14話:今度こそ、買い物へ
「場所を変えよう」
「のんびりご飯食べてる場合じゃなかったよ!」
合流して開口一番、コウたちの台詞である。
詳しく話を聞くと、フードコート内に先ほどの騒動を見ていた人たちがおり、ひそひそと話されていたのを聞いたらしい。
その程度ならばいいのだが、運悪く目撃者に新聞記者がいたようで、話を聞きまくっているらしい。
さっと顔を青ざめさせるアストと対照的にレイアは興奮で顔を赤くした。
「私たち、新聞に載っちゃうかもしれないの!?」
「喜ばしいことじゃないよ! アストくんは目立っちゃだめなんだから!」
「え、どうして?」
「それは……」
ちらっと気遣うように見上げるシーナに気付き、アストは苦笑を洩らした。この様子だとシーナはアストが【賢者】の息子であることは知っているようだ。
バラすつもりは全くなかったが、このままレイアが乗り気で取材を受けようとしたら困るので話すことにする。
「俺が」
「秋の体育祭まで、アストが強化魔法を使えることは内緒にしておきたい。わかるだろ」
コウがかぶせてきた理由に、一番驚いたのはアストだ。レイアも少し驚いたようだが、すぐに納得して頷いている。
「そうね。秋の体育祭で勝つためには、能力を隠すことも大切だわ。もう情報戦は始まっているってことね」
え、なんですかその秋の体育祭って。
アストは内心で知らない単語にかなり困惑していたが、ここはそういうことだという顔でいようと決めた。秋の体育祭については後でコウ自身かミクに説明してもらおう。
そういうことならと移動を開始しながらも、コウとレイアの会話は続く。シーナと並んでついて行きながら、その会話に耳をすませた。
「そういうことだ。こいつがずっと地味でいたのもわかるだろ」
「ええ。でも、そうするとまた月曜日からあの地味な子に戻るのね……服の系統考え直した方がいいかしら」
「いや、あれに戻させる気はない。あれはウィッグじゃなくこいつの魔法でな。変色の魔法って知ってるか?」
「えーと、強化魔法の一種よね。変装とかに使われる」
「そうだ。こいつ、それを一日中使ってるんだ」
「……え、まって。魔法を一日中、同じようにキープしてるの!?」
立ち止まり、振り返ったレイアにアストは少し迷って頷く。コウがどういうつもりで話しているのか全くわからないが、おそらくここは頷いてもいいところだろうと判断してだ。
「赤目の魔力の高さとこいつの技術力がわかるだろ」
正解だったようでコウが話を続ける。レイアは感心したようにしばらくアストを眺め、入試の時のことを思い出したのか大きく頷いて前を向いて移動を再開する。
「あの時の魔法といい、もうアストが賢者属性といわれても驚かないわね」
「察しがいいな。その通り、こいつの親は【賢者】で、こいつは賢者属性持ちだ」
「……前言撤回するわ」
驚いたらしい。歩きながらも深々とため息をつき、彼女は頭痛でもするのかこめかみ辺りを押さえる。
ちょうどバス停に着いたのでコウが時間を見ている間に、レイアがアストをジト目で見上げた。
「いつか、本当のあなたの実力を見せてもらうからね」
「……機会があれば?」
自分の実力を遺憾なく発揮できる状況というのがそうそうないし、どこかで隠れて見せるにしても場所がないので、いつ頃になるかわからない話だ。
「いっそ使えないことにはできないの?」
「んー、出来なくもないだろうけど、それはそれで成績に響く……」
シーナの疑問ももっともだが、残念ながら流石に成績を悪くし過ぎるのも内申点に響いて困る。大学部を目指す理由は一つ減ったが、行きたい気持ちはまだある。
そこを説明すると、シーナとレイアは納得した。
話に区切りがついたところで、端末で次の行き先を検索していた様子のコウが話しかけてくる。
「バスはもうすぐだ。俺達はこのままカドアに向かうが、シーナ達はどうする?」
「面白そうだからついて行くよー」
「アストのコーディネート頼まれたし、最後まで付き合うわ」
「みんなありがとう……!!」
ほどなくしてやってきたバスに揺られ、次に電車に乗り換えてカドアに向かう。
カドアはここで買えないものはないと言われるほど店が集まった、総飛国でも随一の商業の街だ。戦う力のない一般人向けの区画と、冒険者などの戦う職業向けの区画に分かれている。
戦う職業向けの区画はあまり治安がいいとは言えないが、駅周辺の一般人向けの区画は治安部隊が常駐しているのもあってか安定しており、デートスポットとしても有名である。
アストは名前こそ知っているものの、来たのは初めてだったりする。
「……すげぇ」
「……流石に人が多いわね」
「……はぐれそう」
「お前ら、人を盾にするな」
駅から出て、人の多さと賑やかさに思わずコウの後ろに隠れて周囲を眺める三人を、彼は呆れた目で見下ろす。
アストだけでなく、レイアとシーナも初めて来たらしい。予想外だったコウは深々とため息をついた。
「一度ぐらいは来たことあるかと思ったんだが……」
「だって、モールで全部済むんだもん」
「うん。ここまで来る必要がないって言うか」
「それはわかる。あそこ便利だよな」
「そうなの?」
「割と揃ってるんだよ。俺も本当はここまで来たくなかった」
むしろコウはどうしてここまで来ているのだろうかと訊いたら、ギターの練習で中学からここのスタジオに通っていると答えられた。親友が一気に大人びて見えて、同じように見えたらしいシーナと手を取り合い尊敬のまなざしを送れば、かなり気持ち悪かったらしくアストだけ頭にチョップを落とされた。
「遊んでないでさっさとウニキュー行きましょ。確かビル丸々店舗になってるんでしょ?」
「そうだな。楽しいぞ」
「へー」
この楽しいの意味が、アストにとって、楽しいが疲れることだとは思いもしなかった。
「アストー、次はこれを着てみてー」
「ちょ、ちょっと待って!」
「如月、順番を守れ。次は俺のコーデだ」
「まだ着替えてないの? さっさと着替えなさいよね!」
試着室まで次々と持って来られる服を、汚さないよう引っかけないように気をつけながら急いで着替え、見せては次の服を渡され、OKが出た服は買い物かごに入れられる。店に着いて、ある程度店内を見て回ってからずっとその繰り返しだ。
「あ、そろそろ金額が上限だよー」
「もうそんなか!」
「まだ足りてないんだけど!?」
「試着地獄これで終わり!? やったー!」
アストが着替えている間に買い物かごの中身を計算していたシーナの言葉に、二人は驚いて手に持つ服を見た。着せたいが、似合ったら買いたくなる。だが上限。ならば着せない方がいいか。
「よし、とりあえず着ろ」
「そうね。とりあえず着なさい」
「終わらなかった! やっだー!」
それでもあと二着ならと気合を入れ直し、着替えを終えてカーテンを開けた。
「却下ね」
「ダメだな」
「俺もこれはヤダ」
「そんなー」
シーナの選んだTシャツはコラボTシャツといわれるものだが、知らない漫画のキャラと台詞のアップだった。おそらくは名場面だと思うのだが知らないし、流石にこのTシャツを着て外を歩きたくはない。シーナの好きなキャラだったらしい。
「じゃ、これな」
手渡されたのはストライプのシャツとカーゴパンツだ。さっきも着たような気がするが、きっと違うのだろう。
「ちょっと、その組み合わせはさっき私が試したでしょ。次はこっちよ」
「……如月が持っている物も俺が試しただろ」
着た覚えがあるのはレイアが持ってきたものだったらしい。着過ぎてもはやきちんと覚えていない。選んでくる方も頭が疲れてきたようだ。もう着たならとカーテンを閉め、自分の服に着替え直す。
着替え終えてカーテンを開けると、二人は服を元の売り場に戻しに行ったようでいなかった。残っていたシーナにさっき着ていたTシャツを渡せば、彼女は当たり前のような動きで買い物かごに乗せようとした。その手を掴んでにっこりと微笑めば、残念そうに口を尖らせながらも売り場に戻しに行った。
「はー……これで終わったー……」
ずっしりと重たくなった買い物かごを持って、三人と合流しながらレジに向かう。
山盛りの服は、何とか軍資金の範囲で収まってくれた。
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