29話:見た目は大事
彼女は外で話がしたかったようだが明澄人達が食事中であることから、勝手に席に着いた。ウェイトレスに新しく紅茶を頼んだので話は長引きそうだ。
彼女はちらりと明澄人のケーキを見、一瞬顔をしかめ、振り払うように目を伏せた後、明澄人を睨み付けてくる。
しいなやソフィーヤが時折見せる仕草と一緒だったので、このケーキを食べたいんだなと判断して明澄人はフォークを置く。食べたいものを目の前で食べられるのは苦痛だろう。
「あなた、幹部候補生試験をなんだと思っているの?」
いきなり喧嘩腰で問われて、明澄人はやっぱりフォークを手に取って目の前でケーキを食べた。こういう少女には容赦してはいけない。
それを挑発だと捉えた彼女は更に怒り、明澄人の腕を指さした。
「そんな不良みたいなふざけた格好で挑んで、合格できると思っているの?」
結果。見事に、明澄人の地雷を踏み抜いた。
大口でケーキを食べきり、明澄人は彼女を静かに睨み付ける。最悪の気分だった。ケーキの味もわからないので再現はできそうにない。
制御装置が組み込まれているために太く厳ついフレームの眼鏡は、まだ幼い顔立ちの明澄人には少々不似合いで、耳にはピアス、首にはチョーカー、腕には三本の腕輪。それらに合わせるための服装はややパンク風だ。頑張って不良っぽい格好をしている、粋がった少年に見えなくもない。少なくとも、試験に挑む人間がする格好ではない。
だが、これは明澄人の好みではないのだ。しいなやたまに遊びに来る黒の部隊の女性陣にコーディネートされた結果であり、彼自身はシンプルな服装が好みだ。
「格好は関係ないだろ。どんな格好だろうが、あれだけしっかりした試験で実力を見られるんだ。合格できない奴は努力不足だ」
「それで、あなたは努力ができていると?」
「さてな。本気で挑めば余裕だっただろうけど」
「努力が足りない人間ほどそう言うわよね」
「そうだな。俺も努力が足りなかったのは認めるよ。本気で挑めば良かったと後悔してたとこだ」
「後悔するくらいなら挑めば良かったじゃない」
「本気出せない事情があるんだよ」
「魔力が足りない? 時間が足りない? 男はそうやって言い訳するわよね」
「主語がでかいな。男は? 違うだろ。あんたに言い寄る男、だろ。俺をそういう半端者と一緒にすんな。
それで? やけに突っかかってくるが、あんたは何が気にくわないんだ?」
「それは……」
こいつら本当に中学生か?
何も聞いていない体でサンドイッチをかじっているが、フェルクメルは内心でなんとも言えない表情になっていた。自分が中学生だった頃はここまで口が回っただろうか。
ちらりと確認した向こう側の彼は、表情は見えないが護衛の隊員に慰められている様子だった。きっと同じような調子でコテンパンにやられたに違いない。
彼女の護衛の隊員は明澄人のことを知っている様子で、何も言いはしないが顔面が蒼白になっており、胃の辺りを手で押さえていた。紅茶を持ってきたウェイトレスに、フェルクメルはこっそりとホットミルクと桜とイチゴのケーキを注文した。
明澄人の切り返しに少女はいったん口ごもったが、すぐに言い返してくる。
「あなたのそのふざけた格好よ。こっちは真面目に試験を受けに来ているのに、って」
「そうか、あんたは本気だったんだな。そりゃ気分も害するか。悪かった」
あっさりと頭を下げられて彼女が拍子抜けした表情を見せる。
しかし、頭を上げた明澄人はやや冷ややかな表情を向けた。
「だが、それなら尚のこと、見た目で相手を判断するのはやめといた方が良いぞ。人を見る目の無い奴が上に立つことほど不幸なことは無い」
「なんですって!?」
怒っているのでわざわざ神経を逆なでするような言い回しを使っているが、明澄人の言い分は正しい。正しいからこそ余計に神経を逆なでされて、彼女は怒りで顔を朱に染める。
次の瞬間、明澄人の頭でハリセンが小気味いい音を立てた。
「そこまで。嬢ちゃんも落ち着け」
フェルクメルのハリセンだ。真面目な表情と静かな声音に、明澄人の背に冷や汗が流れる。やばい。本気で怒らせた。
彼女は意表を突かれて固まったが、フェルクメルが視線を向けると自然と居住まいを正した。
「人を見た目で判断するな。それは正しいが、明澄人。お前も喧嘩売られたからって買うな。
嬢ちゃんは初見でいきなり喧嘩を売ってくるな。幹部にはコミュニケーション能力も必要になる。そのままだと適性年齢になっても昇格はできんぞ」
ふざけるときはとことん付き合ってくれるので忘れがちだが、彼は中身はちゃんとした大人だ。穏やかに諭す声は静かなのに威圧感を感じる。
久方ぶりのフェルクメルの本気の説教に、明澄人は項垂れて反省しつつも半分は彼女のせいだと心の中で愚痴った。横目で恨みがましい視線を送ると、おそらく彼女もなのだろう、同じような視線と同時に出会う。
バッチリ見ていたフェルクメルは深く深く溜め息をついた。二人は揃って視線を外し、反省の意を見せる。
「お前らなぁ――」
――ぴんぽんぱんぽんー。
更に説教を重ねようとしたところで、建物のあちこちに設置されたスピーカーから気の抜けるチャイムが響いた。今のはもしかしなくても口で言ってないだろうか。
思わず店内の全員が唖然とスピーカーを見上げる。
――幹部候補生試験受験者の皆さんにお知らせだよー。試験結果が出たので、筆記試験を行った会議室に戻ってねー。繰り返すのは面倒だから、聞いてない人は隣の人に聞くんだよー。じゃねー☆
アナウンスと言うにはあまりにもフランクすぎて開いた口が塞がらない。かなり重要な情報だと思うのに繰り返さないのはどういう了見なんだろうか。
とりあえず呼ばれた以上は移動をしなければならない。いち早く我に返った明澄人は珈琲を飲み干して立ち上がった。続けて彼女も慌てて紅茶を飲み干し、護衛の隊員も胃が痛そうな顔をしながら立ち上がる。ホットミルクは残念ながら間に合わなかった。
フェルクメルはサンドイッチの乗った皿を持ってカウンターに向かう。ちょうど席にケーキとホットミルクを運ぼうとしていたところだったので、サンドイッチと合わせてそれを持ち帰り用に移し替えて貰った。
持ち帰り用の準備を待っている間に会計を終わらせ、やや急ぎ目にカフェを出る。
会議室は少し遠かった。
準隊員たちに用意された小さな会議室で緊張しながら待つこと五分。
軽いノックの後に、会議室のドアが開かれた。
「いやぁ、お待たせしました」
のんきな声で入ってきた人物と、その後ろに続いてきた人物たちに、明澄人は声を上げかけて咄嗟に息を止める。他の準隊員も驚愕の表情で固まった。
腰まで届く白い三つ編みに、胡散臭い笑顔。そして精霊使いを表す緑の瞳。
どう見ても先生だ。着ているローブの色が、黒いことを除いて。
そして、その後ろに続くのは、白いローブを着た身長の低い栗毛の女性と青いマントを着けた体格の良い黒髪の男性。
「初めまして。僕は黒の部隊隊長を務めてます、氷見裕紀と申します。
こちらは白の部隊隊長、結城フィーネと、青の部隊隊長、結城陸郎です」
見たこともない凜々しい表情をしている母と、やはり見たこともない真面目な表情の父の姿は、隊長らしい風格が漂っていて欲目を抜きに格好良い。
これが自分の両親なのだと自慢したい気持ちが湧き上がり、同時に二人の子供としてしっかりせねばと使命感が生まれる。
先生が隊長だったことには驚いたが、先生は先生のまま、のんきにのんびりとした口調で続ける。
「先に説明しておきますと、準隊員の皆さんはまずは隊員として入隊していただきます。
皆さんはまだまだ子供です。経験が圧倒的に足りません。そんな子供に付いてくる隊員なんていませんから、まずは隊員としてスタートし、色んな経験を積んでもらいます」
妥当なスタートだ。明澄人と少女は納得していたが、もう一人の少年は納得しなかったようで不満そうな表情をしているのが視界の端に見えた。
準隊員で合格したところで、先生の言うとおりまだまだ子供なのだ。人を動かすためには、様々なことを見、聞き、知って、成長していかなければならない。体だって完全に出来上がっていないので、訓練を重ねる必要がある。
肩書きで言うことを聞いてくれるのは、相手が大人の時だけだ。地道な努力と信頼を積み重ねてやっと人は動いてくれる。それを明澄人は虹の園で子供たちに教わった。
「経験を積む部隊は適性を鑑みて、こちらで選ばせていただきました。
と、その前に合格者の発表でしたね」
普通そこからだよな!?
喉から出そうになった突っ込みを明澄人は何とか飲み込んだ。先生はやはり先生だ。説明が下手というか、焦らすのが上手いというか。
「如月
「な……」
「「なんで」ですか!?」
その言葉は明澄人と少年、二人同時に放たれた。
明澄人の疑問は、どうしてあの結果で合格なのか。
少年の疑問は、どうして自分が不合格なのか。
真逆の問いに、先生は楽しそうに声を上げて笑った。
「いやー、元気で良いですね。えー、では先に、ベングド=マイエルくんの問いから。
筆記はとても優秀でした。ですが実技が幹部候補生となるには足りなかった」
「何でですか! 属性は五つ、火力もあったはずです!」
「うん、五つしかないんですよね。火力も初級魔法にしては高い物でした。魔力総量もなかなかです。
ですが、君は初級しか使えない。支部での活動結果を聞いても、君はそれ以上の物を持っていない」
「待ってください! それなら、何故同じ初級しか使えなかった彼は合格なんですか!」
「彼はそれ以上を持っている、ということですよ」
納得がいかないと睨み付けてくるその視線を向けられ、明澄人はかなりうんざりしていたが顔には出さない。ただ冷静に彼を見返したが、それがいけなかった。
「では、彼と手合わせをさせてください! こんな不良みたいな格好の人に負けたなんて、納得できません!」
もう二度とこの格好はしないと心に誓った。
見た目で判断するのはいけないことだが、見た目というのはやはり重要だ。少なくとも明澄人が中学校の制服のようなフォーマルな格好をしていればここまで絡まれることもなかったはずだ。
心底うんざりしていることを察しているはずだが、先生はやはり楽しそうに笑った。
「いいですねー。若さ爆発。僕好きですよー、そういう暴走。
許可します。なんなら武器も使用許可を出しましょう。
そうですね、魔法ありの一本勝負。相手に大きな怪我をさせずに鎮圧した方が勝ち、としましょうか」
二人も良いですか? と先生に聞かれて、フィーネは呆れたように、陸郎は面白そうに頷いた。
鼻歌でも歌いそうな、いや、歌いながら、楽しそうに先生が訓練所へと向かい、そのすぐ後ろをベングドが続く。
なんとなく涼香の隣を歩きながら明澄人は小さくため息を漏らした。
「なんか、ごめん」
「なんであなたが謝るの?」
「余計な時間を取らせてる謝罪」
「ああ……変なところ律儀なのね。気にしないで。私もあなたが合格って言うのが納得いかなかったから、ちょうどいいわ」
「……それでも異議は唱えないのな」
「支部での活動報告までは私たちには開示されない。そっちでの結果がとても良いってことなんだろうなって思ったのよ」
準隊員は各地にある支部のどこかに所属する。そこで隊員と訓練の結果や地域ボランティアなどの貢献度などを纏められ、月に一回本部に報告する。その結果で所属部隊が決まったり、昇格が早まったりするのだ。
明澄人は準隊員になった覚えはないのだが、おそらく書類上は何かしら纏められていたのだろう。時々支部の訓練にお邪魔したりしていたし。
「でも、あなたはそんなに強くなさそうだけどね。ちびだし」
「……ほーぉ」
小さく鼻で笑われて、明澄人の本気に火が付いた。確かにまだ中学生とはいえ男としては小さい方だ。涼香と並んでわかったが、悔しいことに彼女よりも若干低い気がする。ベングドよりは確実に低いし、体の線も細く見えるだろう。
だが、ちびと言われることが明澄人は何よりも嫌いだった。
「身長は関係ないってことを証明してやるよ」
ベングドには悪いが、コテンパンにやられてもらおうと思う。
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