第一話 青空には綺麗なお姉さんと紫煙が良く似合う

 俺は自分が狂ってしまったのかと思った。

 だって、それは珍しくも無い光景だ。

 古ぼけたビルの屋上で、年上のお姉さんが煙草をくわえて、紫煙を漂わせているだけ。たったそれだけの光景だ。何も、珍しくない。

 そりゃ、年上のお姉さんが俺好みのイケメン系のお姉様であるのは好印象だ。

 煙草を吹かすまでの諸動作が堂に入っているのもポイントが高い。

 背景がちょうど、雲一つない青空と言うのも中々乙な物だ。けれど、その三つが組み合わさっただけで、ここまで俺の心は揺れ動く物なのだろうか?

 俺がじぃっと、お姉さんから目が離せないでいると、どうやら、お姉さんは俺の様子に気付いたらしい。呆然と立ち尽くす俺を見ると、お姉さんは悪戯っ子のような顔で微笑んで見せた。


「ちょっと悪いことしてみる?」


 俺は、お姉さんの言葉に対してぎこちなく首を横に振るしかなかった。

 心はまだ、動いたままで、落ち着いてくれない。

 一体、俺はどうしてしまったのだろうか?

 その答えを知るために、少し前まで、状況を遡ってみるとしよう。



●●●



 俺の住んでいる町は田舎だ。

 どのくらい田舎かと言うと、水道を捻ると普通にミネラルウォーター級の美味しい水が流れてくるほどの田舎だ。子供のころはコンビニに水が売ってあるということに首を傾げるほど、俺の田舎の水は美味い。

 ただまぁ、周りは大体田んぼで、特に観光名所も無く、夜になれば碌に街灯すら点かない。辛うじて若者は居るが、段々と年寄りの方が多くなっている田舎。その内、年寄りも死に絶えて、過疎化していくんだろなぁ、と思う程度には田舎だ。

 しかし、幸いなことに俺の家は県を縦断する国道の近くにあるので、意外と近場の都会へ行くのには困らないという素敵な立地だ。バス代往復五百円ぐらいで、俺の田舎から解き放って、都会へと導いてくれる。


「されど、都会を遊びつくすには資金が足りねぇ、と」


 俺は所持金五千百二十円を抱えて、灰色の都会の中で立ち尽くす。

 週末の休日を、家の中でだらだらと動画観賞だけで潰すのはもったいないと思い、衝動的に都会へ赴いてみたらこれですよ。

 都会は遊ぶ場所に困らないというが、それは資金が潤沢である場合だ。

 俺のような田舎の貧乏高校生では都会の恩恵を享受することは出来ない。んじゃあ、バイトでもして金を溜めればいいじゃん? と思うだろうが、働きたくない。もれなく、我らが県の最低賃金は全国的に見ても下から三番目という有様だ。しかも、学生を雇ってくれるバイトなど、どこも最低賃金ギリギリの場所しかない。

 つまり、働くだけ損! 学生は大人しく勉強だけしておけばいいのだ! いや、まぁ、学業の成績はそんなに良くないのですが。


「…………とりあえず、飯でも食うか」


 俺は一時間ほど都会の大通りをぶらぶら歩き、適当な場所で昼食を取ろうと考える。だが、ここでよくあるチェーン店で簡単に食事を済ませてしまうのはもったいない。かといって、勇気を問われるような店構えの定食屋などには入りたくない。されど、おしゃれなレストランなど男子高校生には気後れするし、そもそも金に余裕は無い。

 そんな妥協を重ねた探索を十数分行った結果、俺はちょうど良い喫茶店を見つけた。

――――『喫茶・黒鉄亭』

 モダンでシックな外装に反して、妙に仰々しい名前の喫茶店。

 隣にボロっちぃビルがそびえ立っている所為で景観はあまりよろしくないが、その喫茶店の周りにゴミなどは落ちて居ないし、店の塗装なども剥げが見当たらない。


「つまり、大外れでは無いけれど俺の好奇心を満たせる程度の奇抜さ、イエスだね!」


 喫茶店ならばサンドウィッチぐらいの軽食はあるだろうし、もしもなければスイーツで腹を埋めるからモーマンタイ。

 さぁ、『喫茶・黒鉄亭』よ! この俺の好奇心を満たしてみせな!


「…………いらっしゃい」


 意気揚々と店内へと踏み込んだ俺を迎えたのは、ハードボイルド映画でよく聞く様な重低音の渋い声。見ると、四十代ぐらいの中年のスキンヘッドな強面ダンディがカウンターの向こう側から俺を見つめている。しかも、マッチョでガタイが良い上に、顔の半分に獣の顎みたいな刺青を入れているのだから大変だ。カフェエプロンが似合っていないにもほどがある。

 好奇心は猫を殺すと言うが、即死トラップ過ぎやしませんかねぇ?


「ご注文は?」

「え、あ、その……メニューを――」

「飯か? 依頼か? どっちだ?」

「…………ご飯でお願いします」

「わかった」


 依頼ってなんだよぉおおおおおおおおおお!!? ねぇ、依頼って!? 喫茶店で依頼のメニューとか出てくるの!? なんなの!? 異能バトルの世界なの!? それとも、殺し屋ご用達のお店なの!? マーダーリストでも見せてくれるの!? 

 俺は床を転がり回りたくなるほどの内心を抑え、カウンターの席へ座る。


「メニューだ」

「あ、はい」


 差し出されたメニューの内容は普通だった。恐ろしげな隠喩の含まれたマーダーリストでは無くて、普通に軽食とか飲み物とかが書いてある。値段も高くない、むしろ、リーズナブル。


「じゃあ、このスパゲッティとオレンジジュースで」

「わかった。少し、待て」

「はい」


 普通に注文出来てしまった。強面のマスターさんも、注文を受けると厨房に引っ込んで、普通に料理を始めている様子。

 なーんだ、全然大丈夫じゃん! と俺はほっと胸を撫で下ろす。まだ膝が笑っているのはきっと、歩き疲れたからだ、恐怖からじゃないと言い聞かせる。


「…………落ち着け、店の内装が眺めて心を落ち着かせるんだ。そう、店の内装は普通に良い感じの喫茶店なんだよ、かっこいい大人が通うみたいな、こう、落ち着いた? 隠れ家的な? こういう喫茶店の本棚には、昔の文豪の文庫本とか、誰かの画集とかが――――んん?」


 喫茶店の内装には、確かに本棚がある。本棚があるのだが、問題は、その本棚に並べられている本たちだ。それらは全て、俺の記憶にあるちょいとマイナーな趣味に通じる書物ばかり。

 それはトーキング・ロールプレイングゲーム。略してTRPG。最近では、動画サイトでの理プレイ動画の投稿により注目を集めることになり、言うほどマイナーではなくなったが、やはり、田舎の学生では十分にセッションを楽しむことが出来ていない。

 できるとすれば、週末にTRPG専用のチャットサイトで遊ぶことぐらい。

 そもそも、TRPG関連の書籍は都会の大きな本屋でも取り扱っているコーナーは少ない。地方の本屋では取り扱っていない事すらもある。そんな珍しいTRPG関連の書籍が、大判のルールブックから文庫本のリプレイシリーズまでずらりと本棚に並べられてあった。


「ほほう」


 恐怖に殺されていた俺の好奇心が、さながら野良猫のように心の隙間から顔を出す。

 大丈夫だ。何度殺されようが、俺の好奇心は蘇る。さながら魔王のように。


「…………あー、いいなぁ、このサプリ。学生の身分じゃ高くて手を出せなかったけど、やっぱり追加スキルも追加ジョブもかっこいいわぁ」


 俺は気づけば本棚の前で、夢中になってTRPG関連の書籍を読み漁っていた。立ちっぱなしなのも全然気にならないほど、そりゃもう、がっつりと読み込んで、


「TRPGに興味があるのか?」

「わっひょい!?」


 背後から掛けられたダンディボイスに思わず奇声を上げてしまう。

 慌てて背後を振り返ると、ホカホカの湯気が立った真っ赤なスパゲッティをカウンターに置くマスターの姿が。


「す、すみません、勝手に」

「いや、読ませるために置いてある。遠慮はするな。まぁ、飯を食う時には流石に本棚へ戻してもらうがな」

「そりゃあもう!」


 俺は読みかけていた本を丁寧に本棚へ戻すと、静かにカウンター席へと戻る。

 すると、俺が座るタイミングに合わせて空のコップが置かれ、そこにオレンジ色の氷とオレンジジュースが注がれる。


「おまちどう。粉チーズとタバスコはご自由に」

「は、はい……いただきます」


 俺は内心びくびくしていたが、スパゲッティをフォークでまとめて口に入れた瞬間、余計な恐怖心は吹き飛んだ。もちろん、スパゲッティの美味しさによって、だ。

 ケチャップソースで味付けされた太麺はもちもちとしているが、つるんとしたのど越しで食べやすい。麺と一緒に炒められたであろうベーコンの欠片やピーマン、マッシュルームなどの具材は見事に旨みを麺へ伝え、なおかつ自身も更なる旨みを他の具材から吸収して旨みが共鳴している。


「うまっ」


 賞賛は自然と口から零れ落ちていた。

 美味い。

 美味い上に、このスパゲッティの量は中々である。少なくとも、育ち盛りである男子高校生の腹を八分目まで満たす程度にはある。俺は、この美食が長く続くことに幸福を覚えつつ、さらなる美食を求めて、粉チーズ、タバスコへと手を伸ばす。

 うん、正解だった。

 適量を振りかければ、粉チーズは麺の旨みをさらに深く、より重厚に。タバスコは絡みだけでなくほんの少しの酸っぱさがスパゲッティに新鮮さを加えて、食欲を増進させる。

 気づけば、俺は子供のように頬を一杯にスパゲッティを頬張っており……そして、完食していた。いつの間にか、オレンジジュースすらも飲み干している。


「ご馳走様でした、美味しかったです」

「そうか」


 腹が美味い物で満たされたおかげか、俺はマスターに対して初対面ほどの恐怖を感じなくなっていた。恐らく、俺の脳が『こんな美味い物作る人に悪い奴はいねぇ!』と都合よく誤認したのだろう。

 ま、誤認でもいいや、折角の機会なので訊ねてみよう。


「あの、マスターさん」

「『さん』は要らない」

「ええと、マスターは、その、TRPGゲーマーなのでしょうか?」

「……そうだ。そして、恐らく、君も、か?」

「イエス! ですよ」

「……」

「……」


 俺とマスターは無言で握手を交わした後、互いのTRPGに関する愛を語り合った。

 普段、学校では語れないようなマイナーでディープな話題も、強面のマスターはきっちりと受け止めて絶妙に会話のボールを投げ返してくれる。

 楽しいひと時だった。

 男子高校生として馬鹿やっている時とはまた別枠の、楽しさだった。年代も関係なく、同じ趣味の人と語らい合うという行為は。


「それじゃあ、隣のビルはコンベンションの会場になっているんですね」

「ああ、地方だから出来て月に一度ぐらいのペースだがな」


 マスター曰く、この喫茶店というのはほとんど実益無視で、趣味でやっている物らしい。隣にあるボロいビルはマスターが安く買い取ったコンベンション――TRPGを皆で楽しみましょう! というイベント――の会場にしているのだとか。

 ちなみに平日は本業が忙しいので、この喫茶店が開いているのは週末限定の模様。

 マスターの本業? そこは流石に訊くのを自重しました。


「それでも十分ですよ! いやぁ、今度から俺も参加させてもらいます! 参加料は五百円なんでしょ!? 高校生のお財布でも安心! あ、でも、俺ってオフラインでのセッションは初めてだから、ちょっと不安なんですよね」

「ふむ」


 マスターは数秒沈黙した後、ぽつりと何でもないように提案する。


「ならば、今からオフラインセッションをやればいい」

「え、今からですか!?」

「ああ、時間は大丈夫か?」

「はははは、連絡さえしておけばうちの門限はフリーダムです。あ、ちなみにシステムは?」

「『ガンズワールド』。硝煙と砂塵が吹きすさぶポストアポカリプスだ」

「なるほど、得意分野です」

「それは都合が良いな。初心者歓迎用のシナリオのテストプレイもしたかったところだ。ちょうど面子も三人揃っている」

「え、三人…………って、マスター。このお店は?」

「もちろん店じまいだ。閉店処理をしてから行くから、隣のビルの四階で待っていてくれ。ああ、もう一人のプレイヤーは屋上で黄昏ているだろうから、適当に声をかけるように」

「は、はぁ……」


 趣味でやっている喫茶店なので、個人の裁量で自在に営業時間を変えてしまえるらしい。俺は詳しいことは分からないが、それは接客業としてどうかと思う。いやでも、まともに接客業をやる人はまず顔面に仰々しい刺青を入れないだろうし、店の本棚をオールTRPG一色に染めないな、うん。


「まー、週末に楽しくTRPGが出来ると思えばいいか」


 細かいことは気にしねぇ! だから、四十代でそんな自由な副業を持てるマスターの正体とか、そういう事は思考の外に置いておく。一体、どれだけ儲かる本業があるんだ? とか考えてはいけない。だって、絶対会社員とかじゃないよぉ、イニシャルYの職業ですら、顔面に刺青を入れている人は珍しいんだぞ、おい。

 …………やめよう、折角消え去った恐怖心が蘇ってしまう。


「ふぅん。一階から三階までは本当にテーブルと椅子を置くための場所、って感じだな。お、こっちの本棚にもTRPGのルールブックが……すげぇな、同じ奴を何冊買ってんだよ、あの人は」


 ビルの一階から三階までは、ほとんど物が置かれておらず、長いテーブルとパイプ椅子。後は本棚にメジャーからマイナーなTRPGのルールブックが揃えられていた。しかも、さっきの口ぶりから一階から三階は普段使われていないはずの場所であるのに、全然埃っぽくない。定期的にきちんと掃除されている。

 マスターのTRPGにかける情熱は一体何なんだよ?


「と、ここが四階か」


 このビルは四階建てであり、つまり、ここが最上階である。広さは一階から三階までと同じであるが、ぱっと見た時、狭く感じるのは他の階よりも物が多いからだろう。

 他の階と同じくテーブルとパイプ椅子、本棚の他にも、たくさんの飲み物が入った冷蔵庫に、スナック類が段ボール単位でぎっちりと備蓄されていた。


「なにこの、大人の財力を思いっきり振りかざしたセッションルーム」


 これはいけない、堕落の園だ、ここは。

 アダムとイヴでさえ、蛇に唆されることなく原初の楽園をブッチして、この四階に入り浸ってしまうだろう。そのくらい、この四階は完全なる娯楽ルームだった。

 この階層だけ、資料用の『ファンタジー大辞典』とか『超ネーミングセンス本』とか『終焉世界の歩き方』とかも揃えられているので、普段はマスターがこの四階を使ってプライベートなセッションをしたり、セッション用のシナリオでも書いているのかもしれない。


「…………ん?」


 そんな娯楽ルームの壁に、少々不釣り合いな物が飾られていることに俺は気づく。

 それは絵画だった。

 額縁に綺麗に納められた、一枚の油絵。


「――――っ」


 思わず、息を飲んだ。

 そこに描かれていたのは、一人の少女だった。

 黒髪のショートボブの女の子が、口元に笑みを浮かべて煙草を吹かしている姿。しかも、服装がセーラー服なのだから、かなり挑戦的だ。おまけに、煙草の煙が少女の目線や、顔の大部分を隠しているので、さながらそれは未成年が悪いことをした時に配慮されるモザイクの様。

 ただ、そこまでだったら俺は息を止めるような驚き方をしなかった。

 俺が驚いたのは、少女の背景だ。

 制服姿で煙草を吹かす少女が背負う景色は、どこまでも爽快で気分の良い青空と草原。雲一つないような蒼天と、今すぐ寝転がりたいような若草色の原っぱだ。

 その背景が、悪いことをしているはずの少女の姿をどこまでも美しく彩る。

 疚しさも、仄暗さも感じず、青春の淡い爽やかさと、ほんの少しの苦みだけが胸の中に飛び込んでくる。

 そして、その絵画に添えられたタイトルは『青空と煙草と美少女』だった。


「なるほど。これが、絵を見て感動する人の気持ちか」


 娯楽ルームにこんな挑戦的な絵画が、どーんと置かれていた物だから、俺としては完全な不意討ちだった。うっかり、涙ぐんでしまいたくなるほど感動してしまったじゃないか。

 なんだろうなぁ? 二次元では煙草を格好良く吸う美少女や美女に焦がれるんだよな、俺。リアルで煙草を吸う人は苦手なんだけど。


「っと、そうだ。屋上、屋上っと」


 しばしの間、俺は絵画の前で呆然と立ち尽くしていたが、マスターから頼まれていた用事を思い出して、我に返る。

 いけない、いけない、思わぬ不意討ちで時間を食ってしまった。

 TRPGは結構時間が掛かる遊びだからな、まだ見ぬ三人目と、少しでも交流しておいてセッション中のやり取りをスムーズにする準備をしなければ。


「よっと」


 階段を昇っていくと、屋上に続くドアが見える。

 俺はひんやりとした金属製のドアノブを掴み、ゆっくりとドアを開いた。


「……あ」


 印象として、まず思い浮かんだのは『青』だった。

 なんの変哲もない、ただの青空。ついさっきだって見ていたし、なんなら、今日は朝から晴天だ。気持ちのいい天気だと思うが、それ以外は特に何も感じない。

 感じなかったのだ、先ほどまでは。


「…………」


 声が出ない。

 俺の目の前には、灰色のショートヘアの女性が居た。真っ白なシャツに藍色のジーンズという肌の露出が少ない服装であるが、女性らしい体の起伏はその服装でもよくわかる。

 その女性は、真っ白で綺麗な二つの指で紫煙を巻く煙草を挟んで、凛とした黒い眼差しは青空の向こう側を見つめていた。

 ゆらり、ゆらりと、屋上に風が吹く度に紫煙は揺られ、散って消えてゆく。

 女性の耳元にある銀色のピアスが、僅かに陽の光を弾いて、ほんの少しだけ眩しい。


「…………ぁ」


 何も、言えなかった。

 それどころではなかった。その女性を見た瞬間、俺の心の中に暴力的な感情の渦が巻き起こった。それはさながら嵐のように。三人目であろう彼女へ声を掛けようとしていた言葉など、あっという間に浮かんでは吹き飛ばされていく。

 何も考えられない。

 ただ、こうやって立っているだけでも精一杯だ。

 なんなんだ……なんなんだよ、これ?


「ふぅー」


 俺が呆然と立ち尽くしていると、彼女は紫煙をふわりと吹かす。

 ふわふわと、真っ白な煙が、灰色の髪の彼女からまき散らされて。僅かに、彼女の凛とした眼差しを隠した。

 青空に、煙草に、美少女。

 うん、年上の彼女の事を俺が美少女と呼んでいいのかはさておき、俺はバラバラに千切れていく思考の切れ端で、こんな疑問が視えた。

 俺は、狂ってしまったのかもしれない、と。

 だって、こんなにも誰かを美しいと思うのは、生まれて初めてだったから。

 世界中の何よりも美しいと思える物を見つけられるなんて、思っていなかったから。


 ――だから、これが恋だなんて、その時の俺は全く自覚していなかったんだ。


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