第16話 正義爆弾

「今助けるー!」

ラヴィアンが声を上げながら疾走する。

目指すは、通路の先の部屋の真ん中で複数のハウンドに襲われている少女。

ラヴィアンはショートソードを水平に突き出すように構え、頭を下げ低い姿勢で床を蹴る。

剣の柄頭を自分の腰に当て、切っ先は体の正面へ向け、重さで下がる剣身を篭手を付けた左手を添えて支えている。

そのまま一直線に、少しもスピードを緩めることなく、見る限り一番近いハウンドへと、体ごと構えたショートソードを突き立てる。

勢いのままに切っ先はハウンドの首横から、体の中心へと長い剣身を埋めてハウンドを一撃で絶命させる。

「せいやー!」

ラヴィアンはすぐに剣を抜き去ると、また一番近いハウンドへ、両手構えの剣を踏み込みで突き出していく。


部屋の中央には、膝まで届く真紅の長髪を編みこんでひとつの束にしている少女がいた。

しかし、見た目がただの少女ではなかった。

彼女は三角形の獣の耳と尻尾を持ち、指の先には鋭く大きな爪を持っている。

薄汚れたワンピースのようなものを着て、爪からハウンドの血を滴らせ、虚ろな顔をした少女は『獣人』と呼ばれる存在だ。

獣人の筋力、敏捷性、闘争本能は普通の人間を凌駕するという。

だが、今の彼女は首に鉄の首輪を嵌められ、そこから鎖によって行動を規制されている。

だから、思うままに動けず目の前のハウンドに苦戦して体に複数の傷を負っていた。


部屋の中には10匹あまりのハウンドがひしめいて、次々に獣人少女へと跳びかかる。

獣人少女が鋭く身を翻してかわし、そのまま、まるで切れ味鋭いナイフの様な爪を振り下ろして切り裂くとハウンドは首を半分も切り裂かれて動きを止めた。

しかし、転身して今にも跳びかかろうとするハウンドへ踏み込もうとすると、首の鎖が限界まで伸びきって首を絞め、痛みで踏み込みは失われた。

痛むだろう首に、少女は一言すらも発しない。


ラヴィアンは獣人少女を取り囲むハウンドを一匹でも減らそうと、再び剣を水平に構えたところで、マントの首裏を掴まれて後ろに引き倒された。


「なんだ貴様は!私の狩りの邪魔をする気か!」

尻もちをついたラヴィアンを見下ろしているのは、紋章入りの全身金属鎧を身に付けた男達だ。

いずれも身なりに人一倍気をつけているのだろう、髪を後ろに撫でつけ、顔には整えられた髭を蓄え、カンテラの光りを鈍く返す鎧には小傷一つない。

そして目の前で獣人少女が戦っているのに、男達は腰の剣すら抜いてはいない。

その手に握っているのは、獣人少女の首輪から伸びた鎖の端だ。


ラヴィアンは彼らを睨んで言い放つ。

「あの娘を助けるの!」


俺はそこでやっとラヴィアンに追いついた。

「申し訳ありません。騎士の皆さんのお邪魔をしまして。すぐ離れますので…」

そう早口に言って、ラヴィアンを立たせる。

「ハル。でも、あの娘が…」

俺が指差した先を振り返って、獣人少女がほとんどのハウンドを倒しているのを見て、ラヴィアンは頷いた。

俺はラヴィアンを抱えるようにして、その部屋を後にする。

振り返ると、部屋の中央の獣人少女は全てのハウンドを倒していたが、表情の無い顔でぼんやり天井を見上げるだけだった。

その周りにかすかに影のようなものが数個見えた気がした。

いずれも精霊と同じくオレンジ色の粒子をわずかに立ち上らせる影だ。

しかし、それらは本当にかすかで、ふと見えなくなってしまった。

だから、あまり気にすることなく通路に入ると、背中から「忌々しい冒険者風情が…」と騎士の声が聞こえた。




「ラヴィアン。突っ走らないでって言ったでしょ!」

「だって、あの娘危ないとこだったし…」

そう返すラヴィアンの口は尖っている。不満らしい。

「俺はラヴィアンが危ないのが恐いの!突っ走っていっちゃうから、追いつけないとこでラヴィアンが危ない目にあったらと思うと、それが恐いの!」

そう言うと、ラヴィアンは嬉しそうな、少しだけばつが悪そうな、複雑な表情をして顔を伏せ、それでも、

「自分が危ないから助けないなんて、ボクは嫌なの…正しい事をしないと駄目なの!」

と言った。

「それに、獣人だから奴隷って酷いもん!奴隷だから鎖でつないで一人だけ戦わせて後ろで見てるだけなんて酷いもん!正しくないもん!」

それはそうだ。俺だってそう思う。


『奴隷制度』そんなものを現実に目の当たりにするなんて思っても見なかった。

しかも、『所領内に許可なく立ち入った亜人種は全て奴隷』という理不尽な法令を領主が作っただけで、奴隷制が現実になっているという。

亜人種…つまり、人間を除くエルフ、ドワーフ、獣人のことだ。

その理不尽な奴隷制は、一つの所領だけでなく国家としても法令化されているらしい。

そんな理不尽な法令だとしても、あの少女は奴隷…つまりあの騎士の財産だ。自分の財産をどう使おうが、他人が口を出せることではない。

「あの娘を助けたいのは分かるけど、あのやり方じゃ駄目なんだって…」

そう言うと、ラヴィアンは俺をまじまじと見つめて聞いた。

「じゃあ、どうやったら助けられるの?」


初めて迷宮に挑んでから10日目。

ラヴィアンはハウンドすら一撃で倒せる程に強くなった。

といっても、一撃で絶命させられるのは突進のみではあるのだが。

強さの根拠は、ラヴィアン自身が習得した戦闘技能『両手剣基本動作』と『両手剣動作初段』。それに加えて俺が習得した魔法『肉体強化【フィジカルブースト】』と『防壁【シールド】』の重ねがけだ。

大人なら片手で扱えるショートソードも、ラヴィアンには重くて大きい。

だから、両手で持たないと本来の力を発揮できない。だから、『片手剣基本動作』ではなく『両手剣基本動作』を習得した。

この技能と、基本動作からさらに上位の動作である『両手剣扱い初段』を習得することで、ラヴィアンの剣技は格段に向上した。上手く体を捌き、無駄なく、力の乗った攻撃を繰り出せる。

あとは、力の底上げ魔法『肉体強化』と、万一攻撃を喰らった時にダメージを軽減する魔法『防壁』によって、臆病にならずに戦える。

もっとも、ラヴィアンの場合少し自分の命に対して臆病になってほしい位なのだが。


ちなみに、俺自身の現在の立ち回りはというと…。

ラヴィアンが前で剣を振るい、俺が後ろで魔法支援だ。

『子供の…しかも女の子を前に立たせて後ろから支援する』

言葉にしてみると、途端に酷い大人な気がしてきたが、仕方がない。

なぜなら、俺の肉体には戦闘技術習得が全く出来ないどころか、肉体強化の魔法すら受け付けないと分かったのだ。

ステータス魔法で比べた訳じゃないから数値は分からないが、今現在俺の筋力はラヴィアンにも劣る。

虚弱体質というよりは、もう何かの呪いのような気もしてくる。

ともあれ、この戦い方にしてから第二層にも下りられるようになったのだが…。


ラヴィアンは第二層に来たことで、暴走を始めるようになった。

第一層は下層への通過層だ。だから、相当弱いパーティーでも数日で第一層には慣れて下層へ進むようになる。

だから、俺たちは第一層にいる時に、他のパーティーが困っている場面どころか、パーティーにすらほとんど出会わなかった。

ところが、第二層になると、冒険初心者【ルーキー】達と出会うことが多くなった。

どうやら、初心者の主戦場は第二層と第三層らしいと知った。

そうなると、ハウンドやゴブリンに手こずるパーティーもちょくちょく出てくるわけだ。

それをラヴィアンは見逃さない。というより、見過ごせない。

相手の数がどれだけ多かろうと、自分も傷ついていようと「今助けるー!」と駆けていく。

ラヴィアンの真っ直ぐな性格を考えると当然ともいえる反応だが、オスロウの時同様、どこかに『必死さ』が見える。

恐くて涙を溜めながらでも、自分の命を賭してでも、何が何でも『正しくありたい』とでも言うような必死さが。

俺はそれが張り詰めた糸のようで恐かった。

ラヴィアンはまるで、正しさのために自らも壊す爆弾だ。


「ハル…怒った?ボクを嫌いになった?」

黙り込む俺を見て、ラヴィアンが不安げに見上げていた。

暴走するけれど、ラヴィアンは決して強い心を持っている訳ではない。

俺を見上げる表情は、なんだか捨てられた子猫のように怯えて見えた。

ラヴィアンのフードを外し、両手で髪をわちゃわちゃとかき回す。

「これで許す…」

そう言ったら、ラヴィアンは安心したのか、蹲ったと思ったら飛び上がるように立って、自分の頬を両手でパチンと叩く。

それから「よし、行こう!」と嬉しそうに歩き始めた。


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「ハウンドの素材安すぎだろー!」

素材買取カウンターの前で、俺は内心で叫ぶ。

「ハウンドの皮って跳びネズミの6倍以上大きいのに、同額ってなんだよー!」

「ハウンドは大きいけど毛の質が悪いんですよ…なんて知るかよー!」

それだけではなく、跳びネズミなどよりはるかに大きいハウンドから取れる魔力結晶は想像を裏切って跳びネズミと変わらない大きさで、当然売値も一緒。

一匹から取れる肉は多かったが、逆に多すぎて全部は持ち帰れない。

おまけに、ハウンドの素材で売れるのは、それら皮と肉に魔力結晶だけ…結果、ハウンド一匹より跳びネズミ一匹の方が素材売価が高かった。

「ベンゾのやつ、しっかり考えてたんだなー…」


ラヴィアンと2人、ワクワクしながら初めてのハウンド素材の買い取り結果を待っていたというのに、俺は買い取りカウンターの職員に平静な態度をとるのに必死だ。

見ると隣ではさっきまで胸を張っていたラヴィアンが、見る影もなく猫背になっている。

気持ちはわかる。第二層でも満足に戦えて成長できたと思った。だから、その成長を目に見える形で評価されたかった…獲物の買い取り価格という形で。

俺はラヴィアンの頭をそっと撫でて、第一層の時より少ない金を受け取って、職員に声をかけた。

「アンナさんをお願いします」


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アンナさんと共に技能伝承装置の前に立つ。

今回の習得目的は、ずばり『もう少し役に立て俺!』だ。

だから、後衛からも直接魔獣の数を減らしたり、ラヴィアンの危機を防ぐ手段にもなり得る攻撃魔法を選択する。

硬質さを感じさせる黒光りする金属装置の上面に映しだされる文字は、俺に読めるものではないが、その意味は分かる。

アンナさんによると、それも脳内に認識しているからということらしい。

ステータス魔法と若干違うのは、技能伝承装置の場合は周囲にいる第三者にも見えているということだ。


「じゃあ、いきます」

「代金はもらってますからね。どうぞ」

アンナさんの了承を得て、列記された魔法名のうち明白色の一つを指先で触れる。

一瞬脳天まで突き上げるような刺激が走って魔法習得は完了だ。

脳内に、新しい魔法『石弾【せきだん】』の呪文とともに、それがどんな現象であるか、まるでもう使ったっことがあるような記憶が現れた。


「ああー…そう。そういう魔法…ああー…」

初めての攻撃魔法習得は、そういう感想しかもたらさなかった。

脳内の記憶によって知った石弾の魔法が、想像と違ったからだ。

石弾の魔法、それは石の礫が手先に現れて、腕を伸ばした先に飛ぶ。礫の大きさはたった約3cm程度で、しかもたった一発。それを発射するために、詠唱する呪文は約1秒。

…はっきりいって、微妙。

そういう「ああー…」だ。

この世界の魔法って地味すぎないだろうか…はあ。


今回の俺の魔法の習得は、支援面の底上げのためだった。

だから、なるべく一撃の威力が高かったり、複数を相手にできる魔法が良かった。

そういう強い魔法でも手に入れなければ、支援ばかりの俺がラヴィアンを守るなんて到底無理なのだから。

なにせ、肉体強化魔法の恩恵を得た場合のラヴィアンの方が、総合的に俺より強いのはもう明白なのだ…。

それはラヴィアンと同じようにハウンドに突進してみて思い知った。俺の突進では、剣先はほとんどハウンドに刺さらない。

そう考えたら、ステータス魔法で映し出された俺の『筋力』は、すぐ隣にいる小さなラヴィアンよりも劣っているということではないか、と愕然とした。

具体的に数値で証明される劣等…。

恐ろしいが確認せずにはいられない。

「ラヴィアンのステータスってどうなってる?」

「あー。ボク、魔力が全然ないからステータス魔法も使えなくて、自分じゃ見えない…」

「じゃあ、俺がラヴィアンの『冒険者の刻印』に触れてステータス魔法を見せてもらうのはどう?今後の参考にもなるし…」

自分のステータスと比べたいのが今現在の動機だが、これから先を考えるなら必要なことでしょう、と自分に言い訳する。

その程度の気楽な提案だったのだが。

「あ、だ…駄目だよ。えっと、駄目なの。ボクのステータスなんて大したことないから…。ね?うん、見ても意味ないよ…」

ラヴィアンは困った顔で慌てたようにそう言って、いつもは真っ直ぐ前を向く顔を伏せてしまった。

そこまで言われたら、何も言えない。

「わ…かった。うん、まあ参考にできたらなって思っただけだから…」

そう言う俺をアンナさんが見ていた。


「ラヴィアンって聞こえたけど、お前まさかポンドア爺のところのラヴィアンじゃないよな?コゴマリ村の」

唐突にカウンターの外、ちょうど冒険者ギルドの受付カウンターに出来た列から、男が半身を出してラヴィアンを見ていた。そして、声に振り返ったラヴィアンを見て、驚きの表情を浮かべて息を呑んだように見えた。

まだ若そうに見える人間で、20歳前半だろうか。斧にバックラーを身につけていることからも、冒険者で間違いなさそうだ。

といっても、朝迷宮前に並ぶ冒険者としては、見た記憶がない。

もちろん、この街にいる冒険者の全員の顔など覚えてはいないのではあるが。

「あれは、今日この街に移動してきた冒険者達の列ですね。」

アンナさんが説明してくれて納得したのだが、ラヴィアンを見て驚いた。

ラヴィアンは真っ青になっていて、かすかに震えている。

「ハル!えっと、急いで行かないと…ほら、いや、ごめ…先に出ておくから…」

ラヴィアンは下ろしていたフードを乱暴にかぶりなおし、カウンターを飛び越えて、顔を伏せるようにギルドを飛び出して行った。

俺は意味もわからず、とにかくラヴィアンの後を追う。

途中ですれ違った時、その若者がラヴィアンの後ろ姿を追う視線が見えた。

それは、強い嫌悪に満ちていた。


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いつものように夜の金策にでかけ冒険者ギルドで換金して、市場で食材を購入してから部屋に戻る。

お金を節約しているため、まだ板張りの宿屋だ。

「一緒の部屋でいいのにー!」

そんな気楽な事を言うラヴィアンに、

「女の子が簡単に男を部屋に入れてはいけません!」

…と、断固として二部屋とっている。

といっても、俺の方の部屋は結局肉体置き場に過ぎないので勿体無いのだが。


朝食のサンドイッチを作ってからラヴィアンの部屋の扉をノックする。

「…ハル。お、はよ…」

「おはよう…まあ今日はそんなに早くないけど…」

ラヴィアンは重いまぶたをこすりながら、

「早くないの?」

と聞く。

「ちょっとね。朝からアンナさんと情報交換してたから…」

「ふーん…」

それから2人で朝食を食べた。


いつもより遅い時間に迷宮広場に向かう。

朝焼けに包まれる早朝と違って、すっかり明るくなった広場を進んでいると、ラヴィアンが声を上げた。

「ハル。翼竜だよー!」

見ると、冒険者ギルドの屋上にむくりと体を起こした翼竜が見えた。

「すごいね、この街にも人乗り翼竜がいたんだー」

前肢の翼で上半身を起こし、その背には皮製の乗具が取り付けられ、そこに人が乗っているのが見える。

翼竜は、畳んでいた翼を開く。その翼は大きく、バサリと空気をひと掻きするだけで周囲の空気が大きく動く。そして、そのまま数回の羽ばたきでその大きな体を宙に浮かせると、一気に上昇して彼方へ飛び去って行った。

「おおー」

ちょっと感動する。やはり竜種系の力強さや格好良さは男の子のロマンである。

ラヴィアンと2人、ひとしきり翼竜が飛び去った空を見上げてから迷宮に入った。


あの日、ラヴィアンを見知った人間に会って、それきりラヴィアンは暗い顔をしいる。

誰にでも触れられたくないことはあると思うから、何も聞けなかった。

ラヴィアンは、あれ以来外では常にフードを目深にかぶるようになったというのに…。

結局この朝から、夜明けと同時に迷宮前に並ぶことを止めて、開門時間後に迷宮に入ることにした。

その時間なら、ほとんどの冒険者はもう迷宮の中で、ラヴィアンは彼と顔を合わせずにすむ。

迷宮に向かう時間を遅らせることに、ラヴィアンも何も聞いては来なかった。


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・『防壁【シールド】』

 効果:対象前面に面性防壁を展開

 対象:一人

 

・『石弾【ストーン・バレット』

 効果:任意の腕を向けた方向に石弾を発射する


・『両手剣基本動作』

 概説:両手剣の抜剣から納剣までを含む基本動作の習得(両手剣を自在に扱える)


・『両手剣動作初段』

 概説:両手剣の初歩的な動作の習得(動きの無駄が無くなり・一撃の威力が向上する)

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