31話:可愛くない奴

 明澄人が解放され、フェルクメルと共に虹の園に帰って行くのを見送り。

 白の部隊隊長室に戻った三人は真面目な表情で一つの資料を手にしていた。


「ソフィーヤ様の護衛についてですが。

 当初は明澄人に加えてもう一人、治安部隊から年の近い新人を派遣する予定でした」

「ああ。同性が良いだろうと白から一人の予定だったな」


 彼らが手にしているのは白の部隊の隊員リストだ。フィーネが選別した四人の詳細が書かれている。

 なるべく年齢が近い者を選んだが、実力を考慮に入れるとどうしても二歳は離れてしまう。

 悩みに悩み、青や赤から選べないかと探し、今日までずるずると引きずっていたが、なんともちょうど良い人材が入隊してくれた。


「これは黒の部隊として提案なんですが」

「言わんでいい。わかってる」


 茶番はごめんだと、テーブルに資料を投げ出して陸郎が笑う。

 フィーネも資料を置き、悪戯っぽく笑った。


「将来有望な若者を二人も入れたんだもの。貴方の部隊から出してもらった方がいいわよね」

「ですよねー」


 裕紀も笑って同意し、そっと資料を置いた。

 ちょうど同年代で、実力も申し分ない。何より、ソフィーヤが滞在する虹の園は黒の部隊の直轄だ。


「では、ソフィーヤ様の護衛は氷見明澄人、如月涼香の二名に任命します」

「ええ、構わないわ」

「学園側に連絡だな。如月はともかく、明澄人は入学させられるか……」

「剣士コースなら問題ないでしょう。砂山君の護衛も必要でしたからね」

「精霊の目を借りてる少年か。確かに彼にも必要だったな」


 今まで纏まらなかったのが嘘のように話が決まり、すぐに学園まで連絡が回る。

 元々派遣する予定だったので、学園側からも問題なく受け入れると返事が返ってきた。

 涼香への連絡は明日。その他連絡事項を部隊に通達して彼らは仕事を終わらせる。


 この時、うっかりしていた。

 氷見裕紀――先生は、わすれんぼうなのである。




 明澄人が予期せぬ入隊試験を受けてから三日後。

 サイラスとしいなと一緒に朝ご飯を支度していると、精霊使い二人が同時に宙に顔を向けた。

 精霊が何か話しているのだろうと気にせずに明澄人はパンをオーブンに入れる。今日のメニューは焼きたてパンにオムレツとサラダだ。次のパンを天板に並べようとして、サイラスに手を洗うように指示される。


「明澄人、来客らしい」

「こんな朝早くに?」


 この時期、虹の園と支部の門を間違えて叩く新入隊員がいる。ただ朝七時前に来たのは初めてだ。

 熱意ある新入隊員だなと思いつつも、応対のために明澄人は手を洗い、エプロンを外した。

 まだまだ寒い季節。玄関にかけてある自分のコートを羽織り、門まで急ぐ。


「おはようございまーす」


 声をかけながら門の側まで行って、明澄人は思わず足を止めた。

 そこに居たのは灰色の髪に赤い瞳、明澄人と同じくらいの身長の少女。


「なんで、あんたが?」

「聞いてないの? 私も今日から虹の園で護衛任務にあたるのよ」


 如月涼香が呆れたような表情で立っていた。




 ひとまず涼香を伴って食堂まで移動する。途中で手を洗わせるのも忘れずに。

 彼女は興味深そうにキョロキョロと辺りを見ながら明澄人に付いてきていた。


「あなたずいぶんと慣れてる様子だけど、卒業生だったの?」


 その質問から、この施設がどういう所なのかの知識はあるようだ。どう答えたものか考え、しかしすぐバレるのだからと誤魔化すのは辞めた。


「いいや。ずっとここに住んでる」

「……ああ。あなたの名字、氷見だったわね。隊長が親ってこと」


 何やら壮絶に勘違いされたようだが、否定して説明するのも面倒くさいので放っておく。実質、先生が親みたいなものだし、色は違えど隊長が親なのは変わりないし。

 むしろ親の七光りだの何だのと悪口を言われることを警戒したが、涼香は気にしないようだ。どちらかというと同情的な目を向けられている気がする。

 食堂までの短い道を歩き、ドアを開ける。大きな窓から日光が差し込み、明るく暖かい室内にほっと気が緩んだ。


「新入居者つれてきましたー」

「おう、いらっしゃい」

「おはよう!」


 明澄人が朝食の準備をしている二人に声をかけると、元々精霊から聞いていた二人は笑顔で迎える。いつもはキッチンの調理台で食べるが、今日はちゃんと食堂のテーブルに食事が用意されていた。

 大人がいることに驚いていた涼香は、すぐに我に返って敬礼をする。


「は、初めまして。今日からこちらに所属します、如月涼香です。階級はまだありません」

「ああ、お前さんが言われてた護衛か。

 俺はファルガール王国親衛隊所属、ソフィーヤ様専属従者、サイラス・ドルッティだ。虹の園の卒業生でもある。よろしくな」

「私は久我しいな。わけありでここに保護されてるの。よろしくね!」

「よろしくお願いします」


 次のパンを焼きに明澄人がキッチンに向かうのと交代で、しいなが涼香の前に来る。


「如月さんは朝ご飯食べた?」

「いえ、食べずに来るようにと」

「じゃあ一緒に食べよう!」


 満面の笑みでしいなは涼香の手を引っ張り、席の一つに案内する。困惑してなすがままだった涼香だったが、空腹にパンやオムレツから漂う良い香りはきつかったようで素直に席に着いた。


「この食事は、お二人が?」

「私は飲み物だけ。オムレツはサイ兄――サイラスさんで、パンは明澄人君だよ」

「彼が!?」


 驚いてこちらを見る涼香の顔には、不良なのに!? とでかでかと書いてある。

 腹が立ったが反論するには少し距離が遠いので、明澄人は黙ってパンをオーブンに入れていく作業に没頭した。子供たちの分もあるのだ、次々に焼かないと追いつかない。

 先にオーブンに入れていた方が焼けたので取り出し、籠に入れて食卓まで運ぶ。


「……パンまで焼けるの」

「悪いかよ」


 信じられないと言わんばかりの顔にむっとしながらも食卓に置き、サイラスの隣に座った。ちょうど涼香の正面だ。

 両手を合わせて食事を始めた。正面なので涼香の様子が嫌でも目に入る。彼女は恐る恐るパンを手に取ると、小さくちぎって口に運んだ。


「……美味しい」


 信じられないと言わんばかりの顔、二度目。だが今度は明澄人は自慢げに口角を上げる。しいなとサイラスが揃って噴き出した。


「な、なんだよ」

「いや、うん」

「明澄人君、どや顔……!!」


 ぶっはーっと楽しげに笑うしいなに仏頂面になっても致し方あるまい。そこまで笑う必要も無いのに二人は面白そうに笑っている。

 黙れと二人の口にパンを突っ込むと、今度は涼香が小さく笑った。


「仲が良いのね」

「見ての通りな」


 馬鹿にした感じはしない。それどころかうらやましそうな雰囲気すらする笑みが引っかかったものの、ひとまず食事を再開させる。

 ふんわりと巻かれたオムレツはバターだけで十分楽しめる。が、明澄人はケチャップたっぷりが好みなので遠慮無くぶっかけた。


「……人の好みに口出す気は無いんだけど」

「気が無いなら黙ってろよ」


 ここでしいなとサイラスはおや? と思った。先ほどは気のせいかと思ったが、明澄人が珍しく険のある声と言葉を使っている。

 基本的に明澄人は誰に対してもおおらかだ。嫌みを言われてもさらっと流すし、気にも留めない。言葉遣いも気にしている。そんな彼が、本当に珍しく、不機嫌さを隠そうともしていない。


「黙ってられない事態だから言わせてもらうわ」

「ケチャップかけすぎってか」

「その通りよ。そこまでかける必要ある?」

「俺にはあるんだよ。あんたの価値観を人に押しつけんな」

「常識の問題よ。いくら何でもかけ過ぎでしょう。それじゃケチャップを食べるためにオムレツがあるようなものじゃない」

「その通りだが、何か問題でも?」

「食べ物への冒涜者め」

「あんたいちいち突っかかるよな。何が不満だよ」

「その冒涜的なまでのケチャップの量よ。私の分がなくなるじゃない」

「……そいつは悪かった。あんたもケチャップ派だったか」


 しいなもサイラスもケチャップをかけないので遠慮無く使っていたが、そういうことならと明澄人はケチャップをかける手を止めた。

 容器の半分以下にはなったが、常識の範囲内の量は残っているだろう。

 涼香は受け取ると、ちらりと明澄人を見。


「ごめんなさい」


 一言謝ってから明澄人に近い量を遠慮無くかけた。


「あんたも冒涜してんじゃねえか!!」

「私は食材に謝りました!! あと、私の方が量が少ないですぅ!!」

「ほぼほぼ同量だろうが!! 初めての食卓でそこまで遠慮無く使うか普通!?」

「あなたがそんな量使ってるからでしょうが!」

「俺のせいにすんな! 遠慮しろ!」

「あなたがそこまで使ってて遠慮する方が馬鹿らしいじゃない!」

「俺は自分ん家だからいいんだよ!!」

「今日からここが私の家なんだから一緒よ!!」

「ああ言えばこう言う……! 可愛くねー奴!」

「可愛くなくて結構!」

「こんの……って、こんな時間かよ!」


 永遠に続きそうな口論だったが、明澄人が時間に気づいて止まったので終わりを迎える。すでにサイラスとしいなは食べ終わっており、子供たちの食事の準備をしていた。

 慌てて食べる明澄人につられて涼香も急いで食べる。食べ終わったのはほぼ同時だった。


「サイ兄、悪い! 手伝う!」

「いらねぇよ。それよりも二人とも隊長室まで来いって、先生からの伝言だ」


 いつの間に、と思ったが精霊を使ったのだろう。精霊使い同士だとこうしたやりとりが出来るので便利だと言っていたのを思い出す。


「先生の飯は」

「これ持ってけ」


 手渡された小さなバスケットはフェルクメルが出前を頼んだ時に使っているものだ。中身を見ると焼きたてロールパンにスクランブルエッグと野菜を挟み込んだお手軽サンドイッチと、おそらくカフェオレが入っているのだろう水筒が入っていた。

 涼香はしいなに荷物の置き場を聞いていて、ひとまず空き部屋に置いておくのかしいなと一緒に先に食堂を出る。

 続いて出ようとしてサイラスに止められた。


「伝言追加。制御装置は着けずに全部持って来いってさ。調整するってよ」

「りょーかい」


 自室に戻り、ついでに外着に着替える。時間が無いのでロングTシャツの上に、灰色のパーカーを着込む。時間は無くとも鏡できちんとパーカーのフードの形を整えるのが明澄人のこだわりだ。ここがきちんとしていないとだらしなく見える。あとは黒のスキニーをはいて、念のために自分の武器を腰に下げて完了。

 バスケットの端に眼鏡、腕輪を入れ、ピアスはなくしそうなので箱ごと入れておく。

 急いで玄関に向かうと、ちょうど涼香も来たところだった。

 明澄人の格好を見て、なぜか信じられないものを見る顔、三度目。


「…………氷見君、なの?」


 恐る恐る、確認するように問われて明澄人は口をへの字に曲げた。


「言っとくけどな。俺が好きなのはこういう格好なの。この前のはあれ以外に着るものがなかったんだ」


 子供たちの分はやっておいたのに、自分はまだいいだろうと模様替えをサボっていたためクローゼットの中身は真冬の服しかなく。季節関係なく着られるパンク風を着ざるを得なくなった。あの日帰ってきてすぐに模様替えを終え、パンク風はすべて封印したのだった。


「……真面目に見えるわ」

「俺は元々真面目だ!」


 失礼な話である。

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