7話:普通の高校生は空飛べない

 憧れの人たち本人の前で武勇伝を熱弁してしまった恥ずかしさと、会えた喜びがないまぜになって少年達の興奮は止まらない。

 そういうところは高校生なんだなと思いながら、ウィリアムは熱い視線を受け流した。受け流し切れなかったアールは店の厨房に逃げている。冷蔵庫を開ける音と器具を取り出す音、オーブンが動く音がし始める。どうやら何かを作り始めたようだ。


「アールは感情が高ぶり過ぎると菓子を作る癖があってな」

「知ってます! それがまたおいしいって話ですよね!」

「高ければ高いほど、凝ったお菓子が出てくるって!」

「俺たちのプライベートはどこ行った……」

「有名税やなぁ」


 頭痛がしてきて眉間を押さえるウィリアムを見ながらユウキがカラカラと笑った。

 流石にそろそろ失礼にあたるかとアストとコウはぬるくなったコーヒーに口を付けて落ち着きを取り戻す。この店に来てから、否、この店の前を通った時から驚きの連続で、そろそろ疲れてきたのもある。

 すっかり忘れていた契約書ももう一度しっかりと読みなおし、記名欄にサインをする。それをユウキに揃って差し出し、店長はきちんと確認したうえで受理した。


「はい、受理します。これで晴れてうちの依頼が受けられます。まぁ今はまだないけどな。

 冒険者の酒場としての稼働は来週末を予定しとるから、それまではカフェとして利用してくれてええで~」

「え、嫌です」

「なんで!?」

「男子高校生にカフェ利用を求めるのは間違ってると思います」

「デスヨネっ!!

 でもでも、ここにはキミらの好きな<紅蓮と鋼>がおるんやで!?」

「頻繁にファンに会いに来られたら、お二人が疲れるでしょう」

「ファンの鏡っ!!

 ほなほな、彼女とか女友達とか連れてくれば!」

「彼女作る気はないです」

「女友達誘うとかレベル高すぎて無理です」

「男子高校生ってこんなもんかっ! こんなもんやったわ!!」


 まるで漫才のような会話に、ウィリアムが噴き出した。なんだろうと顔を出してきたアールに笑いながら事情を説明すれば、彼女も楽しそうに笑いだす。

 アストとコウも店長が本気で悔しがっているのを見て笑い出した。


「ええい! 今日はこれで終いや!」


 言い捨てるとユウキはアールに代わって厨房に引っ込んでいく。

 それこそ漫才の閉めの言葉だとは誰も突っ込まなかったが、面白さに笑い声はしばらく続いていた。




 アールの菓子が出来上がるまではいたらいいとウィリアムに勧められたが、家で父が待っていることを思うとそこまで長居はできなかった。店に入ってすでに二時間は経っていて、外はもうすっかり暗い。

 問い詰めたいこともできたので、アストはまた月曜に顔を出すことを約束して家路を急いだ。


「んじゃ、明日な」

「おう!」


 道の途中でコウと別れ、更に急ぐ。ミクは先に帰っているようで、早く帰ってきなさいとのメールが届いた。

 電車に揺られ最寄り駅につき次第、急ぎ足で駅を出て、人の流れが少なくなった辺りから駆け足になる。



 ――――そして、ソレは其処にいた。



「――ッ!?」


 一瞬ぐらりと景色が歪み、アストは自分が何者かの結界に足を踏み入れたことに気付いた。

 目の前に在るのは、人の形を取った影。


「うっそだろ……!?」


 ソレは、まかり間違っても住宅街にいてはいけない存在。

 アストはソレを知っていた。母に警戒するように幼い頃からずっと教えられていたからだ。

 しかし実物を見るのは初めてで、隠し持っていたマジックポーチから自分の剣を構えられたのは日ごろの訓練からくる反射だった。

 ソレは、まだ現実を認識しきれていないアストに向かって影の一部を鞭のように伸ばしてきた。


「ッ!!」


 これもまた反射で避け、やっと現実を認識した。鞄をマジックポーチに放り込み、愛用の剣を構える。


「魔導生物、通称:シャドウ。魔力の補給源の存在が他に確認できないことから自働型。網にかかった特定の魔力以上の者を捕らえるとかそういう感じ?」


 再び伸ばされてくるシャドウの鞭を剣で弾きながら敵の分析を終える。呟いているのは自分を落ち着かせるためだ。

 良く見れば単調な攻撃を弾きながらアストは冷静さを取り戻していく。伊達に二十回以上誘拐に遭っていない。敵こそ初めて見るものだったが、非常事態には慣れていた。


「母さんのお言葉! 自働型シャドウはスライムと一緒! 核を叩け!」


 ここで、一つ。アストには致命的な弱点がある。

 彼には元剣聖の血が流れているにも関わらず、剣の才能が欠片もない。そして、運動神経も並みしかない。敵の攻撃を捌けているのは、日々の訓練と身体強化の魔法のおかげである。

 訓練と魔法のおかげで高校生にしては強い方になるのだが、運動神経が並みしかないことが足を引っ張っていた。

 つまり。


「あだっ!」


 攻撃の合間を縫って走ろうとした瞬間、意識と身体が一致せず、足がもつれて転んだ。

 魔法を無意識化に操れてしまうため、逆に身体が追いついてこないのだ。ギアがかみ合ってないのにアクセルを踏んだような空回りを起こしてしまう。

 その隙を見逃さず、シャドウが鞭を伸ばしてくる。


「あーもう! 畜生!」


 アストが文句を叫ぶのと、敵の動きが止まるのは同時だった。発動の早い風の刃がシャドウの核を的確に切り裂いていた。

 シャドウの消滅を意識の端で確認しつつ、立ちあがって服の埃をはたいて落とす。強かに打った鼻に触れると血が出ていたので治療し、マジックポーチに剣をしまい、代わりに鞄を出してティッシュで鼻血を拭いたところで結界が割れるように消えた。


「結局使っちまった……くそぅ……」


 初級すべてと中級の一部の魔法なら、詠唱も動作も必要なくアストは発動できる。それでも魔法を使いたがらないのは、彼はあくまで剣術士になりたいからだ。

 転んでしまったことが悔しく、少し滲んだ涙を誤魔化すように空を睨む。そのおかげか、上空から飛んでくる人物に気付き、慌てた様子が珍しくて涙が引っ込んだ。


「アスト! 大丈夫!?」

「母さん!? えと、大丈夫だけど」


 目の前にふわりと降り立ったのは、【賢者】である母――フィーナだった。

 身長と同じ長さの杖で軽くアストに触れて、異常がないことをさっと調べると安堵の息を吐いた。


「帰ってる途中であなたの魔力が消えたから、慌てちゃったわ」

「ごめん」


 心配させたことに謝りつつ、真っ先に飛んできてくれたことが嬉しくて、アストは口元が緩むのを止められなかった。

 慌てた姿を見せたことをフィーナは少し恥ずかしそうに笑いながらアストの安全を確認して、今度は治安部隊としての仕事を始める。周囲に同じ敵が存在しないかを確認し、残存していれば討伐、いなければ安全報告をしなければならない。

 【賢者】であるフィーナは、総飛国の治安を管理する部隊の幹部を務めている。現場を経験することなく幹部になったのだが、息子がよく突発事態に巻き込まれるため現場の仕事も覚えてしまった。


「仕事しながらでごめんね。何に襲われたか報告してくれる?」

「あー。自働型のシャドウだった。結界に引きずり込むタイプ」

「シャドウ!? まさか剣で戦ったの?」

「あー……最初は。また上手くいかずに転んで、結局は魔法使ったけど」


 先ほどの失敗を思い出して顔を伏せる。母の前で魔法を否定するようなことは言いたくなかったが、それでも悔しい。

 アストの気持ちを汲んで、自分ではなく夫を追っていることに若干嫉妬覚えつつもフィーナは手を止めずにほほ笑んだ。息子の成長は、純粋に嬉しい。


「そう。それで良かったのよ。剣で核を壊すこともできるけれど、あなたが持っている剣では不可能だから」

「え、これじゃ無理なの!?」

「シャドウの核は魔法じゃないと壊せないの。剣に魔法を付与しようとしても、その剣では耐えきれずに壊れちゃうわ」

「……安物?」

「まさか! お父さんが厳選に厳選を重ねた業物よ。でもそれは、私やあなたのような人が使うようにはできてないだけ。

 お父さんはちゃんと剣術士のための剣を選んでくれてるわ」

「そっか……」


 マジックポーチの中の武骨な愛剣を思い浮かべて、アストは一瞬とはいえ安物扱いしたことを心の中で謝罪した。そして選んでくれた父にこっそりと感謝する。

 会話している間にフィーナはこの地区の担当者に引き継ぎを終え、大きく伸びをした。


「ん。ガーヴァーの目撃例があるから、あれから落ちたみたいね。空戦部隊はもうちょっと仕事してほしいわ」

「この時期はどこも新人だらけなんでしょ? そういうこともあるよ」

「そうだけどね」


 ガーヴァーとは全長60mを超す、真っ白で巨大な怪鳥のことだ。基本的には温厚な性格で、よっぽどのことがない限り地上の者を襲うことはない。また滅多に姿を見せないことから、見た者には幸運が訪れると言われていた。高い魔力を持つため体に複数のシャドウがくっついており、それがたまにあちこちに落ちてくるため、空戦部隊が市街地などには近づけさせないようにしている。

 だが、4月はどこも新人が出てくる季節だ。失敗していたとしてもおかしくはない。というか、60m越えの鳥が突っ込んでくるのは正直怖い。中学時代に母に社会見学として体験させてもらったが、あれは怖かった。フィーナにしてみれば見慣れたどころかその辺の小鳥と同じ扱いだろうが。

 突出した才能があるとどこか常識と外れるんだよなぁ。などと他人事のように思いながら、アストは母が飛んで帰ると言うので一緒に飛んで帰った。


 自分もまた常識外れなことをしているとは、夢にも思っていない。

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