第三話 セールスポイントをどうぞ

 恋をしてみて、ふと、気付いた事がある。

 それは、自分のセールスポイントが無い、ということだ。

 自分の恋を成就させるということはつまり、自分の事を相手に恋愛的な意味で好きになってもらう事である。うん、そこまではいい、そこまではいいんだけどさぁ……この、冴えないクソ童貞である俺が、年上の綺麗なお姉さんに好かれる要素って何よ?

 勉強? 中の下レベルです。

 運動? まぁ、中の上ぐらい?

 特技? ええと、ネット上のTRPG仲間から『暇だから新作オリジナルシナリオでセッション回して』というクソみたいな無茶振りに、二時間ぐらいで対応可能なゲームマスター力とか。

 ルックス? なんかね、こう、ね? 少年漫画に出てくる『いかにもモテない』という感じのモブみたいな顔しているらしいよ。そう、主人公がモテモテになっていると、真っ先に嫉妬してリアクションする奴。そう、そいつが俺。

 …………駄目だ、駄目ですよ、これは。俺が女子だったら、絶対に付き合いたくないタイプの男子だよ、俺。友達までだったら普通にオッケーだけど、恋愛関係は「うーん、ごめんね?」とかさっくりと断る感じだわ。


「というわけで、俺がモテそうな要素を教えるがいい、佐藤」

「…………」

「沈黙はやめろ。困ったら、すぐに相談しろって言ったじゃん!?」

「いやだって、お前…………学校の屋上からエロ本をばら撒く様な奴に、モテる要素なんてあると思う?」

「正論過ぎる」

「お前、停学中だから知らないと思うけど、学内でのお前のあだ名が『エロテロリスト』で定着したからな。多分、卒業の時まで言われるぞ」

「マジか」


 一人で考えていても仕方ないので、自宅に親友である佐藤を召喚して、恋愛相談に乗っていてもらっている所なのだが、早速手詰まりの様である。


「まぁ、学内で特に好きな奴居ないから別にいいや。それよりも、セールスポイントだよ。俺が女子にモテそうな要素だよ。何とかひねり出してくれねぇ?」

「えぇ……あー、そうだな。喧嘩が強い。武術とか全然、そういうの習っていない癖に、理不尽なぐらい強い。なんなの? 戦闘センスの塊なの、お前?」

「知らんわ、生まれつきじゃい。というか、それは却下! 乱暴なイメージがあってよろしくない! それに、この平和なクソ田舎で喧嘩する機会なんぞあるか! 田舎のヤンキー共なんて、精々、コンビニ前で集まって将来の不安を呟き合っているだけだぞ!」

「格好つけてはみたものの、所詮田舎だしなぁ、という顔しているもんな、奴ら」


 他の田舎でのヤンキーは知らんが、基本、うちの田舎のヤンキーは牧歌的というか、普通に田んぼの手伝いとかする感じのヤンキーたちだ。何せ、実家が農家だと、働かざるもの食うべからずを地で行く制裁が加えられるらしいからな。


「いや、田舎のヤンキーはどうでもいいんだよ。俺のモテ要素だよ、頼むよ、一つぐらいは頼むよ、マジで。俺の心が折れてしまう」

「えぇ……そもそもさ、その飛鳥さんに好みの男性のタイプとか訊けばいいのに。つーか、それ以前に彼氏が居るかとか聞いた?」

「連絡先を交換していません」

「阿呆」

「はい、阿呆です。何せ、その時は恋をしているさえ自覚していなかったのです」

「…………その喫茶店に通い詰めて、次に会ったときに連絡先を交換しろ。後は、ちゃんと彼氏が居るかを聞け、いいな? あ、彼氏が居る場合でも、付き合って何ヶ月とか、詳細の情報を聞き出しておけよ?」

「彼氏が居るとか、想像しただけで死にたい」

「ええい、仮定で心を折るな、馬鹿が! いいか? 今時、美人の大学生のお姉さんは大抵、彼氏が居るんだよ、そう思え! でもな? 付き合って一か月とか、半年とか、そこら辺のレベルならまだ取り返しがつくんだよ! 自分の魅力で略奪できる可能性があるんだよ! だから、心を折られず、ちゃんと訊くんだぞ! いいな!?」

「うぃっす」


 その時になって、泣いてしまわないように心を強く持たないと。

 大丈夫、大丈夫、俺は強い子。きっと、耐えられるさ! でも、彼氏が居ない方向でどうかお願いします神様。


「つーか、モテ要素とか甘えるなよ、阿呆が。いいか? モテ要素なんてな、作る物なんだよ、不自然でも、無理やりな! 体を鍛えて、スタイルを良くしたり、なんかモテそうなスポーツに手を出したり、ファッション雑誌を漁って自分に合った服を選んだり! そういう事を全部やり終わった後で、モテ要素とかほざきやがれ!」

「おお、佐藤が吠え猛っている」

「俺だって、色々頑張って今の彼女をゲットしたんだぞ? 倍率凄かったんだぞ? 並みいるライバルを蹴り落として、今の安寧を手に入れたんだ、分かるか?」


 ああん? と恋愛バトルを勝ち抜いた肉食系男子が凄む。

 駄目だ、恋愛弱者である俺には、何も反論できねぇ。


「つ、つまり、まずはモテる努力をしてから物を言え、と?」

「そうだよ。とりあえず、色々やってみろ。一か月でも、継続してその努力が続けば、それが習慣になって身に着くからさ。最低でも、『俺って格好良い!』って真顔で頷けるようになれ」

「えぇ、ナルシストじゃん」

「お前は自分が好きじゃない物を他人に薦めるのか?」

「あ、はい、なるほど、そういうことですね、勉強になります」


 要するに、自分に自信を持て、ってことだな。

 確かに、自分に自信が無ければ、そもそも恋愛する上で失礼だ。自分はダメダメだけど、どうか好きになってください、何て傲慢すぎる。せめて、『俺なら貴方を幸せにできる!』系の台詞を素面で言えるレベルに自信を持たなければならないだろう。

 ううむ、難しい。


「わかった。とりあえず、俺なりに良い男になるための修業に取り組んでみるわ」

「修業…………まぁ、修業か」

「生まれ変わった俺に乞うご期待!」

「フラれた時は死ぬ前に連絡しろよー」

「微塵も期待されてねぇ!」


 佐藤は、けらけら笑いながら帰っていった。

 ううむ、恋愛というのはかくも難しい物らしい。ギャルゲーやっていると、大抵の場合、美少女との絡みがデフォルトで用意されてんだけどなぁ。残念ながら、神様はそこまで俺に優しくしてくれないようだ。

 けど、いいさ、それくらい。

 自分の好きな人ぐらい、努力して振り向かせてやる。

 それが、恋愛って奴だろ?

 いいさ、やってやるとも! 精一杯、俺なりの恋愛を!



●●●



 では、早速修行である。

 まずは体を鍛えるところから始めようと思う。いや、別に、その、あれだ。裸になった時にみっともない肉体を晒したくない要求が全てじゃなくてね? こう、ほら、あれだよ……自分の好きな相手ぐらい、自分で守ってあげたいじゃん? おまけに、体を鍛えれば自然と体幹とかも鍛えられて、姿勢も良くなって見栄えが向上するかもしれないし。

 そんなわけで、佐藤に恋愛相談したその日の晩に、俺の両親にも相談してみたのだった。


「父親ぁー、母親ぁー、俺さー、ちょっと体を鍛えてみたいんだけどぉー。何か、いい感じのジムとか知らない?」

「…………ついにこの時が来たか」

「血は争えない。そういうことね、きっと」

「待って、二人とも? なんでそんな深刻そうなフェイス? 物凄く軽い調子で訊いてみたんだけど? え?」


 晩飯の最中だったので、からーんと、親父殿が箸を落とすほどのショックを受けておられる。おまけに、ママンも目頭を抑えて絞り出すように声を出しています。

 えー、なにそれー、やめてよー、つか、何だよ、マジでそのリアクション。


「心配するな、春明。こういう時のために、ちゃんとお前を鍛え上げてくれる人を探していた」

「湧き上がる闘争衝動を抑えきれなくなったのでしょう? 大丈夫、お前を鍛えてくれる人は歴戦の兵士よ。遠慮なくぶつかっていきなさい」

「湧き上がってない! 全然、そんな衝動湧き上がってないよぉ!」

「ふっ、家族の間で誤魔化さなくていい、春明」

「そうよ。貴方が何者であったとしても、私たちの大切な息子には変わりないもの」

「人間だよね!? ねぇ、俺は普通の人間だよね!?」

「……ああ、人間だとも」

「他の誰にも、化物とは呼ばせないわ」

「やめろやめろぉ! 異能者の両親ムーブはやめろぉ!」


 結局、深刻な面持ちで俺を説得して来る両親には抗えず、翌日、俺を鍛えてくれる人の所まで行くことに。行動が早い。というか、俺が停学中なのを利用しやがって。

 ま、でも、あれですよねー。わかってる、わかってる。これってドッキリでしょ? うちの両親ってば、お茶目だからねー。幼少の頃は、クリスマスに恰幅の良い外国人を雇ってサンタのコスプレをさせていたぐらいお茶目だからね? 子供にサンタの存在をガチで教え込むぐらいの悪ふざけをやる両親だ。

 きっと、今回もそういう感じなんでしょ? 大丈夫、俺、分かっているとも! ふふふ、分かっていても、ちゃんとリアクションしてあげる俺って、親孝行だよなぁ!


「テメェが鬼の血を引くガキか。ふん、温い面構えをしてやがる……そのくせ、妙に目だけは本物の馬鹿のそれだ。いいぜ、合格だ。つまらない奴なら断っていたが、テメェなら、一人前になるぐらいまでは育ててやる、有難く思うんだな」

「あ、はい」


 ガチでしたー。

 人気のない山中に置き去りにされたかと思うと、迷彩服姿の中年男性が話しかけてきました。細マッチョで、頬に一文字の傷が合って、確実に人を殺している感じの鋭い眼差しのオッサンでした。

 …………ガチじゃねーか!


「じゃなくて! すみません、ええと――」

「エイトだ。俺の事はそう呼べ……戦場でも、そう呼ばれていた」


 戦場ってなんだよぉおおおおおお! やめろぉおおおお! ラブコメだったはずの俺の日常が、殺伐としたバトル物に浸食されていくじゃねーか! くそが! させねぇ! そうはさせねぇぞ! 俺は! 飛鳥さんと! イチャイチャしたいんだ!


「エイトさん! 誤解があります!」

「ほう、誤解だと?」

「はい。わざわざ来てもらって申し訳ないんですが、実は……」


 俺はブチ切れられて、半殺しにされることも覚悟で事の経緯を説明した。

 そもそも、俺はそんな闘争本能が溢れ出ている系の男子では無い、と。ただ単に、今回の件については好きな女の人が出来て、その人にモテたいために体を鍛えようと思っただけなのだと。ぶっちゃけ、両親の早とちりであると、懇切丁寧に説明した。


「く――はっ、ははははははっ! 女に! 女にモテたいから、この俺に師事を受ける!? なんだそりゃ!? ははははは!!」


 はい、大爆笑されました。

 しかも、若干、勘違いされて伝わっております。


「いいねぇ! 気に入った! 馬鹿だと思っていたが、まさかここまで大馬鹿だとは思わなかったぜ! よし、一人前どころか、俺の技術を全部テメェに叩き込んでやるよ!」

「気に入られた!? いや、違うんですって! 俺は今、恋愛をしているから、そういう殺伐とした技術は必要な――」

「おい、ガキ」


 声を掛けられて、気付いた瞬間、俺は地面を転がっていた。

 背中に地面から飛び出た石の角が当たって痛い。いや、それよりも、なんかやばい。すぐに動かないと、なんか追撃が来る!?


「女にモテる秘訣を教えてやる…………強くなれ」

「な、あ?」


 目の前に、安全靴の底があった。もう少し、エイトさんが躊躇わなければ、俺は頭蓋を踏み砕かれて、脳漿を撒き散らしていただろう。そんな、確信がある。

 遅れて実感する死の恐怖……それが、胸の中からジワリと体を冷たくしていく。


「なぁ、春明。お前はもしかして、この平和な国の中なら、何があっても警察様が助けてくれると思っている馬鹿か? それとも、女がクソ野郎に犯されそうな時、尻尾を巻いて逃げ出す屑か? 言っておくぞ、おい、言ってやる……テメェの女も守れない男は、総じて糞だ! どんな事情があろうとも、どんな相手が敵だろうとも、女を守れない男に生きる価値はねぇんだよ。なぁ、おい、そうだろ?」

「…………っ」


 エイトさんの言葉は極論で、暴論だ。

 だって、そうだろ? 誰しも、恋愛を始める時に、そんな、最低最悪のバッドエンドな心配はしない。そんな、被害妄想にも等しい想定なんて、この現代日本では必要ない。

 なのに、何故か俺の心は、エイトさんの言葉に共感した。

 ああ、そうだ。

 自信だ。俺にはそれが必要だったんだ。

 ルックスも、小粋な会話もできない俺だけど、せめて――――大事な人間を、何があっても守り抜けるという自信は欲しい。


「最後に一度だけ問うぜ? これで拒否するなら、もう何も言わねぇ。ここからちゃんと、俺が家までエスコートしてやるよ」

「…………」

「力が、欲しいか?」


 躊躇いは、無かった。

 俺はエイトさんの安全靴を打ち払い、立ち上がる。

 目を合わせるのさえも恐ろしいような鋭い目を睨んで、精一杯を叫んだ。


「欲しい! 俺は、力が欲しい! だから…………ありったけ、俺に寄越せ!!」

「はっ、吠えやがったな、クソガキ! 良いぜ、テメェに地獄を見せてやる!」


 返答のついでだと言わんばかりに、俺はエイトさんに殴り倒されて、そのまま地獄めいた特訓が始まった。

 きっと、この特訓を乗り越えた時、俺は男として最低限の自信を手に入れられる。

 我ながら、馬鹿みたいだけど……でも、そんな気がするんだ。



「いや、絶対に方向性間違えているわ、それ」

「あるぇー?」


 まぁ、佐藤からは真顔でドン引きされてしまったのだけれどね。

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