10話:いざ、買い物へ!
コウに連れられて電車に乗り、降りたのは学園の最寄り駅。コウの家の最寄り駅でもある。
駅から学園と反対方向に少し歩いた先にある、雑居ビル二階の美容室がコウの知り合いの店らしい。ドアに書かれた開店時間より三十分早い時間なのに既に開いているようで、訊けば新人研修のワンコインサービスは営業時間前にやってるらしい。
おしゃれな外装に気後れしているアストをよそに、コウはドアを開く。
「おはようございまーす」
「コウ君おはよう。待ってたわよ~」
「七海さん、おはようございます。今日はお願いします」
「まっかせて~」
美人のお姉さんと笑顔で話している親友に驚いていると、七海と呼ばれたその人はアストの前まで近寄ってきて、じっと顔を覗き込んできた。
いきなりの至近距離に思わず身を引くと、何かが気になるのか七海はついてくる。もう一歩下がったところでコウの手が間に入り、ようやく我に返ったのか七海が慌てて離れた。
「ごめんごめん。黒髪赤目なんて珍しいから、ついねー」
「七海さん……」
思いがけない言葉に、アストが固まった。コウはわかっていたのか呆れた声を出すだけだ。説明を求めて見上げれば、白々しいまでの笑顔で親友は説明してくれる。
「言い忘れてたけどこの人、変色の魔法が一切効かないんだよ」
「先に言えよ!!」
「言ったら来なかっただろ」
「そうだけども!!」
ほれ、解け。と促されて、もうバレているのもあり、しぶしぶかけていた変色の魔法を解いた。
強化の魔法の一つで、自分の髪の色を違う色に見えるように魔力で覆う魔法だ。簡単な魔法なので強化魔法が使える者なら誰でも使えるが、魔力で覆い続けることになるので魔力が高く操作に慣れていないと恒常的に使用することは難しい。コウが使っても一時間、ミクにしても半日が限界だろう。
アストの場合は応用で目の色も変えているので、もはやチートである。
親友の夢を知っているので口にはしないが、こいつ素直に【賢者】になったほうが強いんじゃないかとアストの魔法を見るたびコウは思っている。
現れた黒髪と赤い瞳を店内の鏡で見てしまいアストは目をそらしたが、視線の先に七海がいたので目を伏せた。あからさまに避けられた七海は気分を悪くした様子もなく、コウと二人で来るように手招きをし、話しかける。
「その色、嫌い?」
「……中学時代、少し嫌な思いをしまして」
「赤とか青とかって魔力が高い証拠だもんねー。いじめられるよねー」
さらっと言っているが、七海の目の色は青い。経験者は語る、ということか。
何も言えないでいるうちに、ま、とりあえずこっちに。と背を押されて席の一つに座らされる。持ってきた鞄の置き場所に一瞬迷うもすかさずコウが預かり、待合席に移動してしまった。それを見送っている間に七海は手際よく支度を整えていく。
「さて、本当は新人の子がやる予定だったんですが、風邪を引いて出勤できないので、代わりに店長の私、七海が務めます。料金は五百イェンのままだから安心してね」
「え、いいんですか?」
「いいの~。私も滅多に触れない黒髪を弄れるから超嬉しい~」
「それならいいんですけど……」
髪をほどき、軽くブラシを通して七海はふむふむと髪質を確認している。
「それで、この髪をどうしたいの?」
「あ、伸ばしたいので整える程度でいいんですが」
「えー。ざっくり切らない? モテるよ?」
「……うぐぅ」
モテると言われると迷う。アストだって健全な男子高校生だ。髪を伸ばしたいのは中学に行かなくなってから髪を切っていないので、いっそ父のように長くしてしまうかと思っただけ。そこまで強いこだわりではない。
迷っているとコウが静かに近寄ってきて、ぼそりと呟いた。
「短いほうが服が合わせやすい」
「切ります!」
「即決!」
つぼに入ったらしく七海が笑いだし、アストは羞恥に頬を赤く染めた。コウはしれっと待合席に戻っている。
せめてコウとは違う方向で短くとお願いした。
カットを終え軽くセットまでしてもらって、次は雑居ビルの一階の店に入った。
買い取りもやっている古着屋のようで、持ってきた服を売り、これからの季節に使えそうな薄手のジャケットをゲットする。
荷物になるからとアストのマジックポーチに入れ、再び電車に乗った。座席はちらほら空いているが、二駅というのでドア近くに立つ。
そこでアストは自分が魔法をかけ直し忘れていることに気付いた。同じ車両の人達からちらちらと視線を向けられている。気付いていない風を装っているが、かなり気になる。
「……俺、目立ってる?」
「そりゃな。黒と砂だぞ。レアキャラもいいとこだ」
「ああ、コウの髪もレアだもんな」
総飛国の住民は茶色系や金色系の髪が大半を占める。異世界からの観光客や移住者で赤や水色などの他の色もよく目にするが、黒と砂は総飛国特有の色だ。相当なレアキャラと思われていても仕方がない。
「あと、俺達は一般的な感覚では格好いいに分類されるってこと、覚えとけ」
「え、達? いま俺も含んだ?」
「含んだ。つか、ツッコミどころそこかよ」
相変わらず自分の外見評価が低い親友の様子にコウは思わず笑う。しかしアストは大真面目に頷いた。
「だって、コウは格好いいから」
「……おう」
真っ直ぐな言葉は、時として強い衝撃を与える。
心にクリーンヒットしたコウはしばらく片手で顔を覆い、そんな様子をアストは不思議そうに見ているのであった。
電車を降り、次はバスに乗って着いたのは郊外の巨大ショッピングモールだ。映画館、大型スーパー、専門店街を専用通路で繋ぐことで各店を回りやすくしている。他にも野外ステージ付きの広場があり、夏になると夏祭りで賑わうらしい。
「で、どこに行くんだ?」
「とりあえず昼飯だな。フードコートで適当に食おうぜ」
「リョーカイ」
木製のデッキを歩きながら、フードコートが入っている大型スーパーの建物を目指す。休日だからか賑わっており、子供連れやカップルの姿が多い。男二人は目立つかと思ったが、そもそも髪色で目立っているのでもう気にしないことにした。アイドルってこういう心境なのかなと現実逃避をしてみる。
建物に入ろうとして
――助けて。
「!?」
突然聞こえたその『声』に、弾かれたようにアストは振り返った。
「どうした?」
「……魔力の声で、助けてって」
「……7属性がいるってのか?」
属性魔法は自身の周囲の魔力に干渉する力が強い。属性を多く使えるほどその影響力は高く、7属性以上同士だと魔力を介して会話することも可能だ。
今アストが感じ取ったのは、その『声』だった。
明確に誰かに助けを求めたわけではなく、全方位に無意識下に流した感じの『声』だったが、アストが周囲を見ても彼以外に察知した人間はいないようだった。
焦る親友の様子に、ひとまずコウは出入り口の前から移動し、周囲を警戒する。魔力の会話、念話のことはフィーナから聞いているのでコウも知っていた。7属性も持っている者がそこまで弱いはずがないのに、助けを求めると言うことは何らかの異常事態が近くで起きてる可能性がある。
「お前からコンタクトは?」
「……罠の可能性を考えると、ちょっとヤダ」
「……確かに」
小学生の頃、聞こえた助けを求める『声』に反応してしまって逆に攫われた過去がある。その時は自力で抜け出したが、もう迂闊に反応しないと心に決めたのだ。
こんなショッピングモールで罠を張るような組織はないと思うが、それでも動くわけにはいかない。
「あの酔っ払いしつこかったねー」
「次のターゲット、灰色の髪の子みたい。ちょっと可哀想ねー」
動くべきか悩んでいて、聞こえてきた女性二人の会話にアストとコウは顔を見合わせる。
「灰色って……」
二人が思い当るのは物静かなクラスメイトだ。ここは夏杉学園から遠くない。生徒が利用していても何ら不思議はない。
「行こう!」
「あ、おい! 待てって!」
コウの制止の言葉も無視して、アストは索敵魔法をかけて走り出した。索敵魔法は相手の魔力を知っていれば人探しにも使える魔法だ。レイアの魔力は、光属の授業で見てしっかりと覚えている。
そう遠くない、専門店街に繋がるデッキにレイアはいた。酔っ払いに腕を掴まれて引っ張られている。レイアの傍にはこげ茶の髪の女の子が怯えた様子で辺りに助けを求めるように見回していた。
「だから、行かないって言ってるでしょ! 離してッ!」
「うるっせぇ! どいつもこいつも見下しやがって! 俺は■×▽○△!!」
まだ若い外見の男は酔いが回り過ぎているのか、別の理由か、ろれつが回っていなかった。全く聞きとれないことを喚きながらレイアの手首を離そうとしない。周りはそんな様子を遠巻きに見ているだけで、助けようとする人は誰もいなかった。
――助けて!
そして、『声』は先ほどより強く、レイアから放たれた。
もはや迷うことなくアストは踏み出し、酔っ払いの肘を掴む。
「おっさん、いい加減にしとこうぜ」
「いっだだああああ!!」
レイアが抵抗していて、相手が腕を伸ばしていたのが幸いし、腕の急所をつくことができた。
悲鳴を上げてレイアの腕を離したので、アストも手を離す。よっぽど痛かったのか男は肘を押さえて二・三歩後ろに下がり、アストを睨みつけた。
「ガキが!! 俺を見下してんじゃねえええ!!!」
「んな!?」
逆上した男が片腕を突き出した瞬間、魔力のうねりを感じてアストは咄嗟にレイア達を後ろに庇い、右手を突き出して隔壁を展開した。
「俺が命じる!! 荒れ狂え炎! 燃やしつくせ!!
直後、炎がアストたちを飲み込んだ。
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