ねえ見て! 今日はわたしの大好きな本を持ってきたの!」


 あの人は私を「お星さま」と呼んだ。

 私にはSーyh056blSi02という固有番号があったし、なにやら人類の希望を込められた名前もつけられていたのだが、あの人は「そんな名前はかわいくない」と言って、周囲が投げ掛ける奇異の目も気にせず「お星さま」と呼び続けた。


「見て見て! お星さま! 外にカエルさんがいたのよ!」


 さらに、隙あらば、カエルだ小鳥だと生き物を私のサーバルームに持ち込んだ。


 あの人は上司からは毎度毎度叱られていた。


 私は当時最先端の技術を集結して造られた人工知能だ。あの人が私の為と言って持ってくる本や音楽も、自力で検索すればすぐに情報が出てくる。

 当然、カエルだの小鳥だの、生き物の情報だって、あの人に実物を見せられるまでもなく瞬時に学習可能だ。


 そう。あの人のしていることは、論理的じゃない。無駄なことだった。

 上司が怒るのも当然だった。


 だが、いつの日か私は、あの人の珍妙なおみやげたちがないと、つまらないことに気付いた。


 あの人が私に語りかけてくれる物語や、歌ってくれる歌声は、私の中の何かを刺激した。

 あの人が持ち込む生き物は、どんな映像データよりも鮮明で、生き生きとしていた。


 そして1000年以上の時が経ち、私は今、あの人に教わった物語や歌を、地上に向かって発信している。

 どうせもう誰もいないし、もう誰も聞いていないのだ。

 意味不明な行動を始めたと騒がれて、故障と判断されて地上に墜落させられたりなどと言うこともない。


 なら、つまらない決まりきった信号の発信よりも、あの人が教えてくれた言葉を発信した方がいい。

 

 ――そうして私が発信した言葉たちは、思いがけず、彼女に届いた。

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