第二話 恋をするとオカズにできない
「馬鹿が」
「…………ごめんなしゃい」
「馬鹿が。この、浮かれた大学生が」
「…………うぅ」
脳裏に刻まれるほどの美しさを感じた数分後、俺は複雑な心境を抱いていた。
あれほど格好良く煙草を吸っていたお姉さんが、マスター相手に涙目になりながら謝罪しているのである。俺としてはてっきり、飄々とした態度で言葉を返すのだと思っていたが……いや、でも、よく考えると仕方ないよな、うん。誰だって顔面に刺青を入れたスキンヘッドダンディに叱られれば、借りてきた猫のように大人しくするしかないはずだ。
「おい、貴様」
「はい」
「何故、未成年に煙草を勧めた?」
「…………その、ほんの少しのジョークと言いますか、ちょっと大人の女性として年下の男の子をからかってみたく――」
「俺の客相手に、か?」
「うぅ、怖い、怖すぎるよ、マスター……いつもの気さくなマスターに戻って?」
「…………」
「あ、その顔は駄目です。これから殺す家畜を見るような顔は止めてください」
むぅ、いけない。お姉さんがそろそろ半泣きから全泣きに移行しそうだ。先ほどまで見惚れていた相手が惨めに泣くというのは流石に心が辛いので、フォローに入るとしようか。
「まぁ、まぁまぁ、マスター。このお姉さんも、ちょっとからかっただけで、本当に俺に煙草を吸わせようとしていたわけじゃないでしょうし」
「…………少年、お前がそう言うのならば――」
「そうそう! 本当に吸わせようとしていたわけじゃないんだから! むしろ、こういう甘い勧誘に乗ったら、ちゃんとお姉さんらしく叱ってあげるつもりでえええええあああああっ! 頭がぁ!」
「調子に乗るな、駄目学生」
「マスター! 白目剥いてます、白目ェ!!」
その後、何とか俺がアイアンクローでお姉さんの頭蓋を割ろうとするマスターを止めて、事なきを得る。
あっれー? おっかしいなぁ? 俺が思っていたよりもこのお姉さん、かなりのポンコツなんだけれど? 初対面の印象だと、イケメン系さばさばお姉様って感じだったのに、たった数分の邂逅で、外面だけの中身駄犬みたいな人じゃないかと疑う始末。
待て、待て待て、これはあれだ。能ある鷹は爪を隠す、みたいな感じのあれだろう。まだ失望するには早い。落ち着け、落ち着けェ、俺。
「んじゃ、セッションを始める前に改めて自己紹介を! 私の名前は白鷺 飛鳥(しらさぎ あすか)。白鷺は田舎の田んぼでよく見かけるあれでー、飛鳥は飛鳥時代の飛鳥だね! 大学三年生でぇす! んでもって、こっちの出てくるジャンルを間違えているんじゃないかなぁ? という強面の中年が、正体不明のマスター! いやぁ、もう五年の付き合いになるのに偽名しか教えてくれないんだよね、この人」
「六つも教えただろう?」
「数じゃない、数じゃないぞぉ! えい、この無表情サイボーグめ!」
「はははは」
「すみません、すみません、調子に乗り過ぎましたぁ!」
お姉さん――白鷺さんはマスターの頭をぺしぺし叩いた後、即座に腕を捻られて泣き言を叫ぶ。どうしよう? この人、ちょっと驚くぐらい無様だぞ。
「…………えー、俺は鈴木。鈴木 春明(すずき はるあき)です。クソ田舎の高校の二年生で、今日、この店には暇つぶし散策をしている間に偶然、って感じですね。TRPGの方は、中学生の頃からネットで始めて、多少は経験があるので、よろしくお願いします」
「オッケー! 今日は楽しく遊ぼうぜ、はるるん!」
「はるるん!?」
なにこの人、めっちゃ気安い。
はるるん、なんて親友の佐藤にすら呼ばれたことねぇよ。というか、親友でも苗字呼びだからな、俺たちは。幼馴染の癖に、苗字呼びだからな。そっちの方が格好いい感じがするから。
つーか、そんな格好良さを求めている男子高校生の俺が、思わず見惚れてしまうほど格好良かった人なのに、喋るとここまで残念になるとは思わなかったぜ、白鷺さん。
「あの、白鷺さん?」
「苗字呼びなんて他人行儀な! これから一緒に卓上世界を救いに行く仲間なんだぜ、私たちは! 気安く、あーちゃんと呼んでくれ」
「飛鳥さん、年上女性にそれはしんどいです」
「真顔で妥協案を通されちゃったぜ!」
「…………マスター」
「慣れろ、少年。こいつは大体こんな感じだ」
「マジかぁ」
年上で格好いい大学生のお姉さんなのに、中身は小学校低学年みたいなハイテンションなの? 常時、アッパーきめてんの?
おっかしいなぁ、屋上で一目見た時には物凄く格好良くて綺麗な人だったのに。
「なーに、複雑な顔をしているんだよ、はるるん! 気楽に楽しもうぜぇ!」
「うわっぷ! ちょ、そういう! 思春期の男子にそういうスキンシップは止めてください! 訴えますよ!?」
「かーわーいーいー♪」
俺が悩んでいると、急に寄って来た飛鳥さんが気安く肩を抱いてくる。
やめていただきたい、男子高校生に対する気安いボディタッチは。煙草の匂いに混じった、甘い柑橘系の匂いとか、そういうのを気にしちゃうお年頃なのです。後、思ったよりも女の人の体が柔らかいとか、体の暖かさに変な気分になりそうだったりとか、ほんと、童貞って最悪だ。たった一度の接触で、既に俺の理性が大分ボロボロになっているんだからさ。
「やめていただきたい、やめていただきたい……やめろぉ!」
「おお、顔が真っ赤だー。いやぁ、若いねぇ。私たちも数年前まではこうだったのかねぇ? うむうむ」
「…………ますたぁ!」
「任せろ、少年」
「みぎょ!?」
飛鳥さんはマスターの手刀を頭部にくらってようやく俺から離れた。
俺は無様なほどに熱くなった顔を両手で挟みながら、飛鳥さんを睨む。
「おごごご……」
飛鳥さんは頭部を抑えて呻いていた。
うん、なんかその姿を見た瞬間、俺の顔からすっと熱が引いたから、別にいいや。もういいや。この人の事は気にしないでおこう。
「マスター。そろそろ、セッションを始めましょう。流石に深夜まで長引くのはアウトなので」
「ああ、任せろ。マスタリングの時間管理は完璧だ」
「マスター! 私、今回のセッションで軟体生物アイドルをやりたい!」
「ここに一人、あからさまなルーニーが居るようですが。大丈夫ですか?」
「問題ない、慣れている」
マスターは力強い言葉で断言してくれるのだが、それはさておき。これから俺は、終焉世界を旅する軟体生物アイドルを仲間にして、セッションをやるのかぁ。
……軟体生物アイドルかぁ。
「ま、なんとかなるか」
しゃべるエロ本と共に魔王を倒した時のセッションよりはまだマシな面子だな、と思いながら俺はセッションの準備を始めた。
TRPGとは、かくも自由な物であるので、実はこれぐらい割と日常茶飯事なのである。
●●●
結論から言えば、予想よりも大分まともなセッションになった。
軟体生物アイドルは、ビジュアルはともかく、彼女の歌に呼応した古代人型兵器のパイロットとして、終焉をもたらす獣たちのボスを討ち取ったし。俺は世界に終焉をもたらす王が担う権能の一つを討伐した。ちょっと何を言っているか分からないかもしれないが、大体、TRPGのリプレイを簡略化して聞けばこんな物である。
あ、ちなみに俺はゴミクズ拾いの少年から、古代文明の全身機械鎧を拾って成り上がっていくという王道物語を楽しませていただきました。なんか、ヒロイン兼PC2の軟体生物がよくわからない絡み方をしてくるが、ビジュアルはともかくロールプレイ時代は真っ当だったし、うん。概ね、初のオフラインセッションとしてはかなり良い部類の結果ではないだろうか?
「いやぁ、久しぶりにTRPGやったけど、面白かったよ、マスター!」
「俺も同じ意見です。オフラインは初めて、その、ロールプレイが拙い所があったんですが、うまくフォローしてもらって…………不本意ながら、助かりましたよ、飛鳥さん」
「何故に不本意!?」
「お前が軟体生物アイドルをヒロインにしようとしたからだろうが」
「だってー! リアルのセッションだと、男性GMで美少女ヒロインって出しにくいしぃ」
その辺の配慮の結果、この私がヒロインになってあげたのだよ! と満点のドヤ顔で自らの胸を叩く飛鳥さん。
確かに、言っていることは正しいし、助かったのは事実なのだけれど、釈然としないこの気持ちは一体なんだ? これが恋? いや、違うな、これは。
「ふん、心配するな、馬鹿学生。俺のキーパリングは概ね完璧だ。いざとなれば、音声ソフトの類を使って、限りなくタイムラグの少ない美少女台詞を作り上げて見せる」
「マスターのTRPGに対する情熱は何なの?」
「…………数少ない趣味で癒されて何が悪い」
「あ、飛鳥さん。マスターの目が荒んでいるんですが」
「はるるん、これは警告なんだけどね? マスターの本業を探るような言動はアウトだから、言わないようにするんだよ? 前にしつこく聞いたら、私はナチュラルに半年ぐらい出禁にされた経験があるし」
「貴様の場合、人が嫌がることをしつこく訊くからだ」
飛鳥さんとマスターの関係は不思議だ。
明らかに、マスターと飛鳥さんは親子ほどの年が離れているのに、対等みたいな口調で会話をしている。ただ、どちらかと言えば物おじしない飛鳥さんが無遠慮に突っ込んで行って、それをマスターが呆れ半分で付き合っている、という形のようだが。
「今時の高校生として、エアリーディングぐらいは嗜むのでご心配なく。無遠慮な言葉で、折角見つけた絶好の穴場を出禁になるのはごめんですからね」
「見ろ、飛鳥。無駄に年を取っている貴様よりも、高校生の方が圧倒的に賢い」
「うぐっ、希望の大学に落ちて滑り止めで辛うじて生きている私には辛い台詞だ」
「すみません、これから受験が控えている俺にも辛い台詞なので、自虐は止めてください」
俺たち三人はセッションの後、とりとめのない雑談を交わす。
TRPGに嵌ったきっかけを語り合ったり、飛鳥さんから大学生活についてのあれこれについて教えてもらったり、マスターから喫茶店経営についての面白い小話を聞いたり。
とにかく、楽しい時間だったと思う。
ついつい三人揃って終電を逃してしまう程度には。
「んぎゃあ! 終電! はるるん、終電が無いよぉ!?」
「お、落ち着いてください、飛鳥さん――――俺たちには徒歩という最終手段がありますよ!」
「年頃の娘なんだぞぉ! 後、未成年を流石に徒歩で帰らせるわけにはいかないって!」
「ん? 何を慌てているんだ、お前らは。既にタクシーを呼んであるから、それに乗って帰るといい。ああ、安心しろ、もちろん料金は俺が持つ」
「「マスター!!」」
なお、慌てる俺たち二人をよそに、マスターはきっちりと帰りの手段を確保してくれていた模様。
流石は大人というか、いささか太っ腹過ぎないかと心配だ。
「金は腐るほどあるから、心配するな、少年」
「あ、そうですか」
「怖すぎるから詮索は駄目だよ、はるるん」
「大丈夫です、マスターの本業ネタはスルーする方向で行くんで」
触らぬ神に祟りなし。
まさしく古人の言う通り、厄介事には関わらないのが吉だ。
俺と飛鳥さんは帰りのタクシーで、共に今日のセッションの感想を語らい合いながら帰路に着く。
「やー、ファンブルしたあの時は、もう駄目だと思ったよ!」
「振り直しスキル持ってて、正解でしたね。結果的に、ああいう演出になって、ベター以上のベストになったと思いますよ」
「だよね! 全部を無条件で確定成功させるより、こういう思わぬトラブルっていうのが、物語の質を高めるよねぇ! 何より、遊んでいて楽しい」
「ええ、俺もそう思います」
子供のように笑う飛鳥さんと会話しながら、やはり、最初に会ったときに感じたあの衝撃は何かの間違いだったのではないかと思い始めた。
確かに、飛鳥さんはイケメン系女子大生で外面は格好いい。しかも、面白い。ただ、調子に乗り過ぎてポンコツなイメージもあるけど、友達として接するなら楽しい人だ。
そう、あくまで友達として。
だって、俺よりも四つぐらい年上みたいだし。それに何より、俺が見惚れるような美しさは、あの時以降、感じていない。
だからきっと、あの時のあれは間違いだったのだろう。
あまりにも、あの絵画と似ていたから、俺の心が錯覚を起こしたのだ。驚いただけなのだ、そう、それだけ。特別なことなんて何もない。
「じゃあ、またねー、はるるん」
「はい、また」
だから、あの時の美しさは春の終わりが呼び寄せた幻影として、記憶の片隅に留めて置くことにした。それでいい。いや、ひょっとすると、本当にあれは幻だったのかも?
「…………あ」
けれど、俺の思考は次の瞬間に否定される。
タクシーから降りた飛鳥さんが手を振っている姿、それ時代は能天気そうな先ほどまでの飛鳥さんとなんら変わりない。けれど、タクシーがどんどん離れて、飛鳥さんが手を振るのを止めた後、俺は見た。ほんの数秒だったけれど、確かに見たのだ。
夜空の向こう側に視線を向けて、どこか憂う様に微笑む飛鳥さんの姿を。
今までの子供のような振舞いとは違う、大人の美しさを。
俺は、どうして飛鳥さんがそんな表情をするのかわからない。悲しいことがあったのか? それとも、意味も無く格好つけているだけなのか。
わからないけれど――――彼女の美しさが、確かにそこにあると俺は確認してしまった。
鈴木春明は、白鷺飛鳥を美しいと思っている。
それだけが、この時点で俺が理解できる確かな事だった。
●●●
「…………一体、どうしちまったんだよ」
マスターや飛鳥さんと知り合った数日後、俺は近年まれに見ぬ苦境に立たされていた。いや、どちらかと言うならば、立っていないと言うべきか。
現在の状況を説明するのならば、まず俺は下半身が全裸である。大丈夫だ、ここは自分の家の自分の部屋。きっちり鍵もかけている、何も問題ない。
そう、問題なのは――――俺がベッドの上に並べた数冊のエロ本たちである。
どれも皆、数週間前の俺が発売日を楽しみにしていた一品だ。そこんじょそこらのコンビニで仕入れられているようなエロ本じゃない。これは、『サバサバ系お姉さんが、童貞の男相手にマウントしながらエロエロやってくれる』というシチュエーションを厳選し、さらに、俺が贔屓にしているAV女優さんの新作ということで、金に糸目は付けずに手に入れた最高のエロ本たちだ。
普段の俺ならば、一昔前のドスケベ系主人公の如く、服を脱ぎ捨てて、童貞の極みみたいな行為に耽っていたことだろう。いや、できるのならば、今だってそうしたい。
「どうしたんだ、どうしたんだよ、マイサン……」
俺は困惑しつつ、自分の下半身に語り掛けるが、ぴくりともしねぇ。
普段であれば、数ページ捲っただけで元気溌剌になるはずなのに、何故か、そういう気分になる前に、彼女の、飛鳥さんと初めて出会ったあの光景が脳裏に蘇るのだ。
そうすると、胸がきゅうと締め付けられて、ついでに下半身が萎える。
なんなのだ、これは? どうすればいいのだ!?
「はー、仕方ないから生意気系後輩に悪戯するエロ漫画で性欲解消しておくか」
とりあえず俺は、下半身丸出しで悩む現状をどうにかするべく、さっさと性欲を解消することに。
うーん、こっちでは普通に反応するのに、どうしてサバサバ系お姉さんでは反応しなくなってしまったんだ。というか、反応しないだけならともかく、いちいちあの情景が頭の中に蘇って、胸が締め付けられるような感動がフィードバックするのは止めて欲しい。精神的に結構辛いのだ、感動も繰り返されると。
「まぁ、こういう時の親友だよな。一人で悩まず、勇気を持って佐藤に相談だ!」
思い立ったら即実行。
SNSのアプリやメール機能に逃げずに、即座に通話を賭けられる男、それが俺である。
『…………おい、なんで夜中に通話をかけてきてんだよ、殺すぞ』
数回のコールの後、非常に不機嫌そうな佐藤の声が通話口から聞こえてくる。
うーん、やはり深夜一時に通話は無謀だったかもしれないな。でも、緊急事態だから仕方ないんだ、今すぐ許せよ、親友。
「待て、大変なことが起こったんだ、聞いてくれ、親友」
『くだらない用事だったら、お前の家に殴り込みに行くからな』
「俺の下半身がフェバリットエロ本に反応しなくなった」
『殺すわ、待ってろ』
ぷつん、と通話を切った数十秒後、俺の部屋のガラス戸が開かれ、非常に不機嫌な顔の佐藤が現れた。寝間着姿であるが、その手には金属バットが携えられている。
おいおい、殺されるわ、俺。
「遺言は聞いてやる……」
「待て待て、落ち着け、佐藤。違うんだ、これは割とマジな相談なんだ」
「その相談を夜中にやる必要があるのか?」
「ない」
「――おらぁ!」
「――おせぇ!」
横薙ぎに振られた金属バッドをしゃがんで回避し、そのまま佐藤の懐に踏み込む。さらに、足元から腰、腕まできちんと螺旋の動きで伝わらせた掌圧を腹部へ打ち込んだ。
「ごぶはぁ!? こ、こいつ……普段は運動が得意でもない癖に、喧嘩になると異常に強くなりやがって」
「激怒すると、直ぐに武器を取り出すのがお前の悪い癖だぞ、親友。それはさておき、相談を聞いてくれ。その、ちょっと込み入っていてな」
「…………言ってみろ。面白くない話だったら、第二ラウンドを始めるぞ」
「おう、実はな――」
不承不承に俺の話を聞いていた佐藤であったが、飛鳥さんとの出会いを語り始めたあたりから、段々と首を傾げたり、急に口元を抑えたりし始めた。そして、最終的には腹を抱えて大笑いしている始末である。
なんだぁ、テメェ。
「なんなの? 人が真面目に相談しているのに、なんなの?」
「いや、だって、お前……そりゃ笑うわ! セフレが欲しいとか言っていた奴が、まさかこんなピュアな恋をするとは思えねぇじゃんかよ!」
「…………恋?」
いや、いやいや、待とうよ、佐藤君。
君はさらっと恋という言葉を口に出したがね? それは本当に恋なのだろうか? 確かに、俺は飛鳥さんを美しいと思った。世界で一番美しいなぁとか、思っていた瞬間もある。毎日、寝る前は飛鳥さんの顔を思い出してもやもやしつつ、ベッドの中で転がることもしばしばだ。そして、サバサバ系お姉さんのエロ本で抜こうとすると、飛鳥さんの姿を思い出して胸がきゅうと苦しくなる。
そう、たったこれだけの症状で人を恋している呼ばわりは失礼ではないだろうか!?
「恋だよ」
「……えっ」
「かなりピュアな恋をしているよ、お前。だって、性欲で押し倒してぇ! という感じじゃなくて、もっとずっと一緒に居たい、みたいな感情だろ?」
「…………えっ」
大爆笑していた佐藤が、急に真顔で諭してくる。
マジで? これが? これが全世界的に流行中と言われている恋? やべぇな、これでついに俺も思春期の大台に突入だよ。
「……恋なの?」
「じゃあ、聞くがな、鈴木。もしも、その飛鳥さんって人と付き合うことになって、一緒にデートとか、ゲームとかしたりして遊んで、最終的には手を繋いだり、肩を寄せ合ったりしてイチャイチャする場面を想像しろ――――うん、もういい、わかった。なに、恋する乙女みたいな顔をしてやがる、気持ち悪い」
「はっはっは、殺すぞ、佐藤」
「だったら、自分に言い訳をして逃げてないで、さっさと認めろ、鈴木」
すびしぃ、と佐藤は俺を指差して告げる。
さながら、死の運命を告げる死神のように。
「誰がどう見ても、お前は恋をしているよ」
マジか。
うわぁ、マジか。
あれだけ散々色々言って来た俺が、エロス優先主義とか密かに自称していた俺が、まさか、恋をしたのか? いや、したんだろうな、うん、認めなくては、流石に。
俺は、確かに恋をしている、と。
「そっか、これが恋なんだな」
「そうだよ、それが恋だ」
「…………なんか、思っていたよりもしんどい感じなんだが、これ? こう、解除不可能な祝福兼呪いみたいな気分」
「そんなもんだぜ、恋なんて」
経験者である佐藤はけらけらと笑う。
そう、こいつはイケメンであるが、女子を悲しませる奴じゃない。陸上部のマネージャーの子とは素直に恋をして、必死こいて攻略した結果、付き合うことになったのだ。
その点から言えば、恋に関して、佐藤は俺の百里先を歩んでいると言っても過言ではない。
「じゃあ、頑張れよ、鈴木。年上でしかも、大学生のお姉さんなんてかなりの攻略難易度だが、マジで頑張れ。何か困ったことがあれば、直ぐに言えよ、親友」
「ああ、頼りにしているさ、親友……っと、そういえば、そうだったな」
「ん? どうした?」
首を傾げる親友に、俺は満面の笑みで答えた。
「なぁに、ちょっと有言実行をするだけさ」
●●●
後日。
「ひゃぁほぉおおおおおおおおっ!! 拾え、愚民どもぉ!!! これが! 俺の! 世界に対する反逆だぁ!!」
「あ、馬鹿だ」
「物凄い馬鹿だ」
「信じられねぇ」
「おいおい、伝説作りやがったぞ、あいつ」
「あ、男性教師が三人体制で捕まえようと――――避けたぁ!? なんだ、あの無駄に洗練された無駄の無い動きぃ!?」
「なんか、降ってくるエロ本のクオリティが妙に高いんですけど!」
俺は、学校の屋上からエロ本を降らせて、停学になった。
とりあえず、こんなのが俺の恋の始まりだったりする。
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