第3話夫婦踊りの舞の真実

 夕刻を過ぎ園内に人がたまりだす。屋台に隣接するパイプ椅子とベニヤの長机で作った食事スペースで食事をする者や端に集まってしゃがみ込んでそのまま、食事をする者、入り口付近でスマホをいじり人を待つ者、最後には、訳がわからないが、走り回る者。

店を横切る人の波で祭りの最後が近いことがうかがえる。

 みんなが口々に今年の舞子の話で盛り上がっている。武田家と草薙家は、この街では、有名だ。

 武田も静音さんも、中学の頃から、所属していた運動部で全国に有名を馳せてる。

「ふぃ~~、そろそろかな、幸多く~ん、少し落ち着いてきたから休憩にいってきなよ~」

 親父さんが汗だくになったはげ頭を拭きながらこちらを伺う。

「でも、大丈夫ですか」

「だいじょうぶ~、だいじょうぶ~、作り置きもいっぱいあるし、それに忙しくなるのは、舞が終わった後の帰りのお客さんの時だけだから」

 気づくとすでに社の方では、境内の前にある舞台がライトアップされてるようで明かりが空にあふれていた。

「休むなら、今のうちだよ~、それに、今年の舞子さんはなんだかすごいんでしょ~、見てきたら~」

今日の二人晴れ姿は、見たくはなかったが、晴れ姿の静音さんが頭をよぎった。

「じゃあ、少し休ませて貰います」

「うん、じゃあ一通り終わったら、少し早く帰ってきて~」

「は~い」



 社に隣接する事務所二階で武田健児とその父親、武田謙吾は、上機嫌だった。

「いや~、はははは・・まさかお前が祭りの舞台で踊る日が来るとは・・・踊りの方は、大丈夫なのか、うん」

 来客用のソファーの真ん中にどかりと座り扇子をあおぎながら、隣の部屋にいる、自分の息子に話しかける。

「ふふふふ、心配するな親父、稽古の方は、バッチリだ」

 ケンジは、帯を締め直し、隣にいるであろう父親にこたえる。

「うんうん・・・・・・いやぁ~~、それにお前の相手も・・」

「はははは、まぁーその内紹介することになるだろうよ」

「ふ~~、おお・・・・そろそろ時間だな、では、わしは、先に行って見させて貰うぞ」

 そう言うとソファーから立ち上がり、謙吾はそとにでっていった。

「ああ、じゃあまた後でなぁ~」

 振り返ることなく鏡に映る自分の姿にケンジの表情は、とても満足げだ。

「うし、じゃあ俺もそろそろ下に行くか」

 事務所の二階へは、中からも行くことができ、部屋から出て突き当たりに下に降りる階段がある。

「静音にも少し声をかけていくかな」

健児は、そう言うと意気揚々と部屋をあとにする。



 御神樹の祭りの最後は、もちろん二人の男女の舞で締めくくるのだが、その前にもいくつかの出し物がある。

 まず若い男女が惹かれあう場面、両家結婚を反対される場面、駆け落ちする場面、そして野盗の場面、最後に夫婦踊りの順に能のような演劇をしていくのだが、この際、夫婦役は、分かれて左右から舞台にのぼるのだ。


 客席側から下手が男役とその両親と付き添い、そして上手から女役とその両親と付き添い、と舞台が始まるといったん二人は、分かれるのだ。



「・・・・・・」

静音は、精神を集中させ部屋で出番を静かに待っている。部屋の中では母親役の夏音が装束を身につけ、静音に付き添っている。

「どうしたの、暗い顔して~」

夏音が静音のそばによると向き合うように座り込む

「あれでしょ、一緒に踊った二人は、将来結ばれる~ていう、伝承」

「ち、ちがうわよ!、そんなんじゃなくて・・・・」

困ったかのように、静音は、黙り込んでしまう。

「あ~~、お昼の、聞いたわよ」

「お父さん達勝手にどんどん話が盛り上がって、終いには、ケンジのお父さんも今から婚約だ~とか言って・・・・」

静音は、眉を寄せそっぽを向きながら、胸に抱えた気持ちを吐き出した。

「ふふふ」

夏音は、娘の困った顔に、いたずらっぽい表情で返した。

「あれね・・・・お父さんは、断るつもりよ」

「そうなの」

 静音は少し驚いて母に聞き返す。

「・・・・ねえ、聞いてくれる・・」

「なぁにお母さん?」

 夏音は、またいたずらっぽい表情になる

「御神樹の祭りの伝承って、言える」

「なあに、改まって、言えるに決まってんでしょ、今こうしてやってるんだから」

 夏音はクスクスと笑った後話を続ける。

「あれね・・・・実は少し違うの」

「へぇ!」

「本当は、身分の低い男がある豪族の娘に恋をして、二人はやがて愛し合うようになるのだけれど、娘には、幼い頃から親同士で決まっていた、同じ豪族の許嫁がいたの、二人はなんとか自分たちの結婚を認めて貰おうと、許しを請うのだけれど、結局それは、かなわなかったの」

「へえ~、なんだか可哀想」

「ふふ、そうねぇ~」

 夏音が優しい表情で続ける。

「二人は、思い悩んだ末、駆け落ちをするのだけれど、そのことが向こうの許嫁にばれて、追われる身になってしまったの、必死の思いでこの神社に逃げ込んだのだけど、見つかってしまい、切りかかってきた豪族の許嫁から男をかばって、娘はなくなってしまったの」

「ええ~~!、許嫁に殺されちゃうの・・・教えて貰った話と全然違う・・」

「そうね~、そして豪族の男は、さらに男に切りかかって行ったのだけど、男も娘を殺された悲しみで刀を取り・・・・最後二人は、相打ちになったの・・・・」

「ふ~~ん」

「少しして、二人は息を吹き返し、最後の力を振り絞って、手を取り合って死んだの」

「でも、伝承と違うのは、なんで」

「豪族だった娘の両親が駆けつけたとき、二人の亡骸を見てすべてを悟ったのよ、でも許嫁だった男の両親は、それを恥じて野盗に襲われたことにして隠したの、でも良心がとがめ、ここに神社を建てたの」

「へ~~」

「このことは、代々女型の踊り手と神主にだけ伝わる物でね、男の踊り手には、絶対の秘密なの」

「なんで?」

「だって自分が本当は、悪者なんて嫌でしょ」

夏音がおどけて、手をチョイっとふるう

「大木の伝説は?」

「あれは半分嘘、ほんとは、身分の低い男の亡骸の下からなんだけど、豪族の男の親が見栄を張って上から嘘で固めたの」

「じゃあ、夫婦踊りの二人が結婚するっていうのは」

「あんなのだだのうわさよ~、昔は、そんなのなかったって、おじいちゃん言ってたわよ」

「で、でもみんな古くからの伝承だって・・・・町内会長さんもいいってたよ!」

 静音がだんだん興奮してくるが、夏音は、軽い態度を一切変えない

「まあこのことを知ってるのは、当人と神主だけだし、それはないでしょ」

「で、でも」

「わたしがこのことを知ったのも、わたしが舞子の時、女型の母親役だった人からで、実際のところは、告白されたけどフッタて言ってたし」

「フラれたんだったら、そのことみんな知ってるはずでしょう」

 静音がそう、さらに詰め寄るが

「まあ、男の方もそのことは言えなかったのね、ふれまわるようなことでもないし、まわりも本当は付き合ってる~なんて、勝手にもりあがちゃってたし」

 夏音は、ケタケタとわらいだす。

「えええええええええ!!」

 静音はひとしきり驚いた後、ガックリと肩の力が抜けた。

 自分の今までの苦労は、何だったのか、今まで沈みがちだった気分は、文字通り嘘でだまされたのだ。

 だがふと、ある疑問がわいて出た。

「お母さんも舞子さんだったの?」

夏音は、なぜだか少し気恥ずかしそうになった。

「ふふ・・、そうよ~、シズと同じ高2の時」

「へえ~~」

 夏音は、少し考えて、改めて話を続ける。

「ねえシズ、これはね、女型の舞子さんだけに伝わる噂なんだけど・・・・実はね、運命の相手は、男役ではなく、野盗役の人って言うのがあるの」

「でも、それだったら、みんなわかるんじゃないの」

「うううん」

 瞳を閉じて首を振る夏音

「そのことを知っているのは、野盗役に踊りを教える神主と、私たちだけ、だからいつも野盗役だけみんなに誰だかばれないように、神主さんが密かに決め、別の場所で稽古を積むの」

「へー・・・・」

「そして、祭りの最後に野盗が誰だか知る・・・・」

「でぇ」

 静音がずいっと夏音に顔を近づける

「お母さんの時は、どうっだたの」

 夏音が目を見開いて驚いた後、その表情がだんだんと赤面していく。

「あ、あたし!・・・・あ、あたしの時は~」

 すかっりいつもの口調に戻った夏音は、静音から視線をそらせ天井の端から端へ泳がせたあと、二三咳払いした後誤魔化すように陽気な口調で話を戻す。

「ゴ、ゴホン・・・・あたしの時は、お父さん」

「やっぱりそのことは、お父さんは、知らないの?」

「そっ」

 夏音は、頭を押さえ顔を上げる。

「いやぁ~~、ビックリしたわよ~、わたしが高二でお父さんがまだ中学二年生のがきんちょだったから、ビックリしちゃって、「あ~~、こりゃないわ~」て思ったんだけど、いやぁ~~、夏休みの頃には、もう付き合ってたわ~~、ははは」

 静音は母の恋バナに目を輝かせ聞き入っている。

「ふ~~、そろそろ出番ね、じゃあわたしは、ちょっと様子を見てくるわ」

「え~~」

 静音が不満を漏らすのを無視していそいそと立ち上がる夏音、だがドアまで来て振り返る。

「最初に言ったけど、噂なんて後付よ、あんたは、ただ何も考えず踊ればいいの」

 そう言うと夏音は、部屋を出て行った。

 母の思い出話を聞き、静音はすっかり落ち着きを取り戻し、出番が来るあいだの時間を静かに瞳を閉じてることにした。

「なつね~~」

 事務所一階の廊下で情けない声が通る

「ああ、ケンジ君、夏音見なかった?」

 向こうから来る健児を見つけると、静音の父は、たすっかたっとばかりに駆け寄る。

「夏音さんですか、いえ・・自分は」

「そ・・そう」

 それを聞いた静音の父は肩をおとした。

「ああ、ごめんね、引き止めて」

「いえ」

 健児は、静かに答える

「あれ~~、あなた~~」

 健児の後ろから遠くの方で夏音が呼ぶ。

「ああ、なつね~~」

 それに気づいた静音の父は、健児の陰から顔を出すようにして喜ぶ

「ああケンジ君、夏音見つかったよ~、じゃあ僕はこれで、踊り頑張ってね~」

「は、はい、では失礼します」

 そう言うと夏音の方に駆け寄って行ってしまった。

 健児もまたその場を立ち去る。

「なつね~~、さがしたよ~」

「なによ、あなた」

「いや、シズの晴れ姿をカメラに収めようと」

「なに、行ってるのよあなた、そんな時間ないわよ」

「で、でも~」

「もうわかったわよ、カメラ貸して、わたしがとっておくわ」

 そう言うと、夫のカメラをひったくる。

「あれ?・・・・ケンジ君」

夫の後ろを立ち去っていく健児の後ろ姿を見つける。

「ああ、さっきあったんだよ」

「ふ~~ん」









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