8話:久々の一家団らん

「アストーー!! 良かったぁぁぁ!!」

「ぐっふ!!」


 帰宅するなりミクがすごい勢いで突進をかましてきた。倒れなかったものの強化が一瞬遅れて息が詰まる。アストもそうだがミクも無意識で魔法を使うので、強化魔法を使わないと大怪我をする。


「姉ちゃん……こんな調子でみんなに抱きついてないよな?」

「あんたなら受け止められるでしょ! 心配かけてもう!!」


 どうやらミクは無意識ではなくアストなら受け止められると信じて使用しているらしい。心配かけてしまったことはわかっているので甘んじて受けるが、加減はしてほしいと思う。

 フィーナに肩を叩かれ、ミクはアストから離れる。そのタイミングで父が出てきた。


「おかえり、アスト、フィーナ」

「ただいま、父さん」

「ただいま」

「早く手を洗って着替えて来い。ご飯はもうできてるぞ」

「「はーい」」


 ロクロに促され、母と並んで洗面所で手を洗って、急いで着替えて配膳を手伝おうとすると席に座ってるように言われた。


「今日はあんたが主役なの! 座ってなさい!」

「えー……」


 四人用のテーブルに載った料理の数に父がどれだけ喜んでくれているのかが分かる。ここまで喜ばれるほどのことじゃないと照れつつも、アストは大人しく席について待った。

 どれもアストの好物なのがまた嬉しい。だがさすがにステーキとハンバーグは一緒に食べれないので、ハンバーグは煮込みにしてもらおうとひっそりと思った。明日の朝ご飯でもいいかもしれないし、コウも来るので昼飯にしてもいいかもしれない。

 全員が揃って食卓についたところで、アストは明日のことを思い出した。


「あ、明日はコウと服見に行くから」

「お。アストもおしゃれデビューですかな?」

「うっせーやい」

「友達のほかに好きな女の子も出来たのか?」

「違うよ。コウを見てると自分の私服がちょっとダサいなと思ってさ」

「あんた中学からずっと同じ服だもんね」

「いいじゃない。行ってらっしゃい。お金は足りる?」

「たぶん……? 持ってる服によってはそこそこ買うみたいなことは言ってた」

「それじゃ少し出してやろうか」

「いいの?」

「祝いだ、祝い」

「やったー!」


 両手を上げて喜べば姉にお子様なんだからと笑われる。それでも予算が豊富で服を買いに行けるのは嬉しいので、お子様でいいと聞き流す。

 その後、ミクがアストの友達について話しだし、アストがそれに突っ込みを入れながら嬉しそうに解説を入れるのを両親は嬉しそうに聴いていた。

 <躍る牡羊亭>のことを話すと、ロクロは面白そうな顔をし、フィーナは心配そうな顔をした。ミクは私の頃に出来てよと文句をぼやきながら料理に手を伸ばしている。


「話は聞いていたが、本当にやりやがったか」

「私の方にも話が来ているわ。アスト達は心配していないけれど、他の子が基準を満たすか……」

「そこは要観察ってところだな。<紅蓮と鋼>もそこにいるんだろう?」

「あ、そうそう! いたよ!!」

「はぁぁ!? <紅蓮の金星と鋼の銀星>がいるの!?」

「そうなんだよ! すげぇ格好良かった!!」

「まじかー!! 私明日そこいく!」

「サインとか求めんなよ!?」

「握手ぐらいはいいでしょ! 銀星は私の憧れなんだから!!」


 そう、ミクはロクロが話す銀星の物語に憧れ、魔導銃を愛用している。ただし、身体能力の高さを十分に生かすために、近接格闘術と超至近距離での射撃を組み合わせた体術、銃撃格闘術を主としているので、銀星とは戦闘スタイルが全く違うが。銃もそのために特注しており、現時点でミク以外に使いこなせる者は一人もいない。

 興奮するミクは放置して、アストは父に言わなければならないことを思い出しむくれた顔を向けた。


「それよりも、父さん酷いよ。元剣聖ってなんで教えてくれなかったのさ」

「ん? 言わなかったか?」

「言ってねーよ! 最強とは聞いてたけど!」

「最強の剣豪っつったら剣聖だろう」

「誇張かと思ってた!」

「あ、それ私も思ってた!」

「あらあら。酷い言われよう」


 子供たちの容赦ない言葉に、ロクロは憮然とした表情を浮かべる。フィーナは楽しそうに笑いながらもフォローを入れようとするが、ロクロ自身がそれを止めた。


「良く考えろ。【賢者】の母さんと結婚しようと思ったら、剣聖になるしかないだろう?」


 あら。とフィーナが照れて頬を染めるのをミクが意外そうに見、アストは言葉の意味を呑み込めずにしばし瞬きを繰り返した。


「…………え、それで剣聖になったの?」

「そうだ」

「それだけでなれるもんなの!?」

「それだけとはなんだ! 努力と愛の力は偉大だぞ!」


 まさかの理由で剣聖になったと言われてアストは頭を抱える。並大抵の努力ではなかったとわかるのだが、まさか恋愛事で剣聖を目指す人がいるとは思っていなかった。それが一番尊敬している父とは。

 格好いいイメージが崩れていくのを感じつつ、元とついているのに気付いて顔を上げた。


「そうだ。今の剣聖はきっと違う理由で目指したはずだ!」

「アスト。言いにくいが、まともな理由の奴のほうが少ないぞ」

「嘘だー!!」

「お前だってカッコいいからって理由で剣術士目指してるだろう」

「それとこれとは違いますーぅ!」

「根本は同じだぞーぅ」

「やーだー!!」


 まだまだ高校一年生。夢を見ていたいお年頃である。




 父のカミングアウトに衝撃を受けつつ食事を終え、風呂に入ってリビングに戻ると、先に風呂に入っていた姉が髪も乾かさずにソファに体育座りをしてテレビを見ていた。


「風邪ひくぞー」

「ドラマの初回なのー。あとで乾かす」

「あーもー」


 どうせ自分も乾かすのでついでだと、指を鳴らして火の魔法を使い髪を乾かす。指を鳴らさなくても出来るが、なんとなく気分だ。

 ドライヤーで乾かすよりも上手くふんわりと乾かせたことに満足していると、ミクが嫌そうな顔で見ているのに気づいた。


「……なんだよ」

「べーつーにー」


 気になって問う声が思ったより不機嫌になったが仕方がない。

 ミクは答える気はないようで、嫌そうな顔のままドラマに向いた。それがまた腹が立つのでミクの肩にかかったバスタオルを回収しに近寄りながらもう一度問う。


「なんかあるだろ、それ」


 回収して後ろで待っていると、ドラマから目は離さず、ぽつりと答えが返ってきた。


「……あんた、剣術士になりたいくせに、属性魔法使うの躊躇わないわよね」

「何言ってんだよ。日常では便利なんだから使うだろ」

「そこ! そういうとこ! すごい矛盾してるなーっていまさら思ったの!」


 思いがけない言葉に、アストは固まった。

 弟の様子に気づかず、もう言っちゃえといわんばかりにミクは言葉を続ける。


「前から思ってたけど、剣術士になりたいなら属性魔法を捨てて、その分を剣の修行に当てたらいいじゃない。それなのにちゃんと訓練してるし、杖も持ってる。

 そもそも、あんたなんで剣術士になりたいの? かっこいいからって言うなら、魔法を使ってるあんたの方がよっぽどかっこいいんだけど」


 姉からの意外過ぎる言葉に思わずアストは探査の魔法をかけてこれが本当に姉かどうかを調べてしまった。間違いなくミクであると結果が返ってくる。当たり前だが。

 口の中で小さく言われた言葉を反芻し、信じられない思いで首を振る。


「それって身内フィルターかかってるでしょ」

「まぁね。多少はね。でも、それ抜きにしてもあんた魔法の方がいいわよ」

「あー……」


 ドラマがちょうどCMに入り、ミクがわざわざこちらに振り向いた。これはちゃんと理由を話さないと納得してくれないだろう。

 ちらりと父の方を確認すると、キッチンで鼻歌交じりに皿洗いをしている。トマトソースの匂いがしていることから、先ほどのハンバーグを煮込みハンバーグにしてくれているらしい。

 しばらくはこちらに来ないだろうと判断して、アストはしゃがみ込み、なるべく姉の耳元近くに顔を寄せる。ミクの方も頭を寄せてきた。

 笑うなよ? と前置きをしてから、


「……父さんのようになりたいんだよ」

「ぶっはーー!!」

「やっぱ笑いやがった!!」


 言うんじゃなかったと思っても、もう遅い。恥ずかしさに顔が赤くなっていくのを感じながら、笑い続ける頭を無理やりテレビの方へと向けた。

 楽しそうな子供たちの様子にロクロが何だろうと見てくるのを、手を振って何でもないと必死に誤魔化していると、笑いが収まってきたミクが楽しそうに言う。


「んじゃ、あんたも母さんみたいな人を見つけなきゃねー」

「それを言うなよ……」


 イメージが崩されて負った心の傷はまだまだ痛む。

 ぐったりとソファの背もたれに顎を載せる弟の頭を、姉は楽しそうに撫でるのだった。

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