4話:『答え。剣術士になるために』

 幻想世界・アザワース。

 そこは剣と魔法と機械の世界。

 地球という世界が今から二百年ほど前、異世界からの侵略を受け、逃れるために別の異世界の英雄たちの力を借りて次元を切り離し生まれた世界と言われている。

 切り離したもののそのままでは消えてしまい、結局また地球を狙われることを危惧した当時の英雄たちは、狙ってきた異世界――チェーリアと自分たちの世界――アルドを繋ぎ合せ、幻想世界・アザワースを創り上げた。


「だが、創り上げたことでアルドからの助力は尽きてしまい、仕方なく世界の維持のために一つの国に力を集約した。それがここ、総飛国だ。

 チェーリアの侵攻はまだ続いていたため、結界を張り、道だけを維持。侵攻のルートを制限した形だな。

 そうやって抵抗しつつ技術を発達させていき、アルドとの国交復活と夢幻世界との交流開始もあり、結果、現在の魔法科学に発展した。

 チェーリアの国政が安定したため、現在は結界は維持しつつも道は許可証さえあれば通れるようになっているから、チェーリアとの交易も盛んである。

 ――とまぁ、ここまでは中学までの総復習だ」


 眠たくなる昼過ぎの、これまた眠たくなる歴史の授業。

 スクリーンに書かれている要点を眺めつつ、アストはあくびをかみ殺した。


 今から一時間とちょっと前。

 友達を引きつれてミクと合流したら、感動のあまり涙を流しそうになり、しかしそこは年長者の意地で堪えて、嬉しそうな笑顔で「弟をよろしくね」とアストを恥ずかしがらせ。タイキはその表情にノックアウトされて、「お任せください!」なんて言ってカズヒロとソラに生ぬるい視線を向けられた。

 食べたいものが違ったのでその場で別れて、向かった学食ではミクは嬉しすぎて始終ハイテンション。しかも止める間もなく父と母にメールを飛ばしてしまったので、今日の晩御飯はきっとごちそうだろう。

 そして食べ終わって帰ってきたら男子達、主にタイキのテンションが高くて、ミクのことを褒め称えていた。身内としては嬉しいが、その胸を強調する動きだけはやめてほしかった。女子の視線が痛かった。

 そんな怒涛の昼休みを終えて、昼一の授業も終え、本日最後の授業。


 教壇に立つクロス・アイザック先生には悪いが、彼にとっては両親+姉から繰り返し聞かされてきた歴史だ。必修科目でなければスルーしていた。

 眠気覚ましにこっそりと教室を見渡すと真面目に授業を聴く姿勢の生徒が大半で、彼のように眠そうな生徒は数名だ。

 期待に胸を膨らませて入学して、一週間。まだまだ期待は胸の中に残っているらしい。

 アストとて期待はしているが、歴史についてはどうしても眠くならざるを得ない。

 ただの歴史ではなく、冒険者としてやっていくために必要な知識を教える授業なのだが、やはりそこも家族に徹底的に教え込まれているので、本当にクロスには悪いがこれからこの授業は睡眠時間になりそうである。


「さて。この中には家族が道や治安の管理を任されていて、すでに十分話を聞かされている者もいると思う。

 そういう奴は時間の無駄だから、この小テストの問いに正解したら帰ってもらって構わん」


 眠気が吹っ飛んだ。

 驚いてクロスを見ると、ゆっくりと教室を見渡して、最後に目が合った。

 黒髪、黒い目。昔、この世界が分かれる前のこの国の人々は、黒髪に黒い目だったらしい。昔の血を色濃く残した教師は、ほんの少し悪戯気な笑顔を浮かべた。


「小テストの答えがその授業の要点だ。つまり、予習してきて合ってれば授業は無しってこった」


 少しやる気が出てきた。背筋が知らず伸びる。


「テスト配るぞ。質問がある奴はその間にしろー」


 クロスが最前列に分けた紙の束を渡し、それが前から後ろに送られていく。

 その間に上がった手は一人だけ。

 レイアの前の男子生徒だ。生真面目そうな顔で、学級委員長なんてやらせたら面倒くさそうなタイプだと勝手に思った。


「えーと」

「神木シンゴです。

 質問ですが、どうして授業免除なんですか? たとえ家族から聞いていても、授業は訊いておく必要があると思うのですが」


 さすがにまだ生徒の顔を覚えていないのだろう、クロスが出席簿を見ている間に彼は自分から名乗った。そのまま質問を投げつける。

 内容の優等生っぷりに、思わずアストは嫌そうに顔を歪めた。これで先生が前言撤回でもしたら睡眠時間確定だ。

 だが、クロスはふむ。と面白そうに口の端を上げた。その様子から、どうやらこういう質問は毎年あるようだと推測する。テスト用紙を配るように指示して、シンゴに向き直った。


「さっきも言ったが、時間の無駄だからだ。

 もちろん、いろんな人の話を聞きたいという姿勢は素晴らしい。だからテストが正解でも教室に残ってもらって構わん。

 だが、誰に聞いても要点は同じことだ。同じことを繰り返し聞いても無駄だと俺は考えている。それよりも若いお前たちの時間を、もっと有意義に使ってほしい。

 魔法や技の鍛錬に使うもよし。遊びに行くもよし。趣味に使うもよし。寝るのはちと勿体ないな。寝るくらいなら俺の授業に出ててくれ。

 だから、俺の授業は正解さえすれば免除だ」

「では、カンニングが起きた場合はどうするのですか?」

「構わんさ。その答えをしっかりと覚えていてくれればいい。

 というのも、期末はこの小テストを並べただけの超簡単仕様だ」


 クロスの発言に「楽勝だー!」と小さな歓喜の声が聞こえてきたが、アストは教師の目に楽しそうな光が宿ったのを見逃さなかった。


「おいそこ、楽勝だとか言ったな?

 確かに一学期だけなら楽勝だろうがな。二学期は一学期と合わせて、最終テストは全部ひっくるめてだぞ。そのうえで、各テストの間違いの合計が3問以上だと留年確定だ」


 教室中から今度は悲鳴が上がる。流石にそこまで厳しいと思っていなかったアストも、声こそ上げなかったものの渋面になった。

 生徒たちの混乱をひとしきり楽しそうに笑った後、クロスは表情を引き締めた。

 手を叩いて注目を集め直し、静かな口調で語りかける。


「この夏杉学園は、冒険者育成機関の中でも最高峰の学園だ。

 魔法や武術の精度は専門校に負ける。

 それでも最高峰だと言われるゆえんは、卒業生の死亡率の低さだ。

 学校を卒業したての冒険者の死亡率は、年々下がっているとはいえ40%を切らない。10人に4人は何らかの理由で死んでいる。

 この授業は、その4人にならないための授業だ。

 45に纏めた先人たちの知恵を、しっかりと心に刻んで、そして生き残ってほしい」


 真剣な表情と静かな語りかけに、生徒たちは自然と居住まいを直した。

 生き残ること。それは当たり前のことだが、若さは往々にして忘れて無茶をする。だからこそ、きちんと学んでほしい。

 その気持ちを汲み取れない生徒はそもそもこの学園に入学できない。

 クロスは表情の変わった生徒たちを満足そうに見渡し、小テストの用紙を再度配るように促した。

 忘れていた生徒たちが慌てて後ろに回し、全員に用紙が行きわたる。


「では、テストを開始する!」


 紙をめくる音と、シャーペンが紙を滑る音が少しして、それが次第に止まっていく。

 漂うのは困惑した空気。

 アストも問題文に面食らって手を止めたが、不敵に笑って手を動かした。

 書くことなんてたった一言だ。


「先生! 書けたら提出ですか?」

「おう、流石に結城は早いな。書けたら俺のところに持ってこい」

「はい!」


 自信満々に持っていき、クロスへ渡す。答案に目をやり、教師はほんの少しだけ眉を寄せたが、それもすぐに解き頷いて受理する。


「うん。お前の答えはこれでいいだろう。帰宅を許可する」

「いえーい!」


 今、クロスはあえて「お前の答えは」だけをほんの少し強調した。その僅かな調子を聴きとった数名が納得したようにペンを走らせ、立ち上がって提出していく。

 アストが席に戻るまでに五人が帰宅を許可された。その後も続いていく。

 帰宅の準備を終えるころには、ほぼ全員が立って待機列を作っていた。他のクラスを気遣ってか小さいものの賑やかな列を眺め、ふとレイアの様子が目にとまった。

 彼女は席を立たずにじっとしている。ペンを持ったままなので問題がまだ解けていないようだ。見られるのが恥ずかしいことなのだろうか。

 問題文はただ一つだけ。



『問.あなたは何故、冒険者を目指すのですか』



「アスト、帰ろう」

「あ、おう」


 コウに声を掛けられて、鞄を手に持つ。教室を出る前にもう一度見たレイアの顔は真剣そのものといったものだったが。


「アスト?」

「あ。悪い。今行く」


 アストの目には、泣き出しそうな迷子のように見えた。

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