日の出よりだいぶ早く、光が一帯の影という影を消し去って全てを真っ白に輝かせた。

「きゃぁっ! な、何、何!? 何なの!?」

 予想していたものとは全く違う凄まじい魔力の解放に、アラニーは喚き散らした。更に一呼吸ほど遅れて強烈な“圧”が爆発の中心から放射状に広がっていき、空気の動かぬ風となってアラニーを圧迫する。

「見え、ない……っ! もうっ!!」

 ローブの袖で光を遮ろうとするも、張り切って腕をまくってしまっているためそれも叶わない。かといって、キアノスに背を向けることもできず、アラニーはただただ涙目をかばいながら叫び地団駄を踏むしかない。

「間に合った……よし、まず、ひとつ!」

 キアノスは、突っ伏した地面から光源を直視しないように注意しつつ腰低く立ち上がった。棒のように力が入らない足を叱咤し、ふらつきながらも地面を蹴る。

 太陽のように眩しく目を焼く閃光を背に受けて、キアノスは突き飛ばされたように一気にアラニーに駆け寄った。

 アラニーに自分の姿が見えていないのには確信とわずかな罪悪感があるが、気にしている場合でもない。

「ごめんよ!」

 キアノスはアラニーが闇雲に振り回す腕を左手一本で取り、素早く手刀で一撃した。

 アラニーが魔術をまとめ上げる際に《魔力媒体カタリスト》として愛用しているワンドが叩き落され、草地で軽くバウンドする。キアノスはそれを拾い上げるなり大きく振りかぶって、前方の空き地に放り投げた。

 ワンドはくるくると回転しながら樹間を飛んでいくと、見事なコントロールで空き地のど真ん中に落ちた。

「まさか! ああ、いけない!!」

 そこに驚愕の表情で木陰から飛び出してきたのは、今まで姿を隠していたもう一人の赤い魔術師。

 カトルールが空き地に向けて手を伸ばすのとワンドの着地、そして真紅の光が油を舐める炎のように草の上を走るのは、ほぼ同時だった。


 再び光が膨らみ、そして弾けた。今度は地面に古代の言葉で描かれた円形陣から吹き上がった、炎の柱である。

 それは一瞬天に届くかと思えるほど高々と燃え上がると、すぐさま分厚い壁のような密度に変わり、ワンドはその中央に横たわったまま業火に晒された。駆け寄ったアラニーも、流石に魔術によって煽られた炎には手が出せない。

「ちょっと姉様! これ、姉様の陣よね!? 早く“解呪”してよっ!」

「わ、わかっているわ……何故、どうしてふたつとも見破られたのかしら」

「ふたつ……って、何のこと!?」

「これは私の仕掛けた“猛る業火の陣”。あなたの鳥さんがぶつかったのは、私の“優美な蜘蛛の巣”……あなた、気付かなかったの?」

 アラニーが驚愕の眼差しでキアノスの方を振り向いた。その拍子に、キアノスの背後の爆発の余波を直視してしまい、呻く。

「さっきの目くらましと同じ、姑息なだけじゃない? ねぇ姉様、あたしのワンドがあればさっさと片付くって。早くこの陣を解いてってば!」

「違うわ。陣はちゃんと隠しておいたのに……やるわね、青ローブさん!」

 妹を制し感嘆するカトルールの様子は、こんな状況ですら舞台上の女優のように見える。


 キアノスは難を逃れたのを確認して大きく息を吐いた。

「ごめん、多分こんなことだろうと思って、罠を探しながらここまで来たんだ」

「それにしたってすぐに見つかるとは、私もまだまだってことだわね」

「君の陣は、光に当たるとキラキラするんだ。それに、君がオリジナルを仕掛けてくれていなかったら、僕は今頃アラニーの鳥で黒焦げだったし」

 言いようによっては嫌味や皮肉にもとれる言葉。しかしキアノスの柔らかい声に疲労の掠れと自嘲気味な苦笑いが加わると、二人は何故か言葉が返せなかった。


 その時、雷光のような鋭く白いものがキアノスと姉妹の間に割り込んだ。

 シウルの黒いロングコートが跳ね上がり、真っ白な裏地が翻ったのだ。

「手を引け、ドレップズ! お前ら恥を晒すだけじゃないか!」

 苛立ちに燃える目は、灰色にギラリと光った。

「お前ら、もう絶対に手を出すなよ! さて、《はぐれ》。オレに魔力の相殺は通じないぜ」

 シウルは右腕を掲げ、空中を手の甲で撫でるような仕草をした。

「ディナイル・ウェリア・キチャルヘイス(矢群よ、貴い黄金よ)……」

 一段高く張り上げた声が淀みなく呪文を唱え、呪文は体を駆け巡る魔力を編み上げて、手がなぞった場所に黄金の矢を次々と生成する。

 シウルはキアノスを真っ直ぐ見据え、大きく踏み切った。黄金の矢と共に宙に飛ぶと両腕で反動をつけ、そのまま空中で背を反らせて命令を叫ぶ。

「……ミアァァド(あいつを狙え)!!」

 小柄な体躯を目一杯使い、シウルは振り上げた手をキアノスに向けて猛然と振り下ろした。

 先ほどのアラニーの炎の小鳥と似て非なる魔術。黄金の矢の動きのキレは、小鳥とは比べ物にならない。

 閃光と見まごう軌跡を残して、矢はキアノスに襲いかかった。


 キアノスは迷いなくローブの右腕の袖に手をやった。袖口は手のひら分ほどの幅で折り返してあり、そこに小さな金属片ががいくつも挟んである。キアノスはひとつ引き抜くと、力を込めて横ざまに切るように投げた。

「ヴァス・シュラッツァッパー(烈風よ、斬りつける風よ)!」

 鋭い鎌状の刃のような風が、一直線に並び飛来する黄金の矢にぶつかるが、キアノスはそれを確認して時間を費やすヘマをしない。後退しつつ、更に魔術を紡ぐ。

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