18話:勉強開始!
教えてくれると言ったディスティアは、道場から結城宅へと場所を移した。
てっきりその場で型や魔法剣のやり方を教えてもらえると思っていたアストは肩透かしを食らった気分だ。ミクも同じようで、姉弟揃って若干不満そうな表情になった。
色合いが違うながらも似た顔立ちの二人が、そろって同じ表情なのを見てディスティアは小さくふきだす。
「そうむくれるな。私はロクロ殿と違って、座学から始める教え方だ。そもそも、道場で魔法を展開できないだろう?」
「……確かに魔法に対する耐久性は低めですけど」
それでは実戦はどこで教えてくれるのだろうか。
座学が苦手なミクとは違い、アストは座学も好きだ。魔法は呪文書の暗記と、構築式を学ぶところから始まる。一つ一つ基本を知ることでようやく呪文の短縮の仕方や、効率のいい構築式を思い浮かべられる。そこから応用は始まるのだから、座学も必要だ。
だが、それでも実際にやってみなければわからないこともあるのだから、実践も大切な工程だと知っていた。
もしかして座学で終わるのかと更に不満を募らせるアストに、ディスティアは頭を軽く叩いた。
「安心しろ。今、フィーナ殿とも話していて、治安部隊の魔法訓練場を借りる手はずになっている」
それを聞いたロクロが小さく口笛を鳴らした。ミクとアストもまさか治安部隊が協力してくれるとは思わず、目を丸くして教官を見る。
「土日の空き時間だから、時間はかなり限られているがな。その分、座学でしっかりと基礎を学んでもらう。
ミクも立ち回りぐらいは勉強してみるか? お前の戦闘スタイルの足しにはなるだろう」
「座学はちょっと……」
「では受けろ。決定だ」
「うええええ」
有無を言わさぬディスティアの言葉にミクは嫌そうに肩を落とした。この姉、本当に座学が苦手で実は成績はとても悪い。頭は悪くないのだが、座って勉強するのがとても苦手なのだ。
頭で考えるよりも体を動かして覚える方が得意なタイプである。アストとは真逆だ。
勉強場所はリビングになった。座学はずっとここでするらしい。ノートと筆記具が必要なら取ってこいと言われて、アストは急いで部屋に戻って取ってくる。
「ミクは必要ないのか?」
「自分のノートより、アストのまとめたノートを見た方がわかりやすいんで。あと、ノート取ることに集中しちゃって人の話し聞こえなくなっちゃうから、ダメなんです」
「ああ、そういうタイプか。では次回からは要点をまとめたプリントを用意してやろう」
「わーい!」
「いや、姉ちゃんはその癖直せよ」
両手を上げて喜ぶミクに、戻ってきたアストは呆れた視線を向けた。
そんなアストにディスティアは苦笑をして首を振った。
「ミクの歳になるともう直らん。本人が自分の性質を分かっているだけ対処のしようがある」
「そういうもんなんですか」
「そういうもんなんだ」
その辺りまでわかっているとは、ディスティアは記憶を失う前は教師だったのではなかろうか。
フィーナの注意がなければ訊いていたことを飲み込み、アストは席につく。
準備できたのを確認して、ディスティアはアストがノートを取りに行っている間に準備しておいたホワイトボードの前に立った。
まるで少人数制の授業のようだ。
「では、今日から魔法剣士について講義を始める。私は講師としてはまだ未熟なので、質問があればその都度訊いてくれ。では、始める」
授業だった。
「まず、魔法剣士とは何かだが……ミク、わかるか?」
「え? えーと」
どうやらディスティアの授業は参加型のようで、気を抜いていたミクは一瞬戸惑った。だがすぐに考え、答えを出す。
「属性魔法も使える剣士のこと、ですか?」
「ああ、その通りだ。名前のまんまだな。
魔法剣士は属性魔法を使い、剣で戦うものを差す。
ちなみに剣ではなく近接武器で戦うものは、みな便宜上、魔法戦士と呼び分けられている。
精霊魔法を使う者は精霊剣士、あるいは精霊戦士と呼ばれている。ロクロ殿と今の剣聖は精霊剣士に当たるな。
双方共通点は、剣の腕が並み以上であることと、杖を持たず、詠唱なしか簡易詠唱のみで中級の魔法を使えること」
意外と杖を持たずに魔法を発動するのは難しい。杖は魔法の発動場所を指定する際のイメージの補助や、構築式を組み込んで発動スピードを速めること、詠唱中の結界と、多くの役割を持っている。
特に詠唱中の結界の力は大きく、これがあるおかげで遠距離からの弓矢や銃の弾、魔法から身を守ることができる。さすがに近距離からの攻撃にはすぐに破られてしまうが、そもそも近距離まで近づかれたら戦線は崩壊しているわけで、その戦いは負けである。
中級魔法を詠唱なしか、簡易詠唱で発動することも難しい。上位の魔法ほど構築式が膨大で、詠唱によってそれをくみ上げて行くのだ。一つの属性でも瞬時にくみ上げ、任意の場所に発動させることが出来る者は、上級魔術師として認定される。アストはそのことを知らないが。
「条件が厳しいから、人間の魔法剣士の総数は多くはない。どちらかを鍛えた者が、自分の可能性を伸ばそうとして目指す職業だからな。大半は道半ばで諦める。
その分、この職に就いている者は相応に強い。冒険者の間では、魔法剣士の職に就いているというだけで一目置かれる存在になれる。ま、そのために偽物がやたらいる職でもある」
「うわー。想像できるー」
「若くして魔法剣士を名乗る人間がいたら注意しろよ。少なくとも普通の人間ではロクロ殿ぐらいの年齢は重ねないと、魔法剣士になれるほどの腕前に達しないからな」
「え」
ノートを纏めていたアストはその言葉に顔を上げる。ショックを受けた表情に、ディスティアは首を振った。
「お前は例外中の例外だ。中級を複数詠唱なしで使えるだろう。火、水、風、雷は詠唱なし、他は簡易詠唱で相殺していたのを確認したぞ」
「あのバチバチの中、よく確認できましたね」
「いくつか私も中級を放った」
「うわ、えげつない」
受けていたアストは魔法の威力でいくつか気付いていたので、そういうことかと納得したが。
ミクは気付いていないが、ディスティアは「も」と言った。
(やっぱり母さん中級使ってたんだ……道理でしんどいわけだ……)
おそらく徐々に威力を上げて行ったのだろうが、捌くのに苦労するわけだと密かにため息をついた。
「剣の腕はそれ以上の上達は見込めない。できるとすれば、強化魔法を自分の体に慣らす訓練だろうな。聞けばそういう訓練はほとんどしていないそうだな」
「あ、はい。俺は賢者属性ですから、あまり外の人間と会わない方がいい。と、父さんが」
「確かに、お前の属性を知るとどうしても【賢者】を目指した方が良いと言いたくなるからな」
ロクロは精霊魔法しか使えないため、強化魔法を使った場合の指導がうまくできない。教えるときは外から指導者を呼んでいた。コウはこの人に教わっている。
アストはその特殊性からあまり外部の人間と関わらないようにしており、コウが教えてくれた方法と彼の使い方を見て、見よう見まねで使っている。上手くいったときはコウも倒せるのだが、今のところ上手くいくのは十回に一回で勝率は高くない。
「それでも自己流でやろうとしなかったのはなぜだ?」
「えと、やっぱり父さんに言われたことなんですけど、体が十分に出来上がるまでは、自分の実力をしっかり把握しておいた方がいいと」
言われて。
その言葉はディスティアが突然頭を撫でてきたことで中断された。
「よくぞ師の教えを守った」
感極まると言わんばかりの声に見上げた彼女の目は、今にもこぼれんばかりに涙が溜まっている。表情が嬉しそうでなければ、泣かせてしまったかと慌てるところだった。
「師の教えを守らずに自滅した生徒を多く知っているせいかな。お前たちのような素直な生徒は特に嬉しいぞ」
「え、それ私も含まれてます?」
「当然だ。座学は苦手と言いながらも素直にここに座ってくれただけでも嬉しいのに、次回も参加する意思がある。これを感動せずにいられようか」
大真面目に頷かれて、ミクは照れて赤くなった顔を隠すためにテーブルに突っ伏した。
休憩には少し早いが、感情が高ぶっているディスティアを落ち着けるためにティータイムになった。
ロクロは授業の途中で仕事に行ったので、用意するのはアストだ。
「すまんな。元から感情の起伏が激しい方ではあるのだが、お前たちを前にすると抑えが効かなくて」
ぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら困ったように笑うディスティア。有翼人は美男美女が多く、彼女は自分はその中でも中の下だと評するが、充分に美しい。その左手の薬指に緑の宝石がはまったシンプルなリングがなければ、きっとアストは密かに恋心を育てていたことだろう。
こうして弱ったようなところを見せられて、うっかり燃えそうになる恋の種火にそっと蓋をする。思い出にするにはアストはまだ若すぎた。
クッキー生地を冷凍庫から取り出し、切り分けて天板に並べ、温めておいたオーブンで焼き上げる。アイスボックスクッキーは生地を冷凍して保存でき、好きな分だけ切って焼けるので、結城家では定番のおやつだ。
「それって、前に言ってた私たちが旦那さんに雰囲気が似てるって話です?」
「ああ、そうだ。それまでの私は沈着冷静を通り過ぎて冷酷、人形のようだとも言われていたんだが、あいつと出会ってからは完全にペースを乱されてな。仲間にはきゃらほうかい? とからかわれていたよ」
「キャラ崩壊! わー、以前のディスティアさん見てみた……あ、やっぱいいです。きっと私みたいなのは嫌われるから」
「ははは。そうだな、お前みたいなタイプには苦手意識があった。仲間の一人にも、お前みたいに勉強はできないが頭のいい戦闘バ……戦闘好きがいてな。そいつのことは認めているが嫌いだったよ」
「ちょ、今さりげなくバカって言おうとしましたよね!?」
「言ってないぞ?」
「言おうとしたー!」
女子同士で会話した方が落ち着くだろうと思って引っ込んだアストは、やはり姉に任せて正解だったと紅茶を淹れながら思った。ミクは人を和ませる不思議な力がある。
「ディスティアさんって、記憶喪失なのに結構昔のこと覚えてますよね」
訂正。姉に任せるんじゃなかった。
フィーナに注意を受けているというのに、記憶について突っ込んだことを訊いているミクに刺すような視線を向ける。
その視線に気づいて、はっとフィーナの注意を思い出した姉は慌てて取り消すべく言葉を探すが、問われたディスティアはキョトンとした表情をして、姉弟の様子に何かに納得したように笑った。
「大丈夫だ。いや、実はな。私は記憶喪失ではないんだ」
「え!?」
「そうなんですか!?」
内緒だぞ? と教官はどこか楽しそうに言った。
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