30話:見た目に助けられる

 場所は試験を行った観客席のある訓練所。

 武器の使用を許可されたが、明澄人の使用する武器はさすがに特殊すぎて治安部隊の武器庫にはなかった。一応フェルクメルに持ってきているか確認を取ったが、持ってきているわけもなく。


「……素手とは、舐めているのか?」

「まさか」


 準備運動だけは念入りにして、明澄人は片足を引き、拳を構えた。

 対するベングドは一般的な長剣を構えている。使い慣れている様子だが、どこまでの力量なのかは明澄人にはわからない。魔法の力量は実技試験を見ていたのでわかっていた。


「両者、準備は良いですか?」


 先生の問いに、それぞれ頷く。


「開始!」


 合図と共にベングドが駆けてくる。同時に青い陣が明澄人の顔の右側に現れた。

 奇襲にも明澄人は冷静なままベングドから視線を外さず、魔力を込めた右手の裏拳で陣をたたき壊す。


「なっ!?」


 おそらくは陣そのものか、飛び出してきた魔法で隙を作って切りつける戦法なのだろう。しかし発動までの時間は遅いし陣の完成度も低い。見たことがない陣だと思ったが、単に完成度が低くて薄くて見えなかった部分があっただけだ。

 腕を振った勢いを殺さず半身を捻って、突っ込んできたベングドの腕を左手で掴んで進行方向に向けてそのまま引っ張った。バランスを崩してつんのめる彼の目の前には、戻ってきた明澄人の右手。


「バチッとくるぜ」


 開いたその掌には、真紅に燃える陣が輝いていた。

 かなり加減した雷撃がベングドの肩に炸裂した。本当は顔にぶつけたかったが、模擬戦での顔狙いは黒の部隊では御法度だ。よって軌道は急に変わって肩になった。

 強めの雷撃が体を走り瞬間的に麻痺を起こした彼の手から剣が落ち、続いて彼自身も倒れていく。

 何が起こったのか理解できていない表情で地に伏したベングドに、明澄人は容赦をしない。剣を遠くに蹴飛ばし、常に隠し持っているロープを取り出して腕と足を縛り上げようと動く。


「はい、そこまで」


 先生の終了の合図で動きを止めた。ロープを片付け、元はベングドがいた位置で待機する。

 雷撃はかなり手加減をしたので、先生が手を貸すまでもなくベングドは自力で立ち上がった。振り返った表情はかなり悔しげだ。


「勝者は氷見君。マイエル君はもう少し修練が必要ですね。火力があっても発動まで時間がかかりすぎる」

「……はい」


 素直に頷いたが、彼の顔は上がらない。俯いたまま、悔しそうに唇を噛みしめていた。

 それでは戻りましょうと促されて訓練所を後にする。




「お前は魔法使いじゃないのか」


 絞り出すように出された低い声に、明澄人は立ち止まって振り返った。

 まるで騙されたと言わんばかりの怒りの視線に肩をすくめてみせる。

 確かに、実技試験を受ける際に希望のポジションを確認され、明澄人は間違いなく魔法使いと宣言した。彼は隣にいたので聞いていただろう。ちなみに彼は魔法剣士で、涼香は魔法使いだ。


「魔法使いだからこそ、接近戦に持ち込まれた時の対処法を身につけておくべきだろ」

「普通は怯むだろ」

「怯まないための訓練だ」

「……どれくらい訓練すれば、強くなれる?」


 質問されて、明澄人はわずかに目を見張った。不本意だろうが気にくわない相手からでも情報を得ようとする態度に、向上心の高さがうかがえる。

 正直に言ってしまうと自分の出自がバレる危険があったが、真剣な瞳に対して誤魔化すのは不誠実だ。


「一日六時間以上だ」

「ふざけるな。学校に通っていてそんな時間を確保できるものか」

「学校に行かなきゃ良いんだよ」


 虹の園に入れられてから、明澄人は学校に通えなくなった。それまであった制御用魔道具はすべて犯罪者用の強力な物で、大型で威圧感があり、着けて歩くことは不可能だったのだ。また、完全に魔力を封じ込めてしまう物を、まだ成長途中の子供に着けさせることは、成長を阻害する危険性があった。

 大至急、家族総出で魔導工房と協力して制御装置の改良に当たり小型化が進んだ。眼鏡や装飾品はその副産物だ。しかし、一つだけで程よく魔力を制御する物は出来ず、それならば簡単には外せない物で七割程度抑え、残りは複数装着することで制御することにした。

 結果、生まれたのが明澄人の現状の装備である。

 この装備に落ち着いたのが去年の暮れ。おかげで中学校にはついに通えなかった。


「……そうか。お前は不良だからか」


 しばし呆然と明澄人を見ていたベングドだったが、ぽつりと漏らした。

 喉から出かけた否定の言葉を寸前で飲み込む。相手がそう言うことかと諦め、納得したように笑ったからだ。

 確かにまともな格好で学校に行っていないなどと言われたら納得できないだろうが、今の格好なら不自然なく受け入れられるのだろう。話がこじれるので説明するのをやめ、代わりに否定も肯定もしないでおく。


「俺には出来ない芸当だ」


 深く息を吐き、仕方ないと笑うベングドは、どこかすっきりしたような表情だった。




 ベングドは納得して帰っていき、残った合格者二人は再び会議室で席についていた。


「さて、それでは合格したお二人が所属する部隊の発表といきましょうか」


 今更だが、隊長自ら説明ってどういうことなんだろうか。試験の説明をしてくれた試験監督はどこに行ったのか。

 先生のことだから明澄人を驚かせようと思って交代した可能性もある。というか準隊員の発表なのに両親二人が来ているのもどういうことなんだろうか。

 白は涼香が所属する部隊だから見に来た、という可能性があるが、青は確実にない。なにせ精霊使いだけが所属している部隊なのだから。

 となれば、可能性は一つ。


「二人とも、黒の部隊に所属していただきます」


 やはりそうだったかと明澄人はやや呆れた目で両親を見た。この二人、単に息子の合格を見に来ただけである。暇なのか隊長。

 息子の呆れた視線も気にせずに微笑んでみせる母親の演技力に拍手を送りたい。父は仏頂面だが明澄人にはわかる。アレは笑いをこらえている顔だ。


「あ、この二人は将来を担うであろう若者を見に来ただけなんですよ。すみません、最初に説明すべきでした」

「そうですか」


 先生の説明に応えたのは涼香だ。わずかに落胆の色が見えることから、白の部隊に所属したかったのだろう。

 黒の部隊は表舞台に出ることはない部隊のため、治安部隊の暗部だの、薄汚れた仕事をしているだの言われ放題言われているが、実際はあらゆる部隊に派遣されて、影で支える縁の下の力持ち、部隊の黒子のような仕事をしている。

 明澄人は黒の部隊が拠点にしている支部で育っているので彼らの本当の仕事ぶりを知っている。しかし、何も知らない外部の者からすれば黒の部隊に良い印象はないだろう。


「スタートが黒の部隊と言うだけで、今後成長していけば白や赤に転属もあります。夢を諦めずに修練を続けてください」

「……はい」


 明澄人は最初から自由度の高い黒の部隊に所属したかったので願ったり叶ったりだ。両親と先生は本来の適性を知っているので白に配属される可能性も考えていたが、どうやら白には適さなかったらしい。

 と、ここまで沈黙を保ってきたフィーネが口を開いた。


「如月涼香さん」

「は、はい!」


 まさか話しかけられるとは思っていなかった隊長に名前を呼ばれて、涼香がうわずった声を上げる。


「貴女の素質は素晴らしい物です。どうか素直に伸ばしてください。成長した貴女が私の部隊に来る日を、楽しみに待っています」

「――はいっ!」


 キラキラと瞳を輝かせて力強く頷く涼香に、満足したようにフィーネも笑みを深くする。

 その様子を少し複雑な表情で見守るのは男性陣全員だ。

 白の部隊には女性が多く所属している。魔法使いになるのは女性が多いからだ。男が多く所属している治安部隊で張り合うために、血生臭い戦場で立っているために、彼女達はとても強くなる。故に、性格もきつ……強い者が多い。

 白の戦力が上がるのは喜ばしいことだが、女傑が増えるのはほんの少し怖い。そんな複雑な思いを抱いていた。口には決して出さないが。


「それでは、今日のところは書類を渡して解散となります。

 書類をよく読んで、しっかり準備してくださいね」

「「はい」」


 手渡された封筒を鞄に入れて、ひとまず解散となる。

 涼香が先に退室し、少しして。


「なんで合格するの馬鹿息子~~~」

「おわっ」


 フィーネが涙声で明澄人に抱きついた。座ったままだったので倒れそうになったが、逆側に回っていた父に支えられる。

 見た目は若いので姉が弟に抱きついたようにしか見えない。


「普通の隊員としてなら私の部隊で守ってあげられたのに~~」

「いや、いらないから。俺は最初から黒に行きたかったし」

「相変わらず、ランゼリックの仲間捜しか」

「うん。あ、なんか新しい情報見つかった?」


 ランゼリックというのは《コルヴェイユ事件》の日に見つけた真っ黒な雛の名前だ。明澄人の掌に収まるくらいの小さな鳥の雛だったが、実は鳥の雛なんてものではなかったと最近になって判明した。

 その仲間捜しは明澄人の目下の目標だった。

 息子の問いに、陸郎は残念そうに首を振る。そもそもこの世界に同族が存在しているかも怪しいような幻の種族だ。痕跡など早々見つからない。


「そっか」


 あまり期待していなかった明澄人はあっさりと頷き、ひっついて離れない母をどうにか剥がそうと四苦八苦し始めた。

 そんな息子と妻の楽しげな様子を見守る陸郎の脳裏には、かつての息子の様子が蘇る。


 《コルヴェイユ事件》

 たくさんの人が命を散らし、行方不明となった、未曾有の次元干渉。

 陸郎は精霊使いだからこそわかる。あの事件は時の精霊が暴走したものだ。事件が起こる直前、誰かの悲痛な、悲鳴のような慟哭が世界を震わせた。

 おそらくあの声が届いたすべての世界で何らかの異常が起きただろう。

 すぐさま収束したのは治安部隊の尽力だけではない。そもそもの元凶がなんらかの形で収まったからだと直感しているが、そのことを陸郎は裕紀以外と話したことがない。


 問題なのは、事件の後。


 虚ろな瞳で、それでも周囲の人間を心配させまいと笑う息子の姿に、心が締め付けられた。


 娘の美紅は仕方がなかった。彼女はすでに治安部隊、白の部隊で働く賢者だったから。

 息子の氷翠斗もその正義感を考えれば仕方がなかった。友人を助けたい一心で飛び出していったという。

 ただ明澄人は、予想外だった。

 母や姉の手助けをするために虹の園を飛び出したと聞いたときは耳を疑ったほどだ。


 陸郎が知る限り、明澄人は大人しく弱気な心優しい子供だった。自責の念に駆られる事も多く、家を焼いたときも大泣きして自分のせいだとひたすらに謝っていた。

 そんな弱気な息子が杖を持ち出して現場で支援を続けていた。話を聞いて耳を疑い、成長したことを誇らしく思っていた。


 娘の訃報と、息子の行方不明報告を聞くまでは。


 発見された明澄人は美紅の体を強く抱きしめ、虚空をずっと見ていたという。そのときほど隊長という立場を呪ったことはない。

 陸郎が明澄人に会えたのは、事件が収拾した三時間後。

 虚ろな瞳で健気に笑う息子を抱きしめ、妻と二人で泣いた。


 そんな息子がまだ虚無感を宿しつつも決意を秘めた顔を見せたのは翌日だった。


『こいつの仲間を捜す。そのために俺は治安部隊に入る』


 そう言ってみせられた雛に目を剥くほど驚いた。

 ある程度の実力がある精霊使いは皆知っている。精霊から知らされている。実体世界には実在しないはずの幻の精霊。


 無の精霊、時食み。


 それに名前を付けて育てると言われて驚かない精霊使いはいまい。

 裕紀が明澄人に余計な知識を与えない方が良いと判断して詳しく話さなかったというので、陸郎も未だに説明はしないでいる。

 時食みに心があるなどと思っていなかったが、息子が共鳴し、泣いていたというのならそれを信じるしかない。そして仲間を捜すというのなら――治安部隊の隊長として時食みの仲間を野放しに出来ないという事情もあるが――力になってやるのが親というものだろう。

 何より、息子が前を向くきっかけになったのだから、全力で支持しない理由がない。


「はーなーせー!!」

「いーやーだー!! ムスコニウムが足りないのーー!!」

「なんだよそのムスコニウムって!!」

「私の息子から生成される私専用の癒やしの物質よ―!」

「変な物質作るな!! はーなーせー!!」


 こうしてフィーネと楽しげに戯れている姿を見られるようになった。

 陸郎は満足そうに微笑ましげに、明澄人が逃げられないようにしっかりと捕まえているのだった。


「先生! 助けて!!」

「あっはっは。親孝行だと思って諦めてください」

「畜生! 味方がいねぇ!!」


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