第15話 強くなろう
さて、散々だった1日目に早く迷宮を出た後、ラヴィアンと作戦会議を行なった。
駄目な事が多すぎてどこから手を着けたら良いか難しいが、思いつくことはあった。
「ラヴィアン、ショートソードが重いんじゃない?」
大人ならば通常は片手で十分に振り回せる、軽い部類で取り回しのしやすい剣なのだが、ラヴィアンが剣を振る様子は、剣の軌道が安定していないように見えた。
「うわー、分かっちゃうくらいだった?」
「ちょっと、片手で剣を水平に持ってみて」
ラヴィアンは利き手の右手で胸の前に掲げた剣は、最初こそ水平だったが、すぐにじわっと剣先が下がっていく。
静止状態でこれなら、剣を振る時はきっともっと軌道がぶれる。
懸命に剣を水平に保とうと「ふぐぅぅ…ふ…ぬ…」と鼻から息を噴き出すラヴィアンに、
「これからは基本両手で持ってみよう。あと、一つ買い物をしよう」
そう告げた。
ラヴィアンの手を取ったあの日、ラヴィアンに言われた事がある。
「ボク、考えるのがあんまり得意じゃなくて…。だから色んな事、いつもみたいにハルが考えてくれたら嬉しい…」
そういう訳で、パーティーとしてのアレコレを考えるのは俺の役目だ。
生身の戦闘でてんで役立たずだったことを思うと、役割があるのはありがたい。
だから、ラヴィアンに左手のみ篭手を買った。
「左手のみでよろしいんですか?」
「左手だけ?」
ブエナ・ランクルス商店のフィリップさんと、ラヴィアンの疑問に「いいんです」と答えて店を出る。
ちなみに、俺も中古のショートソードを買った。
俺は背が高い分だけ、ナイフだと手にした位置が高く、小さな跳びネズミ相手では、振り下ろして突き立てるのにも、薙いで切りつけるのにも中腰を余儀なくされる。
だから、ショートソードに変えるのだ。
二日目の朝、迷宮防壁の開いている場所に陣取って開門を待つ。
前日と変わらず俺たちに向けられる視線は嘲笑に近くて、やはり居た堪れないのだが、少数でも無言で応援する視線もある。
だから、顔を上げていたら、近づいてくる奴がいた。
「お、お兄さん達、昨日…獲物無しですぐ逃げ出してきたって?…プークックク…」
肩を叩かれて笑われた。
周囲を見てみると、自分達に向けられる嘲りの視線がずっと増えていた。
態度を隠さず、こちらを見てニヤニヤしている人間が何人もいる。
「門のところの防衛員だな?言いふらさなくてもー!」
内心で防衛員に文句を言いつつ、平然と構える。
本当のところでは落ち込みそうになるけれど、隣にラヴィアンがいると思うと、俯いてはいられないと思った。
それに、そういう視線に『悔しさ』を感じられる自分なら、きっと大丈夫だとも思った。
だってそれは、諦めていないということだから…。
ともあれ、二日目の迷宮に入る。
ショートソードに変えたおかげで、跳びネズミとの肉体的距離は離れる。
その分余裕ができて、昨日より落ち着いて魔獣と対峙する。
俺は片手でショートソードを突き出し、跳びネズミを貫いた。初めて攻撃を当てて、初めて魔獣を倒した瞬間だ。
その横で、ラヴィアンが素早いステップで突進から後退してきた。
そうして跳びネズミから距離を取ると、再び右手でショートソードを水平に突き出し、その剣の腹を左手で支えて、頭を低くし突進していく。
素早い突進で瞬時に目前に捉えた跳びネズミの前で、右手でショートソードを押し出すように突き出して、跳びネズミを口から貫き去る。
再び、素早いステップであっと言う間に後退する。
俺が一匹を仕留める間に、ラヴィアンは二匹の跳びネズミを仕留めた。
「ハル!この戦い方凄いよー!」
ブエナ・ランクルス商店を出た俺は、その足で安宿の裏に向かった。
そこで、ラヴィアンに戦い方を変えてみようともちかけた。
問題だったのは、ショートソードすら片手で扱えない非力さ、そこからくる一撃の軽さと剣のブレ…。
試してみると両手で持ったとしても、ショートソードを振る攻撃では、体重が軽いが故に、重心が定まらなかった。
振る度に、左へひっぱられ、右へひっぱられ。剣の軌道も安定せず、威力も上がらない。
ベンゾ達の戦いを間近で見てきて、魔獣を貫き切り裂くのに必要なものが、おおよそわかった。それは、攻撃の速さと強さだ。
ラヴィアンは非力で、その分重い武器の一撃は遅く、軽い。
しかし、毎夜の木への突進で感じていた、ラヴィアンの素早さを生かしたならどうだろう。
その一撃は十分に速くできる。そして、インパクトの瞬間にさらに力をこめれば、強さも上がるはずだ。
そのために、ラヴィアンにはショートソードを水平に、体の前面方向へ向けて構え、柄を持つ右腕を体に引き寄せて持たせた。そして、非力さゆえに下がってしまう剣先を、左手を添えて支えさせた。
もちろん、左手は傷つかないように手のひらに厚い皮を使った篭手を着けさせて。
「剣をラヴィアンの突進で速くして、敵の目の前でさらに押し出してみよう」
その成果が、二度の突進で現れた。
「でも、跳びネズミは小さすぎて、当てずらいよー」
もっともだった。しかも、宙を跳ばれるとやはりやりづらい。
一撃の速さと強さは上げられたものの、戦い方としては限定的だ。
「ラヴィアン。作戦会議です」
そう言って二日目も早々に迷宮を出た。
ただし、今回は跳びネズミ5匹という獲物を得て。
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今回も早い時間に出はしたが、冒険者ギルドで初めての正式な素材の買い取りをしてもらった。
二人で買取カウンターの窓口の前に立ち、素材を渡していく。
見るとラヴィアンが胸を張って「ふふん」と鼻を鳴らしている。
「では銅貨4枚と鉄貨7枚になります。ご確認ください」
壁に素材受け渡しの小窓が開いているだけの買取カウンターからは職員の顔は伺い知れないが、アンナではないようだった。
ともあれ、ラヴィアンに向かって頷くと、ラヴィアンはカウンターに差し出されたお金を受け取って、また「ふふん」と嬉しそうに鼻を鳴らした。
それを見てひとしきり嬉しさをかみ締めながら、俺は窓口の職員に「アンナさんをお願いします」と伝えた。
どうやったら問題を解決できるかを考える。
テスト問題よりずっとやりがいがある。正直に言うと、楽しい。
カウンターから出てきたアンナに、技能伝承装置に案内してもらって俺は魔法を習得した。
今回の課題は、ショートソードを振るって斬りつける一撃を討伐に足る速さと強さにすること。
そこで目を付けたのが『肉体強化【フィジカル・ブースト】』の魔法だ。
・『肉体強化【フィジカル・ブースト】』
効果:対象の肉体強度を増加させ動作の威力と速度を上昇させる
対象:一人
これで、非力なラヴィアンの力を底上げし、両手で振るっても流れていた重心を安定させ、一撃一撃を強化する。もちろん、自分も少しは強くなるというもくろみはあるのだが。
気になるのは、どれだけ魔力を消費するかだ…。
しかし、その心配はあまり無い事が分かった。
「ハル。魔法効果が切れたよ」
通路を進むラヴィアンが振り返って報告する。
ラヴィアンにかけていた肉体強化【フィジカル・ブースト】が切れたのだ。
どうやらこの魔法は、効果時間は体感で30分程度だ。
魔法がかけられた相手は、自分に魔法がかかっている感覚があるらしい。
だから、切れたときも分かる。
「ルティト・ル・バノア…」
俺は再びラヴィアンに支援魔法をかけるべく、意味を持たない音の羅列を口にしていく。
それが呪文だ。抑揚があり、文法や単語があるようにも聞こえるが、意味は分からない。
だから、音の羅列だと思って唱えていく。
ラヴィアンの肩にかけた手先へ、熱が流れていくような、血が流れていくような感覚が沸き起こって手の先で消えた。
ラヴィアンが「おー…」今日何度目かの魔法がかかった感覚に声を洩らした。
呪文は少し長く感じる。
普段なら何の問題もない長さなのだが、これを魔獣が襲ってくる場面で唱えると考えると、長いとしか言えない。
呪文をちゃんと音として吐き出せば魔法は発動するらしいが、では呪文を間違えずに、途絶えさせずに、魔獣の攻撃を避け、ショートソードを振るえるかと言われたら、まだ自信がない。
特に、魔法をかける相手に接触しなければならない支援魔法ならなおさら戦闘中にかけるのは困難だ。
だから、迷宮に入ってから、ほぼずっと魔法をかけっぱなしでいる。
その間に魔獣に出会おうが出会うまいが、切れる度にかけ直す。
そんな訳で、もう4回目のかけ直しでも問題なく魔法が発生したところを見ると、どうやらこれらの魔力の魔力消費量はごくごく小さいのだろうと思えた。
俺たちは三日目の迷宮第一層を進む。
「てやー!」
ラヴィアンが、跳び宙を舞う跳びネズミをショートソードで横なぎする。
ラヴィアンの横薙ぎが跳びネズミの腹部横を捉えて、剣身を跳びネズミの体に埋めた。
背骨こそ断ち切れなかったが、絶命させるのには十分だ。
「ふぬー!」
そのまま、素早く足を踏み込み跳躍直前の跳びネズミに刺突を繰り出す。
切っ先は背中を深々と刺し貫き、二匹目の動きも止める。
今やラヴィアンは突進ではなく、剣を振るい、突きの攻撃だけで跳びネズミを倒している。
魔法での筋力の底上げの恩恵は、ラヴィアンが自身で思い描く戦いを実現してくれているようだった。
体が小さく、非力だったから二撃目、三撃目を必要としていたのが一撃で終わり、だからこそ、次の相手に対する余裕ができる。
元々ラヴィアンの敏捷性は高いから、反応速度は折り紙付きだ。
肉体強化によって、ラヴィアンの良さが出ていた。
しかし、俺はラヴィアンの横で、懸命にショートソードを振るっているのだが、その一撃で跳びネズミが絶命しないことが多かった。
三回のうち一回は、切っ先が皮を断ち切れなかったり、刺さっても深くは突き立たない。
どうも一撃の強さと速さが足りないらしい。
そんな俺にこそ、肉体強化の魔法だと当然考えた。
そして知った。
俺の肉体は、取得できる技能が皆無なばかりでなく、強化の魔法すら受け付けないと。
肉体強化の魔法は、誰にも触れずに詠唱すると、自身にかかる。
それは、魔法習得時に頭に記憶として入ってきたから間違いない。
にもかかわらず…。
俺は知っている。今日ラヴィアンはご機嫌で、跳びネズミを倒す度に「よし!」と小さくガッツポーズを取っているのを。
肉体強化魔法がかからずに苦戦している俺に遠慮して、俺に背中を向けて。
俺は知っているのだ。
そして…。
(くやしい…)
この日、俺たちは跳びネズミを12体討伐して、迷宮を後にした。
しかし、ほとんどラヴィアンの手による獲物であって、俺自身は本当に役に立っていない。
だから、再び告げる。
「ラヴィアン、作戦会議です」
俺自身がもっと役に立たなければ、ラヴィアンに愛想を尽かされるかもしれない。
それは避けなければならない…内心でそんな事も思いながら。
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■ハルの能力評価【ステータス】
種族:XXX
ランク:鉄【アイアン】級
生命力:10
筋力:10
魔力:30
技能:なし
魔法:肉体強化【フィジカル・ブースト】
能力:精霊使役(XXXの保護を受ける・XXXの能力を任意で使う)
能力:XXX
能力:XXX
自分メモ:傷が自動的に修復する?(気持ち悪い!)
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