第4話悲しい伝承
「くそっ!」
舞台を中心として、そのうしろに社、それを囲むように左右に小さな瓦屋根の小屋があり、その下手の小屋に男役が控える。
「いったいどうゆうことだ!」
小屋で控える健児は、ひどく動揺していた。
「信じねーぞ、おれわ」
額に汗をかき、ただぶつぶつと不安を口から漏らしていた。普段自信に満ちた、少し口の悪い青年は、あろう事か間が悪いことに、静音達の会話を聞いてしまったのだ。
もちろん本人にそのつもりはなかった。
「畜生、これじゃー俺がバカみてぇーじゃねえか」
フッとあたりが暗くなる。
下を向いていらっだっていた健児もびくりと顔を起こす。
「つ、次は野盗の演舞・・・・」
そ~と、扉の格子の間から舞台をのぞき込む。
最終演目の夫婦(めおと)の踊りは、着物を何着も重ねた絢爛な物で、間に挟む野盗の演舞があっても、とても着替えられる物ではなく、駆け落ちの演劇の役者は、地元中学生からの有志である。
健児達の出番の前にある、駆け落ちする演目が終わるとライトがおとされ、明かりをゆっくり戻すと舞台中央に野盗が現れる。
舞台前の観客も口笛を吹いたり、冷やかしなどで盛り上がる。
その中には、役目である野盗に対しての、中傷するような声もあるが、それは、ご愛敬と言うことも会場中、従順承知である。
「いったい、中身は、誰なんだ!」
格子の間からのぞくも残念ながら健児の位置からでは、顔を確認することができない。
健児とは逆に、上手側の小屋で待つ静音も野盗の役者が気になるのは一緒だが
、静かに姿勢を正し自分の出番を待っている。
「いったい、中は、誰なの?」
と健児とは、逆に期待で心の奥底をあたためていた。
――――ライトが徐々に明るさを戻すと舞台の中央に、足をあぐらに組み体をベタリと前に倒した野盗の姿が現れる。すると会場中が沸き出す。
それを打ち消すように、太鼓の演奏が始まる、それを合図に野盗が飛び跳ねる。
観客も待ってましたと言わんばかりにもう一度沸く、猛々しく狂ったように踊る、別名野盗踊りは、この祭りのもう一つの見せ場であり、夫婦踊りとは、真逆なこの踊りは、若者受けもあり大人気だ。
上は、野盗を模したボサボサのカツラをかぶり、黒髭を蓄えた仮面をつけ黄土色の麻の羽織は、所々破れ、腰にはナタを下げている。下は、股引の上に袴をはき、膝のところで動きやすいようにひもで縛り、さらに足袋と草履を履いている。
腰に下げたナタを激しく振り回したり、かと思えば女の腰を追いかけるようなコミカルな舞もあり、毎回違う踊りをみんな心待ちにしている。
そうこうしてるうちに、踊りも佳境に入り太鼓の演奏も盛り上がる。
野盗は、何かにおののき、猛り狂うと、うっと動きを止め、崩れ去る、そしてバタリと倒れると太鼓が打ち鳴らされ、舞台は、徐々に暗転していく。
それと同時に暖かな拍手が注がれ、おのおの、やれ去年はどうの、今年はどうのと話に始める。
だがすぐに暗がりから覗く舞台の変化に気づき、野盗の時とは違い、あたりは静まりかえり、役者の出番を待っていた。
静かな太鼓の綴りが始まると、二人を足下から照らすようにほんのりとした明かりが、照らされる。
すると舞台に向かって左右から男役、女役が入場する。一週回るとゆっくりとお互い近づき踊りがはじまる。
「・・・・・・」
立ち上がりの健児様子を静音は察知した。
(どうしたのかしら・・・・)
予想道理、傍目からは、わからないが二人の間の取り方、歩幅などは、健児が若干長く大きくとり、そのフォローに静音は、柔軟に対応した。
「どうしたの」
「・・・・・・」
健児は、静音の声が聞こえないほど、取り乱していた。
「・・・・うっ」
小さなミスが続く、そのたび、静音がフォローに入る。
(くそっ・・・・)
それを焦ったのか、健児の踊りから精細が薄れ、力任せな物になっていた。
「バカ!、落ち着きなさいよ」
「っく!・・・・うるせえ・・」
静音の耳打ちが健児の焦りをさらに加速させる。
「っあ」
静音が驚く。
「しまった!」
健児は、踊りが雑になるにつれ大きく歩幅をとるようになり、ほんらい袴の裾を踏むのを避けるためのすり足を忘れ、その結果自分の裾を踏んづけて、大きくバランスを崩してしまった。
「ぐっ」
「きゃっ」
二人は、そのまま仲良く倒れ込んでしまった。
「ぐうう・・」
受け身をとれずお互い苦悶する
「ケッ!ケンジ、早く袴なおして!」
「ん?・・・うぉあ!」
自分の袴を確認すると、袴がずれてお尻が半分顔を出していたのである。
「落ち着いて・・・・大丈夫あたしに任せて」
静音は、ゆっくりと立ち上がりケンジを自分の影に隠し踊り始める
「っく」
ケンジは、その隙に素早く袴を直し立ち上がる。
舞台は客席から高い位置ともあって、客席がざわめくようなことは、なかった。
「す、すまねぇ」
「いいから・・・・いくわよ!」
「お、おう!」
静音の機転で落ち着きを取り戻した二人は、普段の見事な舞を取り戻し、最後は手を取り合い抱き合うように崩れ、舞台を締めくくった。
「お疲れ様ー」
舞台を降りるとほかの役者達が拍手で静音達を迎え入れてくれた。
「悪いんだけど、いまちょっと小雨が降って来たから、機材の片付けだけ先にやっちゃうね」
ふと耳を澄ませると観客席側もざわめいていた。
「ケンジ、ほらいくわよ、服汚れちゃう」
「・・・・ああ」
二人は、片付けが一段落するのを軒下で待つことにした。
事務所の中では、バタバタと機材やら椅子をかたづける音にまぎれ二人の話題でもちきりだった。
だがその二人とは、健児と静音のことではなく、静音と野盗の踊り手の話題であった。
「・・・・」
ふいに健児がその場を離れようとする。
「どこいくの?」
「ちょっと、親父達の様子見てくる」
「そう」
そう言うと健児は、その場を後にした。
今頃あいつの頭の中は、野盗の踊り手のことでいっぱいなか、健児の頭の中は、去り際で振り返ったときに見た、静音のなんとも言えない表情でいっぱいだった。
「くそっ!」
ふと気づくと御神木の近くまで来ていた。
「・・・・・・全部うそっぱちかよ!・・・・・・ん?」
普段は、こんなに近づくこともなく気づくことはなかったが、御神木の後ろに小さな神社があることに気づいた。
「い・・・たた・・・だめだ・・に・・くいこ・・る」
「・・・・れ・・だめか・・・やっ・・・はさみが・・・」
「なんだ?・・ひとの声か?」
御神木の陰から覗くと中から人の気配がする。
「ダメだね、やっぱりハサミ持ってくるよ」
すると社の戸を開き中から神主が出てきて後ろに向かって何やら話しかけてる。
「ごめんね、急いで持ってくるから、ちょっと我慢してね」
神主は、スリッパを履くとパタパタと本堂の方へ駆け下りて行ってしまった。
「ここで稽古していたのか」
社の中には、背中を丸め胸元の止め紐をほどこうとしている男の姿があった。
「・・・・いったい・・・だれが?・・・・・」
健児は、姿を隠すことを忘れ、社に近づく、社の中では必死に止め紐をほどこうと男がもがいている。
「くそ・・・・あれぇ~・・・かったいな~・・・・」
(こいつさえいなければ)
健児は、知らず知らずの内いつの間にか社にあがり、男の後ろに歩み寄っていた。
「ん?・・・・おじさん」
「っな!・・おまえわ!」
健児の気配に気づいた男が、後ろに振り向くと健児は、驚愕した。
「ちょっとケンジ・・・・そこにいるの?」
だがそれを遮るように静音の声がわりこんだ。
「シ、シズネ!」
「なにやってんのよ・・・・雨強くなってきたわよ・・・・服濡れちゃうし早く戻るわよ・・・・・・え?・・・・コウ・タ・・くん・・」
静音は、幸多の姿を見て驚いた。
幸多は、野盗の衣装を着て健児の前に座っていたのだ。
「シ、シズネ・・・・」
「シ、シズちゃん・・・」
静音戸惑いながら二人に歩み寄る。
「野盗の踊り手って・・・・コウタ・・くん・・だったの?」
「ま・・・・参ったな~・・・・」
幸多は、頭をかきながら、ばつが悪そうに戸惑い静音から目を逸らすが、健児は逆に静音から目を離せずにいた。
「お父さんがこっちの方から駆け下りてきたから・・・・もしかしたらと思って来てみたら・・・・ケンジの声が聞こえて・・・・でも・・野盗の踊り手が・・・・コウタくんだったなんて・・・・」
静音の表情は、最初は、幸多を見て驚いていたが徐々に喜びと恥じらいにかわっていくのを健児は、見逃すことができなかった。
「・・・・・・」
健児は、拳を握り締め震えていた。
「なんで・・お前なんだ」
健児のこぼすような言葉に静音と幸多は、健児に振り返る。
「ビンボー人の癖して・・・・屋台で飯作ってんじゃなかったのか!」
「な、なんだよ急に」
「そうよ、急にどうしたの」
「うるせえーー!」
「「っ!・・・・」」
健児のただならぬ剣幕に静音も幸多もビクリとし黙って健児を見つめた。
「・・・ほ・・・ほら、雨も強まってきたし、服汚れちゃうと怒られるから・・・も、もう帰るわよ!」
そう言うと、気づいてみればさっきまでの小雨は、勢いを増し始めていた。
静音は、きびすを返し立ち去ろうとし、その後を幸多は、黙ってついて行こうとした。
「・・・・・・」
幸多は、下を向いたまま、しゃべらなくなった健児を横切る。
「っ!・・幸田君危ない!」
「っえ!」
「んんんぁあああ!」
振り返ると健児が、ものすごい形相で幸多に襲いかかった。
「ぅうぁあああ!」
幸多は、驚いて奇声をあげて、健児をかわした。
「う・・うう」
健児をよけた勢いで雨にすっかり濡れた地面に派手に転んだ。着ていた衣装は、泥だらけになり、受け身をとったが勢いで、腕や足などを擦りむいて地面に這いつくばっている。
「きゃーーー!」
静音の悲鳴を聞き痛みをこらえ上体を起こし振り向くとゼイゼイと肩で息をする健児とそのそばで凍り付いている静音の姿があった。
「はぁっ・・はぁっ・・」
健児は、呼吸が穏やかになるとゆらりと上体を起こし。幸多に振り返ると右手にギラリと光る物が握られていた。
「っつう!」
痛みに気づき自分の腕を見ると左の二の腕がパックリと裂かれ腕の大部分を赤く染めていた。そして健児の手を見返すと右手に血の滴るあいくちが握りしめられていた。健児の持っているのは、祭事では、抜かれることがないがそれ故に「本身であっても問題なし」として備われた刀である。
「おまえが~・・・・おまえがーーー!」
健児が叫びながらあいくちをもう一度振り上げて襲ってくる。
「うわあああ!」
幸多は、慌てて立ち上がると、健児を背に逃げまどった。
一度、二度、と顔をかすめる健児の猛攻にたまらず自分の腰に備わってた、錆だらけのナタを振り向きざま振り払った。
「ぎゃっ!」
幸多のナタは、健児の顔をかすめ、左頬に地をしたたらせた。
「・・・ぐっ・・ぐぅ・・・・・・くふっ・・・・くふふふふ」
痛みに悶絶した後、健児は不気味に笑い出した。
「ご、ごめん・・ケンジ・・・だ・・だいじょぶか・・」
健児は切られた顔を左手で鷲頭かむと身をかがめ、肩を震わせ笑っている。
「・・・・・・・・・・ぶっ殺してやる」
ぼそりと呟くと健児は、叫び散らしながら、あいくちを振り上げ幸多に突進していった。
幸多も今度は、ナタで健児の猛襲を受けるが健児の気迫に腰が引けておされる。
健児もそれを見て、とどめとばかりに大きく振り下ろす。
だが幸多も負けじとナタの柄でくしくも受ける。
「やめろーー!ケンジ-」
つばぜり合いの末そう叫ぶと。
「うるせえー!おまえが俺に命令するな!」
そう言うと健児は、幸多を押し飛ばし、バランスを崩したところをおもいきりみぞうちに蹴りをかました。
「ぐぅふう!」
健児の巨身の蹴りに体をくの字にまげ、後ろへ蹴り飛ばされる。
苦悶しなんとか体を後ろにあずけ立ち上がり気づくと自分が御神木を背にしてることに気づいた。
「はぁっ・・・はぁっ・・・・」
健児の息づかいに我に返り振り向く。ナタを構えるがさっきの拍子に根元からポッキリと折れていた。
「これで・・・・最後だぁぁあああ!」
そう叫ぶと健児が襲いかかってくる。
(だ、だめだ、やられる)
幸多は、死を覚悟した。
「だめぇえええ!」
叫ぶ声とともに、視界に静音が飛び込んできた。
「ケ、ケンジ、やめろぉぉーー!」
慌てて叫ぶも我を忘れたケンジの刃は、幸多をかばった、静音に振り下ろされた。瞬間、時間が止まったかのように流れ、静音をゆっくりと切り払っていき、静音に体は、宙を舞っていく。
間に合わなかった幸多の腕は、静音を受け止めることになった。
「シ、シズちゃん・・・・・・・・シズちゃん!」
「っひ!・・・・ッシ、シズ・・・・そ・・そんな・・」
静音は、右肩から左脇腹付近まで切られていた、みるみると衣装が血に染まっていく。
「シ・・シズちゃん・・ご・・ごめん・・俺なんかのために・・」
静音を抱きかかえた幸多は、泣きじゃくり静音を呼び続けた。
「・・・ふふ・・・なんだか・・・昔みたいだね・・・」
青ざめた静音が微笑みながら、力なく呟く。
「へっ・・・・何言ってるの?・・」
「へへへ・・・」
幸多には、わからないかった。
静音の言う言葉の意味も笑っている理由も。
ただ弱っていく静音を見つめることで精一杯だった。
「シ・・シズネ・・・シズネ・・・・」
健児もまた我に返り自分のしたことを受け入れられず、シズネの名を繰り返すだけだった。
「・・・コウ・・ちゃん・・」
「な・・なに・・シズちゃん・・」
「・・あ・・・あた・・し・・・」
シズネは、最後の力を振り絞る。
すでに静音の服は、完全に血に染まっていた。
「・・あ・・あたしね・・・・」
「・・・・シ・・・・シズちゃん・・・・・・・・っぐふぅ!」
背中に何かぶつかって来たと思うと同時に背中に痛みが走った、
震えながら後ろを振り向くと、健児をおぶさってた。
「・・・お前ら仲良く死んじまえ・・・・」
その言葉で健児がおぶさってたのではなく、健児がおぶさってきたことに気づいた。
「・・コ・・・コウちゃん・・・・」
「・・・・・・・」
あいくちは、束の部分まで深々とささっていた。
静音は瞳孔を広げ、幸多に抱きかかえながら背中を確認し再度、幸多の顔を確認し瞳を閉じた。
「ひ、ひひ・・・・ははははは・・・」
健児は、後ろに飛び退くと狂ったようにわらった。
「・・ざまあみろ・・・みんなで俺をばかにしやがって!」
健児が叫ぶと雷鳴がとどろいた。
「っひぃいい」
ビクリと小動物のように飛び退くと上を見上げ自分に影を落とす御神木に目がとまった。
「なんだよ・・てめぇも嘘っぱちじゃねえか」
そう言うと幸多達に歩み寄った。
「っけぇ!」
そう言うと二人を蹴り飛ばした。
「ふぅ~~、誰が仲良く死なせてやるもんか・・」
そう言うと二人をもう一度蹴り飛ばし、二人を引き離した。
「・・・これでよし・・後は、コウタの野郎がとち狂いやがって、静音を殺し、俺は、襲われてる内にもみ合ったことにすればいい・・・・」
健児が邪悪な笑みを浮かべるとまたも雷鳴がとどろく。
「ひぃいいい!」
またも小動物のように飛び退き御神木を見上げる。
「このやろう・・・親父に頼んで切り倒してやる・・」
すると先ほどとは、比べものにならないほどの雷鳴がとどろくと、御神木に落雷した。
「ひぃいいいいい!」
御神木は、二つに分かれ片方が健児に向かってゆっくりとたおれだす。
「う、うわあああ」
それに気づいた健児は、走るが後ろを振り返り倒木を確認すると。
間に合うと思ったのか顔に笑みが浮かぶ。
「・・・・・・ぎゃっ!」
だが不覚にもまたも自分の袴のすそを踏んでしまい勢いよく倒れ込む。
「し、しまった、またやっちまった」
自分の体が陰に覆われると健児は、後ろを振り返った。
「ひ、ひぃぎゃああああああああああああああああ!」
轟音とともに倒木はメキメキと半ケツ健児を飲み込んでいった。
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