17話:魔法はチート、剣は凡人

 すっかり冷めてしまった食事を温め直し、全員食卓に着いたところで、フィーナの説明が始まる。


「魔法を発動させるには、まず魔力を魔術回路に流し、次に発動したい場所を指定し、形を構築して、最後に放つ。この四つの工程が必要なのは知ってるわね。

 アストは形を構築する段階で、自分の魔力を混ぜることで形を崩し、発動できないようにしているの」

「ふむ。理論としては知っていたが、実際に出来るとは思っていなかったな」

「【賢者】ならば誰でもできる技術よ。

 もっとも、とても高い操作技術と集中力が必要となるので、疲労度が半端ないのだけど。それに相手が大人数では対処しきれないから、実用性もあまりない。幻と言ってもいい技術ね」


 【賢者】は魔力を操ることに優れている。それは相手の魔力も例外ではなく、干渉することはたやすい。だが、一歩間違えば魔法の暴発が起きかねないため、言葉ほど簡単な技術ではない。人数が増えれば増えるほど対処する数が増えるので、危険度は増す。フィーナも使えるが、同時だと二人が限界である。

 それをアストは精霊も含めて五人分を対処しきって見せた。


「あの杖は竜の素材で出来ているな? それでアストの力を増幅しているんだろう」


 アスト自身の才能も多少は関係しているだろうが、普通なら道具のことを疑うだろう。

 ディスティアの当然の問いに、フィーナは苦笑しながら首を横に振った。


「違うのよ。アストの本来の力を解放しているの」

「……なんだと?」


 信じられない物を見る目でディスティアはアストを見る。当人はそこまで驚くことだろうかと気にもせず、不思議そうに視線を受け取りながらホットサンドにかじりついた。

 平然と食事をとるアストをしばらく見つめていたディスティアだが、一つため息をついて同じようにホットサンドにかじりついた。ひとまず食事を優先することにしたらしい。


「……もしやアストは、竜使いか?」


 竜と契約をした者は、魔力に金か銀の色を帯びる。竜の魔力が金か銀だからだ。体の一部にもその色が現れ、見る者が見れば一目で竜と契約した者だとわかる。

 ディスティアは最初、竜の素材の杖を使ったから竜と契約したような現象が起きたのだろうと判断した。だが違うと言われれば、結論は竜と契約した者――竜使いに行きついて当然だろう。

 もぐもぐと食べながら落とされた一言に、両親が体を強張らせた。ミクは視線をそらし、アストは空気を読まずにあっさりと頷く。


「そうですよ」

「こら、アスト!!」

「だって、魔法剣の指導をしてもらうんだから、そこは話とかなきゃダメでしょ」


 ミクが窘めてもアストは眉をひそめて逆に言い返す。

 言葉に詰まったミクの頭をロクロが苦笑しながら撫で、フィーナは諦めたように息を吐いた。


「ざっくりと話しますと。

 俺、三歳ぐらいのときに魔力の制御ができずに、自分の魔力で死にかけてまして。

 同時期に治安部隊と友好関係にある竜の里から、精霊の悪戯で見知らぬ竜の卵が入ってきて困っているので処理してくれと治安部隊が頼まれました。

 竜の卵は魔力でしか孵らないので、じゃあ俺の溢れすぎてる魔力を注いでみようと、半ば実験のように契約。

 竜族も注いでくれてたのもあるようですが、三日で無事に孵り、俺も魔力が安定して万々歳。すぐに里の長に報告したところ、そのまま育ててみてくれと依頼されました。

 三年前に経過報告しましたら、長から竜の骨の杖を貰いまして、竜使いになりました」


 詳細はかなり端折っているが、それでも濃い内容に、話が進むにつれてディスティアの眉間にしわが寄って行く。話を聞き終わると、深く息を吐いて眉間を揉んだ。

 その魔力の高さと素質から、魔術師として大成するだろうと期待されて契約を結んだのだろうと思っていたが、まさかの育ての親である。


「……にわかには信じがたい話だな。

 私はてっきり成竜に気に入られて契約したのかと思っていたんだが。

 しかも竜骨を授与されているだと……?」


 竜と契約する際、竜から授与されるものがある。それは鱗だったり爪だったりとその竜の一部なのだが、物によって竜からの信頼度が異なる。いつでも簡単に取れる鱗は顔見知り程度。数年に一度取れる爪や牙は友人ぐらいといった具合だ。

 だが、その竜の一部でない物を授与されることもある。死んだ竜からしか取れない物、骨や瞳、心臓などだ。これらは竜の里の長が管理しており、授与するにも里内の規定を満たす必要がある。与えられれば里全体からの信頼を得た証であり、与えられずともその竜から全幅の信頼を寄せられている証になる。

 それを三年前に貰ったということは、その時点ですでに魔術師として充分な実力を有しているということだ。規格外にもほどがある。


「……確かに、これなら剣の道を諦めろといいたくなるな」


 情報を整理し、何とか受け止めたディスティアは、深く息を吐いて笑った。笑うしかなかった。

 そんなディスティアを不安そうにアストは見る。


「……ディスティアさんも、俺に剣を諦めろって言いますか?」

「さてな。それはお前が剣を振ってるところを見てからだ。

 うむ、話は終わりだ。早く食べて道場に行こう。お前の剣筋を見たくなった」


 言うなり彼女は大きな口を開けてかじりついた。アストは安堵し、同じように大きな口を開けてかじりつく。

 見守っていた家族も密かにほっと息をついた。



 昼食後、少し腹ごなしをしてから道場へと移動する。

 見学者はロクロとミクだ。フィーナも一緒に見たがっていたが、仕事に戻ってくるように本部から再三催促され、諦めて仕事に戻って行った。

 軽く準備運動をしたアストは、愛用の剣を取り出して中央に立つ。


「準備はできたか?」

「はい」

「では、ひとまず今覚えている型を一通り流してくれ。失敗してもいい。なるべく自然体でな」

「はい」


 緊張で強張っている顔を両手で叩き、心を落ち着けて剣を構える。深呼吸を一度。

 そうして始めた型は、最後の止めがぶれた。いつも筋力が足りないために剣の重さを支えられず、止められないのだと言われていた部分だ。顔をしかめつつも剣を収めてディスティアを見る。

 長年兵士を見てきた教官は、ふむ。と何かを納得したように頷いた。


「剣が合っていないな。そのままでは手首を痛めるぞ。選んだのはロクロ殿か?」

「ああ。だが、あれくらい筋力を鍛えれば使えるだろ?」

「どうかな。あれは筋肉が付きにくい体格だ。だが基礎はできている。少し軽い剣にしてやるだけで、見違える動きになるぞ」

「しかし、まだ十六だぞ。これからじゃないか?」

「いいや、あれは魔術師の体格だ。それにどのみちあの剣では魔法剣は使えない」


 ロクロとディスティアの会話を聞いていたミクは、ふと思い出してアストを手招きながらマジックポーチを漁った。指導役が剣の相談を始めてしまって手持無沙汰になったアストは、嫌そうな顔をしながら姉のもとに歩み寄る。


「店長から、あんたにこれ渡しといてって言われてたの忘れてたわ」

「店長から?」

「そー」


 そういってマジックポーチから取り出されたのは、紺の鞘の剣。柄には見たことのない紋が入っている。

 両手で受け取り、大きさと重さに驚いた。大きさはアストが使っている剣とほぼ同じなのに軽い。試しに愛用の剣に着けているベルトを外して着けてみると、ぴったりと合った。そのまま腰に佩き、先ほど同じ位置で型を一通り試す。


「――。」


 最後の止めをピタリと止めた瞬間、鳥肌が立った。軽い剣に変えただけでここまで綺麗に決まるものなのか。

 もう一度、今度は複雑な型を試す。剣の重さに振り回されて途中で重心がずれる部分も、ずれることなく綺麗に決めるところができた。

 高揚感に鳥肌が収まらない。もっと、もっと試したい。戦ってみたい。


「……だめだ」


 湧きあがる衝動を、深く息を吐いて発散させる。名残を斬るように剣を振り、鞘に納めた。

 拍手が聞こえ、見られていたことに気付いてそちらを見る。

 ミクは驚いたような表情で小さく拍手を送っていて、ロクロとディスティアも感心したように拍手してくれていた。


「ほら、道具の問題だろう?」

「うぐぐ。確かに。ミク、あの剣はどこで手に入れたんだ?」

「<躍る牡羊亭>の店長から預かっただけだよー」


 親子の会話を聞きながら、ディスティアはアストの方に歩み寄り、その剣を見せてくれと手を差し出した。アストも言われるままに剣を渡し、指導役の判断を仰ぐ。


「……ミク。その店長の出身はどこだ?」

「え? あー」

「あいつは総飛国だ」


 剣を見ていたディスティアが振りかえらずにミクに問う。知らないのかロクロを見上げたミクの視線を受け、ロクロが答えた。一昨日の会話でも少し疑問に思ったが、ユウキのことをロクロはよく知っているようだ。もしかして教え子なのだろうか。

 口をはさめる雰囲気ではないので、折を見て聞こうと決めた。

 答えを得たディスティアは難しい顔をして考えるように口元に片手を当てる。視線は真っ直ぐ剣に向いていた。


「これは私の故郷のとある軍が使っていた剣だ。しかもこの鍛冶師は相応の実力者にしか武器を卸さないと有名で、使えるのは幹部クラスだった。……こんな物を対価なしに手放すはずがない。何かアストに対価を求める気じゃ……」

「あー、違う違う! 違います!」


 だんだんと表情が険しくなり不信感を募らせるディスティアに、ミクが慌てて手を振った。

 <躍る牡羊亭>のシステムを説明し、アストがその登録した高校生第一号であること、入店前に実力を見るときに怖がらせてしまったことなどを話し、剣はその詫びとこれからの迷惑料だと説明した。


「それ、そんなに高い奴だったんですね……」

「ああ。どんなに魔力が高い奴が使っても壊れにくい剣だからな。素材は希少な物で、扱う鍛冶の腕もかなりの高さが要求される。……壊す奴は遠慮なく、反省も無く壊していたがな。よく叱ったものだよ」


 説明を受け、表情を緩めたディスティアのまなざしは、剣に向けられたまま懐かしむように遠くを見ていた。かつての仲間を思い出しているのだろうか。

 詳しく聞いてみたい気もしたが、記憶喪失だったことを思い出してアストは口をつぐんだ。下手に記憶を刺激しないようにとフィーナから強く言い含められている。

 一度目を閉じて感傷をしまい込んだディスティアは、アストに剣を返して真剣な表情で見据えた。


「さて。二つの剣での型を見せてもらった結果だが」

「は、はい」


 緊張の瞬間に、アストは剣を持ったまま背筋を伸ばした。


「お前は剣術士にはなれない」

「――ッ」


 言われると思っていたことを真正面から突き付けられ、覚悟はしていたが伏せそうになる目に力を込めて、唇を引き結んでディスティアを見つめ続ける。


「お前の剣術レベルは凡人だ。素人ではないし、使えないレベルではないが、護身用に使う程度がせいぜいで、前線に立てるレベルではない。そもそも体格からして、お前は剣士に向いていない」

「……それは、強化魔法を使っても、ダメなくらいですか」

「ダメだな。剣術だけではお前は前に立てない。それは理解しろ」

「……はい」


 泣き出しそうになるのを、腹筋に力を入れ奥歯をかみしめて堪える。俯かないつもりだったが、視線は自然と剣を見ていた。せっかく貰ったこの剣も、返さねばならないのだろうか。

 どうにか剣を諦めずに済む方法はないのかと問おうと顔を上げて、ディスティアが困ったような笑みを浮かべているのに気づいた。


「すまんな。結論から言うべきだった。

 お前は剣術士にはなれないが、魔法剣士になる可能性は残っている」


 ぱちくりと瞬きを一度。驚愕のあまり、脳が理解するのに時間を要した。

 理解した瞬間、今度は上がりそうになる声を腹筋に力を入れて堪え、緩む口元を奥歯を噛んで引き締める。

 ディスティアはそんな少年の顔を見て、柔らかな微笑みを浮かべた。


「魔法剣を教えよう。そして魔法剣士の立ち回りも」

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