6話:驚きは三度
落ち込んでしまったアールの代わりに、淹れたてのコーヒーを持ってユウキが席に着いた。
コーヒーを渡し終えた後、頭を下げる。
「えー、まずは試してごめんなさい。
二人はとても将来有望な生徒としてクロスに紹介されてたもんやから、どれくらいの実力か見させてもらいました」
「……あれだけでわかるもんですか」
「わかるよ」
コウの棘のある言葉に、ユウキは真剣な表情で顔を上げた。店長にあまりにきっぱりと告げられ、不愉快気に眉を寄せて睨む。コウも相対しただけで底知れぬ相手だとわかったのだから、相手もわかって当然なのだが、それでも剣を交えもせずにわかると言われると、逆に弱いと言われているようで腹が立つ。
そんな彼の感情もわかっているのだろう、眩しそうに目を細めて、店長は続ける。
「そら、戦闘の実力は剣を構えてもらわんとはっきりとはわからんけど、俺が見たかったんはそこやない。
俺が見たかったんは、『自分では対処できないものと遭遇した時にどうするか』。
キミらは自分の間合いまで退いたうえで、立ち向かうことはせずにすぐに逃げる判断を下した。互いに合図もせず、それでいて息はぴったりに。判断力、コンビネーション、どれをとっても群を抜いとる。
いい師匠に鍛えてもらっとんな」
ミクがアストとコウに口を酸っぱくして言い続けたことの一つに【勝てない相手とは戦わない】というものがある。
できることなら戦いを避ける。どうしようもないときは、逃げて生き延びることを最優先とすること。その教えがちゃんと自分の中に根付いているのだと実感して、アストは少しだけ誇らしくなった。
コウの方も納得はできたようで、不満げな表情のままだがユウキに対して態度を少し和らげた。
二人は気付いていない。高校生という年齢で即座に逃げる選択肢を取れることが、どれだけすごいのかを。
「お前、あの年齢で出来たか?」
「出来るわけないでしょう」
「俺もだ」
ウィリアムとアールはぽそぽそと喋りあい、改めてあの二人の実力の高さに戦慄を覚えた。自分の実力を把握したうえで、客観的な判断を下す。新米冒険者が新米を卒業するころに身につけるスキルだ。むしろ、このスキルを身につけてやっと卒業、とも言える。実戦経験も少ないだろうこの二人の身に染み付いているのは、それだけ周囲の大人たちから鍛えられているということである。
「それで、本題や」
こほんと咳払いをしてユウキはサングラスを外す。翠の瞳がまっすぐに二人を見つめた。
「結城アスト君、砂山コウ君。キミ達二人でうちの依頼を受けてもらえへんやろか?」
「いいですよ」
「せやな。いきなり試すような……って、なんやて?」
断られると思っていたのだろう、言葉を続けていたユウキは、あっさりと頷かれて聞き間違いかと耳を疑った。
アストの兄に似た翠の瞳を見つめて、アストとコウはしっかりと頷いて見せる。
「だから、やりますって」
「小遣い稼ぎになって」
「冒険者としての経験を先に積める」
「そんでタダでコーヒー飲める」
「うんうん。いいことだらけじゃないですか」
「ちょ、なんで勝手にコーヒータダになっとんの」
打ち合わせでもしていたかのようにテンポよく進むアストとコウの掛け合いに、慌ててユウキが突っ込みを入れた。言った覚えのない項目が当たり前のように追加されていて焦る。もしかして言っていたかと勘違いするくらいのスムーズさだった。
学生二人は不思議そうな顔で顔を見合わせ、
「大人の都合に振り回された慰謝料です」
アストの清々しい笑顔とコウのひどく真面目な表情に、アールとウィリアムが同時に噴き出した。ユウキが笑いごとではないと困ってみせるも、店員と専属冒険者は笑い続ける。
「いいじゃないですか。依頼を受けてくれる高校生は、ドリンク一杯タダ!」
「俺もそれがいいと思う。依頼の打ち合わせもここでやってもらえりゃ、軽食ぐらいは食うだろ」
「それは……」
「ドリンクの幅を狭めれば損もそこまでないですし」
「あ、コーヒーと紅茶と、果実系と炭酸系が一つずつぐらいで十分だと思います」
「あとお茶」
「ほら、現役高校生のお言葉だ」
全員に畳みかけられて店長が唸る。渋い顔で腕を組み悩みだしたのでアストが言い募ろうとして、アールが制止の手を出した。口に人差し指を当て、悪戯っぽく笑う。結果が何となくわかっているようだ。ウィリアムも喉奥で笑っている。
ユウキは期待した顔で見つめる学生二人をちらりと横目で見、あごの下に皺を作る。そして笑っている店員たちを見、思いっきり顔をしかめて、腹の底から深くため息を吐きだした。
「わーかった! わかりました! 選べるドリンクは要検討やけど、実施しましょう!!」
「よっし!」
ハイタッチを交わす少年達を見て、ユウキは仕方ないかと笑った。確かに大人の都合で振り回すのだから、多少のサービスやフォローは必要だろう。それに友達を連れてきてもらえたらカフェとしても儲かるので、宣伝費と割り切ることにした。
「ほな、二人はこの契約書にサインしてくれ。ちゃんと読んでや」
「「はい」」
内容は守秘義務が生じること。依頼が終わってもそれは継続すること。など、冒険者として基本的な項目が並んでいた。唯一、高校生らしい文言は一番下に。
『依頼の貢献度が高評価の者は内申点に加算する』
「「一番下ああああああ!!!!」」
「どうした!?」
「なにか!?」
「え、何かおかしかった!?」
突然叫びだした少年達に、大人たちが焦る。
ウィリアムが席を立ちアストの契約書を覗き込んで、無表情になり無言でアールを手招きした。不思議そうにしながらアールも近づいて契約書に目を通す。二人は納得したように頷き合い、店長を呆れた目で見つめた。
「こんなセールスポイントがあるなら、最初から言うべきだろ」
「相手は高校生ですよ? 内申点に加算なんて喜んで依頼受けるに決まってるじゃないですか」
「そ、そこまで? 最近の子は内申点とかすごく考えるん?」
「当たり前でしょう!!」
おろおろと戸惑っている様子のユウキの言葉に、アストとコウが机を叩いて立ちあがる。蹴倒してしまった椅子をウィリアムたちがそっと直してやったがそれに気付いた様子すらない。
「考えますよ!! 夏杉学園大学部の門がどれだけ狭いか!!」
「大学部にいる元剣聖の指導を受けるために俺達は真面目に勉強してるんですよ!?」
「……え。まじで」
「マジです!!」
力説する少年達に、ユウキは戸惑った表情に困った表情を加えた。器用な男である。
言うべきか言わざるべきかを迷っている様子に、ウィリアムとアールは顔を見合わせた。気付いていないことが分かったユウキはアストを指さす。
「ほら、二人とも気付かん? 『結城』アストやで?」
「……え、まさか」
「結城ロクロさんの息子か!?」
「え、はい」
父の名前が出されてアストは頷く。驚いている様子に今度はアスト達が顔を見合わせた。
ユウキが覚悟を決めた顔で少年二人を見上げる。
「大学部におる元剣聖の名前は、結城ロクロ。アスト、お前の父さんや」
「「はああああ!?」」
ひとまず落ち着こうと席に座らせ、すっかり冷めたコーヒーを入れ替えて飲むように勧めた。ユウキも同じようにコーヒーを持ってきて一口飲む。
ウィリアムたちも定位置についてコーヒーを飲んでいた。アールは大きめのマグカップを両手に持って飲んでいて、どことなく女子っぽかった。
「そりゃ判断力とコンビネーションが身につくわな」
「あの人の指導、容赦ないですもんね」
「お二人も大学部に?」
遠い目をしているウィリアムたちにアストが問うと疲れた顔で頷かれた。
じゃあ……! と目を輝かせる少年二人に首をかしげていると、爆弾が投下される。
「<紅蓮の金星と鋼の銀星>ってコンビ、知ってますか!?」
「俺達ファンなんです!!」
ユウキが笑い崩れて床に転がった。手に持っていたはずのコーヒーカップはちゃんとソーサーに置かれているので被害はない。
ウィリアムは無表情で顔をそらし、アールは曖昧な笑みを浮かべる。
大人たちの反応に不思議そうにしながらも純粋な少年達の言葉は続く。
「大学時代の武勇伝はよく父から聞かされてて! デンデン川での突然変異したコモドンオオトカゲとの戦いとか!」
「毒トカゲに変異していたあれな……」
ぼそりとウィリアムが呟くが誰にも聞こえていない。
「ソーレンの丘で大量発生したスケルトン討伐とか!」
「生徒の無断実験で起きたあれですね……」
遠い目をしてアールが呟いているがやはり誰にも聞こえていない。
「あと、学園祭での暴走モンスター事件とか!」
「ど、どんな事件やったん?」
笑いから復活し、何とか椅子に這い上がってきたユウキが面白そうだと訊いてみる。後ろから猛烈な抗議の視線を感じているが無視。少年達は気付かずによく訊いてくれましたと力説を始める。
「金星と銀星ってイケメンと美女のコンビらしくて、学祭のファッションショーに出ていたそうなんです。
そこに暴走した魔猪が乱入してきて、会場は一時騒然!」
「ですが、ちょうどステージに出ていた銀星が得意の障壁魔法で魔猪を妨害!」
「その隙に隠し持っていた魔導槍を構えた金星が、魔猪の横から鋭く重い一撃を放ち、会場の外へ!」
「全長6m越えの大物を、一撃で40m以上吹き飛ばしたそうですよ!」
「なおも立ちあがろうとした魔猪を、二人は協力して必殺の砲撃魔法で焼き猪にしたそうです!」
「魔猪はファッションショーをぶち壊そうとした奴らの差し金だったんですが、そいつらも一網打尽にしたとか。
あ、二人のコンビ名もこのときについたそうで。燃えるような紅蓮の槍を使う金の瞳の男と、青みがかった鋼の魔導銃を使う銀の瞳の女性だったそうです」
「あ。そういえばアールさんと同じ目の色ですね。御親戚ですか?」
ユウキは再び床に沈んだ。ウィリアムは冷たい視線で店長を見下ろす。殺気すら滲んでいるが、当然ながら少年達は気付かずにいる。
問われたアールは手に持っていたマグカップで顔を隠した。その耳が真っ赤に染まっている。
「…………です」
「え?」
小さな声で答えられるも、聞き取れずにコウが訊き返す。
店長を睨むのをやめたウィリアムが、深々とため息をつきアストとコウを見て口を開いた。
「だから、それは俺たちだ」
三度の驚愕の叫び声が店内に響いた。
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