赤い光球は炎の翼持つ鳥の大軍となり、一斉に飛び立ってキアノス目がけ突進した。

「それなら……ヴァス・ラカッツァッパー(小石よ、吹き飛べ)!」

 キアノスはローブのポケットに素早く手を入れると小さな石を掌いっぱいに掴み出し、空中に弧を描くようにばらまく。

 キアノスの手を離れた小石は途端に意思を持ったように不自然に加速し、魔力カウェルによって形作られたドーム状の障壁を飛び出して次々と火の小鳥を貫いた。魔力同士の衝突で小鳥たちの翼がちぎれ飛び、石つぶては灼熱して粉々に砕け散る。

「ふん! たかが《共有魔術トランシェント》一発で破られはしないわ!」

 アラニーが眉を吊り上げると同時にワンドが大きな弧を描き、ちぎれ飛んだ赤い魔力の破片はそれぞれが新たな小鳥となってキアノスを狙い再び一直線に飛び込んだ。しかし次の瞬間、アラニーの余裕の笑みは引きつった。

 無数の小鳥たちは、キアノスの作り出した障壁にぶつかり、またも激しく火花を散らして今度は次々と消えていく。

「えっ、ちょっと!」

 三十歩ほど離れたところにいるシウルには、キアノスの熟練ぶりがよく見えていた。

「アラニーのやつ、出し惜しみか! 《はぐれ》め、“魔力の障壁エンタル・ガデルオラ”では防げないとわかって、わざわざ上級ヴァスを使ったのか? いや、違うな……中から攻撃するためか!」


 通常、ふたつ以上の魔術を至近で発動させる場合は、上位の魔術にすればするほど相互の影響をコントロールしやすいと言われている。

 守りながら攻める時などには極めて有効だが、その分、上位の魔術には呪文や《触媒カタリスト》と呼ばれる物が必要になり、手順も煩雑になっていくものだ。

 シウルは、冷静に分析しながらも不思議に思っていた。

(ライトは純粋な白、小石は物質を操る赤、障壁は力の黒……あいつ、あれだけころころとかりそめの色を変えられるくせに、なんで自分の“色”を纏えないんだ? それに、なぜあれほど臨機応変に戦える?)

 魔術師は、特例を除いて魔術を用いて戦うことを禁じられている。

 本来許されることではないとはいえ、実際には今まさにレインバスト郊外で行われているような私闘などもあるわけだが、名目上、学院では実戦訓練に重きをおけない。にもかかわらずキアノスの対魔術法は、選ばれた者にのみ許される特殊実戦実習を受けたシウルを驚かせた。

「……ふん、まあ、所詮共有魔術か。《独創魔術オリジナル》に対抗するには、ムリがあるな」

 つぶやきつつも無意識のうちにヘッドバンドを上げたシウルの視線の先では、苛立ちに任せたアラニーが新たな魔術を描いたところだった。

「その場凌ぎもそこまで!」

 硬質の声が先ほどと微妙に異なる呪文を唱え、頭上に伸ばされた両腕が大きく左右に開くと、その軌跡がカッと閃光を放つ。そして、そこから巨大な炎の翼持つ鳥が出現した。

 その大きさは、アラニーの広げた腕をはるかに超えている。

 目を見開き言葉もない様子のキアノスを、アラニーは勝ち誇ったように指差した。

「貧弱な壁なんて粉々にしちゃいなさい! ガベルディット・オゥジュ(火の鳥さん、体当たり)!!」

 古代の言葉で命令を受け、炎の巨鳥は猛然と羽ばたいた。

 飛び散る火の粉すら先ほどの小鳥を凌駕するという規模の違いである。

「これはまずいや……!」

 キアノスは慌てて防御障壁から飛び退き後ろを向くと、そのまま全速力で走り出した。


 ローブの裾をベルトに挟み、木と木の間が空いているところを選ぶように駆けていく。踏みつけた枝がズボンとブーツをピシピシと打つ。

 先ほどまで自分の身を守っていた障壁が、乾いた板を滅茶苦茶に割り裂くように砕ける音が背後から聞こえたが、キアノスは気にしていられなかった。

「確か、さっき、この辺に……」

 ただでさえ息が上がっているのに、はやる心が一層脈を加速させる。薄い水色の癖っ毛は汗で湿り、肉体派とは嘘でも言えない体力は空腹と疲労で底を尽きかけている。

 樹幹を4回、5回とすり抜けるキアノスに、轟音とともに火薬のような鼻をつく匂いと紅い輝きが真後ろから迫る。

 ついに視界の端に、火花のような光がギラリと映った。

「ああ、苛々する! 時間稼ぎのつもり?」

 轟音を切り裂いて、アラニーの声が響く。

「炎の鳥さんの飛べない狭いところへ逃げ込もう、ってのがバレバレ!」

 舌を出してキアノスを罵ると、アラニーは樹間をすり抜けて走るキアノスを追った。アラニーの幾分前を、燃え盛る魔力の翼を羽ばたかせて、紅蓮の鳥が飛んでいく。

 キアノスとの距離はみるみる詰まっていく。

「終・わ・り、ね!」

 アラニーの高笑いと共に、炎の鳥は一度大きく巨体を煽ると翼をすぼめ、上空からウサギを狙う猛禽のように襲いかかった。


 まさにそれと同時に、一瞬後ろを振り返った青いローブ姿が足を取られたように宙を泳ぎ、下草と枯葉の中に倒れ込んだ。

 アラニーの楽し気な顔が笑みを加え、炎の柱が立ち昇って邪魔者を焼き尽くすのを待ちわびて、きつい吊り目がすっと細くなる。

 半瞬前までキアノスの頭があった空間を炎の巨鳥の鉤爪が流星のような速さで切り裂いたかと思うと、凄まじい光が爆発した。

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