16話:チートはこうして作られた
今日は、どうやら厄日らしい。
「やー、あんたがどんな服買ったのか気になって部屋に入ったら、床にこんなのがあるんだもんー。お姉ちゃんびっくりー」
「どうして片づけなかった昨日の俺……ッ!!」
いつもならば片づけてから寝るのに、昨日に限って片づけを後回しにしてしまったことを激しく後悔した。
しかもいつもならば入らないミクが入ったのも運がなかった。
さらにディスティアと一緒だったのも運がなかった。
「あら、楽しそうなものがあるわね」
「母さん!? なんで!?」
「忘れ物しちゃったの」
そして、間の悪いことにフィーナが帰ってきた。
仕事があるだろうにディスティアと一緒に紙を次々に広げていく。
落書きにも等しいものを見られていることにアストは耐えきれず、ソファの影に毛布をかぶって隠れた。
「アスト。これは道具に組み込んで使う魔術式よね?」
「……そうだよ」
「道具は何か作った?」
「……作れなかったから、式だけ」
「一つも作ってない?」
「作ってないよ」
「本当に? 材料も無い?」
「作れないんだって。工作が苦手なの知ってるだろ」
そう、アストは工作が出来なかった。部品を組み立てるだけの物ですら、どこかしら歪んでしまう。非常に不器用なのだ。同じ理由で裁縫も致命的である。
知っているはずなのに何度も確認してくるフィーナに苛立ち、毛布から顔を出して強く否定する。
フィーナとディスティアはその言葉に安堵の息を吐いた。
「何? 法的に何かアウトなの?」
持ってくるだけ持ってきて我関せずで昼食を食べていたミクが、母達の様子を不思議そうに眺める。ロクロも同じらしく、フィーナ分の昼食を用意しながら見ていた。
アストも首を傾げ、ミクの言葉にはっと思いだした。
「魔道具製造法違反だ。あっぶねー!!」
「どういう法律なんだ?」
「魔道具の製造には専用の資格と魔法省の許可が必要で、違反すれば一発で懲役なの。
年数は作った物によるけど、もし攻撃性があると認められたら、無期懲役。
未遂でも罰を受けるから、アストに作る意思があり、材料を揃えていたら即アウト。
息子が犯罪者になるところだったわ……」
「そいつは……」
フィーナの説明を受けてロクロとミクが青ざめた顔でアストを見る。アストも青ざめた顔を引きつらせた。
検分をざっと終わらせたのだろうディスティアが、ため息をつきながら紙を片づけていく。
「お前は魔術師の才能に秀でているが、まさかこんな術式まで編めるとは思わなかった。
すべてを見たわけではないが、このまま実用に足る物も何枚かあるし、これはいっそどこかの工房と提携を結んだ方が安全かもしれないな」
「工房と提携?」
聞き慣れない単語に説明を求めてフィーナを見る。それはいい案だと頷いたフィーナは、簡単に説明してくれた。
「工房はわかるわね?」
「えーと、魔道具を作る専門の業者さんだよね」
「その通り。
提携を結ぶって言うのは、共同で魔道具を作る契約をするってこと。術式は魔術師が作って、それを組み込む道具は工房が作るの。
メリットは、魔術師側は編んだ術式を無駄にしないで済む。工房は専門の魔術師を雇わなくて済む。デメリットはほとんどないわね」
「へー。そういうシステムがあるんだ」
「大学生になったら教わるはずだけど……ミク、さてはあなた、寝てるわね?」
「てへ☆ ――ったぁ!!」
可愛らしく舌を出して誤魔化し笑いをしたミクに、フィーナは文字通り雷を落とした。バチィッと痛そうな音とミクの悲鳴が響く。来るだろうことは予想していただろうが、流石に落ちるポイントまでは的確に予想できなかったらしい。左手の小指に息を吹きかけたり、さすったりしている。
「障壁を張るスピードが遅い。魔力を察知したら反射で張りなさい。こうやって」
――バヂィィッ!!
ミクの時とは比べ物にならない音が響く。
フィーナの魔力が動いたのを察知して、アストが反射で張った障壁と雷がぶつかり合った音だ。
「出来るでしょ?」
「「いやいやいや」」
フィーナは的確に防ぎきったアストを見本としたが、それを姉弟は手を振って否定する。
魔力の現れる位置に瞬時に障壁を張るのが条件反射になるまで、アストは散々痛い思いをしてきた。ミクも同じ訓練を受けたが、魔力を察知する能力がアストよりも劣るため、どうしても一拍遅くなる。その分、治療と自己強化を訓練してきた。
「お母さん。何度も言うけど、私は魔力感知が苦手なんだって。その分当たる位置はずらしたでしょ?」
「……そうね。手の甲を狙ったのに」
「ね? 私はお父さんタイプなんだよ」
おそらく使ったのが雷や風以外ならばミクは避けられただろう。雷と風は魔法の発動までの時間が速いのが特徴だ。その分狙いが外れやすいのだが、【賢者】のフィーナにそんな一般常識は当てはまらない。
ミクの言葉に納得したのかフィーナは頷く。
ちなみにその間にもアストへの攻撃の手は止めておらず、さっきからバチバチとうるさい音が響いている。雷だけでなく、炎や水も混じっているので、家に被害が出ないようにアストは必死に障壁だけでなく反属性で相殺し続けていた。
「ほう。すごいな」
「ッ!? ディスティアさん!?」
その様子を観察していたディスティアも、実力を試すように参戦した。そろそろ音が酷すぎてミクが両手で耳を塞いで非難の視線をアストに向ける。
理不尽な姉の視線に少しイラッとしたものの、いつものことなので放置して【賢者】と実力者からの攻撃を処理し続ける。反撃すればさらに攻撃されそうなので隙があっても攻撃できない。
後頭部を狙った氷の塊を炎で溶かした瞬間、それがフィーナでもディスティアでもないことにアストは気付き、ロクロの方を向く。
「父さん! 精霊が混じってるんだけど!?」
「おお、やっぱり気づいたか。ほらな、気付いただろ」
ロクロの言葉の後半はおそらく攻撃してきた精霊に向けてだろう。氷はその一発だけで止まる、かと思ったが。
「右ふくらはぎの炎! 首狙いの風! 氷の後からずっと足の裏狙ってんのは地のか!? 母さんも足の小指はやめようよ!? ディスティアさん、面白がって急所狙わないでください! 姉ちゃんも暇だからってビーズ飛ばしてくんな、うざい!」
アストが見事に捌き切っているのが嬉しくなったのだろう、フィーナがいい笑顔でどんどんとレベルを上げてきた。ディスティアは面白くなってきたのだろう、急所狙いに変更してくる。精霊たちは見えないが、面白がっているのは間違いない。さらにはミクも最近ハマっている指弾の練習に、木製ビーズを飛ばしてくるので鬱陶しい。魔法攻撃に晒されている中にビーズが入ってくると、微妙に魔法がずれたり消えたりするので対処のレベルが上がってしまう。
「――いい加減に、しろッ!!!」
ついには、アストの堪忍袋の緒が切れた。
何かを掴むように手を振る。すると次の瞬間、手品のようにアストの手には一本の杖が握られていた。
真っ白な骨の杖を見て家族はやりすぎたと顔を強張らせたが、ディスティアだけは感心したように小さく声を上げる。
すべての魔法を相殺しながらアストが杖で強めに床をついた瞬間、急に音が止まった。
「お?」
驚愕の声を上げたのはディスティアで、彼女は自分の手を見、アストを見て、もう一度自分の手を見る。ロクロは慌てた様子で空中に手を伸ばしているし、フィーナとミクは片手で額を覆っていた。
「すいません、ディスティアさん。魔力の構築を邪魔させてもらってます」
驚いているディスティアに静かに説明するアストの瞳には、僅かに金の色が混じっている。
言われた言葉と瞳の色、両方に一瞬目を見張り、周りの様子を確かめたディスティアは、一つ頷いた。
「食事をしながら、説明してもらえるか?」
「わかりました」
頷いてアストは杖から手を離す。すると杖は静かに空間に溶けて消えていった。瞬きの内にアストの瞳の色も赤に戻る。
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