12話:事件の後で

 もう雑談タイムでいいだろうと判断して、アストは肩の力を抜いて気軽に訊く。


「あの男、助かりますか?」

「お? んー、オレの見立てでは命は助かってるな。魔術師としては絶望的じゃねーかなー。色んな意味で」


 フェルクメルの方も事情聴取をした証明として一人ひとりにサインを求めながら気軽に応えた。サイン欄は一人分しかないが、紙のこのあたりなら適当でいいと言われて適当に書いていく。

 アストの番になった時、中身を読んでみた。文字に癖があるものの、要点のみわかりやすくまとめられている。四人同時の聴取の理由も「乱暴を受けた女子の心理的負担を減らすため」とあり、職務怠慢だと思ったことを心の中で謝った。

 フェルクメルは全員分のサインを確認した後、一番上の紙をはがして代表としてアストに手渡した。


「質問、他にある? なきゃ解散するけど」

「あ、じゃあもう一つ。あの男、薬使ってたんですか?」

「んあー。たぶん、ってところだな。専門ではないから見ただけではわからんが、話を聞いた感じは最近出回ってる薬だとは思う。

 ……そうだな、話しておくか」


 アストとしては軽い疑問を聞いてみただけなのだが、何かを思いついたらしいフェルクメルは書類を片づけ、改めてアストたち全員を見渡した。


「最近、魔法の威力を増幅させる。なんてキャッチコピーで若い冒険者に出回っている薬がある。

 〈魔族の血〉イビルブラッドなんて名前のついた小さな赤い錠剤だ。

 こいつは服用すると確かに魔法の威力が大幅に増幅する。だが、実際は頭をぱっぱらぱーにしてリミッターを外してるにすぎない。薬自体の依存性は高くないが、一時的に威力は上がるからな。自分の魔法の威力に劣等感を強く抱いてるものほど依存していき、最終的にはあの容疑者のように、場所を構わず暴れまわって自滅する」


 魔術回路が異常な出力に耐え切れずに焼きつき、魔法を制御できずに自分の身を滅ぼす。おそらくあの男も、コウがあと十数秒遅かったら自分の炎に焼かれて死んでいたのだろう。間に合ってよかったと、心の底から思った。


「んで、本題な。

 こういうのはクラス内の実力差が出てくる学期終わりや、長期休み明けに大学生や高校生の一部で流行るんだ。

 もし、悩んでいるクラスメイトがいたら、悩み聞くとか、先生に話すとか、そんな感じで対処してくれると助かる。あ、でも薬の話はするなよ。下手に知識を与えると、そういうのがあるんだって頼ろうとするもんだからな。

 本当にやばそうだと思ったら治安部隊に連絡してくれ。悩み相談はしてやれねーけど、見回りの強化して犯罪に遭わないように気を付けるから」


 アスト達男子組は毎年夏の前にアストの両親から聞く注意事項とそう変わらないため、最新の薬の情報が知れて良かったと思っていたが、初めて聞いたのだろうレイアとシーナの表情は硬い。真面目な様子に苦笑してフェルクメルはフォローを入れた。


「薬に手を出したら犯罪ってのは知ってても、薬の名前を知らなきゃ手を出しちゃうかもだろ。これは防衛のための情報だ。変に気負わなくていいからなー」

「……はい」

「わ、私、頑張ります!」

「いや、何をどう頑張るの。気負う必要はないって言ってんだろー」

「わわわ!?」


 わしゃわしゃと子犬を撫でるかのように、フェルクメルがシーナの頭をかき混ぜたが、その手をコウが邪険に払って無言で睨みつける。彼女の乱れた髪を手ぐしで整えている様は恋人同士にも見えるが、甘さなどないのでどちらかというと兄妹だ。払われたフェルクメルは不服そうに口を尖らせて手を引っ込め、立ちあがった。


「そんじゃ、時間だし解散な。結城は今月もうオレを呼ぶなよ!!」

「努力しますけど、今月あと二週間ありますねー……」

「嫌なこと言うな!」


 本気で嫌そうなアストとフェルクメルの様子に、他三人は思わず顔を見合わせて小さく噴き出した。

 女子組が笑ってくれて安心したが、ちょっと複雑なアストであった。




 フェルクメルはそのまま帰って行ったが、アストたちは帰らずに昼食を取ることにした。

 というのも。


「お腹が空いて死にそうなので、ご飯食べたいです!」

「よし、飯だ。フードコートのバーガーな」


 シーナの主張がコウによって無条件に採用され、アストとレイアは文句を言う暇もなく連れて行かれたのだ。

 強制的に連れて行かれたフードコートだったが、他に食べたいものも無く、値段も手ごろなので四人揃ってバーガーセットを頼んだ。ポテトとジュースの大きさが男女で違ったが、そこは胃袋の大きさである。

 昼のピークが過ぎても席はそこそこ埋まっていた。運よく四人席が空きそうだったのでそこを譲ってもらい、席に着いて全員が同時に息を吐く。それに気付いて顔を見合わせ、笑いあい。


「今日は災難だったな。二人に怪我がなくてよかったよ」

「ええ。結城さんが来てくれて良かったです」


 レイアは猫かぶりモードを貫くつもりらしい。それにしてはいつも以上のおしとやかモードに、アストは首を傾げた。

 コウとシーナも首をかしげ、ふとコウが気付いた。


「……如月、もしかして気付いてないのか?」

「え?」

「これ、アストだぞ。クラスメイトの結城アスト」

「……ウソでしょ!?」


 猫は簡単に逃げて行ったようだ。身を乗り出し、アストの顔を間近でレイアは見つめる。美少女の顔がいきなりどアップになって思わず身を引いたが、レイアの顔は疑惑だらけの不審そうなもの。ときめくよりもよくわからない冷や汗が背中を流れていく。シーナに服の裾を引っ張られてようやく席に着き、コウに訴える。


「あのパッとしない地味な男の子が、こんなイケメンにどうやったら進化するわけ!? 色はウィッグとカラコンでしょうけど!」

「あ、こっちが素だからな」

「これが素!? ……奇異の目から避けるためってことね。私も中学はそうしてたし、わかるわ」


 うんうん。と勝手に納得したので、そういうことにしておいた。あながち間違ってもいない。だが、月曜日には色を戻そうと思っていたのに、この分では戻せそうにないのでいろいろ諦めた。月曜に登校した後のタイキの様子とか考えたくない。

 それよりも、レイアも同じようにしていたというのが気にかかった。


「あの、それより……」

「ああ、だから如月も色が違ったのか。俺を見ても動揺もないし、てっきり別人かと思ってた」

「高校デビューしたの。コウはシーナからここに入るって聞いてたから心構えはできてましたー」

「これでやっと学校でもレイアちゃんに話しかけられるー。でも短かったね」

「こんな予定じゃなかったのよ……」

「待って待って。俺を置いていかないで。説明を求めます!」


 勝手に話を始めた三人にアストは慌ててストップをかけた。どうやら三人は中学からの知り合いのようだが、関係がさっぱり分からない。

 アストの制止にそれもそうだと三人は落ち着き、コウがそれぞれを紹介する。


「如月は知ってるな。素はこれだ。同中で、中学時代は髪も目もこげ茶だった。まさかの高校デビューで別人かと思ってたが、今日で安心した。安定の如月だった」

「なにその『安定の如月』って。あんた私をどういうキャラだと思ってるわけ?」

「喧嘩っ早くてドジっ子」

「表出なさい。出ろ」

「レイアちゃん、落ち着いて」


 ドジっ子なのかは見ていないので判断がつかないが、喧嘩っ早いのは簡単に理解できた。学園での様子とは真逆の様子に面を食らうが、こちらの方が生き生きとしていて好感が持てる。

 シーナにポテトが冷めるからと口にポテトを突っ込まれて、レイアは大人しく食事を始めた。黙ったのを幸いにコウは説明を続ける。


「で、こいつが俺の幼馴染の久我シーナ。去年相談した幼馴染はこいつのことだ」

「ああ、あの子か」


 ちょうど半年くらい前、去年の秋ごろに相談を受け、その解決のために父の人脈を借りている。いまは解決のために色んなところにかけ合っているところで、成果が出るのはまだまだ先になりそうだ。

 そのことを謝ると、シーナは慌てて首を振った。


「いいんだよ。むしろそこまでしてくれて本当にありがとう。

 初めまして、久我シーナです。えーと、アストくん、でいいかな?」

「いいよ。俺もシーナって呼んでいい?」

「もちろん!」


 嬉しそうな笑顔を浮かべるシーナにつられて、アストも笑顔になる。ほのぼのとした雰囲気の可愛らしい子だ。

 コウも必死に頭を下げるわけだと去年の秋の様子を思い出してニヤニヤとした視線を親友に送る。嫌そうな視線が返ってきたが、すぐにニヤリと笑い返された。


「で、最後はこいつだな」

「うん。コウちゃんがいつもすごく強い剣術士だって話してる、アストくんだね!」


 ちょうど飲んでいたジュースが気管に入りかけてアストはむせた。汚いわねと呟きながらもレイアが紙ナプキンを手渡してくれたのでありがたく口元を覆い、何度か咳こんだ。心配そうなシーナに大丈夫だと手で示しながら、コウを睨みつける。完璧にやり返して勝ち誇った顔をしていた。腹が立つ。

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