11話:買い物をしたかった!
「大丈夫!?」
「ぐ、ぅ……っ!!」
クラスメイトの前だからと無意識に威力を押さえて展開した隔壁は、それでも初級魔法ならば完全に防げる程度には高い強度を持っているはずだった。
だが、想定以上の威力に隔壁がひび割れ、隙間から炎がアストの掌を焼く。炎の球なので一発防げば大丈夫かと思いきや、すぐにまた同じ威力の球が襲ってくる。先ほどよりも隔壁を強く張り直したのでこれ以上のダメージはないが、球は断続的にアスト達を襲い、身動きが取れない。
「ぎゃはっ! ぎゃははははははは!!! 燃え尽きろ! 消し済みになれえええ!!!
こんなショッピングモールで魔法を使うなど正気の沙汰ではない。さらに魔術回路に負荷がかかっているのか、男の体からバチバチと魔力の光が漏れていた。もはや酔っ払いではない。覚せい剤使用者だ。
このままでは男の命も危ないが、アストが動けばレイア達が危ない。
本気を出す覚悟を固めかけたその時、アストは後ろから走ってくる足音を確かに聞いた。
「遅ぇよ」
思わず悪態が出たが、その口元は笑みの形に上がっている。
球が途切れた瞬間を狙って左手をマジックポーチにつっこみ、紫の鞘の刀を引っ張り出して上空へと放り投げた。
その場のアスト以外の全員が刀を見上げ、そこに一人の人物が飛び込んでくる。
「コウちゃん!」
「頼むぜ、相棒!」
こげ茶の髪の少女とアストが同時にその人物を呼んだ。
空中で刀を受け取った砂色の髪の少年は、声援を受けて不敵に笑う。
「任せろ」
空中のコウに向かって男が炎の球を放つが、それを居合で叩き斬り、そのまま落下の勢いを殺さず片手で男を袈裟斬りした。
着地して再び刀を鞘に戻した瞬間、糸が切れた人形のように男は膝をつき、後ろに倒れて行った。不思議なことに血は出ておらず、それどころか斬り傷すらない。本人の魔法の影響で火傷が見られるが、男の外傷はそれだけだった。
男が完全に気絶しているかをコウが確認している間に、アストは庇った二人に声をかけようとして振り返る。が、こげ茶の少女がアストの脇を駆けて、男のそばにしゃがみ手慣れた様子で容体を確認し始めた。
「シーナ、癒すなよ。復活したら今度こそ死んじまうぞ」
「……わかってる」
どうやらコウの知り合いらしく、少女の頭に手を置きつつ釘を差している。少女は悔しそうな顔をしつつ、立ちあがってコウの服の裾を握った。
親密な様子が気になったがそれは後で問うとして、アストは振り返りレイアに声をかける。
「怪我はない?」
「あ、はい。助けていただき、ありがとうございました」
「気にしないで。俺が事態悪化させちゃったようなもんだし」
クラスメイトなのにお辞儀をするレイアに、相変わらず礼儀正しい子だなと笑みがこぼれた。先ほど男に対して強い口調で逆らっていたような気がするが、きっと聞き間違いだったのだろう。
「いいえ、あのままだとレイアちゃんが殴ってました」
「やっぱり安定の如月だった」
「ちょっと、二人とも!?」
聞き間違いではなかったらしい。男をどこからか取り出したロープで拘束したコウが、シーナと呼んだ少女とこちらに合流してくる。二人の言葉をレイアが慌てて撤回させようとするが、残念ながらアストはしっかりと聞いてしまっている。
「……どういうこと?」
思わず訊いたが、警備員と治安部隊が飛んできたので回答は後回しとなった。
男は治安部隊に連行され、アストたちも事情聴取と治療のために防災センター内の会議室に向かう。一人ひとり話を聞かれるかと思っていたのだが、担当者は面倒くさがって一気に聞くことにしたらしい。職務怠慢だと思ったが、アストたちとしてもさっさと解放されたいので文句はない。
「お前なー! 今回は防衛のための使用ということでセーフだけどなー! 魔法は使うなって言ってんだろー! しかも怪我してー!!」
「毎回すいません」
「本当にな!!! やめろよな!!」
アストの右手を治療しつつも文句を垂れ流す青年に、アストはただただ頭を下げる。中学時代からアストが事件に巻き込まれるたびに担当になっている隊員だ。
「物騒なもん持ってるし! 何この刀! これアレだろ!!」
「はい。特定の起動呪文で魔法の刃を作る魔導刀です。護身用です」
「ですよねー!!
これだから結城家は嫌なんだよ! なんだよ護身用でこんなめっちゃ高いもん持たすなよ!!
そんで? これで雷属性作って? 斬ったの?」
「加減はしました」
「うん、しないとな、死ぬよな。オレの仕事増えちゃうね」
撃退時に使用したものとして、紫の鞘の刀は先に提示してある。少し鞘から抜いただけだが、刃がないことと内部の魔術機構から物の特定はしていたらしい。隊員―フェルクメルは嫌そうに刀を見、すぐに視線を外す。容疑者の男に傷がなかったのも、コウが雷の刃でショックを与えて気絶させたからだ。
アストの治療を終え、フェルクメルは深くため息をついて頭を抱えた。ふわふわした金髪と童顔のせいで二十代前半に見られる愛らしい外見をしているが、もうそろそろ三十路の苦労人である。なまじ優秀で面倒見がいいので苦労を抱えやすいのだ。
レイア達には予め知り合いの隊員だと紹介してあるが、フェルクメルのはっちゃけた様子に目を丸くしていた。
少しの間頭を抱えていた彼は、もう一度深くため息をついてペンを手に取った。
「んじゃ、話を確認します。まずは如月さんと久我さん。
容疑者は専門店街に続くデッキ上で片っ端からナンパのような行動を取っており、如月さん達も声をかけられた」
「はい」
「それを断ったところ、強引に腕を掴まれてどこかに連れて行かれそうになった。明確にどこに連れていこうとしてたかはわからない」
「はい。「女は俺に黙ってついてくればいいんだ」と叫んでいました」
「おっと、新情報。待って」
複写式の紙にフェルクメルは新しい情報を書き込み、他に何を喋っていたのかを思い出すように言うが、レイアは引っ張られていて抵抗に必死だったことと、ろれつが回っていなくて聞きとれなかったと話す。
それも新情報だと書き込んだ後、今度はアストの方を向いた。
「で、お前は如月さん達が巻き込まれているようだと通行人の話を聞いて、現場に向かったと」
「そうです」
「如月さん達じゃない可能性は考えなかった?」
「少し考えましたけど、そうじゃなくても助ける気でいました」
「そうか。それで現場では既に如月さんが手首を掴まれ、強引に引っ張られていたので、お前が腕の急所をついて外させた」
「はい」
「男は「俺を見下して」など意味不明な言葉を喋っていたと。ろれつはやっぱり回ってなかった?」
「回ってませんでした」
「ういうい。それで、逆上されていきなり魔法攻撃をされ、防御し続けたと」
「はい」
「本当に隔壁以外使ってないよな!?」
「使う余裕なかったですってば!」
「そんならいいけどなー」
フェルクメルには実力を隠して学園に通っていることを喋ってはいない。喋っておけばクラスメイトと事件に巻き込まれる、現在のような事態に陥った時に配慮をしてくれるだろうが、余計な苦労をかけてしまうのは嫌だった。それに、フェルクメルが担当になるとは限らないので、こういう事態になったら諦めようと思っていた。
案の定レイアから探るような視線がばしばし送られてくる。後でちゃんと説明しておこうと思う。
「結城。お前の勇気と正義感は素晴らしいものだけど、もっと自分を大切にしような」
「……はい」
フィーナにも言われている言葉をフェルクメルからも言われて、これでも大切にしてるつもりのアストは肩を落とす。単独行動をしたいわけではないが、まだまだ体が勝手に動いてしまう。
そんなアストの様子を横目で見つつ、今度はコウの番だ。
「警備に通報してくれたのは砂山君だな。だけど、ここのモニターから結城のピンチを見て、そのまま駆けたと」
「すみません。いても経ってもいられず……」
「うん。友人を助けたいと思う気持ちはとても大事だ。だが、君も自分を大切にしてくれ」
「……善処します」
男子二人の様子に、フェルクメルは疲れたように笑う。言っても聞かない年頃なうえに、この二人は実力も並みの大人を凌駕している。実際、フェルクメルは純粋な魔法勝負だとアストに劣るし、剣術のみだとコウに劣る。経験でかろうじて勝てているが、彼らが高校卒業した頃には完全に勝てないだろう。
そんな二人だからこそ、大人がしっかりと見てやらないと、命を落としかねない。
この考え方がフィーナに評価されて、治安部隊内でこっそりとアスト担当にされているのを本人は全く気付いていない。
「それで、砂山君が結城の護身用の刀を使って、雷の刃で相手を気絶させた。と」
「はい」
「わかりました」
話を聞き終わると眉間にしわを寄せてフェルクメルは一瞬考えるそぶりを見せたが、首を振って改めて子供たちの顔を見渡した。
「オレ個人としては、お前らがそこにいてくれて良かったと思っている。
今回の件に関しては、お前らじゃないと確実にもっと被害が出ていた。如月さん達も下手したら死んでいたかもしれないし、あの容疑者は魔術回路が焼きついて死んでただろう。
だから、人命救助に尽力してくれたこと、オレ個人として礼を言う。ありがとう。
でもな。お前達は並みの大人より強いって言っても、守られるべき子供なんだ。自分の身を守ることを優先し、何でも自分達で解決しようとせず、大人を頼ることを覚えておいてくれ」
「「……はい」」
神妙に頷いた二人だが、フェルクメルからすれば言葉では理解していても体は勝手に動くだろうと予想できた。なぜならかつて彼も同じようなことをしたからだ。
今これ以上言葉を重ねても、自分が満足するだけで彼らの心には残るまいと、言いたいことを飲み込んで説教を終わらせる。素直な二人のことだ、ちゃんと真っ直ぐに受け止めてくれていると表情を見ればわかる。それに、同席している女子二人も神妙な顔でしっかりと聞いているので、いざというときはこちらがちゃんと止めてくれるだろう。
男子高校生はえてして同学年の女子には弱いものだ。
「んじゃ、これで事情聴取は終了します。後日また詳しい話を聞かせてもらうことがあるかもしれませんが、ごきょーりょくお願いしますっと」
お決まりの言葉で締めて、フェルクメルはペンを置いた。
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