28話:なんでこうなった
治安部隊、白の部隊隊長室。
少し遅めの昼食を取りつつ、隊長の結城フィーネは無表情で部下から届けられた書類に目を通していた。青の部隊隊長、結城
フィーネの表情に苦笑しつつ、先生が紅茶のおかわりを注ぐ。その際にちらりと盗み見た書類には、明澄人の入隊試験の結果が書かれていた。
「盗み見は感心しないわ」
「すいません」
先生の行動に注意をしながらフィーネは彼へと書類を差し出し、注がれた紅茶に手を伸ばす。
渡された書類を見て、彼は書かれている結果に思わず笑ってしまった。
「いやー、まさか幹部候補生の試験をギリギリとはいえ合格するとは」
先生の一言に、フィーネが頬を膨らませて子供のようにわかりやすく拗ねた。魔力が高いために外見が若いままの彼女が子供のような仕草をすると、まんま子供にしか見えない。
「フィーネさん、子供みたいですよ」
「うっさーいの!」
本部に両親が帰ってきているとわかるや否や、明澄人は卒業証書と入隊届を手に、フェルクメルの車に乗せてもらって本部に乗り込んだ。
息子の合格を祝うつもりで戻ってきた両親はまさかの卒業証書にしばらく言葉を失ったが、明澄人が入隊を認めてほしいと願うと、苦笑しながらもそれを受理した。
この時に、書類を渡した部下が余計な気を回したのだ。
今日は隊員、準隊員に向けた幹部候補昇格試験の日で。
明澄人本人は知らないし大人たちも忘れていたのだが、明澄人は書類上は治安部隊の準隊員だった。
よって、明澄人の入団届は幹部候補昇格試験の受付に回された。
虹の園を卒業すべき要件を満たしているが卒業させるわけに行かず、隊員として常駐していることにするには年齢が足りない。そこで中高校生を対象とした準隊員制度を利用して、治安部隊の仕事を学んでいる。という体裁を取った。ちなみにしいなも同じ理由で準隊員として登録されている。
明澄人が事態に気づいたのは筆記試験の問題用紙の表題。大人たちが気づいたのは、実技試験を見学に行ったときであった。
実技試験で目敏く先生を見つけた明澄人は、それはもう恨みがましい視線を向けたのは言うまでも無く。先生は、今日の晩ご飯は自分の嫌いな物オンリーになるのだろうなと遠い目をした。
とりあえず、部下には余計な気を回さないようにと注意はしておいた。
実技が終わればすぐに結果は纏められ、その結果を基に昇格が決められる。準隊員は所属部隊もここで決まる。
準隊員の所属先は隊長達が集まって話し合うことになっているが、いつも赤と緑の隊長は実技試験で自分の部隊に必要か否かを決め、黒は残った隊員の受け皿のような立ち位置なので、毎回白と青だけで話し合う。
今回、準隊員は明澄人も含めて三人。一人は実力不足により不合格。もう一人は筆記も実技も優秀だったが、若さ故の危うさが見えたので黒の部隊で育てることに決まった。
残った明澄人は昼食を取りながら決めることになったのだが、書類を見てからフィーネがずっと不機嫌なのである。
「フィーネ、何が不満だ? 良い結果じゃねぇか」
「……筆記はよく頑張ったと思うわ。突発的に受けたにしてはしっかりと答えられている。ちゃんと他の勉強と並行してやっていたのね。偉いわ。
でも、実技があまりにも低い」
「実技が?」
何が不満なんだろうかと先生はもう一度書類に目を落とした。
筆記はフィーネの言ったとおり、このために勉強してきたわけではないのによく答えられている。少なくとも回答欄に空欄は一つもない。
実技の方はというと、制御装置を付けたまま挑んだために本来の実力よりもかなりランクは下げられている。ランクはS・A・B・C・Dと五種類に分けられており、評価は総魔力量、扱える属性の数、魔法の等級と精度により下される。Dランクあれば十分な一般隊員と違い、幹部候補生はBランク以上の実力を求められ、明澄人はギリギリBランクであった。
「本人の希望だから制御装置を外さずに受けさせたけど、Bランクじゃうちの部隊に入れられないじゃない」
ぶすっとした表情のまま紅茶からサンドイッチに持ち替えて八つ当たり気味にかじりつくフィーネの姿は、普段の凛とした佇まいからは考えられない。
家でしか見せない素の姿だけでなく、とんでもない発言内容にも陸郎と先生は呆れた。
「ミクルもいるのに入れる気だったのかよ」
「さすがに戦力過多で他の部隊から睨まれますよ」
明澄人の本来の能力は、支援。特に他の魔法使いの支援を得意としている。かつて家を焼いてしまったのも、明澄人の支援が美紅の想定よりも強かったために、魔法が制御を離れてしまったからだ。アレは怖かったと美紅もそれ以降、明澄人と共に魔法を使うことを恐れた。
フィーネ率いる白の部隊は魔法使いを主とした部隊で、明澄人の支援を最大限に受けられる。息子が最大限に実力を発揮できる部隊で活躍させてやりたい。という親心もあるのだろう。しかし、ただでさえ賢者が二人所属している部隊なのだ。戦力過多になって睨まれるのは予想できる。
わかっているのでフィーネもそれ以上は言わず、本題を切り出した。
「それで、明澄人の受け入れ先はどうする?」
隊長の顔になった彼女に、陸郎と先生も表情を引き締めた。
「……親の欲目抜きに、白には欲しい才能だ。だけどその代わりにミクルを差し出す気にはならない。なので、うちはパスする」
「青はそもそも魔法使いはいらない」
「赤は「結城の息子なんて問題児は抱えたくない」。
緑は「技術者向きじゃないからいらない」。
とのことで、二人ともいらないと」
「となれば……」
陸郎とフィーネは揃って先生を見る。
二人の視線を受けて、先生――黒の部隊隊長、
「僕の部隊に貰いますねー。いやー、将来有望な若者が二人も手に入るとはなー」
白々しい台詞に思わず杖に伸びかけた手を止め、フィーネは代わりに紅茶とサンドイッチのおかわりを要求した。
親二人と先生が話し合っている間。
明澄人は本部内のカフェにいた。
「せめて眼鏡だけでもいやピアスと眼鏡だけでもいやいやチョーカー以外をすべて外した状態を申請すべきだったのではいややっぱりチョーカーも全部外した全力で挑むべきだったのではなかろうかこれ落ちただろ絶対落ちたって制御はともかくそもそも筆記で落ちたわーーーー」
一番奥の壁側の四人用テーブルに突っ伏して、小声で後悔を呟き続けていた。向かいの席に座ったフェルクメルは自分の仕事を終わらせながら、明澄人の復活を待っている。
準隊員は正式な隊員では無いこととまだ未成年であることから、隊員が一人ずつ案内と護衛を兼ねて共に行動することが決まりとなっている。フェルクメルは副隊長のため本来はこういった仕事が回ってくることは無いのだが、急遽明澄人に付くことになった。
なんせ相手は青と白の隊長の息子。利用価値など考えるまでも無く、下手な隊員を付かせるわけにはいかない。かといって副隊長クラスを付けて目立つのも悪いだろうと考え、支部に詰めていることが多く本部での知名度が低いフェルクメルに白羽の矢が立ったのである。
帰って仕事をしようと思っていた彼には良い迷惑だ。特別手当が付くというので渋々受け、部下に支部から仕事を持ってこさせて仕事をしながら、明澄人の愚痴を聞き流している。
「つーか威力がやべぇ想像以上に出なかったやばい得意の炎だけでも上級魔法をやるべきだったんじゃいや現状じゃそもそも発動しねぇ」
「……お前、上級使えんの?」
「ほえ?」
反応すること無く聞き流していたが、聞き流せない単語に書類から顔を上げ、フェルクメルは思わず声をかける。
質問されたことで明澄人の愚痴のループは止まり、不思議そうな顔を彼に向けた。
「一週間前に炎と風は使えるようになったよ。先生が報告書を挙げたと思うんだけど」
「あー。一週間だとまだあいつの机の上だな」
「……ごめん。帰ったらさっさと書くように言っとく」
「いいって。本来なら隊長クラスしか知らなくて良い情報だし」
それは良いとして。と、フェルクメルは書類を片付けながらウェイトレスを呼び止め、サンドイッチと珈琲のおかわりを頼んだ。
「お前は?」
「え、あ。じゃあ、今日のおすすめケーキと珈琲で」
促されるまま頼んだが、今の時間は何時だろうかとカフェ内の時計を探す。本部の建物内のカフェだからか色んなところにさりげなく時計が飾られており、明澄人の角度からもすぐに見つかった。
昼食には遅いが、ティータイムにするには少し早いような時間帯。まだ人気はまばらだが、そろそろ混み出すのだろう、店員の数がさりげなく増えている気がする。
「あ」
「どした? ――ああ、彼女か」
その客の中に、見覚えのある色を見つけて明澄人は小さく声を上げた。一点を凝視する明澄人につられてフェルクメルもそちらを見、その色に気づく。
同じ準隊員で受験者の少女だ。ちょうど明澄人たちとは反対側の、二人用テーブルが並ぶところに座っている。向かいには同じく準隊員の受験者の少年が座っていた。隣のテーブルに着いているのがそれぞれの護衛の隊員なのだろう。
「あの子、見たことない魔法陣使ってたんだ」
「いやまて。あそこに乱入する気か?」
「え、駄目?」
立ち上がって向かおうとした明澄人の腕をフェルクメルは慌ててつかんで引き留めた。
不思議そうに見下ろす少年をとりあえず座らせて、向こうまで聞こえはしないだろうが小声で注意する。
「どう考えても駄目やろ! よく見ろ。向かいの少年、めっちゃくちゃ口説いてる様子やん」
「え? ……あ、気づかなかった。彼も見たことないの使ってたんだよな。ちょうどいいや」
「良くねーし!」
すぱんっ! とどこからか取り出したハリセンで明澄人の頭を叩く。明澄人の身分を知る隊員が見たら卒倒しそうな行動だが、兄弟のように育った彼らの間では日常のやりとりだ。
音の割に痛みは少ないのだが、ハリセンを使うのはそこそこ怒りメーターが高い位置にある証拠なので、明澄人は叩かれたところをさすりつつ渋々座り直した。その間に、音に驚いた周囲にフェルクメルが謝罪のポーズを送る。
一通り謝り終わったところで注文したものが届き、ひとまず二人は珈琲を飲んで落ち着いた。
「別に邪魔する気は無いよ? 話が一通り終わったところで、少しだけ俺の話に付き合って欲しいだけで」
「この魔法バカ。自分は玉の輿だと自覚しろ」
「中学生で幹部候補生試験を受けに来る子がそんなの狙ってないと思うよ」
「ちゃうわ。女の子じゃなくて男の方。めちゃくちゃ目の敵にされるって」
「あー、先生が言ってたな。男の嫉妬は醜いって」
「その通り」
そんなもんなのか。
釈然としないところはあるものの、年長者の話は大人しく聞いておこうと明澄人はフォークを手に取った。今日のケーキは桜とイチゴのケーキで、とても可愛らしくてしいなとソフィーヤが好きそうだなと思った。帰ったらサイラスと一緒に作ろうと心に決める。
「ところでさ、フェルさん」
「なんだ?」
「向こうから話しかけられた場合は、どうしたらいいの?」
「……ファイト!」
コツコツと小さな足音が聞こえる。
視界の端にひらひらと揺れる、灰色。
勘違いであってくれと祈ってみたが、無駄だった。
立ち止まったので見上げると、やはり予想通りの少女が立っていた。
「――あなたに話があるんだけど」
予想とは違ったのは、その少女は少し、怒っている様子であることだった。
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