21話:マイナー魔術師

 <躍る牡羊亭>でのことがあったため、少しだけいつもよりも遅い時間に教室に入ったが、数人いるだけでほとんどまだ来ていない状態だった。


「おはよう……?」

「あ、おはよう」

「……結城?」

「そうだけど?」

「そっか……」


 そんなやり取りをすること数名。レイアが静かに席を立って教室を出て行った。コウも少ししてからシーナの様子を見てくると言って隣に行った。

 一人取り残された形のアストは、次々と登校するクラスメイト達の様子に自分の恰好や髪型がおかしかっただろうかと首を傾げる。

 しばらくして、タイキが開いているドアから入ってきた。アストが挨拶をしようと片手を上げたところで。


「アストがーーー!!!???」

「タイキうっせぇ」

「まぁ、気持ちわかるけど」


 挨拶をするよりも先に繰り出されたタイキの叫びに、それでもアストはどうしてそんな反応をされるのか理解できない。色を変えたことについてうるさそうだとは思ったが、それにしては反応が大げさすぎる。


「おはよー。……カズ、ソラ。この色、変かな?」

「こら。親友一号を無視するな」

「おはー。染めたの? 似合ってるよ~」

「はよ。俺もそう思う。さっぱりしたな」

「いや、これが地毛。ウィッグ付けるのが面倒になってきて」

「だから無視するな」

「あー。ウィッグって暑くなると蒸れそうだしねー」

「そうそう」

「無ー視ーすーるーなー!!」


 割りこんできたタイキを三人とも面倒くさそうな目で見やる。しかし視線を無視してタイキはアストを指差した。


「最初は地味だった奴がいきなりカッコよくなるなんて、お前それは狙ってたのかー!」

「「うるせえ」」


 とりあえず差している指を叩き落とす。同時にカズヒロがタイキの頭にチョップを落とした。手と頭を抱えて静かになったので、アストは口を開いた。


「さっきからみんなおかしいの、色が違うことに戸惑ってたんだな」


 カズヒロとソラは顔を見合わせて曖昧な表情になった。そのことに何かやはり間違えていただろうかと不安になるアストだが、そうじゃないとソラが説明してくれる。


「タイキも言ったけどさー。地味だったクラスメイトが土日で格好良くなってたら、そりゃ戸惑うよね~」

「カッコよくって……俺、女顔だと思うんだけど」


 アストの本心からの言葉に、二人だけでなくタイキまで怪訝そうな顔をしてきた。

 まじまじと顔を覗き込み、いろんな角度から眺め、元の位置に戻ってくる。


「どこが?」

「お前、鏡ちゃんと見えてる? 借りてこようか?」

「そもそも女顔の意味わかってる~?」

「違うってことは十分わかった」


 容赦のない三人の反応に、アストは自分の認識が間違っていることを認めた。中学で受けた評価だが、そういえばそこから三年経っている。成長もしよう。


「つまり、イメージがガラッと変わったからみんな驚いてるってことだな」

「そーゆーこと」



 その後も登校してくるクラスメイトたちの戸惑った反応に、アストは苦笑しながら応対する。タイキ達は面白そうに笑っていた。

 女子グループがちらちらとアストを見ながら話しているのが見えたが、悪い感じはしないので放っておく。だが、その近くにいた男子三人のグループが剣呑な雰囲気を出しているのは警戒しておく。あの手の気配は、近く何かしらの嫌がらせをしてくる気配だ。

 あらかた登校したところで、いつもならアストたちの後ぐらいに登校してくる男子生徒が入ってきた。クロスの授業で優等生な質問を飛ばした神木シンゴだ。


「おはよう」

「はよーす」

「おはよー」


 焦げ茶の髪にほんの少し赤みがかった茶色の瞳の少年は、元気良くにこやかに挨拶してくる。それに挨拶を返し、シンゴが席に進んだのを見送って、会話を続けようとしたのだが。

 席に着く前にシンゴがアストの方へと歩み寄ってきた。


「……君は、別のクラスじゃないのか?」


 不思議そうなその声に、タイキ達だけでなく周りのクラスメイトも噴き出した。


「いや、俺はこのクラスだよ」

「む? ……結城君か?」

「うん。結城アストです」

「驚いたな。クロス先生を見て染めたのだな」


 あれは格好良かった。僕も染めようかと思ったくらいだ。と深く頷くシンゴにアストは苦笑する。


「いや、これが地毛」

「なんと!? では御親戚か?」

「違う違う。父さんが黒髪なんだよ」

「おお、そうなのか。珍しいな」


 実はクロスはハクトの婚約者なので、結婚をすれば親戚になるのだが、今のところはまだ親戚ではない。

 シンゴは羨ましそうにアストの髪を眺め、頭を振る。染めるかどうかで悩んでいるようだ。


「神木の色も、良いと思うけどな」


 気付けばアストは口に出していた。


「そうか? 一般的な色だと思うが」

「だって名前と合ってるじゃん。神木って霊樹だろ? どっしり構える霊樹の幹のような焦げ茶で、すごく似合ってるよ」


 口に出した後で、アストははたりと土曜の電車でのことを思い出した。思ったことを口に出してしまうのはあまり良くないと学んだところだったのに。

 タイキ達が怪訝な目で見ているのもそういうことなのだろう。

 しかし、言われたシンゴは目を丸くして自分の頭に触れ、何か小さく呟いて破顔した。


「結城君は面白い褒め方をするんだな」


 嫌みではなく、本心から嬉しそうなのでアストはほっとする。


「霊樹の幹、か。確かにそう考えると名前と一致した良い色だ」


 ありがとう、と礼を言って、シンゴは自分の席に戻っていった。

 その姿を見送り、タイキがぼそりと呟く。


「……いきなり男口説きだしてどーしたのかと思ったよ」

「え、口説いてないよ!?」

「あの話しかけ方は口説いてた」

「嘘!?」

「本人のコンプレックスを上手く利用するとか、もしかしてナンパ師?」

「違うからな!?」


 慌てるアストにカズヒロとソラが畳みかけてきて、一般的にはそうなのかと顔を青ざめさせる。ようやくコウのアイアンクローの意味を知った。幼馴染みを目の前で口説かれたらそりゃ怒る。

 その後、コウが戻ってきて会話に加わり、土曜でのやりとりも話されて、結論として天然たらしの称号をアストは得るのであった。




 そんなやりとりもしつつ、あっという間に時間は過ぎて、四時間目。闇属のテスト。

 受けなくてもいいと言われたので、アストはコウとタイキ達と一緒に見学だ。レイアは少し緊張した面持ちで試験待機列に並んでいる。


「今日は光属とは逆順で始めますね。なので、ワイヤーさんからお願いします」

「は、はい!」


 赤いカチューシャが特徴の焦げ茶の女生徒が緊張しきった状態で教師の前に立つ。何度か深呼吸をして、杖を構えてゆっくりと呪文を唱えた。噛まないように、間違えないように、と丁寧な詠唱は、丁寧な構築式を生みだすが、残念ながら丁寧過ぎて時間がかかっていた。

 無駄も多く、魔力も分散して勿体ないなー。などとアストは少し教師のような心境ではらはらして見守っていると。


 ――闇属、氷が苦手なんだけど、なんかコツってある?


 突然レイアに念話で話しかけられ、驚いてそちらを見そうになったのを堪える。

 テスト前に訊いてほしかったと思いつつ、ワイヤーがまだ時間がかかりそうなのでアストは答えた。


 ――コツって言われても。式は誰の使ってるの?


 ――あー、知ってるかしら。アスティルっていう魔術師のなんだけど。


 ――……おーう。


 アストは思わぬ言葉に動揺し、落ち着くために空を仰いで息を吐く。

 その様子に気付いたタイキが不思議そうに顔を向けた。


「どした?」

「や、見学してる方は暇だなーと」

「何言ってんだ。これでパーティー決めするんだぞ。誰と組みたいかちゃんと見とけ……ってお前は砂山一択だったな」

「そーでーす」


 先週からやっている魔法のテストは、今後の授業を一緒に受けることになるパーティメンバーの選考会も兼ねている。このパーティは二年の二学期までは、よほど相性が悪くない限り解散することはない。

 教師たちによってパーティを組んでいた時期もあったのだが、秋の体育祭まで実力を隠す生徒が増えてきているために、もう生徒たちの自主性に任せよう! と丸投げすることになった。

 建前上は『見知らぬ相手の実力を見定める観察眼と、仲間に引き入れるための交渉術、およびコミュニケーション能力の訓練』となっている。

 つまり、生徒たちにとっては大事なメンバー選びの時間なのである。ちなみに他クラスの生徒もパーティに引き入れることが可能だ。そちらはクラスが分かれてしまった友人と組みたいという要望に応えた形である。

 タイキとの会話を切り、ぼーっと眺めているような顔をしてレイアとの念話を再開する。


 ――ごめん、待たせた。


 ――いいわよ。で、この式、何か問題なの?


 ――いや、ないよ。よくまぁ、そんなマイナーな魔術師の式を知ってるなーと思っただけ。


 マイナーもマイナー。アストが母の構築式を元にしたとはいえ、自力で編み出した魔法の呪文と構築式を纏めた、世界に五十冊しかない魔導書だ。十三歳の頃にアドニアに言われるがまま纏め、エディルレガリーに編集してもらって売り出してもらった。十冊ほどは売れたらしいが、未成年のために印税は母が預かり、そのまま貯金されている。その後、竜骨の杖を貰ったので、もしかしたら授与のための条件の一つだったのかもしれない。

 書の売れ行きなどは全く興味なく、レイアに言われるまで忘れていたほどだった。

 まさか、そんな本を読んでくれて、しかも使ってくれようとは。


 ――母さんが新人魔術師の書を集めるのが趣味なのよ。それで偶然読んで、簡単だし、使いやすいなって思って。というか、あなたも読んでたのね。


 ――俺は大抵の魔導書は読んであるから。


 念話では平然と答えておきながら、アストはにやつく口元を隠すために俯いた。

 自分が作った式を使いやすいと言ってくれることがこんなに嬉しいとは思わなかった。編集をしたエディルレガリーが笑いながら言った言葉を思い出す。


『たくさんの書の中から、私の創った物を選んで、使ってくれる。この喜びは言葉では形容しきれないほどのものだ。いつか君も味わえることを祈っているよ』


 今度、エディルレガリーに会う機会があれば、このことを絶対に話すと心に決めた。ただ、そのまま【賢者】の道に引きずり込まれないように気をつけようとは思う。

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