27話:合格発表!
洗濯物を干し終えて二人が食堂に戻ると、子供たちはすでに食事を終えて思い思いの場所に移動していた。
皿洗いをしているのはサイラスで、明澄人が手伝おうかと覗き込んだら精霊が手伝っており、もうすぐ終わりそうだった。こう言うとき、精霊使いは便利だなと思う。
先生はソフィーヤと共に食後の紅茶と洒落込んでいた。明澄人としいなの分も用意されていたので遠慮なくその席に座る。
「揃いましたね。では、改めて状況を説明させてください」
明澄人としいなに遅れてサイラスがソフィーヤの後ろに控える。全員が揃ったところで先生が話し始めた。
「まずは、姫様の留学について。
ファルガールの王族、というより夢幻世界の国の王族は、一度は留学をする決まりになっているそうです。
多種多様な文化や人種が入り乱れる世界ですから、王族は柔軟な思考力を持たねばならぬ。そのために留学をしなさい。という考えらしいですね。総飛国にも火の国や風の国から留学に来た王族がいたという記録があります」
「記録? ってことは、今はいないの?」
「ええ。元々、総飛国は異世界との繋がりが多く、人種や文化の入り乱れようは夢幻世界に近いものがあります。それ故にあまり学ぶことは少ないだろうと言うことか、ここ十年間、王族の留学は一切ありません。
それでも一般人はいたんですけどね。《コルヴェイユ事件》によって、突発的な異世界の門が開く可能性ができてしまったため、数は激減しました。留学中の生徒すら帰るほどで、総飛国は今、留学生が少なくなってしまったんですよ。
姫様はその状況を打破すべく、自らが総飛国に留学することで安全性をアピールしようとしているわけです」
「ひ、姫様、かっこいい……!!」
しいながキラキラと尊敬のまなざしでソフィーヤを見つめる。対するソフィーヤは何も言わずに微笑を浮かべて視線を受け止めていた。
しかし、明澄人はしいなほど純粋に話を信じてはいなかった。
建前上の理由は先生が話した通りだろう。そうじゃなければ、危険な地に王族であるソフィーヤが留学するなど不可能なはずだ。たとえ彼女に王位継承権がなかったとしても。
いろいろと理由を考えてみたが、情報が少なすぎてどれも憶測でしかない。明澄人は早々に思考を畳んだ。
「それで? 本当の理由は?」
「政治的な理由で話せません」
答えたのは、微笑を浮かべたままのソフィーヤだった。柔らかな微笑だが、声音は硬く、それ以上の詮索を拒否していた。後ろのサイラスをちらりと見てみたが、彼は物言わぬ石像のように目を閉じて立っている。
ソフィーヤが答えたことに驚いたが、内容は想像通りではあった。何かを言おうとしたしいなを片手で制して明澄人は続ける。
「俺たちに話が降りて来なかったのも、先生のうっかりではなくて、その理由から?」
「ええ、その通りです。それでも、姫様が起きる前に説明するつもりだったんですよ。まさか昨日の夜中に到着した姫様が、七時前に起きてくるなんて……ギリギリまで極秘にしていたのが裏目に出ました」
「夜中って……日付変更直前!? 姫様が!?」
精霊がしいなの疑問に答えたようで、一度宙を見たあと驚いた表情でソフィーヤを見ていた。明澄人もしいなの言葉に信じられないものを見る目で彼女を見てしまい、そのせいで王族然とした微笑が崩れてむくれてしまった。完全に気配を消していたサイラスも思わずといった調子で噴き出し、笑い出したのでさらにむくれた。
「ここに来るとどうも気が緩みますからね。俺も、いつもよりも遅く起きますし」
「……それでも私より早いじゃないですか」
もう石像モードは終了するのかサイラスはフォローを入れながら紅茶のおかわりを注ぐ。だが自分より早起きなのは変わりないことを知っているためにソフィーヤの機嫌は戻らない。
「そりゃそうですよ」
あっけらかんと言うサイラスの、その表情を見た明澄人としいなは同時に席を立った。
突然の行動に、先生とソフィーヤはもちろん、なぜだかサイラスも驚いた表情を浮かべているのが解せない。自覚がないのかこの野郎。
「俺、珈琲派だから珈琲取ってくる!」
「私もカフェオレの気分だなぁ!」
「お、おう。いってら」
二人はキッチンに向かい、珈琲を用意しながら先ほどのサイラスの様子を思い出して溜め息をつく。
「……兄の恋愛事情とか、俺知りたくねーんだけど」
「同感でーす……」
何を言おうとしたのかは見当も付かないが、甘い甘いあの笑顔と視線は、愛情と名付けるにふさわしいものだった。本人無自覚な様子なのが本当に解せない。
気を取り直して珈琲を持って戻ってきた二人が席に座り、話は再開となった。
「話を要約すると、姫様は学園に通うけど、通うまでは誰にも知られずにこっちに来る必要があった。その理由は言えないってことでいいんだよな」
「ええ、そうなります」
「わかった。じゃあ理由についてはもう訊かない」
「話が早くて助かりますが……食い下がったりしないんですね」
どこか拍子抜けしたような表情をしているソフィーヤに、明澄人は手を振りながら苦笑する。
「この施設は訳ありの子も来る。だから慣れっこなんだよ」
そう言いながら明澄人が思い浮かべるのは、最近保護したばかりの少女、ダーニャだ。彼女は親に虐待されていることは明白だったのだが、家が権力者だったために誘拐という非合法な方法で保護し、本名とは違う名前で呼んでいる。このことを知っているのは先生と明澄人だけ。しいなすら知らない。
世の中、知らない方がいいこともある。兄弟子の恋愛事情とか。
「私は訊きたいけどね! でも、姫様がお話しできないって言うなら、訊かないよ」
「二人とも……いい子に育ちましたねぇ……」
目尻の端に感動の涙を浮かべて拭っていた先生だが、ふとその顔を宙に向けた。サイラスとしいなも同じ方向を見たので、精霊が何か報告に来たらしい。
見えていない明澄人とソフィーヤは顔を見合わせ、それぞれ隣の精霊使いに顔を向ける。サイラスはにやりと笑い、しいなは興奮したようなキラキラとした表情になっていた。あることに思い至って、明澄人も自然と背筋が伸びる。
答えは向こうからやってきた。
「せんせー! ちあんぶたいのおじさんが来たよー!」
「おじさんじゃねーよ! 俺はまだお兄さんだ!!」
子供に先導されて食堂まで歩いてきたのは、黒を基調とした制服を身に纏った、ふわふわとした金髪の男性だ。道案内をしてくれた子供にお駄賃と称して飴を渡し、戻っていくのを見送ってから中に入ってくる。
「うぃーっす。黒の部隊副隊長フェルクメルでーす。明澄人としいなちゃんに手紙だぞー。明澄人は二通な」
「ついに来たか……」
「ど、どきどきのアレだね……!!」
フェルクメルがマジックポーチから取り出した大判の封筒を受け取る。すでに開封されているが、虹の園に入所している子供たち宛ての手紙は、一度治安部隊で開封して中身を確認してから手渡されるので、二人は不思議がることもなく開けた。
封筒に印字されている送り主は、夏杉学園高等部。
そう、合否通知である。
緊張した面持ちで通知書に手を突っ込む二人を、大人達とソフィーヤは微笑ましく見守っていた。
「行くぞ、しいな」
「うん。いっせーの」
「「せっ!」」
同時に取り出した、その紙には。
「………!!」
「……よかったああああああ!!!!」
明澄人は無言でガッツポーズを決め、しいなは心底安堵して泣きそうな笑顔で崩れ落ちた。
堂々の合格である。
「一緒に通えますね!!」
「うん!! よろしくね、姫様!!」
「こちらこそ!!」
自分のことのように喜ぶソフィーヤにしいなのテンションも上がり、ついに涙がこぼれる。その横で明澄人は喜びをかみしめつつも、冷静に提出書類を机に並べて確認し、必要用品の受渡日を読み込む。
一通り見終わり封筒に戻すと、もう一通の大判の封筒の中身を取り出して、一枚目の紙で明澄人は固まった。
「? 明澄人君?」
「どうした?」
まるで石化魔法をかけられたかのように、ピクリとも動かない明澄人に気づいたしいなとサイラスが声をかけても彼の硬直は解けない。
不思議に思ったしいなが明澄人が手に持ったままの書類を覗き込み、同じように固まった。サイラスとソフィーヤも席を立って覗き込み、何度か瞬きを繰り返した。
「あー、それな。俺らも驚いたよ」
勝手にキッチンに入っていたフェルクメルが珈琲を飲みながら言うが、言葉の割に驚いた様子があまりない。
みんなの様子に先生も首を傾げ、席を立って紙を見、納得したように頷いた。
「そうですね。明澄人の実力だと、そうなりますよね」
「プラス、氷翠斗の知名度だな。あの阿呆の弟とか絶対受け入れたくないやろ」
「そうですねぇ。彼はいろいろとやらかしましたから」
ははは。と乾いた笑いを浮かべる先生の目は遠くを見ている。当時、学園からいろいろと苦情が来ていたのかもしれない。
大人二人の会話を聞いていて、明澄人はようやく再起動を果たして書類をすべて机に出した。
一番上には、他のものとは違う上質な紙。
卒業証書と書かれていた。
「俺は卒業試験を受けていた……?」
「ちゃんと入試ですよ。ですが、とある生徒以来、高等部で学ぶには実力が高すぎると判断されると、そのまま卒業させられるのです」
「ええー……なにそれー……」
合格できて喜んだ次の瞬間にいきなり卒業と言われても、受け入れるのに時間がかかる。自分の目標は高校卒業後にあるので、三年分を短縮できたのは僥倖なのだが。
どうしたものかと困惑しながら同封の書類を広げる。
「ちょっと待て。明澄人が通えないとなると、話が違うんだが」
「ああ、そのことについてはこっちで話そう」
治安部隊とファルガール騎士団で何か取り決めでもあったのだろう、サイラスの異議申し立てをフェルクメルが受けて、彼らはキッチンへと向かっていった。
二人を見送って、明澄人は広げた書類に目を通す。卒業証書と、その理由を書いたもの。内容は先生が言ったとおり、高等部で学べることはもうすでに履修しているので、卒業とする。というものだった。入学書類は業務上必要なので申し訳ないが提出してほしいとも書いてあった。事務の人も大変だなと思いながら、合格通知が入っている封筒から提出書類を取り出して纏めておく。
「明澄人君が通えないとなると、私の護衛が困りますね……」
私事で大変恐縮ですが……。とソフィーヤが少し眉を下げて、心配そうにキッチンの方を見る。向こうはサイラスが精霊で音を遮断しているようで全く話し声が聞こえてこなかったが、サイラスは少し怒った表情をしていた。フェルクメルの方は背を向けているのでわからない。
姫の呟きに、提出書類の中に保護者記入欄がないか確認していた先生が不思議そうに顔を上げる。
「おや? 姫様としいなの護衛には治安部隊から人員を割くと聞いていましたが?」
「え? 私にも護衛?」
ソフィーヤだけでなく、突然上がった自分の名前にしいなも先生を見上げる。
「ええ。入隊したての歳の近い隊員に要人警護の経験を積ませるために、一年は一緒に行動させると」
卒業の事実を受け入れられず、少し呆けていた明澄人が、その言葉に一つ閃きを得た。
明澄人の夢は、雪のあの日に見つけた雛の仲間を見つけ、更に《コルヴェイユ事件》で異世界に渡って行った兄を探し出すこと。
そのためには虹の園から出る必要があった。そして出る条件は、職に就くこと。冒険者は不可。
治安部隊の入隊条件が十五歳以上心身共に健康である者のため、明澄人は十五歳になってすぐに入隊するつもりでいたのだが、両親から高校卒業するまでは入隊を認めないと言われていた。
夏杉学園に通うことを目指したのは、教育方針が実践形式のため、校外学習が授業の大半を占めていたからだ。学校で決められた範囲ではたかが知れているが、とにかく外に出ることが必要だと考えていた。
卒業後はすぐに入隊して、部隊のデータベースや隊員たちから情報収集をするつもりでいた。
「……先生! 母さんか父さんに連絡して!」
入隊するために三年間は我慢しなければならないと思っていた。
だが、この卒業証書さえあれば、両親を黙らせて入隊ができる。
「俺が、二人の護衛だ!」
叫ぶなり明澄人は自室に置いてある一つの書類を取りに走った。
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