3話:友達ができました

 アストの母は【賢者】の称号を持つ、最高の魔術師である。

 父はかつて最高の剣豪と呼ばれた人物で、その二人から生まれた子供たちは両親の特徴をそれぞれ受け継いでいた。


 姉のミクは父の運動神経と母の強化魔法の才能を。

 兄のヒミトは父の剣と精霊魔法の才能をすべて。

 そしてアストは、母の魔術の才能をすべて受け継いだ。


 だが、アストは魔術よりも剣を極めたかった。

 理由は単純。格好いいからである。

 父と兄が稽古をしているのを見続けて、その格好よさに憧れたのだ。たとえ次代【賢者】候補と呼ばれる才能を持っていても、根本的には男の子である。

 そのため幼少期から魔術の才能を鍛えつつも、剣を振り続けている。


 中学の頃はこの才能と夢との差異で苦労をした。中学の教師はとある事件からアストの魔法の才能を知り、あの手この手で剣術を諦めさせようとした。また、同級生達からも嫌がらせを受けた。

 両親はそんな学校ならば行かなくていいと言ってやめさせ、勉強は家庭教師を雇ってくれた。父は才能がなくとも、上達が微々たるものでも、剣を教えてくれた。また、コウの存在も大きかった。


『いいじゃん。なろうぜ、剣術士。俺はアーティストになるんだ』


 剣の才能に恵まれ、父に天才と言わしめた少年。その意外な夢に驚いたが、歌声を聞いてさらに驚いた。声はとてもいいのに、信じられないほどの音痴だった。それでも夢を諦めない姿勢は、アストの目には輝いてみえて。

 だから、アストは今でも夢を諦めずにいられる。



 そんな過去もあって、高校では教師に目を付けられないために、魔術レベルを測る授業で少し手を抜いた。

 それがしっかりバレてしまったらしい。

 ハクトもアストの中学時代を知っているので責めるつもりは全くないが、それはそれ。叔母として、教師として言っておかなければならないことがある。


「先に話し合っておかなかった私にも落ち度があるけれど。キミ、魔法科の先生全員に賢者属性持ちじゃないかと疑われてます」

「なんで!?」


 昨日の授業は属性魔法についてだった。

 この世界の魔法は、属性魔法、強化魔法、精霊魔法に分けられる。精霊魔法は特殊な枠のため、一般的には属性魔法と強化魔法を学んでいく。

 属性魔法は、光属の火・地・木と、闇属の水・氷・雷、どちらにも分類されない風、時、無の9属性存在しており、一般人は光属と闇属の六つの中から一つと、風属性を扱える程度だ。魔術師となると誰でも扱える風属性を含めて、3~4属性が一般的で、5属性以上は高位の魔術師と呼ばれる。だが属性を多く扱えるものほど、代わりに強化魔法が使えなくなる。

 それでも稀に、9属性すべてと強化魔法すべてを極められるものがおり、それは【賢者】になる者が多いことから、賢者属性と呼ばれている。

 アストは、その賢者属性を持っていた。


「昨日見たのは光属の魔法だったよね」

「あー、はい。火の大きさ、地の隆起具合、花の成長具合、でした」

「うんうん。夏杉学園に来る子どもは、風含めて3属性は自力で勉強してきますが、それ以上は高校で勉強して使えるようになります。

 だから、使えない方が多いんだよね」

「…………ああああああ!! しまった!!」


 昨日は手から火が出せるか、プランターの土を動かせるか、花を咲かせられるか、という簡単なテストだった。アストは名字の関係で最後の方になったので、クラスメイトの様子を観察してからテストに挑んだのだが、そこでやりすぎたことにようやく気付いたのだ。

 一番得意なのは火と印象付けるために火だけは平均より大きくしたが、それ以外は平均値より少し下のほうで動かし、成長させた。

 考えてみれば使えないふりをすべきなのに、使ってしまったことで4属性持ちだと認識されてしまった。

 テストが終わった後、クラスメイトが異様に盛り上がっていたことと、コウが呆れた顔をしていた意味をいまさら知る。教えてくれ親友。


「だ、だからって、どうして賢者って……」

「そう。そこがキミの運の無さなんだけれど。

 一年生の授業は暇な先生みんな見に行くのね。将来有望な魔術師を見つけるために。

 で、昨日はたまたま、魔法科の学科長が見に行っちゃったの。そこで、キミの構築式を見て、姉さん……フィーナ様の構築式と同じ物を使っているって気付かれちゃって」

「えー……それ俺にどうしろとー……」

「うん、どうしようもなかったから仕方ない。だから、キミに確認がしたい。

 賢者属性持ちだと全員に話しておくか、それとも7属性と強化少しだけにして実力を隠すか」


 ハクトの呼び出しは、つまるところこの問いのためだ。

 夏杉学園では中学の二の舞にならないように配慮してくれるということだろう。確かにこれは入学前に話し合っておくべきだったとアストも後悔した。入学準備で忙しくても、会っておくべきだった。

 考えて、考えて。アストは覚悟を決めて真っ直ぐにハクトを見た。


「……俺の夢は、剣術士になることです」

「うん、知ってる」

「……夏杉学園は、生徒の夢を全面的に応援してくれるって聞いたので、来ました」

「うん」

「……賢者属性だと話しておいても、ここの先生は、俺を【賢者】にしようと」

「しない。そこは断言するよ。キミが剣術士になりたいなら、私たちは残念には思ってもその夢を支援します」


 実際、自分の才能とは違うところに進みたい生徒を何人も送り出してきた。明らかに叶わない道でも、傷が少なくて済むように支援してきた。

 冒険者とは、自分の夢を叶えようと足掻く者たちだと考えているからだ。

 ハクトの真摯な言葉に、アストは決意する。


「じゃあ、俺が【賢者】の息子であること、賢者属性であることを伝えてください」

「……わかりました。

 じゃ、闇属のテストはやらなくていいように話しておきます。クラスで目立ちたくないでしょ?」

「ありがとうございます!」


 ハクトからの話は終わり、他の教師陣が来る前にアストは準備室を出て行った。



 教室に戻るとクラスメイトの大半が登校してきていた。

 挨拶をしつつも席に戻ると、コウが少し心配そうな顔で寄ってくる。思いっきりしかめっ面を見せてやると、それだけで通じたのか片手で謝罪してきたので許してやることにした。


「先生の話ってやっぱりそれか」

「ああ。昨日、気付いてたなら教えろよ」

「そういう設定で行くのかと思ってたんだよ」

「うっかりだよこんちくしょー」


 小声でぼそぼそと喋りあい、深くため息をつく。ぐったりと机に突っ伏していたが、不意に視線を感じてアストはそちらを向いた。

 誰だろうと見たら、レイアと視線が合う。心配げな表情なので、もしかしたら体調でも悪いのかと思われたか。身を起こして何でもないと示すつもりで笑って手を振ったら、ほっとした笑顔が返ってきた。と、同時に何人かの男子に睨まれる。


「……俺、なんかした?」

「……クラスの女神にほほ笑まれたな」

「……それだけで睨まれるのか。思春期こえー」


 思わず無表情になってコウを見上げて問うと、彼はレイアの方を見ながらぼそっと答えてくれた。その表情はいつもの無表情だったが、アストにはほんの僅かに警戒の色が見えた気がした。

 表情の意味を問う前にチャイムが鳴り、生徒たちは席に戻っていく。

 担任教師が入ってきてHRが始まったことで、アストは小さな疑問を忘れてしまった。



 午前の授業はあっさりと終わった。

 ミクに連絡を送っているとコウが隣に立っていた。いつも持っている弁当箱を持っていない。


「アスト、今日の昼も弁当か?」

「あ、今日は姉ちゃんと学食で」

「なぬ!? 結城って姉ちゃんいるの!?」

「お、おう」


 前の席の男子に突然会話に割り込まれて、思わず身を引いた。

 八代タイキと言ったか。赤みがかった茶色の髪の元気そうな少年だ。姉という単語に興味深々と言わんばかりに身を乗り出してくる。


「可愛い!? 美人!?」

「え、と、可愛い系だとは思う」

「身長は!?」

「えと、低いな」

「なぁなぁ、姉ちゃん紹介してくれよ!」

「ちょ、そういうのはちょっと……」

「いいじゃん、減るもんじゃなし!」


 ぐいぐい来られて対処に困る。遅くなったらミクも心配するし、食べる時間も減る。どこまで強く言っていいのかわからずに困惑していると、コウがその頭にチョップを落とした。


「いってぇ!」

「落ちつけよ。流石に今の勢いはキモイぞ」

「えー、普通だろ?」


 なぁ? とタイキが仲間に訊いてみるも、タイキの机の隣に立っていた友人たちは首を振る。


「んー。今のはキモかった」

「タイキが悪い」

「ごめんねー、結城。こいつ姉ちゃん属性に目がないんだー」

「ひでえな!?」


 仲間内でもキモイと言われて、タイキがいじける。その様子が面白くて、アストは少し声を出して笑ってしまった。

 途端、タイキ達がぽかんとした表情になったのに気付いて、どうした? と問う前に。


「結城って笑うのかーー!?」

「結城が笑ったーーー!!!」

「ウソでしょーー!?」


 クラス中が騒然となった。

 特に女子が。


「…………俺って、どういう立ち位置だったの?」


 タイキ達のみならずクラス中に驚かれて、アストはまた無表情でコウに問うたが、親友は肩を震わせて笑っており、問いに答えることはなかった。

 その間にクラスメイトにあっという間に囲まれた。


「ねぇ、結城君は自力で4属性覚えたの?」

「え、いや、母が魔術師で……」

「すごーい! 魔術師の先生がいるんだ!」

「参考書は? なんか読んではいるだろ?」

「あー、えーと、この前授業で薦められた本は全部読んだ」

「昨日のうちに!?」

「や、中学から母に読んでおけって渡されて」

「中学からあれ読んでるのか!? すげー!!」


 矢継ぎ早に質問が出てきてそれに律義に答えながらも、時計をちらちらと確認する。そろそろ出ないと本当にやばい。

 その様子に気付いたタイキが、ようやく衝撃から復活してクラスメイトの前に立ちふさがった。


「待てーい! 質問はわかるが、俺が姉ちゃんに会う時間がなくなる! てことで質問タイムはここまでだー!」

「なにお前が仕切ってんだよ、八代」

「あー、八代の言うとおりだ。俺達の昼飯の時間がなくなるから。みんなもなくなるだろ。とりあえず、飯食ってからにしようぜ」

「砂山がそういうなら……」

「俺との態度の違い!!」


 どゆこと! と笑いながら噛みつきに行こうとしたタイキを見てクラスメイト達は笑う。友人二人が宥め、とりあえずは解散となった。助かった。



 学食組と途中までは一緒に行くことになり、話しながら移動する。主に喋っているのはタイキとその友人達だ。


「いやー、悪い。結城って表情があまり動かないからさ、てっきりこう、表情筋が死んでるのかと」

「えー。俺そんなに笑ってなかった?」

「うん、笑ってるところ見たことないよ」

「砂山と話してるときは少し柔らかいかなってくらいで」

「テストも緊張してないみたいだったし」


 誰かの言葉に内心で苦笑する。あの程度の実力テストで今さら緊張なんてない。なんせ高校に入学が決まった翌日に、治安部隊に呼び出され、理由もわからず魔術テストを受けさせられたからだ。現在四人いる【賢者】全員と、数名の治安部隊の偉い人が集まって、やれる魔術全部披露しろと言われた時は公開処刑かと思った。

 何とか平常心を取り戻して全部披露したが、いまだにあのテストの意味は知らされていない。


「もしかして人見知りするタイプ?」

「あー。若干そうかも。俺、体弱くて中学行ってないんだよ。だから同世代と話すの久々で」

「え、中学行ってないの? じゃあぼっちじゃん」

「うっせーやい」


 会話しながら自分がどれだけ緊張していたのかを実感した。今日のタイキの割り込みは、驚きこそしたがアストにとって幸運だった。タイキがいなければきっと、アストはコウしか友達がいなかっただろう。

 中学に行っていないこともさらっと言えたおかげか軽く流されて、だいぶ気が楽になる。ぼっちという言葉は刺さったが、タイキの一言にすべて吹き飛んだ。


「よーし、じゃあ今日から俺がアストの友達第一号だ! お前も気軽にタイキって呼べよ!」


 このときの言葉が実は泣くほど嬉しかったといったら、きっとタイキは引いてしまうだろうなと後のアストは思った。


「お前、一号は砂山がいるだろうが」

「高校では俺が一号ってことだ!」

「なんだそれ。あ、俺は今井カズヒロだ」

「なになに? 自己紹介の流れ? 僕は片平ソラ~」


 他にも流れで女子と男子数名から自己紹介され、アストは必死にたたき込んで、満面の笑顔を浮かべて精一杯の言葉を紡いだ。


「おう、よろしくな!!」

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