第9話 人影

 再び街の中心地に入った時だった。

「あっ」

 何かが動いたように見えた。

「人?」

 何か茶色い丸いものだった。それは廃ビルの影に消えた。

「人なのか・・」

 もしかしたら何かの獣かもしれない。僕は何か武器になりそうなものを探した。ちょうどバット位の手頃な木の棒が転がっていた。それを僕は手に取った。

 僕はゆっくりとさっき人影らしきものが見えた場所まで、慎重に歩いて行った。

 さっき影が消えた朽ちたビルのまだ残った高い外壁の角をゆっくりと覗く。

「・・・」

 そこには誰もいなかった。僕はほっと溜息をついて全身の力を抜いた。

「ふぅー」

 やはり何かの見間違いだったのだろう。僕は街の中心部を見上げた。たった一日しか経っていないのに、すでに景色は別の街のようになっていた。巨大なヤシの木のような植物はその勢力をさらに広げ高層ビル群を完全に圧倒していた。街を覆う草木も一回りその勢力を広げたように見えた。ビルや建物もたった一日で、かなりその外観を崩していた。

 ジャリッ

「ん?」

 何か近くで音がした。その時だった。

「あっ」

 突然ビルの朽ちた壁から人が飛び出てきた。手には同じように木の棒を持っている。

「ああ」  

 僕は突然のことに奇妙な声しか出せなかった。その男は、僕を激しく睨みつけながら、木の棒を高く掲げた。

 僕もとっさに木の棒を構える。全身に緊張が走った。お互い睨み合ったまま一歩も動かない。

 男は四十代位の中肉中背。オレンジに近い茶色のTシャツにベージュの短パン、不精髭がその丸い顔を覆っていた。

 男は僕を睨んだまま一瞬もその視線を逸らさない。僕も男を睨み続けた。

「ゴクッ」

 自分の生唾を飲み込む音が耳の奥にやたらと響いた。

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