第6話 焚火
「もういいわ」
僕が振り向くと、女性は服を着終わって立っていた。
「あ、あの、人がいて、あの、うれしくて、慌ててたもんだから・・、つい・・あの・・」
僕が慌てて、裸を見てしまったことを弁明していると、女性はそんな僕を見ておかしそうに笑った。
「もう、いいわよ。あなたが悪い人じゃないってことはよく分かったわ」
女性がそう言ってくれて僕はほっとした。
「私、静香」
「し、静香さん。あっ、僕は、鈴木、鈴木康です」
「驚いたわ。私以外もう人はいないんじゃないかって思ってた」
「僕もです」
静香さんは、若く見えるが話し方や態度から、僕よりも少し年上といった感じがした。
「火を熾しましょう」
「火?」
静香さんの歩いて行く砂浜に丸く焚火の跡があった。そこに再び静香さんが海岸に流れ着いた枯れた流木などを集めてきて置いていく。僕もそれを見て手伝った。
「あっ、マッチ」
静香さんの手には徳用マッチ箱が握られていた。
「これだけあったの。うちに」
そう言って静香さんはマッチを擦った。
しばらくして積み重ねた木々の間からパチパチと小気味良い音がはぜ始めた。
「焚火なんて何年ぶりだろう」
僕は次第に勢いを増していく焚火の炎に見入った。
「いいよね。火って。なんか」
静香さんも炎を見つめながら、独り言みたいに言った。
「なんでこんなことに気付かなかったんだろうって、なんか改めて思っちゃう」
濡れたままの肌にそのまま着ただけの白いシャツにジーパン、濡れた髪を後ろに軽く束ねた静香さんは、いやらしさとかではなく、人間の持つ生々しい本来の美しさが滲み出ていた。
「なんだか海があまりにもきれいで、それで思わず裸になって飛び込んじゃった」
そう言って静香さんはかわいく笑った。
「誰もいないと思ったの」
「すみません」
「ふふふっ」
申し訳なく謝る僕を見て静香さんは、更に笑った。
「僕も、こんなにきれいな海見たことなくて・・、ずっと見入ってたんです」
「うん、私もなんか感動しちゃった」
「本当に自然てすごいなって」
「ほんと」
そう言って、静香さんはもう一度海を見つめた。僕も静香さんの視線を追って海を見た。もうあのバカでかい夕日は広大な水平線の彼方に頭を少し出しているだけになっていた。それでもその圧倒的存在は空全体をその赤い光で染め上げていた。
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