第12話 交渉の果てに

 ゴールデンウィーク三日目。

 とうとう四連休も折り返し地点を過ぎた。

 本当なら徹夜でゲームをやりこみ、漫画に読みふけっていてそろそろハイな状態になってるはずだったのだが、そんなことは全くなく実に健康的だ。健康診断をしても「少しやせ気味ですね」と言われるだけだろう。

 こうなっている原因は俺の今置かれた状況によるもので、そしてその状況のため休日なのに今日も学校に向かっている。


 これでこのゴールデンウィークに学校に行くのは二回目だ。

 だけど今日は誰からの呼び出しというわけではなく、自主的な行動の結果だ。

 何故俺がこんな酔狂じみたことをしてるといえば、それは昨日の小鳥遊のお父さんとの約束――陸上の大会の応援に行く――これを果たすために必要なことだからだ。

 だけどこの約束はある意味都合がいい。

 俺は以前から小鳥遊の生の走りを見てみたいと思っていた。

 確かに一度だけ見たがあれは練習の時だったし、大会で走るのとはまた別だ。

 大会で本気で走る小鳥遊を見ることに意味がある。


 だから俺はこの約束を何としても守る必要がある。

 そしてそのためのキーマンには学校で待ってもらっている。

 俺はその人に昨日連絡をして話し合いの場を設けてもらっておいた。

 それなら行くしかないだろう。


「まぁ、なんとかなるさ」


 俺が抱えている問題はかなりの難問だ。

 所詮はダメもと。失敗すればまた別の策を練るだけだ。

 結構後ろ向きだけど、俺は何も力のない一生徒だ。そう考えてしまうのも仕方ない。それに俺の考えた案はなかなかに強引なものだからな。

 とはいっても、現状これが一番最適というか、これしか思いついてないのでこの案を通したいというのが本音でもある。

 他の龍也や佐山とかに訊けば何かしらの案が出て来ないこともないと願いたいが、彼らの場合無意味な詮索をされそうなので訊いてない。どう見てもデメリットの方が大きい。

 一方頼りになるだろう小鳥遊はというとお父さんの説得をしてみるらしいが、かなり望み薄のようだ。もちろん今日のことも伝えたけど、当然というか部活で来れないようだった。

 つまり、今持ち合わせてるのは俺の案だけを押し通す必要がある。……ヤバいよな。

 ともかく、俺一人が妄想したってそれは妄想どまりで何も解決はしない。全ては話し合って、結果を出さなければ意味はない。


「……ホントに何とかなるのかねぇ……なんか、自信無くなってきたわ」


 目的の場所が見えてきた。

 馴染みになってきている道を歩き、代わり映えしない光景を見ながら歩いてやって来たところは、一昨日に来た場所――笠原高校生徒会室。


「いや、今まで流れに任せてやって来たんだ。だから今回もなんとかなるし、なるようになるさ」


 決意を新たにして、もはやおなじみになったドアをいつも通りにノックしてから、中の人といつも通りの会話を経て入室する。

 ホント、良くここに来るよな。一般生徒の中では一番じゃないか?

 三年生になってもう三回目だ。学校が始まって二ヶ月でこれでならまだまだ来そうな気がする。


「こんにちは如月くん」

「よっ、月詠。今日は悪いね」

「別に大丈夫よ。午後からは暇だったし」

「ならいいんだけど……そういえば、他の生徒会メンバーが見当たらないな」

「生徒会の業務は午前中だけよ。午後になったらみんな帰ったわ」

「そうだったのか……なんかせっかくの午後の時間を貰ってると思うと悪い気がしてくるぞ」

「別に気にしなくていいのよ。さっきも言ったけどどうせ帰っても暇だったし。それに如月くんからのお願いなら、いつも助けてもらってる私からしたら力になりたいものだわ」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど……俺なんていつもやらされてるだけだぞ? 別に助けるためにやったわけじゃないから、そんなふうに思わなくても……」


 俺がやってることはいつも能動的ではなく受動的、つまり善意からじゃなくそう言われたから。

 そんな俺なのに一昨日といい今回といい、色々と貰いすぎてる気がする。

 別にそれが嬉しくないわけじゃないけど、どこか居心地が悪い。

 それなら拒否しろと言われるだろうが、結局俺もズルい人間なのだろう。貰えるものが大きすぎないのなら、貰ってしまう。

 自分では止められない。ブレーキは人任せだ。


「確かにそうね、如月くんはいつもやらされている。でもそのおかげで私は助かってるんだし、その助かってる私がそう思ってるんだからそれでいいじゃない」

「……」


 確かに受け取り方は人それぞれだ。

 能動的でも受動的でも、それによってもたらされた結果で判断される。

 そしてその考えは関わった人の数だけある。

 さらにそれは各々にとっての絶対の解でそれを他人が強制することはできない。

 だから、月詠がそう思うならそうなのだ。


「……そういうものか」

「そうよ。如月くんは難しく考えすぎなのよ。これは私がそう思ったていう単純なことなんだから」

「わかったよ、俺ももうとやかく言わない。それに今回はそのおかげで助けてくるようだしな」

「それでいいのよ。で、本題の如月くんのお願いというのは何かしら?」

「そうだな。簡単に説明すると――」


 俺たちは話しやすい席に座り、俺は昨日の出来事を話した。

 流れで小鳥遊の家でご飯を食べたこと、そしてそこでした小鳥遊のお父さんとの約束を……。


「どう? 話の流れはわかった?」


 説明した時間はそんなにかからなかった。


「ええ、だいたいわかったけど……如月くんと小鳥遊さんってそんなに仲良かったのね」

「へっ?」


 とはいえさっき言ったのは前提条件みたいなもので、本題はこれからだったのだが、その前に別のことに疑問を持たれた。


「なんか、のろけ話を聞かされた気分」

「いやいや、全然違うから。というかどこをどう聞いたらそうなる!?」

「だって、小鳥遊さんの家族と一緒にご飯食べたって、もろのろけじゃない?」

「違うよ! ただごちそうになっただけって話でのろけ要素は皆無だ!」

「そうかしら?」

「そうなの! それにそれを言うなら月詠ともご飯食べたことになるけどそれはどうなるのよ。月詠の考え方なら、あれものろけの類に入るぞ?」


 さっきは“強制なんてできない”とか言ったけど、必要な場合は『強制』はしなくても『訂正』は求めさせてもらうこともある。


「……そういえばそうだったわね」

「おいおい……」

「ごめんなさい。いきなりあんな話聞かされたからちょっと考えが飛躍してしまったようね」

「わかってくれてなによりです」


 なんか最近こんな誤解ばっかだな……。

 月詠に関しちゃ、俺と小鳥遊の関係なんてわかってるだろうに……。


「はぁ……それで本題だけど、さっきの話の最後の部分を何とかしたいんだよ」

「最後というと、『陸上の地区大会』の件かしら?」

「そうそれ。なんでもそれは平日にあるらしい」

「そうね。というかその期間はどこも地区大会があって、たいていは平日よ」


 そうなのだ。

 その期間は運動部にとっては大切な時。そして何故かみんな平日から地区大会を開催する。

 そのため非運動部の生徒だけが登校して教室はがら空きで悲しい状態になるのだがそれでも授業は行われる。だからその期間は本当に運動部がうらやましいものだ。なんたって大会の日から土日を入れれば三、四連休にはなるんだからな。

 そしてその時のクラスの空気はどんよりしていて、運動部への無言の恨みが漂っている。やる気などみじんもない。教師ですら授業を適当に済ませたりすし、担当教師がいないから自習も多い。

 そもそも、生徒が少ないのだから授業を進めるわけにもいかないはずだ

 どう考えてもその期間中授業に出るメリットがないだろう。

 俺はそこを突く。


「そこで、その期間公欠にできるような案を持ってきた」

「公欠にできるよな案……?」

「そう、三年生にとっては今回の地区大会が最後になるかもしれないだろ? だから、応援したい人は応援に行っていいという案さ。どうせ学校にはやる気のない奴もいるんだし、それならもっと有意義なことした方がいいじゃんってこと。……どうかな?」


 俺は恐る恐る月詠の顔を見てみた。


「確かにこれは魅力的な案ね。私も良いと思うわ」


 すると意外なことに賛同の意見と表情が返ってきた。


「あの……自分で言っておいてなんだけど、生徒会長の月詠はこんなのに賛同していいのか? これって、見方を変えればずる休みを容認するってことにもなるんだけど……」

「別にいいんじゃない? 私だってあの期間は学校に行く意味を見出せなかったし、そもそも私は生徒会長なんてやってるけど、生真面目な人間になるつもりもないから。それに私は小鳥遊さんと葵の生の走りを一回くらいは見てみたいって思ってたもの。だから私もこの案には賛成よ」


 月詠も俺と同じだったようだ。

 そのおかげか、出だしでつまづかずにすんだ。


「月詠がそれでいいないいけどな。まぁ実際、俺としたら月詠が賛同してくれなかったらどうしようもなかったしこの結果は素直に嬉しいんだけど」

「そうなの? もし、私が反対したらどうしたの?」

「う~ん……まずは説得してみるだろ? 他には……特に考えてないかな。完全に出たとこ勝負だったし」

「如月くんったら……」

「まぁ、でも、結果としては大丈夫だったし、もう関係ないことさ。俺は月詠が賛成してくれると信じてたしね」

「それ、本当かしら……?」

「まぁ、半分くらい……?」

「はぁ……」


 呆れられてしまった。


「話を戻しましょう。確かに如月くんの案には賛成よ。でも、如月くん一つ勘違いしてるんじゃないかしら?」

「勘違い……?」

「そう、勘違い。私、生徒会長だからって何かの制度を決定する権力なんて持ってないわよ。もちろん生徒会にもね。そんなのは漫画や小説の中の世界だけだわ」

「うっ……そういうもんか?」

「そういうものよ。考えてもみて、今やろうとしてることって学校全体にかかわることでしょ? そんなことを生徒によて実行できたら大変じゃない。そんなの一つの国に二つの政府があるようなものよ」


 やっぱりそううまくはいかないか……。独裁的なのが一番楽なんだけど……。

 でも、まだ望みはある。

 別に月詠が実行者にならなくてもいいのだ。それは大人に任せればいい。

 そうなればやることは明確だろう。


「なら、月詠または生徒会で教師に提案する形はどうだ?」

「まぁ、それしかないわよね。でも、そうだとしたら余計に難しいんじゃない? 先生たちはずる休みになることを容認したがらないと思うから」

「そうなんだけど……そこは賭けというか……」

「賭け……?」

「まあな。この学校が私立校という点とある人物に頼む」

「私立高っていうのは?」

「それはなんとなく融通が利きそうじゃん?」

「まぁ、公立と比べたらそうかもしれないわね。それでもう一つの、“ある人物”っていうのはやっぱり……」

「ああ、岬先生だ」

「やっぱりね……」


 だってこれしか方法はないじゃん。

 俺の見立てだが、岬先生の権力は未知数だけど決して低くは無いはずだ。

 だからこの人が俺の案を言えばきっと先生たちの間でも容認され、学校を動かせるはずだ。

 だけどその場合は俺に何かしらの条件を突き付けてくるだろう。タダで岬先生が動いてくれるはずがない。

 非常にめんどくさいけど仕方がない。世の中は大抵ギブアンドテイクで回っている。……いつも俺がギブしているだろうというのは認めてくれないはずだ。


「まぁ結論を言えば、俺の案を生徒会の案として岬先生に提案し、それを実行してもらう、ということだ」

「確かに私たちの案って言う方が体裁はいいし、うまくいきそうよね」

「ああ、一個人の妄言なんかより、生徒の代表が提案する生徒のための案だ。どう見たってそっちの方が見栄えもいいし、素晴らしい」

「話はまとまったわね。そうなると、できるだけ早くに岬先生提案した方がいいか……よし、今日中にやりましょう」

「へっ? 今日中……?」

「そうよ。大会は今月末なんだし、話は早いほうがいいわ。とりあえず私は生徒会のみんなに話を通すから。それが通ったら本命とのご対面って感じね」

「そうか……まずは生徒会のメンバーに話を通すところからか……」


 確かに、月詠は白紙委任状とかあるわけでもないし、こんなこと独断でやったら混乱をきたすわな。

 いらぬ批判とか受けるかもしれない。

 というか、話は通るのか……? 

 いや、まぁここは何が何でも通してもらわないといけないんだけど。そうしなきゃいきなりとん挫だ。


「大丈夫よ。私、これでも生徒会業務は真面目にしてたからみんなもきっと協力してくれるはずよ」

「いや、どっからどう見てもの間違いだろ……まぁ、とりあえず頼む」

「わかったわ。それと、後は私がやっておくから如月くんは帰ってもいいわよ?」

「流石にそれはできないって。だってこれって俺の案件だし。責任もって最後まで残るよ。でも、邪魔になるんなら帰る」

「別にそんなことないわ。残ってくれるなら心強いし、助かるわ」

「そうか」


 といってもここでやれることなんて一緒に説得するくらいだが……あんな屁理屈の化け物みたいな人に通用するとは思えないよな。俺なんかいつも言い負かされてるし。……やっぱり帰ろうかな。

 でも、どうせこの案が月詠たち生徒会のものじゃないってすぐばれるだろうし、そうなれば誰の案かの特定なんてすぐだ。そしたら、後でどんなぶっ飛んだ要求されるかわかったもんじゃない。……やっぱりいるか。


「で、どうやってみんなに訊くんだ? 呼び出すのか?」

「ううん、スマホで連絡するだけよ」

「そんなんでいいのかよ……」

「ええ、多分それだけでわかってくれるわ」

「マジかい……」


 信頼されてるのか、ただめんどくさいことに関わりたくないだけか……いや、月詠をある意味近くで見てた人達だし本当に信頼してるんだろうな。

 だとしたら、なんとなく罪悪感が残る。

 俺はそんな信頼を今は武器にしてるんだしな……まぁ、だからって止めないけど。

 それから、三十分くらい月詠は電話で話をつけていた。

 様子から見ても順調に進んでいたので問題はなさそうだ。


「みんな私に任せるって」

「そっか」

「ええ、それにみんな如月くんの案に賛成してたわ。やっぱり休みたいものなのよ」

「そんなんで本当にいいのかねぇ」

「いいのよ。生徒会は生徒の代表ってだけで生真面目集団じゃないもの……それじゃあ、一旦私は企画書みたいのにまとめるわね」

「わかった。それってすぐ終わる?」

「ええ、内容は頭に入ってるから」

「流石月詠だな。それじゃあ俺は岬先生にいるかどうかの連絡だけしておくわ」

「ありがとう」

「それはこっちのセリフだ」


 そうしてそれぞれが自分の仕事についた。

 月詠はキーボードに手を置き早速キーを押す音が聞こえてくる。

 俺はスマホ手に取り、今後使われることは無いだろうと思っていた連絡先にメッセージを送った。


『すいません、今時間大丈夫ですか?』


 返信は来るだろうか? それ以前に既読がつくかすら怪しいものだ。


『如月から連絡が来るとは思ってなかったぞ。それでどうした?』


 なんだけど、そんな心配など無駄なことで、すぐに返信が来た。


『今学校にいますか?』

『ああ、いるぞ。職員室で絶賛暇中だ』

『そうですか。それならよかったです。こっちの準備ができましたら、また連絡します』

『なるほど……準備が必要なことをお前はやってるんだな? それは珍しいな』

『まぁ、そういう時もあるんです』

『そうか、なら楽しみにして待っていよう』

『そんなものじゃないですけどね……それではまた後で連絡します』

『わかった』


 なんとか呼び出すことはできそうだ。

 それにしても暇とは教師とはそんなにやることが無いのか……?

 でも、学校の先生は激務と聞いたような気がしなくもないけど……まぁ、あの人は常識で測ることは出来ないからな。


「ふぅ……俺の方は終わりだ」

「お疲れ。私はもう少しかかるわ」

「別に焦らなくてもいいぞ。なんでも岬先生は“絶賛暇中”だそうだから。あと楽しみにしてるってよ」

「別に楽しいことでもないと思うけど……」

「まぁ、向こうに詳細は伝えてないから勝手に期待してるんじゃない。なんせ俺が先生を呼び出すなんて珍しいから、そこから無いかは想像しにくいだろうし」

「確かにそれはありそうね」


 実際、俺の公認さぼりを予想できたらマジでエスパーだ。その時は崇め奉ろう。


「それじゃあ、如月くん少し待ってて」

「はいよ。終わったら言ってくれ」


 それからしばらくすると月詠は企画書を完成させた。

 見せてもらったが、素人目に見ると抜け目がなく完璧だ。

 要点は抑えてるし、枕詞でいいこと風にうまく偽装できている。人の情にも訴えている。

 まるで逃げ道がない迷路のようだ。まぁ、偽装してるだけあって、壁はもろいけど……。

 でも、そこさえ何とかなれば月詠の理論によって教師たちを丸め込める。

 そしてそこを補強するのが岬先生だ。

 あの人の絶大であろう権力に頼る。そうすれば全てがうまくいくはずだ。

 だからまず最初に岬先生を俺たちの仲間にする必要がある。

 だけどそれが一番の難関だ。

 俺が設計し月詠の作った迷路の入り口に立つ門番は敵であり味方だ。

 これを陥落させなければならない。

 必勝法は……無い。全て時の運だ。当たって砕けろの精神。

 なんとも無謀な勝負なような気がしてくるがやるしかない。

 そうしなければこの迷路に誰も入ってくれない。

 そうなればすべて最初からやり直しだ。


 俺はスマホを片手に岬先生にメッセージを送った。


『今、大丈夫ですよね?』

『もちろんだ。如月のための時間はある』

『それはよかったです。では、今から生徒会室に来てください』

『生徒会室? また、珍しいところにいるんだな。いったい何してるんだ?』

『来てもらえればわかります』

『わかった、今から行こう』

『お願いします』


 たかだか数分のやり取りだったけど、緊張からか手汗が凄く出た。

 さて、準備は整った。

 あとは最後のキーマンが来るの待つだけだ。


「そういえば、どうしてここに呼ぶの? こういうのって私たちが行った方がいいんじゃない?」

「まぁ、その方が誠意は見えるけど、誰かしらに聞かれそうだったからな。こういうのは知ってる人間が少ないほうがいいだろ? それに話し合いで時間がかかるかもしれないからな」

「なるほどね……」


 月詠が感心してると廊下から足音が聞こえてきた。

 いつもなら気にならないのだが、今日に限っては嫌に耳に響いた。

 コツン、コツンという靴底が廊下を叩く音が次第に大きくなっていき、生徒会室の前でその音は止まった。

 そしてドアが開かれ、その姿を現した。


「これは……やはり生徒会室に呼ばれたから予想はしてたが月詠も一緒か」

「こんにちは、岬先生」

「ども」

「おう、それで、如月の話ってなんだ? というか二人して何でそんな神妙な顔してる……もしかして、付き合ってるっていう報告か?」

「はぁ……違いますよ。というかそもそも俺が誰かと付き合ったとして岬先生に報告とするわけないでしょ」

「それもそうだな。それにチキンな如月にはできそうにないしな」

「どうしてそう思うんです?」

「単なる勘だ」

「そっすか」


 まぁ、当たってるから言い返せないけど。

 というか今はそんなこと関係なくて!


「そんなことはどうでもいいんです。とりあえず月詠の話を聞いてください」

「月詠の? 如月のじゃなくて?」

「ええ、それじゃあどうぞ」


 俺はこの場を月詠に譲った。


「それじゃあ岬先生聞いてください。生徒会で考えた生徒のための案を」


 そうして月詠は説明を開始した。

 これは表向き上は生徒会の案だ。

 俺がここにいるのは相談を受けたから、ということになっている。

 あくまでも生徒会が発案者という立場でなければならない。

 そこら辺をうまく岬先生に説明していた。

 まぁ、だけど気付くだろうな。

 こんなのは月詠たちが考えそうなことじゃないと。

 そしてどっちかっていうと、俺が考えることだろうと。

 そもそも、こんなことを生徒会がしたことがあるのかすら怪しい。

 なので、生徒会顧問の岬先生には確実にバレるだろう。

 だけどそれでもかまわない。

 重要なのはこっちの味方になってもらうこと。

 その点、他のよくわからない先生なんかより可能性はある。


「――ということです。どうでしょうか」


 説明が終わったようだ。


「なるほど……面白いことを考える」


 いきなり前向きな発言だ。

 掴みはいいかもしれない。


「確かに三年生にとっては今回の大会が最後になるところはある。というかその方が多いはずだしな。逆に小鳥遊みたいな生徒の方が珍しい。そして、そうなるかもしれないなら応援してあげようというのも納得できるし、あの人数でする授業なんかよりもよっぽど有意義で価値ある時間になるだろう」


 まぁ、良いところ抽出したらそうだろうな。


「でも、言い換えればずる休みできるかもしれないってわけだが」


 ……まぁ、悪いところを抽出すればそうだろうな。


「これは生徒会の案じゃないだろ? これは如月、お前が考えたものだ」


 やっぱりバレるか……。


「そうですね、正解です」

「どうしてこんなことを考えた。如月もバカじゃない、理由があるんだろう」

「ええ、もちろんですよ。まぁ、とある大人の男性と食事中に約束をしまして。どうしても陸上の地区大会に行かなくてはいけなくなりまして。それでこれを考えました」

「ほおぅ、陸上の大会にねぇ……それって小鳥遊か?」

「……流石ですね」

「簡単すぎる問題だ。如月の友好関係を知っていればすぐにでもわかる」

「いや、佐山という線も……」

「あいつのことは大西が好きだろ。それを知ってて家までご飯を食べに行くとは考えられないからな」

「……なるほど」


 龍也、お前バレてるぞ。

 下手したら知らないのって佐山だけかもしれない。


「まぁ、それはいい。それで、どうしてお前の私用に学校を巻き込む?」


 ここからが勝負だ。


「それは、俺が合法的に休むためですよ。学校がある以上俺は登校しなければならない。でも、その約束をすっぽかすわけにもいかない。となると、残されてるのはズル休みだけじゃないですか。流石にそれは回避したいので」

「別に勝手に休めばいいんじゃないか?」

「いや、それをすると絶対に小鳥遊が気にするので。小鳥遊はこの話が出てから申し訳なさそうにしてましたからね。もし、俺がずる休みできたとなれば、何かしらの影響が競技中に出るかもしれないです。それは回避しないと」

「なら、約束をすっぽかせばいい」

「それはできませんよ」

「どうして?」

「相手は社会人ですよ? 社会に出て約束は守られるもの、守るべきものでしょう。それが守れないのなら最初から断ればいいんです。確かに断れない場合もあります。でもしてしまったのなら守るしかない。もしも、この約束をすっぽかすならばそれは先生のよく言う社会のクズではありませんか? 俺はそんなのにはなりたくません。なのでどうしても合法的に休む必要があるんです」


 自分でも信じられないほど口が動いた。たくさんの言葉が出ていた。それらがうまく組み合わさり意味のある文になってくれた。支離滅裂な暗号文ではない。

 人生で初めてここまで熱弁したと思う。

 だけどこれ以上の言葉を俺は持ち合わせていない。これでダメならはっきり言って打つ手なしだ。

 頭はひどく冷静でそう分析した。いや、冷静だったこそあそこまでのことを言えたのだろう。


「ふむ……如月にしては筋が通ったような話だ。まさかここまで言われるとは流石に私も思ってなかった」

「そうですか。それでどうですか、可能ですか?」

「そうだな……そもそも如月は私にこれを決めるだけの力があると思っているのか?」

「ええ、それはもちろん」

「即答か……」

「というかそれ前提の案ですのでそこが崩れると色々と終わりです」

「おいおい、さっきまでの完璧な理論武装はどこに行った。今じゃちっぽけなひな鳥の鳴き声のようだぞ」

「仕方ないでしょ。学校という組織は生徒が動かそうとするには大きすぎる。だからそこを動かせる権力を持ってる岬先生を頼るしかないんです」

「あのなぁ、私を何だと思ってるんだ」

「生徒会顧問で何でもできるすごい先生」

「えらく高評価だな」

「それでどうですか?」

「まぁ、やろうと思えばできる」

「やっぱり!」

「だが、私はそんな強引なことはしないぞ?」


 やっぱりダメなのか……? それともまだ何かしらの対価を示せば動いてくれるか……?


「私がそんな事する必要はない」

「……? それはどういう意味ですか?」

「如月、お前は本当に運がいい。強運の持ち主かもな」

「はぁ……?」


 岬先生は俺の疑問には答えずに、何か面白物を見ているかのように微笑みながら俺を見る。


「ウチの理事長がスポーツ好きなのは知ってるか?」

「いや、知りませんけど……」

「まあいい、それで理事長がお前らと同じようなことを言っていてな、その方向で話がまとまりそうなんだ。まぁ、でも実施は来年からの予定だったが“生徒”が今すぐにそれを望むなら今年からになるだろう」

「つまり……」

「ああ、如月の案はめでたく通るというわけだ。これの企画書については私が会議で話題にしよう」

「マジか……」


 俺の体から力が抜けていく。

 張りつめていたものが無くなり、体の中は空っぽだ。

 膝から崩れることは無いけど、近くに芝生があれば寝転がりたい気分だ。

 とりあえずうまくいってよかった。

 結果から見ると説得とかそんなことは必要なかった。ただ単に運が良かった、それ以上でも以下でもない。

 結構拍子抜けするような感じだが、それでも成果は出た。俺の望む未来にはなる。

 過程が大切なこともあるけど、これに関してはどうでもいいだろう。


「よかったね、如月くん」

「ああ、マジでよかったよ。そして、月詠もよかったな。これで月詠も小鳥遊たちの走りが見れるんだし」

「そうね……確かによかったわ。というか私『も』?」

「ああ、俺も小鳥遊の走りは見てみたいと思ってたからな。当然だろ?」

「それもそうね」

「ああ」

「こんなことになるなら、私なんて必要なかったんじゃない?」

「いや、それは無いだろう。月詠がいたから話を通すことができたんだから」


 どう見ても俺じゃ力不足だ。月詠がいたからこそできたこと。


「だから、本当にありがとう。この恩はいつか返すよ」

「気持ちだけ受け取っておくわ。だってこれは私が助けたくて助けただけなんだし、私もこの結果は望んでたんだから」

「でもなぁ……」

「だから気にしなくていいの。それに、これも恩として受け取っちゃったら私返せなくなるわ」

「えっ?」

「だって、これからも如月くんが学事補助委員として何かしてくれることありそうじゃない」

「……確かに」

「だからいいのよ」

「そっか」


 まぁ、だからって俺の中で月詠に対する感謝の気持ちは消えないけどな。

 もしかしたら月詠もこんな感じなんだろうか……? ま、そんなことは訊かないけど。


「如月と月詠、お前ら本当に仲良くなった。最初の頃の堅苦しい感じは無くなってる」

「そりゃあ、まぁ、こんだけ色々とやっていれば仲良くもなりますって」

「そうですよ。別に不思議なことじゃないと思いますが?」

「それもそうだな」


 これで俺が嫌われてるんだったら、月詠に対して恐怖するよりも逆に感心するわ。


「それじゃあ私は職員室に戻るぞ」

「わかりました。それではその案は私たち生徒会の案ですので」

「わかってる。そんなミスを私がするわけがないだろ。これに如月は関係していない。それでいいだろ?」

「はい、それでいいです」

「今回の件が生徒に伝わるのは早くて来週だ。それまでは広めるなよ?」

「わかりました」


 そう言って岬先生は出ていった。

 さっきまで戦場だったところは、今では元の生徒会室だ。まぁ、その戦争もやるだけ無駄だった気もするが……。

 こうなれば俺のやることはもうない。帰るだけだ。


「それじゃあ俺は帰るけど、月詠はどうする?」

「私ももう帰るわ」

「そうか、じゃあ途中まで一緒に帰るか」

「ええ、そうね」


 そうして俺たちは途中まで一緒に帰った。


 ※※※


 俺は帰宅してからは出前で取ったピザを食べ、いわゆるゴールデンタイムと言われる時間に俺は小鳥遊に今日の結果を報告することにした。

 岬先生は“広めるな”と言っていたが小鳥遊なら大丈夫だろう。


『まだ寝てないよね』

『うん、起きてるよ。どうしたの?』

『あの大会の件うまくいったぞ。ちゃんと行ける』

『それ、ホント? どうやったの?』

『月詠に協力してもらったらうまくいった』

『なるほどね、さすが月詠さん』

『マジでそうだわ』

『それにしても、ごめんね今日は行けなくて、しかもなんか如月くんに押し付けちゃった感じだし』

『別に大したことなかったし、そんな苦労するようなことでもなかったから気にするな』

『うん、わかった』


 顔は見えないけど小鳥遊の性格だし、気にしてるんだろうなぁ……。


『まぁ、それでも気にしてるんなら、良い走り見せてくれよ』

『え? そんなのでいいの?』

『そんなのって言うなよ。俺、生の陸上観るの初めてだし、小鳥遊の走りは結構楽しみにしてるの』

『そうなんだ』

『そうなの』

『なら、如月くんのために良い走りするよ』

『いや、別に俺のためじゃなくていいから』

『ううん、決めた。この大会は如月くんのために良い走りする』

『そうか。まぁ、小鳥遊が決めたことならそれでいいけどな』

『うん』


 まぁ、小鳥遊なら地区大会なんて楽勝だろうし、モチベーション維持のために何か必要だったのかもな。


『とりあえずそれまでに怪我とかするなよ?』

『それはもちろん。というか私ケガしたことないから大丈夫』

『そっか。なら大会まで練習頑張れ』

『うん、ありがとう』

『おう、それじゃあな』

『うん、おやすみ』

『おやすみ』


 小鳥遊とのやり取りを終え、スマホを机に置いた。

 陸上の大会まで約三週間。

 小鳥遊とのやり取りで、楽しみ度は増していた。

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