黒猫と少年
雨月 葵子
ある日の出来事
真っ白な空間に一匹の猫がぷかぷか浮いていた。
ここに存在しているのは全身が真っ黒な猫だけ。
この空間とは対照的な色で、小さな存在はひどく寂しい。
ふと、黒猫は閉じていた目を開き、黄金色の瞳で何もないところを見上げた。
「今日はなんだか寒いな。外の世界は雪でも降っているのだろうか」
落ち着いた、大人っぽいけれど幼さを隠しきれていない少年の声が響いた。
もちろん声の主は黒猫。可愛らしい口からは当たり前のように人の言葉が吐き出された。
猫がしゃべった!?
と、普通の人間なら、あり得ないことに驚くだろう。
「猫が話して何が悪い。にゃーにゃー鳴いたって、馬鹿な人間どもにはこちらの言いたいことが伝わらないじゃないか」
黒猫は愚痴をこぼしながら体をまるくした。
もはや猫ではなく、黒いおまんじゅうが浮いているようにしか見えない。
おまんじゅうがぷかぷか、ぽよぽよ。
ニ色がこの世界を創りあげていた。
一匹の猫以外はなにもなく、なにも起こらない。そんな退屈な世界。
これからも変わらない。
――はずだった。いきなり「こと」は起こったのだ。
「これ、ドラ○もんの四次元ポケットか?」
突然、子供の声が降ってきた。
黒猫の声とは別のものだ。
「ふぇえ?!」
不意すぎる事態に、黒猫はまぬけな声をあげる。毛が逆立つ。
「なんだ! 侵入者か!」
すぐさま戦闘体勢をとる黒猫。
黄金色の瞳をぎらつかせ、全身の神経を集中に使う。
「ん? なんか声がしたような。道具とか入ってるかな! ちょっと手を入れてみるか」
「来るならこい! 返り討ちにしてやる」
粋がる黒猫が睨みつける空間を裂きながら、手がにょきっと現れた。
「来たな……!」
現れた手は探るような動きで黒猫に襲いかかるが、すばやい動きと柔軟な体でかわしていく。
「ふん、たいしたことないな。次はこっちの番だ」
指の間をすり抜けた黒猫はくるりと体をひるがえし、手の甲に襲いかかる。
「くらえ! これが猫パンチだ!!」
がりっ、と黒猫はむき出しにした爪で引っ掻いた。
「いてっ。なんかいるのか? よし、捕まえてやる!」
真っ白な空間にさらに手が現れる。二つの手が黒猫を覆うように迫る。
「なっ! うわぁあああ!! こっちにくるなああああああ」
ぐにゅうう!
逃げ場をなくした黒猫は、あっけなく捕まった。
バタバタと暴れてみるが、抜け出せそうにない。
「うおっ、なんか掴めた! うごうごしてる! ひっぱり出せるかな?」
「ちょ、ちょっと待てええ」
「おりゃあ!」
「にゃあああああぁぁあああぁあ!」
すぽんっ
「……」
「……」
「猫かよ!?」
手の主は少年だった。
「おまえ、ふつうの黒猫だよな? なんかすげーこと出来たりしないの?」
「……みゃー」
少年は淡い期待を口にしたが、黒猫はそれを否定するように可愛らしく鳴いた。
「だよなー。てか、なんで四次元ポケットなんかに入ってたんだよ。誰かのいたずらか?」
言いながら男の子は、黒猫の頭を優しく撫でてみる。
黒猫は捕まえられたショックで放心状態のため、されるがままだ。
「ん? おまえの手、めっちゃ冷たいぞ。そうだ! オレのてぶくろをやるよ。」
男の子はごそごそと自分のポケットからてぶくろを取りだし、黒猫の前足にはめた。
「ほら、これであったかいだろ?」
男の子に満開の笑顔を向けられた黒猫ははっとして、ようやく我に返った。
が、男の子の汚れないきらきらした笑顔を見た黒猫は照れくささが込み上げてきて、顔が熱くなるのを抑えられなかった。
そして、思考もおかしくなり始めていた。
な、ななんだ? この展開は!
なんでこんなにドキドキするんだ!?
く、くそ! こんなガキに俺がやられるはずがない!
「ふははっ。おまえ、黒猫のくせに顔が赤いぞ。おもしろいヤツだな」
男の子はそんな黒猫を見てさらにケラケラと笑う。
――と、この辺りの鐘が鳴り響きだした。子供達に帰る時間がきたことを知らせるものだ。
「あ……もう帰らなきゃ」
寂しそうな眼差しを浮かべながら、少年は黒猫を地面に下ろし、頭をなでた。
なんだ、逃げるのか!
ふ、ふん! しょせんはガキだな!!
寂しさを一生懸命に打ち消しながら黒猫はふぅーっと鳴いた。
怒っているときや警戒しているときの鳴き声。
「なんだよ。今さらそんな態度かよっ。じゃあな」
別れの言葉を言い、立ち去る少年の背に向かって、黒猫はつぶやいた。
「ああ、またな」
「えっ?」
少年はすぐに振り返ったが、そこに黒猫の姿はなかった。
黒猫と少年 雨月 葵子 @aiko_ugetsu
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