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「えっ? あーゴメンゴメン」
ディナは、あからさまに失望した顔をした。体重の半分以上をかけていた膝を大義そうに引き、わざとらしくパッパッと裾を払って立ち上がる。
「何だよ、その棒読みは……」
「いやさぁ、礼の言葉もないのかぁって思っただけ」
「……誰のせいでこうなったと思ってるんだよ!」
結局、キアノスはついさっき飲み込んだ言葉を言ってしまった。本調子には程遠い肺が悲鳴をあげ、またもや咳き込んでしまう。
「だっ、誰のせいって……うーん、あたししかいないか」
「あ、認めるんだ」
「うん。だって、他に誰かいたコトにしたら、アンタを助けたのもその人になっちゃうかもしれないもん」
「……うわあ」
キアノスは天を仰いだ。
ディナがごまかすように軽快な歌を口ずさみながら辺りをうろうろとし始めたので、キアノスは、ぐらぐらする頭を押さえながらやっとのことで上体を起こした。
ゆっくりと大きく息を吸い、この疲労と空腹を抱えて何処か人気のあるところへたどり着く手助けを、ディナはしてくれるだろうか、と考えた。
顔を巡らせてディナを追う。
二度あっているといえ、一度目はすれ違っただけ、二度目はなるべく目を合わせないようにしていたせいで、キアノスはディナを何となく威勢のいい子だな、としか認識していなかった。
改めて見ると、思っていたより華奢で小柄なのがわかる。背丈はキアノスの肩に届くくらいだろうか。胸元が大きく五角形に開いた真っ赤なローブの下には、簡素な木綿のシャツを着ている。残念ながら、このローブのデザインをセクシーに見せるほどの……胸が、なかった。
(リーン先生なら目のやり場に困るほど似合っただろうな……しかもアンダーシャツなしで)
そう思ったところで妙に気恥ずかしくなり、キアノスは無駄に視線をさまよわせ、ディナに声をかけた。
「そういえばさ……僕はどうやって助かったんだろう」
ディナがバネじかけの機械人形のように勢いよく振り向く。
「あたしが目開けてあげたんじゃん!」
「違う違う、その前。君が扉から飛び出した時のこと!」
「うーん……なんかよくわかんないけど、森の中からグイグイって押し出されたんだよ。あ、逆かな? 森の外から引っ張られたのかも」
親指を唇に当てて上を向き、しばし考え込んだあと、ディナは結局こう言い放った。
「なんかしらないけど、結果オーライじゃん!」
キアノスは落ち着きかけていた頭痛がぶり返すのを感じた。
(好奇心っていうか……不思議なことを追いかけたくなる衝動はないんだろうか?)
キアノスは膝を立てて座り込んだまま、あの猛烈な炎の跡を残す木々を眺めた。この焦げた木といまだに胸中にざわついている何かがなければ、キアノスは自分が陥ったあの窮地すら幻だったのではないかと思えてくる。
(いっそ、ディナが魔術師のローブを着ているのが幻であれば、納得できるんだけどなぁ)
そこまで考えて、キアノスは突然あることに気づき尻を浮かせた。
「あっ! 門、学院の門は!?」
ディナが珍獣でも見るような目でキアノスを見、肩をすくめてみせる。
「とっくに消えちゃったよ? アンタが寝てる間に」
「……ど、どんな風に?」
「えーっとね、ぼやぁっとなって、フィッて感じ。うん、フィッて」
両手を波打たせるようなアクションと共にとても感覚的な答えが返ってきて、キアノスは激しく落胆した。
「え、学院に戻りたかったの? それならそうと言えば良かったのに! どうにもできなかったと思うけど」
「あのなぁ、そんなわけないだろ! うぅっ、次元魔術の極み、せめて発動の余波だけでも見たかったのに……」
「あんなの見てもお腹膨れなかったよ。ねぇ、早いとこ町へ出ない?」
ディナのあっけらかんとした言葉に、引きつった笑みを浮かべてキアノスは立ち上がった。
何にせよ腹が減っていることは事実であり、しかも空腹というのは意識した途端に辛くなってくるものなのだ。
「ちゃっちゃと行こうよ、頑張れば昼前には着くってば! 怪我も早く治さなきゃでしょ?」
自分と同じく飲まず食わずだとは思えない、と、キアノスはある意味驚嘆した。
そしてびっくりついでに、思わず聞き返す。
「町の場所、わかるのか!?」
「アンタ前髪焦げてるよ!?」
「他人の話を聞けって、リーン先生にも言われてたろ! 町の場所、知ってるのか?」
ディナは横目でキアノスを見やると、二ィっと口の端を吊り上げた。小鬼と一緒にイタズラを仕組んで、しかもそれがバレた時のような顔。
「ふふーん、知ってる! ってか、う……うん、任せといて!」
答えが一度つっかえた気もしたが、キアノスは努めてそれを耳から追いやった。こんな調子では、次の食事を口に入れる前に気力を使い果たして干からびてしまう。
「……で、なんで一緒にいくことになってんだ? いや、まぁ助かるっちゃ助かるんだけど……」
つぶやく声は、さっさと先に道の真ん中に出てしまったディナの耳には届かなかったらしい。
角のとれた石が敷き詰められ、うっすらと土とコケがまだら模様を描いている緩い下り坂。
完全に地平線を離れた朝日に影を長く伸ばされ、キアノスはディナを追って街道を歩き始めた。
程なく、ぴょこぴょこと跳ねる影と足を引きずる元気のない影は、すっかり見えなくなったのだった。
────────
しばらくの後。
降り注ぐ穏やかな日差しの中、炭になるのを免れた巨木の陰からずば抜けた長身の人影が姿を現した。
ゆらりと街道に歩み出ると、細い両腕に張り付いた黒い煤を肩口に留めたマフラーのような長い布できれいに払い落とす。
薄い舌が骨ばった指を舐め、指はそのまま淡い朱をひいた唇をゆっくりと拭っていく。
その切れ長の目は、確かに二人が去った方角を向いていた。
「ごちそうさま、を言うには早いかしら……うふふ」
腰に吊った長剣が太ももに当たり、ガチャリと不吉な金属音を立てた。
<門出> 終
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