13話:思わぬ再会
「お前は剣術士だろ?」
「そう、だけど、さぁ!!」
すごく強いって何だ、すごく強いって!
声に出さない心の叫びはしっかりと届いてたらしく、コウはニヤニヤと笑っている。道場ではコウに勝てた試しはほとんどなく、いつも『強化なしじゃへっぽこ』と言われ続けているので、不意打ちに褒められると嬉しさよりも悔しさが先に立つ。
そんな男子二人のやり取りをシーナは楽しそうににこにこと笑って見守り、レイアは呆れた顔で見ていたが何かを思いついたようににやりと笑った。
「彼、中学でよく話してたわよ。俺もうかうかしてると簡単に追い抜かされるって」
「おい、如月」
「うんうん。俺の最大で最強のライバルっていつも言ってるよ」
「シーナ、つられるな」
「ほほーう」
「笑うなへっぽこ」
今度はアストがニヤニヤと笑う番だ。レイアも先ほどの仕返しか、からかう気満々の笑顔だし、シーナは純粋にいつもの様子を教えたいだけだろう。
「あー、如月は珍しい飾り付けてるな。キーホルダーか?」
不利だと悟ったコウはこの話は終わりだと言わんばかりにあからさまに話題を変えてきた。あからさますぎて三人同時に笑ってしまう。
さすがに追撃するほど意地悪ではないので、その話題に乗った。
「どんなの付けてるの?」
「ただの幸運のお守りよ。人から貰ったものなんだけど、ちょっと加工して鞄につけれるようにしたの」
コウの位置だと椅子の背もたれに掛けた鞄が見えたのだろう。レイアが鞄を取って膝に乗せた。財布とハンカチぐらいしか入らなそうな小さなリュックに、革ひもと青い羽根の飾りが付いている。
見覚えのあるその羽根に、アストは目を見開いた。
「あ、青い鳥の人のだ!」
「青い鳥の人?」
「シーナ!」
どこか楽しそうな声を上げたシーナに、コウは不思議そうに訊き返す。慌ててシーナの口をふさぐレイアの顔は一瞬で赤く染まった。
アストはレイアとその羽根を交互に視線を向け、一つ確認する。
「……中学時代の如月さんって、焦げ茶のショートヘアだった?」
「え、そうだけど?」
どうして知ってるの? と訊き返してきたレイアは、彼の目と髪の色を見て、目を見開く。
「……もしかして」
ああ、やっぱりそうか。
アストは再会できた喜びに微笑んで頷いた。
あの日は、強い風が吹いていた。
忘れもしない、夏杉学園の入試の日。
――誰でもいいから助けてー! 遅刻するー!
切羽詰まった様子の『声』の主に、試験開始まで暇していたアストは世話を焼いた。
焦げ茶のショートヘアの女の子。特徴は、緑のマフラー。
アストとレイアの様子に、コウたちも気付いたらしい。シーナは感動の瞬間だと言わんばかりに目をキラキラとさせている。
「いえ、待って。確認させて」
「ん?」
――本当に、青い鳥の人なの?
聞こえてきた『声』と探るようなレイアの視線に、確認とはこれかと苦笑した。
――本当だよ。緑のマフラーの迷子さん。
応えてやれば、レイアは恥ずかしそうに両手で顔を隠す。僅かに見える肌の色は赤い。
「え、何? 二人で通じあっちゃった?」
「……なるほど、念話か」
「え? コウちゃん知ってるの?」
シーナへの説明はコウに任せ、アストはレイアを見ながらバーガーにかじりついた。
あの時の迷子をアストは探していたのだが、ヒントはマフラーと髪型だけ。制服だったが、一ヶ月通っていた中学の制服すら曖昧なのに、どこの中学かなんてわかるはずもない。
入学式から三日ほどは防寒具を着けている生徒もいたが、暖かくなってきたので見なくなった。次の冬を待つしかないと諦めたところだった。
それがまさかの高校デビュー。道理で探しても見つからないわけだ。
コウの説明が終わる頃にレイアの手も外れ、食事をしながらぽつりと漏らす。
「……魔術科のマーカス先生に、今年入学した生徒で、自分の甥だって教えてもらってはいたの。それで昨日、マーカス先生に呼ばれたって言ってたから、まさかとは思ってたのよ。あの先生、三年生じゃないと用がないでしょ?」
「ああ、だから昨日、アストを探るように見てたのか」
納得したようなコウに、昨日少し警戒していたことを思い出した。やたらと視線を向けられていたのはそういうことだったのか。
「それで、青い鳥の人ってのは何のことだ?」
レイアが息を詰まらせ、アストは視線を泳がせてどう説明したものか思案する中、シーナが愛らしい顔をキラキラとさせながら二人の顔を交互に見た。説明していいか訊いているようだ。アストは頷いて了承の意を示したのに対し、レイアは待てのポーズ。不満そうな親友が文句を言う前に、バーガーを食べつくし、残ったポテトはシーナのトレイに置いてジュースで口の中を流し込む。
「レイアちゃん、お行儀悪ーい」
「うっさい!」
シーナのからかいの声に言外に誰のせいだと睨みつけて、トレイを持って立ち上がった。
「アスト、行くわよ!」
「え、あれ」
突然の呼び捨てに戸惑っている間にレイアはさっさとトレイを片づけに行ってしまう。先ほどコウを呼び捨てにしていたので親しくなれば呼び捨てにするのだろうとは思っていたが、早くないだろうか。
「早く! ボディーガード!」
「うへぇ。横暴だー」
とりあえず文句は言っておくが、レイアが急いで詰め込んだ時点でついて行く気はあった。食べ終わっているのでトレイを持って立ち上がる。
「先に服見てくる。そっち終わったら連絡してくれ」
「おう。パーカーは禁止な」
「わかってるよ」
「アストー!」
「はいはいー」
焦れたレイアに呼ばれて、ひとまずトレイを片づけに行った。
フードコートを離れ、建物の外に出るまでレイアは無言で歩いていた。
無言なのは気にならないが、そんなに早足で転ばないかとそちらの心配をしながらついていく。予想外に躓くことはなく、無事に外に出たところで彼女は立ち止り、息を吐く。
「ごめん」
「いいよ。俺も流石に目の前で話されるのは照れるし」
突然連れだしたことの謝罪だろう。笑って許すとレイアはほっとしたような笑みをこぼした。
これからどこに行くのかを訊くと、彼女達は特に目的なく歩き回るつもりだったらしい。
「じゃあ、俺の買い物に付き合ってくれる?」
「いいわよ。何を買いに来たの?」
「俺の服。こんな服しか持ってないからさ、コウに頼んで見繕ってもらおうかと」
「わかったわ。といっても、私も男性ブランドは知らないから、量販店になるけど」
「いいよ。俺はその辺本当に全く分からないから、任せる」
それじゃあと専門店街の方向へ歩き出そうとしたレイアの足が止まる。方角を見てアストも顔をしかめた。事件から二時間ぐらいしか経っていない。あのデッキを歩くのはまだ怖いだろう。黄色の線で立ち入り禁止にされている場所には床材に焦げた跡が残っている。少し配慮が足りなかったと反省しつつ、どうやって移動するか考えた。フロアマップを見ておけばよかったと後悔してもいまさら遅い。
他の道を提案してもきっとレイアは無理に通ろうとするだろう。
何かないかと周囲に素早く視線を巡らせて、その看板を見つけた。
「レイア、悪い。先に靴を見てもいいか?」
「え?」
彼女の肩をつつき、別方向へ向けさせる。その先にはアストも知ってる靴の量販店の看板があった。ただし、一階である。
戸惑いを見せるレイアにあからさますぎたかと思ったが、口から出たものは取り消せない。それに靴も欲しかった。
「運動靴をもう一足買っておきたいんだ。靴の方が高いし」
「い、いいけど。あの、それより、今、レイアって……」
「え?」
戸惑っていたのは呼び捨てにしたかららしい。
顔を真っ赤にして見上げてくるレイアはとてもかわいかったが、口にすると怒られそうなので黙っていることにして、アストは不思議そうに口を開いた。
「さっき俺のことアストって呼んだだろ。だから合わせただけだよ」
「そ、そう! でも、その、コウは名字のままだったから、ちょっと驚いたって言うか……」
「そか。まぁ、うん。慣れて、レイア」
「か、からかってるでしょ!」
「うん」
「もう!!」
恥ずかしさに怒りだした彼女から笑って逃げつつ、靴屋の方へ向かう。
とりあえず気はそれたようで、こっそりと安心した。
運動靴を買っている間にコウたちも話しを終え、店の前で合流することになった。
「マジックポーチって楽ねー」
「楽だよなー」
冒険者必須のマジックアイテムの一つ、マジックポーチ。ポーチという名前だが、実際はカード型である。開発当時はポーチ型であったため、そのまま定着した。
異空間に繋がる魔術機構が組み込まれているカードで、大学生になって冒険者仮免許試験に合格すると購入が認められる。複数枚所持するとカードが誤動作を起こしてしまうため、一人一枚しか持てない。そのため、容量の違うものに変更するときは、店に売却するか個人で破棄する必要がある。
アストのこれはミクのお下がりだ。購入は仮免許か免許が必要だが、親や兄弟のお下がりで持っている人間は多くいる。(が、家族間での譲渡は見逃されているだけであり、他者に譲ったり、ましてや個人間で売買などしようものなら犯罪である)
便利グッズではあるのだが、万引き等の軽犯罪の防止に、店や特定の場所では開けない仕組みになっているので、この中に財布などを入れておくと支払いなどができなくて困ることになる。なので財布やハンカチ等は鞄に入れ、それ以外をポーチに入れるのが今の主流となっていた。
早速買った靴をマジックポーチに詰め込み、店の外でコウたちを待つ。
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