第四話 世の中、金よ、金!

 エイトさんの修業は至ってシンプルだった。


「俺を倒せるようになれ。手段は問わない。俺を倒せるようになれば、お前は俺より上だ。シンプルだろ?」

「おごごごご……」

「おう、寝てんな、返事しろ」

「ぐぼぁああっ!!? 人の頭蓋を蹴り砕こうとしやがったぞ、この鬼畜!」

「お、元気が出たな。んじゃ、もっかい気絶するまでやっていくぞ」


 殴られて、殴られて、蹴られて、踏まれて、関節を極められて、窒息系の失神とか、痛みによる失神とか、脳を揺らされる系の気絶とか、まぁ、色々経験しました。

 つーか、指先すら掠らねぇんだけど。

 強いというか、強すぎるぞ、エイトさん。俺も、多少は喧嘩が強い自信があったが、そんなもんはもう、ばっきばっきに折れた。自信を得るために修業しているのに、ます、自信を粉々にされるという矛盾よ。


「どーしたぁ? もう終わりかぁ? テメェの女を思う気持ちはその程度かぁ?」

「く、まだまだ――」

「そこで奮起するぐらいなら、最初からもっと本気を出せ」

「理不尽っ!?」


 三時間程度殴られ続けてようやく理解してきたのだが、エイトさんは先読みの技術が半端ない。まるで俺が動く先を知っているかのように拳を振ってくる。その上、視線や細かい所作によって俺の動きすらも完全にコントロールしているのだから、驚きだ。多分、戦闘技術以外の様々な体系の知識や経験によって、俺は完全に制圧されているのだと思う。

 これが、本物の戦士……数多の戦場を潜り抜けて来た男……ふ、はははは。


「――――面白れぇ!! 俺は、絶対にアンタを超えてやるぜ、エイトさん!」

「はっ! ならば、特別に師匠と呼ぶことを許してやる!」

「わかりました、師匠!」

「んじゃ、師匠に舐めた口を利いた罰だおらぁ!!」

「おっぶぇ!?」


 腹の中に鉄塊をぶち込まれたかのようなボディブローで悶絶する、俺。

 そんな俺に更なる追い打ちをかけるエイトさん――もとい、師匠。この人との修業は、とりあえず停学明けるまでは山籠もりで、睡眠時間は考慮されているのか不明なブラック仕様。

 ぶっちゃけ、生きて学校に行けるかどうかも不明な現状だが、問題ない。

 ほら、良く言うだろ? 恋をしたら、人間は無敵になれるって。だから、今の俺ならばきっと限界すらも超えられる。


「行くぞ、師匠ぉおおおおおおお!! 停学明けるまでに、一発ぶん殴ったらぁあああ!!」

「やってみろ、クソガキぃいいいいいいいいっ!! 限界を超えて見せろぉおおお!!」


 こうして俺は昼夜を問わず、がむしゃらに修業を続け……そして、登校三時間前になってようやく、一発、指先が師匠の肩を掠めることが出来たのだった。



●●●



「鈴木」

「はい」

「…………馬鹿じゃないの、お前?」


 体中ズタボロボーイになって登校したら、親友に真顔で怒られた件について。

 まぁ、気持ちは分かる。学校の屋上からエロ本をばら撒いた馬鹿が、停学明けでズタボロになっていたら、『テメェ、全然、大人しくしてねぇじゃねーか!?』と説教される案件だからだ。

 もっとも、教師陣には家の階段でめちゃ転んだことにして押し通したけど。

 …………押し通せるもんだなぁ、びっくりしたよ。


「何やってんの? ねぇ、何やってんの? 大学生のお姉さんを攻略するために頑張るんじゃないの? 何、お前、異能バトルとか、現代ファンタジーの修業モードみたいなことをやってんだよ、馬鹿じゃねーの?」

「そうは言うがな、佐藤。師匠曰く、強くない男はクソらしいぞ?」

「お前は既に十分強かったよ? ちょっと頭がおかしい勢いで強かったよ? 修学旅行の途中、絡んできた都会の不良を五人ぐらいまとめてぶっ倒せるぐらいには強かったよ?」

「その程度じゃ、訓練された兵士の一人も倒せやしない」

「何を目指しているんだ、お前は……正気に戻れ! ラブコメだぞ、ラブコメ! お前が生きている世界のジャンルを取り戻せ! 現代ファンタジーじゃねーんだぞ!」

「でも、師匠が強い男は戦場でモテモテだって……」

「お前がモテたい相手は大学生のお姉さんだろうが!」

「――――はっ! それもそうだ!」


 やべぇ、やべぇ、完全に頭の中がハードボイルドになってたわ。完全に、頭の中が強さこそ正義の価値観になってたわ、やべぇな、師匠の修業。

 だが、友情パワーによって俺は正気に戻った。

 グッバイ、異能バトル! ただいま! ラブコメディ!


「でも、強い男にはなりたいから修業は続けます」

「手遅れか……」

「いやいや、俺が思っていたよりもこの世界が物騒で……あ、佐藤。ガチでやばい時があったら、警察よりも先に俺を頼れよ? 軍隊レベルだとちょっと田舎の警察じゃ対処がな」

「やめろ、そういう世界の闇を呟くんじゃない……そんなことより! 鈴木、方向修正しろ。修業してもいいから、飛鳥さんとやらを攻略する方向に戻れ」

「うぃっす」


 納得の方向修正である。

 しかし、飛鳥さんと未だ接触できないため、やれることは限られているのが問題だ。

 飛鳥さんの男の趣味が分からない以上、出来ることは自分磨き程度。とりあえず、男として最低限の強さを身につけるべく修業を始めたが、この日本は基本的に平穏だ。飛鳥さんのピンチに俺がヒーローとして駆けつけて、好感度アップ! なんて望めないし、望まない。自分の好感度が上がるよりも、飛鳥さんが一時でも危機にさらされるのが辛いから。

 なので、選択肢は限られてくる。

 その中で、無駄に空振りしないために、今、俺がやるべきことは……うん、これだな!


「なんだよ、鈴木。その見るに堪えないドヤ顔は」

「見るに堪えないってなんだよ!? 俺だって生きているんだぞ! 精一杯!」

「悪かったよ……悪かったから徐々に首を絞めるのはやめてくれ……あ、ほら! なんか思いついたんだろ? 言って見ろよ?」

「…………ふん」


 俺は佐藤の首から手を離し、唇を尖らせながら答える。


「バイトをしようと思う」

「ほほう、その心は?」

「金が無い男は格好悪い」


 もちろん、金がある男が格好良いという訳では無い。

 ただ、大学生という、高校生よりもお金を融通することが出来る立場にある人に、一人前の異性として認識してもらうためには、ある程度の資金は必要なのだ。

 それは貢ぐとか、貢がないとか、そういう問題では無く――――要するに、交際費の問題だ。


「仮に、大学生と付き合うとして、その生活スタイルに合わせるには金が必要だ。それも、高校生程度がお小遣いで貰える額じゃ、話にならない。かといって、今までお年玉を貯金してきた貯金を崩して交際費に当てるってのは、正直、格好悪い。なんだ、そりゃ? ってなる」

「ほうほう、それで?」

「だから、バイトして金を溜める。うん、遊ぶ金欲しさにバイトを始めたい。少なくとも、年下の男の子として見られている程度じゃ、全然、恋愛じゃ話にならないと思うから」


 金だ、とにかく金が必要だ、最低限、まとまった金が。

 そりゃあ、恋愛小説の如く相手とお近づきになれるイベントが用意されているならばともかく、現実で違う環境に居る相手と近づくためには、とにかく、自分がイベントを起こさねば。

 イベントを起こすためには、金が必要だ。

 別に、相手の費用も全部出す必要はない。ただ、それなりに金のかかることを割り勘でやるってことは、少なくとも、金銭上は対等ってことになる。

 大学生のお姉さんから、異性として対等に見てもらえるには当然、その程度じゃ全然足りないと思うが、でも、何もできないよりはマシだ。

 足りない部分を埋めて行って、ようやく俺は、飛鳥さんに近づいていけるのだから。


「つーか、ファッション誌を読み漁って流行の服を揃えるのも、プレゼントを買ったりするのにも、金が必要だよな! くそ! やっぱり現実の恋愛はシビアだぜ!」

「く、くくく、まさか、あの鈴木がこんな台詞を言う日が来るとはね」

「んだよ? 馬鹿にしてんのか?」

「いいや? 正直、感心している」


 佐藤は唇を釣り上げて、愉快そうに笑みを作る。


「恋愛に溺れている奴ってのは大抵、自分の好意を伝えることしか考えていない。好意を伝えて、後は結果を待つんだ! みたいな? いや、馬鹿じゃねーの? って思うわ。そりゃ、恋愛漫画や、恋愛小説みたいに、『こいつ、確実に俺のこと好きだろ!!』って相手に告白するならともかくさ、碌に話したことも無い相手にラブレターとか出すんだぜ? 俺は、そういう恋に恋する馬鹿の極みが大嫌いだ」

「すみません。俺も結構な勢いで馬鹿なんですが」

「お前は斜め上の馬鹿だからいいんだよ」

「斜め上の馬鹿」


 それは褒めているのかな、ディアフレンド。


「ま、とにかくあれだ。応援しているから、頑張れよ、鈴木。金は貸さねぇけど」

「はっはっは、お前に借りるほど落ちぶれてねぇよ。でも、サンキューな」


 現実には、恋愛小説のようなイベントは用意されていない。

 けれど、憎まれ口を叩き合える親友が居るのなら、きっと、現実も悪くないはずだ。少なくとも、佐藤が気づかせてくれなければ、俺は何も出来ずに燻っていたから。



●●●



 金が欲しい。

 そう、遊ぶ金が欲しい。

 ならば当然、働かなければならない。遊ぶために働く、という矛盾を自らの心の中で受け入れて、その上で損得を見極めつつ、自分の利益を出していく。

 それがきっと、本物の社会人という奴なのだろう。

 しかし、俺は現役男子高校生。そこは、出来るだけ楽して金を稼ぎたい。やりがいのある仕事? はぁ? 馬鹿らしいわ! 金じゃ! 金ェ! やりがいなんて馬鹿らしい! どれだけ少ない労力で金を稼げるかこそが、高校生バイトの本懐よぉ!


「んじゃ、この古本を京都に運ぶだけで大金が手に入る仕事でもやるか? 安心しろ、交通費や食費も含めて支給される」

「師匠。この本、触るだけで怖気が止まらないのですが」

「ちなみに前金が五百で、成功報酬で八百貰えるぞ」

「単位は?」

「万」

「前金が五百万円、成功応酬で八百万」

「よかったな、あっという間に小金持ちだ」

「…………すみません、学生がナマ言いましたぁ!!」


 なお、このことを修業中に師匠に相談したところ、笑顔でブラックを通り越してダークネスな部類の仕事を割り振られそうになったので、即座に反省。

 やっぱさ、バイトってのは社会経験なわけよ? な? 金を得るだけの手段じゃない。いろんな社会経験を積んで、将来への布石にしないと。

 だから、多少お金のことがあれでも、やりがいのある仕事を選ばなければ。なお、やりがいのある仕事とは、労働環境がブラックなことは指さない。労働環境がブラックな所は、あれはやりがいじゃなくて、ただの奴隷活動だからな、絶対にやりたくねぇ。

 されど、俺の地元のクソ田舎でろくなバイト先なんてあるわけが無いし、ふぅむ。


「そんなわけで、マスター。遊ぶ金欲しさにバイトを始めようと思うんですけれど、何か良いアドバイスは無いですかね?」

「とりあえず、志望動機は取り繕った方が印象は良いぞ」

「任せてください! 実際の面接ではネットで調べた美辞麗句を並べ立てますから!」

「露骨過ぎるのもどうかと思うがな」


 時は週末。

 場所は『喫茶・黒鉄亭』。

 俺は遊びに行くがてら、カウンター席でマスターに色々と相談に乗ってもらっていたのだった。勿論、恋愛方面の事は隠して、動機は遊ぶ金欲しさにバイトがしたいなぁ、という如何にも学生らしい考えを前面に主張して。


「しかし、恥ずかしながら今までバイトをしたことが無くてですね。こうやって強がっているのも、不安の裏返しと言いますか。もう、絶対バイトの面接で噛みますよ。噛みまくって、落とされないか今から心配で」

「ふん。どのバイトをするかも決まっていないのに、大げさだな、君は」

「あっはっは、おっしゃる通りで」


 俺はオレンジジュースで喉を潤しながら、マスターに心境を吐露する。

 マスターは外見こそ、明らかにカタギの人間では無いのだが、実際に話してみれば驚くほどに、話しやすい。決して饒舌ではないのだが、時折打ってくれる相槌や、こちらの会話にいいタイミングで踏み込んで来るので、言葉がすらすらと出やすいのだ。

 やはり、趣味でやっているとは言っても、こういう所はプロなのだと俺は感心した。


「では、試しに俺相手に面接でもやってみるか?」

「え、いいんですか? そりゃ、練習相手になってもらえるのなら、有難い限りですけど」

「気にするな。気の合う友人の悩みに付き合うのも、喫茶店のマスターである俺の仕事だ」

「マスター……ありがとうございます」


 真っ当な大人の優しさが身に染みるぜ。

 なお、こういう朗らかな会話の最中も、一切、マスターの表情筋が動かないので、傍から見たら奇妙なことこの上ないだろうけれど。

 とりあえず、俺とマスターは態々カウンターから店内のテーブル席に移動して、疑似面接を開始することに。


「まず、簡単な自己紹介をしてください」

「はい! お――私の名前は鈴木春明です。鈴の木に春が明けると書きます。木山第一高等お学校の二年生です。特技はけん――TRPGというボードゲームのマスタリングです。週末は主にオンラインのチャットソフトで多種多様な人と会話しているので、コミュニケーション能力は周囲に比べて劣っていないと自負しています」

「なるほど。では、鈴木さん。TRPG歴は何年ですか?」

「中学一年生の頃に始めたので、大体、四年ぐらいになります」

「TRPGを始めたきっかけは?」

「ええと、元々はライトノベルと間違ってTRPGのリプレイ本を買ったことがきっかけですね。最初は書式に戸惑って、正直しくじったなぁ、と思ったんですけど、読んでみたら思いのほか面白くて」

「そのリプレイ本はどういうタイトルですか?」

「『ポンコツ勇者と竜の秘跡』というタイトルです」

「なるほど、ポンコツ勇者シリーズの第一作目ですね。良い作品に巡り合えましたね、鈴木さん」

「はい、ありがとうございます」


 ここまで会話して気付いたのだが、マスター基本、TRPGの話題しか食いついてこないですね? いや、待て、待とう。マスターは俺の生涯でも、外見を除けば真っ当な大人。これからさ、これから、大人としての面接術を俺に指導してくれるはず。


「では、TRPGのマスタリングについてですが。具体例などを……」


 忘れていたよ。

 マスターは真っ当な大人ではあるものの、この喫茶店の本棚に余すことなくTRPG関連の書籍を並べ、挙句の果てには一つのビルを貸し切ってコンベンション会場にしてしまうほどの、TRPG馬鹿だ。

 そのマスターが自分流に面接をするとなると、こうなることは目に見えていたはずなのに。


「ほう。それでは、このサイトに投稿されてある『ベール・ウッド』というペンネーム名義のシナリオは全て、鈴木さんが?」

「はい、私が作りました。素人の浅知恵で、数だけは揃えてみたのですが」

「いいえ。素人の浅知恵ではありませんとも。私も、『ベール・ウッド』名義のシナリオは何度も回させていただきましたし、プレイヤーとしても遊びました」

「ははは、ありがとうございます」

「これからも一ファンとしてシナリオの供給を期待しています」

「そんなそんな、こちらこそ」

「では、それはそれとして――――いつから働きに出られますか?」


 合格した!? TRPGの会話をしていただけで合格したよ、俺ェ!? 全然、喫茶店の

仕事の話してなかったんだけど! 接客業の云々とか、一言もしゃべってねーぞ、マスター。


「…………あの、マスター? いいんですか、これで?」

「覚えておくといい、少年。バイトを募集している店はいつだって即戦力を求めている。そして、さっきの面接の結果、君は俺が求めていた通りの人材だった。なので、よそに行かれない内にバイトの採用を決めた。そういう流れだ」

「そ、そうなんですか……」

「それで、いつから出られる?」

「ガチなんですか!? そこは練習じゃなくて、ガチの採用だったんですか!?」


 マスターは無表情でサムズアップを決めた。

 この人、表情に感情が出ないだけで、結構愉快な人だぞ、おい。


「もちろん、君が良ければ、だがね」

「えぇ……折角見つけた、オアシス的なお店ですから、その。仕事場にするのは、正直、抵抗があるといいますが」

「ちなみに時給は千円で、働きによって昇給も認めよう。交通費などの雑費は当然、こちらが持つ。基本、週末しか店を開けていないからそんなに客も来なくて楽だぞ」

「是非とも働かせてください!」

「ああ、歓迎しよう」


 俺は些細な迷いを払って、マスターと固い握手を交わす。

 TRPG馬鹿のマスターと、楽をして金を稼ぎたい高校生の思惑が綺麗に合致した瞬間だった。

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